リバース·ブラッド6
小学館eBooks〈立ち読み版〉
リバース・ブラッド 6
一柳 凪
イラスト ヤス
目次
∵
i sign
∵
ii personal
∵
iii möbius
iv vision
終章
一人の人間であることが、一人の人間でしかないことが、彼には耐えがたかった。
§
まだ小さな子供だった頃、彼は病気を患って入院した。
夏休み中のことだった。三週間ほどの間ではあったが、彼にとってその体験は大きな意味を持った。貴重な夏休みの半分を、病院という建物に閉じこめられて過ごさねばならないのだ。三週間──百八十一万四千四百秒という時間は、年端もゆかぬ少年にとって途方もない長さに思えた。
初めて水無月病院を訪れて外側から直方体の建物を眺めた時、彼は、墓石に似ていると思った。病棟に足を踏みいれた瞬間、濃厚に漂う消毒薬の匂いに咽せ返りそうになった。迎えた医師の白衣からも同じ匂いが──より強い匂いが漂ってきて嘔き気がこみあげたが、数時間もすれば慣れた。
病院という環境を、彼はスグに好きになった。
白で統一され色彩を欠いた清潔な病室も気に入った。
ヒッソリと静まり返った廊下も、顔色のすぐれない患者たちがたむろする待合室も、手術室と名づけられた立ち入り禁止の場所も、彼にとっては好奇の対象だった。遠くからかすかに聞こえる足音、時折混じる咳払い、悪意混じりに交わされる看護師たちの噂話、何もかもが好ましかった。
朝昼晩、判で押したように繰り返される味気ない入院食にだけは閉口させられたが、ある時、耐えかねた一人の患者がフォークを引っつかんで看護師の頸すじに突きつけ『肉を喰わせてよおォ……! でなきゃ皆殺しにしてやるうううゥ……!!』と叫んで騒動を起こして以降は、食事が少しだけ改善された。
熱がずっと引かなかったが、気分は悪くなかった。むしろ頭の芯がボーッと痺れるような感覚を愉しんでさえいた。夜まだ早い時間に満ち足りた気分で眠りに就き、夢のなかで不思議な世界をさまよい、朝は上機嫌で目覚めを迎えた。
いっそのこといつまでもこの水無月病院で過ごしたいと思った。
まったく、この世にまたとないほど奇妙きわまりない病院だった。病にとり憑かれた人々が訪れては最期を迎え、解剖される場所。人の死に満たされた巨大な直方体。
昨日は誰それが亡くなっ