断界の欠喚士
挿画:をん
デザイン:ナカムラナナフシ(ムシカゴグラフィクス)
序の章
――その日の彼は、運が悪かった。
思い返せば、とにかくその一言に尽きた。
今日が休日だったことも、昼飯を買うためにコンビニに寄ったことも。単にこの状況のために積み重ねられたようなものだった。
「あのさ、こういうのってよくないと思うんだ」
後ろ手に回された両の親指には結束錠タイラップ。冗談というには物々しく、ささやかな抵抗すら許されない。
連れ込まれたのはゲーセンのトイレ。そして囲んでいるのは、元クラスメイトの二人。
つまり、彼――瀬々千歳は面倒な状況に陥っていた。
「っ、引っ張っても、取れな……いてっ」
「ごちゃごちゃうるせぇよっ!」
壁に向かって突き飛ばされ、千歳は換気用の窓に後頭部をぶつけた。
「ふぉ、ぉお……」
頭を擦ることすらままならない。その上、お世辞にも綺麗とはいえないトイレだ。転ばされでもしたら、目も当てられない。
「もう勘弁してもらいたいんだけど、駄目ですかね?」
相手の顔色を窺いながら、千歳は苦笑いを浮かべた。
「クラスが変わりゃ、俺たちから逃げられるとでも思ったか?」
「いや、そんな風には思って――たかな」
「随分と素直に言ってくれんじゃん」
背の高い方の男が、優位の笑みを浮かべながら千歳の襟首を掴む。
「俺、すっげぇ傷ついたわ。どうしてくれんだよ」
「どうもしない方向で……」
千歳は渋い顔で俯いた。
たまたま寄ったコンビニで鉢合わせなんて、これ以上にないハズレくじだ。
千歳は気付かれないようにため息を吐いて言う。
「その、俺を標的にしたい気持ちも分かるけど、こっちとしては――」
「記憶にない。俺らのことは顔くらいしか覚えてない、ってんだろ?」
「そう。去年の10月以前の記憶がところどころ抜けてるんだ」
そう口にして、千歳は自嘲的に笑った。
「ここまでしつこくするってことは、俺の財布で錬金術をしてたか、この身体で溜まったものを解消してたんだろうけど」
「嫌な言い方してくれんじゃんよ」
背の高い方が、千歳の襟をさらに締め上げる。
「ま、これっぽっちも覚えてないけどな」
「あ? 覚えてねぇんなら黙ってろっ!」
千歳は再び強く突き飛ばされ、壁に背中をぶつけ、思いっきり咳き込んだ。