やがて恋するヴィヴィ·レイン 2
小学館eBooks〈立ち読み版〉
やがて恋するヴィヴィ・レイン2
犬村小六
イラスト 岩崎美奈子
目次
序章 星の子どもたち
一章 旅路
二章 英雄
三章 約束
序章 星の子どもたち
望まれてないのにこの地上に生まれ出て、死ぬ必然性もないからなんとなく生きてる。誰かに必要とされたことも、愛されたこともない。どうしても生きなきゃいけないのかな。ただ面倒くさいだけなのに。
今日もまたヴィクトルはそんなうずきをおなかの底に抱えて読書に集中できなくなり、部屋のなかをしばらくうろついてから、父母を覗くことにした。
部屋を出て、離宮一階の広間へ忍び足で潜入する。カーテンの陰から部屋の中央を覗くと、父の白い身体と母の黒い身体が毛の長い絨毯の上でもつれあっていた。
目の先で母を弄ぶ肥え太った中年男が神聖リヴァノヴァ帝国皇帝アリヴィアン四世なのだと思うと、ヴィクトルの内心の嘲笑は止まらなくなる。
──こんな浅ましい豚が、この世界の頂点とはね。
思わず口腔からほとばしりそうになった笑い声を、ヴィクトルはゆっくりと嚥下する。飲み干した喉の奥が熱い。
──野良犬と同じじゃないか。
湧き上がってくるものは嘲りだけだ。十五歳のヴィクトルにとってふたりは、街をうろついている発情期の犬と大差なかった。
ステファノ歴一七八二年、十一月、神聖リヴァノヴァ帝国首都パグラチオン──。
ため息がこぼれる。
──やれやれ。皇帝とはいっても所詮は生き物、ただの動物というわけか。
そう嘲ると、おなかの底にくすぶる違和感が嘲笑の色で上書きされて、少し軽くなったように思えた。
気づかれないよう、足音を忍ばせて広間から抜けだしたところで、ポドコフという下男とすれ違った。訝しそうな下男の目に構うことなく離宮の廻廊を渡った。凍てつく夜風が差し込み、白色人種の父親と、黒色人種の母親から受け継いだヴィクトルの褐色の肌を月明かりに浮き立たせた。
それほど大きな建物ではない。皇帝がお忍びで愛人のもとへ通うために、昔からあった離宮に最近手を入れただけのものだ。ヴィクトルは二階の自室に戻ると、燭台に火を灯し、天井まで届く書架の並びを見やる。威圧感さえある整然とした背表紙の列から、昨日まで読んでいた物理学の参考書を抜き取って机の前に座った。
このと