失楽ノア2
口絵・本文イラスト/ふーみ
デザイン/百足屋ユウコ+ナカムラナナフシ(ムシカゴグラフィクス)
編集/庄司智
目の前に広がる暗黒の景色。
それは楽園の崩壊だった。
「兄様! 兄様、兄様っ!」
泣きわめく妹のリリィ、その周囲に群がるおぞましい姿の化け物たち。
「助ケテ」
化け物の一人が言った。全身がアンバランスに肥大化し、部分的に肉腫が浮かび、皮膚が爛れていた。悪臭が漂う。
「うわぁああああああ──っ!」
ノアはリリィを抱きあげ、その場から逃げようとした。けれど、そのときノアは九歳の子供でしかなく、気づけば怪物たちに囲まれ、逃げ道を失っていた。
「助ケテクダサイ、坊ッチャン、助ケテクダサイ」
怪物たちは──町の人々だった。
助けを求める彼らから瘴気が溢れ、リリィが苦しそうに咳きこむ。
「来るなっ! こっちに来るなよっ!」
ノアは恐怖に取り憑かれていた。
歯がガチガチと鳴り、細い腕も足も震えた。
ノア自身も瘴気を吸いこみ、咽喉から肺にかけて焼きつくような痛みが走った。
体が満足に動かなくて、なにも考えられなくなったとき、声が聞こえた。
『我を欲するか? 求めるのなら与えよう』
そう、あれはフィオナの誕生日だった。
楽しい一日になるはずだったのに──。
あの日、ノアを取り巻く世界は終焉を迎えた。
押し潰される家々。砕ける石畳の道。折れ曲がる木々。
圧縮される異形の人々……。
響きわたる絶叫と、その後に訪れる不気味な静寂。
それはのちに『大空震メテオラ』と呼ばれ、竜王直轄の調査団が派遣される事態に発展した。しかし、原因はいまだに究明されていない。大勢の人が行方不明のままだ。
大好きだった両親や、フィオナも……。
けれど、ノアは知っている。
あの惨劇は自然災害などではなく、自分が引き起こしたのだと。
第1章 王立アリエスト学園
「──っ」
目覚めの瞬間は、快適とは言いがたかった。
全身が重だるく熱い。いつもの悪夢のせいだ。
七年が経過してもノアの中であの日が薄まることはない。
カーテンの隙間から豊かな朝日が差しこみ、窓辺に置いた竜の置物を照らしていた。
ノア