アストレア戦記 ブリキカンドウォー
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イラスト/加藤いつわ
デザイン/ムシカゴグラフィクス
凍りつくように、王国世界を侵食する闇がある。
人々が、恐れる闇。
その世界には、機械しか存在していなかった。人間が捨てた町。ひとが空っぽになった城下町や、荒れた民家、荒涼とした酒場。騎士が捨てた王城、誰も手入れをしなくなった庭園。砂漠化が進むように、その荒廃が世界の半分を覆い尽くそうとしていた。
───その現象を、《樹デ氷スの・凍ピ結ア世ー界ド》と呼ぶ。
もう一つの《序寓話序章》
***
人の波。
一日が終わる夕暮れ。
閑散とした市場や、明かりのついた街灯の下──。細い通りを、『少年』は息を切らせて走っていた。
(……はぁ、はぁ……っ)
小汚い帽子からして、みすぼらしい姿である。
少年は、ロウという。
歳は一五くらい。色あせ着古した服装に、安そうな革靴。短くて黒い髪をしている。『貧乏が服を着て歩いている』という言葉が彼の存在そのもので、盛りあがった懐には『何か』を隠しているようだった。
大通りに、出る。
貿易都市レアンの、表通り。
通称。『城壁を持つ港町』──と呼ばれる『貿易都市レアン』だけあって、人混みは王都に負けず劣らず、大規模であった。街の周囲には海水を利用した天険の水堀が流れており、ぐるりと防壁が囲んでいる。
夕暮れになっても荷下ろしが終わらなかった貿易船の水夫たちは、陸に上がって『今日の宿』を探す。自然、求められるところに宿屋も多くあり、そうした宿泊施設や、飲食店などの明かりが街の夜を賑わせていた。
少年は、その通りを走り抜けて、『城門』から外に出ようとした。
『──ビーッ。ビーッ。ドロボウ。発見』
が。小型の《青機甲戦機ブリキカンド》──。鋼鉄の装甲でできた翼と、歯車細工パーツによる機動性を持つ『監視鳥』に見つかり、少年ロウは足を止めた。
「……っ」
「──いたぞ、こっちだ」
警備隊の足音が、聞こえてくる。
ロウは、回れ右をした。
すでに息が切れている。心臓が押しつぶされるように、苦しかった。しかし、捕まったら最後だ。助けてくれるような保護者はいない。
ロウは渾身の力を込めて、脚を動かす。
酒場の外。樽を踏み越え。
通りを走る。