さちの世界は死んでも廻る
小学館eBooks
さちの世界は死んでも廻る 1
三日月
イラスト maruku
目次
序章
第零章 自分のために
第一章 決戦は、金曜日
第二章 君が思い出に変わる夜
第三章 格好悪いふられ方
第四章 恋をするだけ無駄なんて
第五章 泣くも笑うも好きも嫌いも
終章
あとがき
序章
月が雲に隠れて、闇に包まれた夜のこと。
その雲もやがて、風に乗って動きはじめていた。
彼女は、男に対して激しい憎しみを感じていた。殺してやりたい。蹴り殺してやろうか、それとも殴り殺してやろうか。この男を殺すことができなければ、自分が殺されてしまう。そんなのは絶対に嫌だ。
「いくぞ、生に飢えた亡者!!」
男が叫び声を上げる。それをきっかけに攻めて来いという挑発でもあった。
彼女はそれに乗った。彼女は思う。蹴りでも、拳でもどちらでもいい。殺せればどちらでもいい……。
「やれるもんなら、やってみてよ!」
二人は、暗闇の中を磁石に引き寄せられたかのように、互いの位置を正確に把握して跳躍した。互いに、必殺の一撃を狙う。それは決して相容れないもの同士の戦いだった。
風が強くなっていく。
「……………………えっ?」
「……………………噓、だろ」
二人は同時に声を上げた。そして互いに互いを殺せる位置で、動きをピタリと止める。
月を隠した雲は、風に乗って流れた。月の光は闇を侵食する。
あたりは月の光に照らされて、二人は至近距離で互いの顔をはっきり見た。
こんなことありえない。どうして、なんでこんな巡り合わせなのか。
彼女は男を殺そうという意思を失ってしまった。
男は、なぜ自分がこんなことをしているのか、わからなくなった。
ああ、なぜこんなことになってしまったのか……。
それはどちらが思ったことか。
風は吹きつづけて、月の明かりは、また雲に遮られようとしている。
廻る世界は、ゆっくりと、ゆっくりと確実に方向を変えていく。
第零章 自分のために
暗い室内に三人の男がいる。
一人は老人。そして二人は、その年齢を足しても、老人には到底及ばない年の少年たち。
「もう一度確認するが……本当にいいんかの?」
髭をたっぷりと蓄えた老人が、二人の少年に問い掛ける。暗い中でも、鋭い眼光が二人の少年を捉え