紅盾の皇女と剣の道化
Illustration : 吉沢メガネ
Design : AFTERGLOW
目次
序 ある日、公都の市場にて
第一章 近衛の心得
第二章 近衛の領分
あとがき
Prologue of the story
序 ある日、公都の市場にて
破壊の音が響いた。
その瞬間、買い物客で賑わう市場が悲鳴と怒号で埋め尽くされる。
「逃げろ!」
「暴れ馬だ!」
叫びに嘶きが重なった。
押し寄せる人混みが物を倒し、人を倒し、すべてを踏み潰して拡散していく。
その中心に、嵐の渦のごとく暴れ回る黒馬。
鞍のない裸の馬。どこのものとも判別はつかない。
誰が、どこからと問う声は、しかしこの場でなんの意味も持たず。
跳ね上げた後脚が一撃で露店を粉砕したかと思えば、次の瞬間には逃げ惑う人の背を前脚で弾き飛ばす。石畳に散る赤いものは潰れた果実か、それとも血か。
まさに阿鼻叫喚。
つい先刻まで和やかな空気が流れていた露店の通りを、ほんのわずかな時間で修羅場に置き換えてしまうとは信じがたい。だが目の前にある現実を消し去ることはできない。
また一つ露店が破壊され、商品が宙を舞った。
奔馬の勢いはまったく止まらない。みずからの撒き散らす破壊に酔っているような、そんな光景。
どうにか逃げおおせた者も凄惨な光景に声を失い、その場に立ち尽くす。
怪我人は大勢。中には倒れたまま動かない者もいる。
いったい、どうしてこんなことに……。
思考が空転し、目の前で暴れている黒い獣も、泣きわめく怪我人の声もすべてが遠くなる。
「誰か助けて、娘が、私の娘がっっ!!!」
悲痛な叫びに、周囲の皆が我に返った。
見れば、未だ狂乱の只中にある路上に、脅えて腰を抜かした子供が一人。
奔馬はそこからわずかの距離。
「誰か! 誰かぁっっ!!」
「助けて!! お母さんっっっ!!」
甲高い母親の声に、子供が反応した。
同時に、その向こうにいた黒馬も〝獲物〟を発見した。
嘶き。
子供が言葉にならない絶望の叫びを上げる。
奔馬はそれを聞いて、さらに狂乱の水位を上げていく。
「あの子を! 誰か、誰か助けてぇぇっっっ!!」
助けな