リバース·ブラッド5
小学館eBooks〈立ち読み版〉
リバース・ブラッド 5
一柳 凪
イラスト ヤス
目次
∴
∵
i theory
∵
ii language
∵
iii rose
∵
iv present
∵
v everything
鴫沢巽の頭のなかには、宇宙がある。
比でも誇張でもなく。
眼に見ることも触れることもできないが、物理的に存在している。
〈壜詰めの世界パラノイアツク・パノラミツク〉──
それが、望まずして巽に与えられた宇宙の名だ。
葛城悠久の〈永久機関アムネジア・マクスウエル〉によってりだされ頭蓋の内部に植えつけられた宇宙は、脳の襞の間に深く浸透して、今この瞬間も生長を続けているはずだった。
別世界の──ただし完全に別の世界とは言えないのだが──雛形が脳に寄生している状態は、頭のなかにポッカリと大きな穴が穿いたような、それでいて同時に膨大な質量がミッチリと稠密に詰まったような、奇妙な感覚だった。なにしろ、そこには宇宙ひとつぶんのエネルギーが詰まっているのだから。
時折、かすかに震えるのを感じた。
そのたびに巽は一個の胎児の姿を思い描いた。
錬金術師の工房でフラスコ内に生成されたホムンクルスさながらに、頭蓋の内側に宿り軀を丸めて眠りつづける胎児の姿を……。未だ明確な意思を持たないその口許には、けれど不敵な微笑が浮かんでいることだろう。
それは嘔き気をもよおすような想像だった。
微睡みのうちで、胎児は夢をみているに違いない。
──何の夢を?
おそらくは世界を。
今存在している宇宙とは別の宇宙をりだしこの世界と反転させることこそが、悠久が〈五重心臓クライン・ボトル〉〈悦楽の園ロスト・イン・フアンハウス〉〈無神学大全フラクタル・エンジン〉を揃えて成し遂げようとした目的だった。
別の宇宙──あらゆるものに意識が存在する世界。
悠久の言によれば。
蝕能アタリアとは『無限』に触れるための『可能性』にほかならない。
『無限』とは何か……この曖昧な概念について古今の数学者、物理学者、哲学者、宗教家たちが、それこそかぞえきれないほどの考察をめぐらしている。それらのいずれも十全ではなく、無限には常に計り知れないところがあって、時として世の常識とは相反した現象を惹き起こす。
たとえば