メロディ·リリック·アイドル·マジック
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目次
第1章 「界はキリストより有名だ。すくなくとも、ここ沖津区では」
第2章 「今日は愛、明日は界」
第3章 「アイドルだから好きなんじゃない。好きだからアイドルなんだ」
第4章 「私がアイドルをはじめたのではない。アイドルが私をはじめたのだ」
第5章 「LED took my baby away」
第6章 「彼女はマジック。アイドル・マジック」
終章 「彼女たちは小さくて誰にも見えないけれど決して消えない光」
BONUS TRACK 「四十五度のお湯にアーシャはあふれて」
ダッシュエックス文庫DIGITAL
メロディ・リリック・アイドル・マジック
石川博品
* * *
第1章 「界はキリストより有名だ。すくなくとも、ここ沖津区では」
* * *
まるで魔法のようだった。
計ったかのように寒さがゆるみ、花は咲いて、あたらしい季節となった。見知らぬ街を歩きながら吉貞摩真は春の風を胸いっぱいに吸いこんだ。
学生寮は公園を背にしていた。二本の木が三階建ての屋根よりはるかに高くそびえ、建物を守っているように見える。
それを見あげて背を反らすナズマを小さな人影が追いこした。門の脇の通用口を開けるその人物はスウェットパーカーのフードをかぶっていた。手にはコンビニのレジ袋を提げている。上半身はオーバーサイズのパーカーに隠されているが、スキニーデニムがほっそりした脚のシルエットを浮かびあがらせて、ナズマにはそれが女性だとすぐに知れた。
「あの、すいません。ここに住んでる方ですか」
ナズマの呼びかけにふりかえった彼女は棒つきのチョコレートアイスを口にくわえていた。彼女の目は不思議な影を帯びていてそれは、見知らぬ者におびえる心のあらわれのようにも、ナズマには計りしれないほどの深い悲しみを映したものとも、あるいは思いがけなく好みのタイプどストライクな人に出会ってしまった羞じらいをにじませた色とも取れて、彼は目を離すことができなくなってしまった。
彼女は楕円形のアイスの先端をかじりとり冷たそうに口の中で転がすだけで、何も答えない。仕方なくナズマの方でことばを継いだ。
「僕、今日からこの寮に入ることになってるんですけど――」
「……またアイドルバカか」
彼女が低い声でいった。
これ