焔狼のエレオノラ
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口絵・本文イラスト/左折
デザイン/blue
序章
「うう……」
廊下を青い顔でとぼとぼと歩いているのは小柄な少女だった。
エレオノラ・サラマンドラ・イグニシオン。少女は、そんな長い名前を持っている。
赤みがかった金髪は炎のように毛先が跳ね、橙色の特徴的な瞳と相まって、エレオノラの印象を「炎」の一言にまとめ上げている。
が、エレオノラの今の様子は、燃えさかる炎とは程遠いものだった。
「どうして、わたしだけ……」
学院では弱音を吐かない。毎朝自分にそう言い聞かせてはいるが、そろそろ心が折れそうだ。
「たいした力も、使命感もない箱入りのお坊ちゃんやお嬢様が使えてるのに、どうしてわたしだけ使えないの?」
御三家のひとつを継ぐ者として、並々ならぬ努力をしてきたつもりだ。とくにあいつがいなくなってからは、今度こそあいつを従えてやろうと、必死になって頑張ってきた。
自分の幻獣がいないことから、学院では「耳なし」と呼ばれ、嘲られる。
家に帰れば、大祖母様が冷たい顔で嫌みを言ってくる。父様はかばってくれるが、その父様を母様は「貴方の血が混ざったせいだ」と責めたてる。両親が自分のことで言い争う。見ているだけでいたたまれない。
エレオノラは幽鬼のように廊下を歩く。時々よろめき、手すりをつかんでうずくまる。廊下はさいわい人気がなく、エレオノラの様子に気づく者はない。エレオノラは少しの間うずくまって気力を立て直すと、再びふらふらと歩き出す。人目を避けながら、学院の裏庭に続くドアを開ける。
裏庭には、先客がいた。
(珍しいわね)
裏庭は表の庭園に比べると日当たりが悪く、造りも質素なので貴族の生徒たちはほとんどやってこない。昼休み、生徒たちは表の庭園や食堂に行って、他の貴族との縁故づくりに勤しんでいる。もともとそうした貴族的な社交はあまり好きではなかったが、今は実家が落ち目であることもあって、どちらにせよエレオノラに近づこうとする物好きな生徒はいなかった。だからこそ、人目を避けて裏庭へとやってきたのだが……。
「仕用人……風情がっ」
裏庭の芝生の上で寝そべっていたのは、仕用人の制服を着た男だった。まだ若い。エレオノラと同い年くらいだろう。それだけに、口を大きく