黒騎士さんは働きたくない
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目次
序章
獣人街のヒモ騎士さん 01
メイドなサキュバス 02
ライバル気取りの剣聖 03
ぎりぎりラインな侍女 04
黒騎士さんは受け継がない。 05
終章
ダッシュエックス文庫DIGITAL
黒騎士さんは働きたくない
雨木シュウスケ
序章
炎とともに崩れ落ちていく。
それは石造りの城の形をした歴史であり、一つの節目であったのかもしれない。
夜だった。
月は柱となって昇っていく黒煙に隠されてしまっている。だが、城下の街は燃え盛る大炎によって紅く染まり、明暗が激しく移り変わっていく。
炎を吐く城の周囲は混乱していた。
統制を失った魔物たちが城から大挙して溢れ出し、包囲していた兵士たちはそれを抑えきれずにかき回された。
誰も彼もがなにが起きているのかをちゃんと把握することができなかった。
その混乱を利用して城から逃げ出す者たちは大勢いた。逃がしていることはわかっていたが、それを止める術はなかった。
城を守っていた魔物たちは強力で、そして英雄たちは首魁を討ち果たすためにこの場にはいない。
暴れ回る魔物を街へ向かわせるわけにいかない兵士たちは、命をかけるしかなかった。
だが、あまりの混乱ぶりに逃げ出す者たちを止めようにも止められなかった。
この二人もまた、そういう者たちだった。
一人は少女だった。フード付きのマントで全身を隠しているが、マントの合わせ目から覗く衣服はいかにも高価そうに見える。ときおり振り返り、城を見上げる際にフードから覗く顔も美しい。
どう見ても、城から逃げ出した貴人だ。
なにより、その後ろに付き従う者を見れば、少女が高い身分の者であることは明白だ。
その者は夜を焼く炎にも屈しない黒に覆われていた。
意匠を凝らされた全身鎧によって覆われ、その色は黒一色に染まっている。夜を行く少女に付き従う姿は、さながら影の巨人だ。
だが、少女はその存在を恐れない。
燃え落ちる城を振り返ることはあっても、付き従う黒い騎士を見ることはなかった。
ただ、城を見上げる目には憂鬱さがあった。
それはそうだろう。
少女は城から逃げ出している。つまりは敗残の姫だ。捕まればその未来は暗く、逃げ切ったとしても失ったものは帰ってこない。