千の魔刃と神鏡の聖騎士
挿画:もりたん
カラー彩色協力:雁歌
デザイン:高橋忠彦(KOMEWORKS)
序章
雲に隠れていた弱々しい月の光が窓から射しこみ、男の横顔を照らしだした。
その唇のあいだには、鋭い二本の牙が輝いている。
灰色がかった瞳は切れ長で、頬や額は血が通っていないかのごとく白かった。
「リット、逃げて」
男の太い腕に捕らえられた姉さんが、苦しそうに呻きながら、正面に立つ俺の名を呼ぶ。
涙にぬれた頬には、波打つ黒髪がはりついていた。
姉さんは、薄桃色の寝間着が乱れるのもかまわずに、背後からまわされた太い腕に爪をたて、逃れようともがいているが、男は微動だにしない。
「姉さんを離せ」
俺は拳を握りしめ、相手との間合いを計った。
「刃向かおうとしても無駄だ、リウスヴィント。おまえの大好きなアデライーデが傷つくところをみたくはないだろう」
男の傍らには、漆黒の闇を凝縮したかのごとき二本の剣が、妖しげな光を放ちながら絨毯敷きの床に突き立てられている。
男はそのうちの一本を手にとって、刃を姉さんの喉もとに当てた。
乳白色の柔らかな皮膚にすっと赤い線が生まれて、血の雫が流れる。
男は、それをなめとって、破顔した。
「ふっくらとしてコクのある味……これならば、いい魔剣になりそうだ」
「マグガル!」
俺は殴りかかろうしたが、それよりも男のほうが速かった。
手にした剣を振ると、刃から衝撃波が放たれて、俺の身体を吹き飛ばす。
背後にあったクローゼットの扉を突き破って、全身に激痛が駆け巡った。
「リット! やめて」
悲痛な叫び声を上げる姉さんの瞳が、射貫くように男を――マグガルをにらむ。
「抜き身の刃のごとく鋭い目だな……いいぞ。ならば、我がモノとなることを誓え」
「魔人め……! いいわ。その代わり、弟には手を出さないで」
マグガルは鼻を鳴らし、顎をしゃくった。
姉さんは唇を噛みながら、寝間着のボタンを外し、白い首を差しだす。
「ダメだ、姉さん」
「目に焼きつけろ、リウスヴィント。貴様と私、一体どちらが剣の血族ドランヴェルグの後継者にふさわしいのかを、な――」
勝ち誇る男の口にきらめく牙が、姉さんの首の根元に埋まり、見えなくなる。
「あっ……」
姉さんの身体は一度だけ大きく痙攣し、瞳に灯っていた意