最果てのパラディンIII〈下〉 鉄錆の山の王
目次
序章
一章
二章
三章
四章
終章
番外編:月の旅路
石組みの壁。木製の小さな椅子や、ちょっとした書き物机があり、壁面を窪ませたアルコーブには寝心地の良さそうなベッドもある。
書き物机や棚には、旅に出るにあたって置いて行った生活用品や本、たくさんの覚え書きがそのまま残っていた。
懐かしい、あの丘の神殿の、僕の部屋だ。
「…………」
僕はあの、死者の街に帰ってきていた。
平和な帰郷――であれば良かったのだけれど、そうはならなかった。
増加する悪魔デーモン絡みの事件。
西の《鉄錆山脈ラストマウンテンズ》から響く竜の咆哮。
不死神の《遣いヘラルド》からは、竜に挑めば死ぬと予言されたけれど……僕は悩んだ末に、それでも破りたくない誓いのために、竜に挑むことを決めた。
もちろん、無為に死ににいくつもりはない。作戦も立てた。
川を遡上して悪魔デーモンたちの警戒網を潜り、《鉄錆山脈ラストマウンテンズ》の西側から奇襲をかける策だ。
そのために、死者の街を経由することになったが故の帰郷。
――死戦の前の、僅かな寄り道だった。
今は皆、ガスに案内されて神殿のいくつかの部屋に分かれ、ささやかな休息をとっている。
僕の割り当てはこの、少年時代を過ごした懐かしい部屋だ。
冷たい石壁を指でなぞる。いくつもの思い出が蘇る。
……不死者アンデツドの三人は寒暖差があまり分からなかったけれど、僕は生身だから、冷え込む冬の夜はずいぶん寒かった。
そういう時、ガスは何だかんだと言いながら温石をこしらえてくれた。
炉端で石が温まるのを待ちながら、ブラッドは大げさな身振り手振りで勇壮な武勇伝を語ってくれて。
マリーは縫い物をしながら、ブラッドの語りに微笑んで相槌を打っていた。
それはもう過ぎ去ってしまった、きらきらと輝く幸せな過去だった。
……ブラッドとマリーは、もういない。
けれど、それはきっと、あの日々の価値を損なうものではない。
幸せな過去は、きらきらと輝き続ける。
多分ガスが消えて、そしていつか、僕が死んでしまったって。
流れる時の川の底に降り積もる、うつくしい砂のように。
――ずっと、きらきらと輝き続けるのだ。
「……ん」
そんな風に想像すると、口の端から笑みがこぼれた。