神話伝説の英雄の異世界譚 3
目次
序章
第一章 新たなる問題
第二章 新たなる任務
第三章 北方に来たれり
第四章 吹雪に隠れ潜む火種
第五章 上策と下策
終章
序章
寒空に星はなかった。
分厚い雲が流れることで、月光の輝きは暗闇に閉ざされている。
地上に光が届くことはなく、強風が唸りを伴って獣のような咆哮をあげていた。
「早くこちらへ!」
凍てつく風に紛れる雪が視界を覆う中、少女の急かす声が空気を切り裂いた。
黒衣を纏った少年が顔をあげるも、その表情は吹雪によって妨げられてしまう。
少女は慌てて駆け寄ると、手を差し伸べた。
「大丈夫ですか?」
少年の足取りが重い。あれだけの戦闘を繰り広げたのだから無理もないだろう。
「ごめん、大丈夫だから先に進もう。ここに留まっていたら凍死してしまう」
「そうですね。追っ手から逃げられたとしても、この吹雪ではいずれにせよ……」
少年は少女の手をとった。とても冷たくなっている。残されている時間は少ないようだ。
暖をとるなんて贅沢は言わないが、せめて風避けできる場所を探さなければいけないだろう。吹雪が去れば次は追っ手から逃げることになる。
それまでできる限り体力を温存しておかなければならない。
「あそこに行こう。この時間帯なら誰も作業なんてしてなさそうだ」
少年が指したのは牛舎――あそこなら風避けも含めて体温もそれなりに維持できる。
「ああ、でもキミが嫌なら別の場所でも……」
少年は言葉を濁した。少女は王家の人間である。
そんな彼女が牛舎で一夜を明かすことなんて矜持が許さないだろう。
と――思ったのだが、少女は少年の手を強く握り締めてくる。
「かまいません。牛舎に王女が寝泊まりしたなんて誰も信じません」
率先して少女は歩き始めると、口元に指を当てて微笑んだ。
「その代わり内緒ですよ。民が知ったら卒倒してしまいますからね」
「もちろんわかってるよ」
苦笑を一つしてから少年は肩を竦めた。
これから先――どんな困難が待ち受けていようとも、少女と共に前に進むしかない。
しかし、そんな二人を嘲笑うかのように吹雪はより威力を増していくのだった。
第一章 新たなる問題
グランツ大帝国――