聖煉の剣姫と墜ちた竜の帝国 1
挿画:美弥月いつか
口絵漫画:あおなまさお
デザイン:木緒なち(KOMEWORKS)
高橋忠彦(KOMEWORKS)
序章
トゥライス・タウという世界がある。
六十年に一度、赤い月から魔王の軍勢が侵攻してくるこの世界では、そのたびに竜を中心とした連合軍が生まれ、激しい戦いのすえ、魔王の軍勢を打ち破った。
二百四十年前も、百八十年前も、百二十年前も、そうだった。
しかし六十年前、魔王の軍勢は来なかった。
人々は、長く続いた平穏に牙を抜かれた。
竜の帝国は滅びた。人の王国は相争い、ちからを失っていった。
聖女たちの予言の言葉には、誰も耳を傾けなかった。
魔王の最後の侵攻から、百二十年が経った。
第一話 死を呼ぶ狩人ペイルライダー
グレイ・ラプトンは狩人だ。
わずか十七歳ながら、城塞都市タブルで一番の腕だと呼ぶ者もいる。
若くして紅の双眸に灰褐色の髪、しかも頭髪のうちひと房だけ血のように赤い髪という珍しい容貌のせいで、彼の姿はよく目立つ。だから町は苦手だった。普段は城塞の外の丘にあるラプトン家の屋敷に引きこもっている。
グレイは今日、タブルの領主、バサルの屋敷に招かれていた。
妹の留学の際もいろいろと世話になった彼に請われては、人嫌いの彼としても伺わざるを得ない。理由は、おおよそ把握していた。実際、腰の低いこの領主の「お願い」は予想通りのものであったのだが……。
二階建ての、質素ながら頑強なつくりの屋敷。グレイは奥の執務室に通された。
最近、髪の毛がいっそう後退したバサル男爵は、満面の笑顔でグレイに駆け寄ってくる。
「すまないね、グレイ坊。こちらからお願いしているのに、呼び出してしまって」
領主であるはずの彼は、二十歳以上も年下の青年にぺこぺこ頭を下げる。ふたりきりとはいえ、こちらが恐縮してしまう態度だ。
そのくせ呼び方は幼いころと同じ「グレイ坊」なのだから、対応に困ってしまう。自分はもう、ラプトン家の当主だというのに。
別に当主にふさわしい扱いが欲しいというわけではない。グレイは堅苦しいことがとても苦手なのだ。
「今日は大切な来客があるらしいんだ。中央のえらい人らしくて、わたしが不在で不興を買ったりすると、とてもまずいことになってね……」
「ああ、わかった、わかりましたから、頭を上げ