ラ·のべつまくなし ブンガクくんと腐思議の国
小学館eBooks
ラ・のべつまくなし
ブンガクくんと腐思議の国
壱月龍一
イラスト 裕龍ながれ
目次
序章 ブンガクの憂鬱
ファイル1 一人の少女とこの世界と説く、そのこころは
ファイル2 腐思議の国へ誘う白兎
ファイル3 友情×努力×勝利の三角関係?
ファイル4 ずっと
ファイル5 祭の後の祭
フィナーレ しあわせな、こころ ~先生とボク~
序章 ブンガクの憂鬱
「最高の自信作です。今回こそは、間違いなく気に入って頂けるはずです」
着物に身を包んだ矢文学は、担当の編集者を前にしてそう意気込んだ。
矢文学は、純文学を志す小説家だ。
編集者の名は西野霞美。
本人曰く永遠の十七歳で、独身。嫌いな言葉は四捨五入。
淡々と原稿に目を通している霞美が、そんな学の言動を気にした様子は特にない。
もう三月に入っていたが、まだ春と呼べるほどの暖かさは感じられない。特に、今日は寒の戻りで外はかなり肌寒い。逆に編集部の中はすこし暖房が効きすぎていたが。
「…………」
霞美が手書きの原稿をめくり始めてから、もう三〇分は経つだろうか。
事前に郵送で届いていたはずの原稿だったが、まだ完全に読み切っていないからと、こうして編集部の隅にある別室で待たされているのだ。
眼前の女性編集者は、私に渡された原稿を黙読している。編集者という酷職にありながら女を忘れていない彼女の雪のように白い肌は、疲れ切った顔の男衆が居並んだ、さながら亡者のるつぼである編集部にあって異色であった。胸元を無造作にはだけさせ、使いこまれた古い事務用椅子に腰を沈めつつ心地悪げに定期的に足を組みかえる様には、どこか艶めかしさが漂っている。彼女は本当にそんな速度で読めるのかというくらいの勢いで原稿を読み進めていった。一向に、頁ページをめくる手は止まらない。いや止められないのだ。彼女がこの作品のすばらしさを認めているがゆえであることは、もはや明白であった。
学の脳内〝私〟人格が、霞美の様子をひとりでに描写した。
「ん……」
霞美は、ようやく学の持ちこんだ原稿を読み終えたようだ。
めくっていた原稿を、机の上で整える。
「いかがですか?」
いかが、と言いつつも、学は一欠片の疑心も抱いていなかった。
今回こそ霞美は言うはずなのだ。