鬼器戦記
小学館eBooks〈立ち読み版〉
鬼器戦記
渡辺仙州
イラスト Ryp
目次
序、この海の上で
一、姉が来たりて
二、鬼龍と闘いて
三、姉と呼びて
四、恋路にて
五、疑心暗鬼で
六、鬼界のトンネルにて
七、白い鬼人に追われて
八、守るべき何かで
終、久崎書房の台所で
あとがき
こんなにも、世界は理不尽で。
だけどぼくたちは、闘い続けなければならなくて。
序、この海の上で
強風の吹き荒れる夏の豪雨のなか、久崎夏樹が、泥まみれの校庭脇を水しぶきを上げて走っていた。
半袖の白いスクールシャツを着、下は紺色のズボン。濡れた衣服が体温を奪い、少し茶色のかかった前髪からは水滴が絶え間なく落ちる。
三メートルほどの高さの金網フェンスが右手にあり、赤茶色に錆びたトンボが何本か立てかけてある。
前方には灰色の、煉瓦造りの体育倉庫。その緑色のトタン屋根に大量の雨粒が弾かれる。
「警告、久崎夏樹。出撃命令は出ていません。すみやかに日常生活へ戻りなさい」
雑音混じりの無機質な女性の声が、頭のなかで響いた。
だが夏樹はかまわず、体育倉庫に向かって走る。
「命令違反。警戒段階を一つ上げます。繰り返します。すみやかに日常生活へ戻りなさい」
体育倉庫の裏にまわりこむ。
まわりに誰もいないことを確認してから、胸に両手を当てた。
胸のあたりが白く光りだす。
「鬼約第三条、出撃要請時以外の『鬼器』の使用は認められません。違反した場合は」
「うるさい!」
夏樹は大声で叫んだ。
「どうして姉さんを一人で出撃させた!」
「出撃は『天帝機構』が決めることです。あなたの関与することではありません。繰り返します。すみやかに、日常生活に戻りなさい。鬼器を使用した場合、『天師』を送ることになります」
「勝手にしろ!」
夏樹は両腕を大きく開いた。
意識が、胸の光のなかへ移る。
直径十センチほどの黒い球体が、胸から飛びだした。
空中で身長二メートルほどの黒い人の形に変わる。
地面に着地した。
鳥のように尖った嘴。
爛々と赤く輝く三つの目。
黒い体の表面は、透明の鱗で覆われている。
『鬼』を乗せる器──『鬼器』だ。
夏樹の『鬼』は、この鬼器と呼ばれる人形のなかに移し変えられた。
夏樹の体が