高度に発達したラブコメは魔法と区別がつかない
挿画:八葉香南
デザイン:木緒なち(KOMEWORKS)
高橋忠彦(KOMEWORKS)
序章
玲瓏高校の校庭の端に、小さな丘がある。
丘のてっぺんには、大きな樹が一本、のびのびと枝を広げている。
〈伝説の樹〉――そう呼ばれている。
この樹の下で愛する人に告白すれば、想いが叶うというのだ。
誰が言い始めたのかはわからないが、この学校にずっと昔から伝わっている伝説だった。
五月。樹の種類は桜だが、花の季節はとうに去り、瑞々しい緑の葉がそよ風に揺れている。
その樹の下で、黒船蓮司は一人の少女と向かいあっていた。
ただ向かいあっているだけではない。
睨みあっていた。
第一章 ラブコメ時空は突然に
1
「そう……どうしても謝らないつもり?」
長い髪を風になびかせて、少女が口を開いた。
挑むように顎を上げ、細い眉を逆立てて、蓮司を見つめる瞳には怒りが燃えていた。
つんと突き出た胸の前で腕を組み、足はしっかと地面を踏みしめている。
「あんたがバカだってことは知ってたけど、ここまでとはね!」
「だから、なんで俺が謝らなきゃならないんだよ!」
蓮司は負けずに言い返す。
「謝る必要があるとしたらおまえだろうが!」
「あたしが謝る必要なんかこれっぽっちもないわよ! いいからあんたが謝りなさいよ!」
「知るかああ! 俺は悪くない!」
蓮司の大声にも、少女は一歩も引く気配がない。
少女の名前は甘紙伊月。一六歳。高校二年。
同じクラスで、隣の席に座る、蓮司の――天敵だ。
蓮司に対してこんなに強気に出られる者は、あまりいない。
特にいかつい外見をしているわけでもないのに、学校内での蓮司は、敬遠されている。
というか、はっきり言うと恐れられている。
入学初日に、ヤンキーを十人病院送りにしたという噂が原因だ。
〈玲高の黒船〉とかいう、大げさな呼び名が他校にまで広まっているとか。
サイコパスとか、殺人鬼とか、尾ひれもたっぷりついている。
もちろん、噂はちょっと大げさだった。十人も病院送りになどしていない。
不幸な行き違いがあって、五人叩きのめしただけだ。
ヤンキーが女子に絡んでいたので、つい声をかけたらケンカに