虚無の魔王、創世の英雄姫
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口絵・本文イラスト/すし*
デザイン/木村デザイン・ラボ
序章 再臨前夜
「エレノーラは、このくにをえがおでいっぱいに、したいですっ!」
幼い姫が、にぱっと笑みを咲かせた。
『この国をどんな風にしたいか?』と、父王から唐突に尋ねられての即答だ。
父王は満足げにうなずいて、彼女の金髪を撫でた。
ぎこちない動きがくすぐったくて、気持ちいい。
「笑顔であふれる国か。なら、たくさん勉強して、よい王様にならないとね」
「はいっ!」
元気よく返事をした我が子に、父王は背に隠した物を差し出す。
一冊の、真新しい本だった。
「この本はね、勇者様が記されたものだよ」
エレノーラは「ゆうしゃさま……?」と小首をかしげた。目をぱちくりさせるたび、金色の髪がわずかに揺れる。数秒かかってから、片手をピンと伸ばして叫んだ。
「ごせんぞさまですね!」
かつて悪の魔王を封じた、勇者。その血をエレノーラは受け継いでいる。
早く早く、と待ち切れずに両手を前に出した。本を受け取ると、ずっしりとした重みで腕が下がる。
不思議な本だった。
装丁は重厚。中の紙はつるつる。その上質さは群を抜いていた。
長い年月を経ても色褪せず、刃を通さず、火も寄せつけない。盗まれようが捨てようが、いつの間にか本棚の隅に戻っている。
そんな逸話を父王がにこやかに語って聞かせると、エレノーラは碧眼を輝かせた。
「もしかして、まほうがかけられているのですか?」
「魔法……? ああ、そうかもしれないね」
勇者が記した魔法の本──魔導書。
おとぎ話が現実味を帯び、エレノーラは興奮で身震いする。
魔導書といっても、内容の大部分はとある物語が綴られていた。
千年の昔。軽く腕を振るうだけで街ひとつを燃やし尽くす力を持った、最強最悪の魔法使い──魔王。
彼と、それを封じた勇者の物語だ。
「魔王はとても恐ろしい行いをしてきた。その本にも描かれているが、恐くないかな?」
「こ、こわくなんてありません。だいじょうぶ……きっとだいじょうぶですっ!」
父王はすこし驚かせすぎたと反省したのか、柔らかな笑みに戻って言った。
「うん、そうだね。エレノーラなら大丈夫だ。では、その本でよく勉強し