師匠どもに告ぐ2 おとなになってください
師匠どもに告ぐ2
おとなになってください
神秋昌史
角川スニーカー文庫
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目次
序章地を記す
一章洞の中に美はない
二章焦燥に勝機はない
三章根の中に道理はない
四章神の眼に平和はない
終章地に記す
あとがき
序章地を記す
圧倒的な茶色に囲まれたまま、ルーイはふらつく足を踏ん張った。
茶色。茶色。ごつごつした茶色。
見回す限り、壁も天井も、床までもがそのあざといほど有機的な色に覆われている。
よくよく目を近づけたなら、床や壁肌に薄い木目が浮かんでいるのが見えるはずだ。しかし、ルーイにそんな余裕はなかった。
今、ほんの少しでも気をゆるめたなら、最悪死ぬ。
「──セリス・フォレストランナーに告ぐ!」
視界の中に、人影はない。
遠くから「はわわ~」という悲鳴が聞こえてくる気がしたが、今はどうでもいい。
見えない場所に確実にいる彼女に対して、ルーイは声を張りあげた。
「いいかげん、逃げ回るのはやめにしたらどうです!? あなたは追い詰められている! 今のうちにそっちから出てくれば、情状酌量の余地がなくもなくもないですよ!」
「ないんじゃない!!」
怒声は、思ったよりずっと近くから聞こえた。
ひっ、とおののくルーイの前に、一人の女性が現れる──ぐねぐねと、不気味なカーブを繰り返す通路の先から、ふらりとよろめくように。
鮮やかな紅の長髪。今は薄汚れている。
ひざまである黒のマント。今は薄汚れている。
おそらく疲労が原因なのだろう、完全に目が据わっている彼女──セリス・フォレストランナーは、悪魔も背筋を伸ばしそうなほどドスの利いた声でうめいた。
「誰が逃げてるって……? 誰が追い詰められてるって? あんたこそいいかげんにしとかないと、いっぺんマジギレするわよ」
「い……今までマジギレしたことないみたいな言いぐさですけど。充分追い詰められてるじゃないですか、自慢のマント破れてますよ!」
「っさいわね! あたしのお肌が傷ついてるよかマシでしょ!」
「なんだそりゃ、乙女かアホらしい!」
「あたしはいつだって乙女よ!」