されど罪人は竜と踊る17 箱詰めの童話
小学館eBooks〈立ち読み版〉
されど罪人は竜と踊る17
箱詰めの童話
浅井ラボ
イラスト ざいん
目次
序奏 地平線を焼き焦がして
一章 奏でられる童話
二章 箱頭の来航
三章 歌乙女に捧げる独唱
四章 蛙と箱と狼と
五章 月と太陽の出会い
六章 大渦の底へと歩みて
あとがきっぽい
序奏 地平線を焼き焦がして
北方では、夕日も早く落ちていく。
町の壁面や屋根では、夕暮れの赤と夜の群青がせめぎあっている。小さな家の窓からは、温かな灯りが零れていた。
灯りに照らされた室内では、父と母と二人の小さな子供がいた。黒い髪に黒や茶色の瞳という、付近ではよくある一家だった。
応接椅子に座った父に、母が寄り添う。二人の優しい眼差しは、前にそそがれていた。暖炉の前では、小さな兄ともっと小さな妹が並んで歌っているところだった。
室内の兄と妹が歌うのは、小学校で覚えた賛美歌だった。神や家族や愛への賛歌だった。つたない歌が、並んで座る両親の顔を綻ばせていた。
平和な家の窓の外、家を囲む塀に小さな影。
室内の子供とそう変わらない年齢の子供が、塀の間から顔を出していた。塀にしがみつく子供の右腕は腫れあがり、左腕はせ細っていた。顔には、中央からずれて曲がった鼻。
乱れた黒髪の間から、飢えた茶色い目が輝く。殴られすぎて左右で違う大きさとなった瞳は、一家団欒の光景を羨望の目で見ていた。左右でふぞろいの耳が動き、室内の音を探ろうと必死だった。歪んだ唇の間からは、黄色い乱杭歯。口が動き、初めて聞く子供の賛美歌を、声を出さないようにして真似ていた。
だけど、窓は開けられない。扉は開かない。温かい家庭と歌を紡ぐ子供たちに、塀から覗き見する子供が迎え入れられることはない。
「そこの子、なにしているんだい」
塀から家を覗いている子供に、声がかけられる。子供が慌てて塀を降りると、老人がいた。優しい顔の老人は、目の前の人物の醜さに一瞬驚く。子供も自分の醜さを恥じて、手で前髪を動かして顔を隠す。
老人の顔は年相応の良識を取りもどし、表情をとりつくろう。
「もう遅いから、おうちにお帰り」
老人の声に、子供がうなずく。
「分がりましだ」
返された嗄れ声に、老人が思わず顔を歪める。老人は再び良識で表情を戻すが、傷ついた子供は体を翻す。