クラウン·フリント2 奇跡の歌を君に
小学館eBooks〈立ち読み版〉
クラウン・フリント2
奇跡の歌を君に
三上康明
イラスト 純 珪一
目次
序章 真昼の訪問者
第1章 不幸な遭遇はいつだって唐突に
第2章 五秒間の真相
第3章 奇跡の歌
終章 祝福の街角ノイジイ・タウン
沈みゆく船からはネズミも逃げる──という、英語圏のことわざがある。ここで言う「船」とは貨物船のこと。昔の貨物船には大量のネズミが巣食っており、そのネズミが船から不意に姿を消すことがあったらしい。そんなときは要注意だ。なぜならそれは、貨物船が次の航海で沈没するという予兆かもしれないのだから。
今まで僕は危機から遠ざかるようにして生きてきた。チャンスがあっても、リスクがあるようなら避ける──つまらない生き方? そうかもしれない。でも僕にとっては、そのつまらない毎日がとても大切なのだ。この数日で──僕のつまらない毎日は一変してしまったのだけど。
目の前、鏡に映る僕は、いつになく血色がいい。僕はこの病室で、三日間たっぷり睡眠をとることができたからだ。今日から数えて三日前、護稜高校教諭である安久津が、八年前の少女殺害容疑で逮捕された。この逮捕劇でケガを負ったのが僕、というわけである。打撲傷のほかには精密検査でも異状がなく、晴れて今日、退院だ。
今の時刻は午後一時を回ったところ。眠気を誘うような温かな光が窓から射しこんでいる。
僕の通う護稜高校の制服はブレザーだ。紐状のつけネクタイを襟に通し、それを締めている僕がいた。これから学校に行くのだ。
そして、僕のそばにはひとりの少女がいた。
『よかったね、たいしたケガじゃなくて。これで私のためにいっぱい働けるもんね』
ケガの原因の大半を担っているはずの少女、夜木坂恋──カレンが言った。長い黒髪を揺らし、毛先を指でもてあそびながら。
驚くほどの白い肌に、どこか人を寄せつけない神秘的な目元。ワインレッドのセーラー服を着ていて、頭には柔らかそうな帽子。黙っていれば可愛いし、有り体に言ってしまえば美少女なのだけれど、彼女には秘密がある。
驚くなかれ。実は、カレンは十年前に死んでいるのだ。
……この言葉だけとれば、僕の頭がどうにかしてしまったのではないかと思われそうだ。だけど、とて