ハナシマさん
小学館eBooks
ハナシマさん
天宮伊佐
イラスト ヤマウチシズ
目次
序章
一章 現れた『彼女』
二章 拡散する悪意、収束する善意
三章 向こう側の怪物
終章
あとがき
●一九九九年──『未熟な怪物』──
朝から、土砂降りの雨が降っていた。
夕方頃にやみはしたが、辺りには未だじっとりと湿気が残っている。
人の気配のしない夜道に隠れ、その『未熟な怪物』は静かに息を潜めていた。
『獲物』──あの少女は毎晩、この道を独りっきりで歩いて帰る。
数分でことを済ませば、よほど運が悪くない限り目撃者は現れないはずだ。
ふと夜空を見上げる。昼間の土砂降りが嘘と思えるほど澄み切った虚空には、ぽかりと丸い満月が浮かんでいた。
──月光症候群ムーンライトシンドローム。
月の光に心を歪められた異常者。欲望に飢えた獣の暴走。もはや何と言われようが構わない。
この満月の夜に、どうしてもあの少女を自分だけのものにしたかった。
隠れたまま一時間ほど待った頃、とうとう少女が現れた。
毎日毎日、魂が焼け付くほどに恋焦がれていた、あの少女が。
いつものように独りで。期待どおり、長い山道の左右には他の人間の気配は感じられない。
セーラー服に身を包んだ艶めかしい肢体が、目の前を通り過ぎた瞬間。
『怪物』は木陰から飛び出し、背後から少女に襲いかかる。
最初に少女が漏らしたのは、単純な驚きの声だった。
虫か、小動物にでも遭遇した程度の感覚だったのだろう。
そしてそれ以上の発声は許されなかった。少女が明確な悪意を持った何者かに襲われたのだと自覚した頃には、既に怪物の両腕がその咽喉を全力で締め上げていた。
耳に響いた少女の最期の言葉は、「うぅ」とか「ぐぅ」とか、その程度のものだった。
少女の身体から力が抜け一切の抵抗をしなくなっても、怪物はその両腕に込めた力を緩めはしなかった。まだ意識があり、演技をしている疑念があるからだ。少女がぴくりとも動かなくなってから、さらに数分もその咽喉を絞め続けた後でようやく、ほっそりとした首から手を離す。少女は力なく、湿ったアスファルトに崩れ落ちた。
瑞々しい肢体を仰向けに転がし、その手首を握る。脈はない。ブラウスの胸元から手を入れ、汗ばんだ素肌に掌を押し付ける。──一分、二分。もはや