折れた聖剣と帝冠の剣姫 3
挿画:八坂ミナト
デザイン:高橋忠彦(KOMEWORKS)
大陸で用いられている距離の単位
1アルナ(約1メートル)
1ミュール(約1キロメートル)
序章 百合舟
水の流れる音が聞こえる。
気がついたとき、少女は川辺に立っていた。まわりは色とりどりの花が咲き乱れる草原で、遠くには灰色の大きなお城が見える。
いつのまにか、ひとりの少年が自分のそばにいた。焦げ茶色の髪と、すぐそばを流れる川の水のような碧い色の瞳をしている。最近知りあった男の子だ。
少年の態度は気品に欠け、落ち着きもない。だが、明るさとたくましさを感じさせる顔つきは、少女にとって好ましいものだった。彼女の知る同年代の少年たちにはないものだ。
「いいか」
少年は、手に持っていた大きな百合の葉を少女によく見せる。手の中でそれを折ったりたたんだりしていたが、ほどなく得意げな顔をつくって、少女の眼前に突きだした。
「わあ」と、少女はおもわず声をあげる。少年のてのひらの上で、葉は小舟になっていた。
少年は川縁にしゃがみこんで、そっと葉舟を水面に浮かべる。静かに、ゆるやかに流れていく葉舟を、少女は目を丸くして見つめていた。
「やってみるか」
少年の言葉に、少女は頬を紅潮させてうなずく。葉を折りたたんで何かをつくるなど、幾人もいる教師たちの誰ひとりとして教えてくれたことがなかった。
近くに咲いていた百合から葉を二、三枚摘みとると、少年は丁寧にやり方を教えてくれた。少女は、少年の手の動きを懸命に観察してどうにか葉舟をつくる。一回目は力の加減を間違えて葉が破れてしまったが、二回目は少年のそれと同じものをつくることができた。
そっと川に浮かべると、少女の葉舟は水面を静かに進んでいく。
「こんなのもあるぞ」
そう言って少年が川に浮かべたのは、帆柱つきの葉舟だった。帆柱も、もちろん百合の葉を折ってつくったものである。少女がもの欲しげにそれを見つめると、少年はまた百合の葉をちぎって持ってきた。二人で新たな葉舟をつくって、川に浮かべる。
「本物の船を見たことはあるか?」
遠ざかっていく葉舟を見つめながら、少年が聞いてきた。少女は首を横に振る。
「俺もない」と少年は言った。その口元には笑みが浮かび、碧い双眸は強く輝いている。
きっと、まだ見ぬ船を想像しているのだ