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作者:くるひなた
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-12-21(Enterbrain)
价格:¥620 原版
文库:Bs-Log文库
丛书:ウサギ娘とだんな様(2)
代购:lumagic.taobao.com
ウサギ娘とだんな様2 ウサギ娘とだんな様 2 くるひなた 電子版 ビーズログ文庫 本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載したりすることを禁止します。また、 本作品の内容は、底本発行時の取材・執筆内容に基づきます。  目次 第1話 第2話 第3話 マンガ 「ウサギ娘とネクタイ」 ウサギ娘とだんな様 四コマ 第4話 第5話 マンガ 「ウサギ娘と定期検診」 短 編 お姉様と守衛さん 2 マンガ 「ウサギ娘と獣人保護庁」 マンガ 「だんな様とトラ君」 あとがき プロフィール  蒼々たる空の下、延々と続くコンクリートの道。  この国の首都から放射状に何本もの道路が延び、様々な地方都市へのアクセスが容易になったのは、ここ数年のことだ。  それまでは、遠方へ向かう際の交通手段といえば専ら鉄道だったが、自動車の普及に伴い、各地で専用道路の整備が進んでいる。  そんな首都と、とある地方都市を繫ぐ自動車専用高速道路を、一台の白い車が滑るように走る。  車窓からの景色はいつの間にか、ビル群から青々とした小麦畑へと移り変わっていた。  次々と後ろへ流れていくガラス越しの風景を、茜色の大きな瞳が興味深そうに眺めている。  白い車の助手席に座っているのは、ふんわりと裾が広がった若草色のワンピースを身に着けた、十代半ばと思しき娘だ。  ふわふわとした金色の巻き毛に透き通るような白い肌。それはそれは愛くるしい顔立ちをしている。  とはいえ、彼女の特徴の最たるは、その頭上にあった。 「──!?」  ビュンと音を立てて、白い車の真横を何かが通り過ぎる。  右側の追い越し車線を、真っ黒い車が猛スピードで走り抜けたようだ。  それに驚いた娘の頭の上で、髪と同じ金色の毛並みをした長い長い耳がピンと立ち上がった。  形容するならば、ウサギの耳。  しかもそれは、髪飾りでも何でもなく、正真正銘彼女の耳なのだ。  娘は、獣人──特徴的な長い耳から容易く想像される通り、ウサギ族の獣人である。  かつて、この世界を支配していたのは獣人だった。だが、圧倒的な人口と繁殖力を有した人間の台頭により、生態系の頂点から引きずり下ろされて久しい。  すっかり数を減らした彼らの多くは、今では人間の手により管理され、飼育されている。  かくいうウサギ族の獣人の娘──ウサギ娘も、今は人間に保護され養われる身である。  そんな彼女の保護者にして管理者、そして所有者にあたるのが、白い車の運転席にてハンドルを握る男。  緋色の髪と鉛色の瞳の、端整な顔立ちの青年である。  この日はストライプ長袖シャツと濃い色のジーンズといったラフな格好だが、普段は紺青色の軍服を纏う彼の職業は、軍人だ。  それも、ウサギ娘のような獣人を保護、あるいは捕縛する特別機関のトップ──獣人保護庁の長官という地位にある。  そんな長官とウサギ娘を追い抜いていった黒い車は、もう遙か先で小さな点のようになってしまっていた。  思わずその軌跡を視線で追ったウサギ娘は、茜色の瞳をぱちくりさせる。 「あの車の方……随分とお急ぎなんですね……」 「はは、そのようですね」  啞然とした様子で呟くウサギ娘の言葉に、笑って相槌を打つ長官の声は柔らかい。  爆走車に驚いてピンと立ったままのウサギ耳。それをちらりと見て目を細めた彼は、穏やかに続けた。 「この辺りは道路がまっすぐな上に、そもそも速度無制限ですからね。アクセルを踏み込みたくなる気持ちも分からないではないですが……」  と言いつつも、彼の車の速度計は百キロを超えることはない。  何かあった時に対処できる速度を心掛けているからだ。  概して、車の運転手の傾向というのは二つに分かれる。  長官のような慎重派は、一定の車間距離を保ちつつ左側車線を走っている。  一方、先ほどの黒い車のように速度無制限を満喫したい車は、どんどん右側車線を通り過ぎていった。 「我々は、そう急ぐ旅でもありません。せっかくですから、次のサービスエリアで休憩しましょう」 「お姉様にお土産を頼まれたんですが、何がいいでしょうか?」 「君が選ぶものなら、姉は何でも喜ぶと思いますよ。行き先で見て回りましょうね」 「はい、だんな様」  長官の提案に、ウサギ娘が微笑みを浮かべてこくりと頷く。  その拍子に、ぴょこんと揺れたふわふわのウサギ耳を、ハンドルから片手を外して長官が撫でた。  慎重派の彼が、一瞬とはいえ片手運転をするとは珍しい。  それほど、ウサギ娘が愛おしいのだろう。  ウサギ娘が獣人保護庁長官に保護され、彼の屋敷で暮らすようになって、そろそろ四ヶ月になる。  新しい環境に慣れ始めた二ヶ月前に、彼女が播種した黄色いミニトマトも、昨日ついに初めての花を付けた。  現在の住まいは首都の郊外に位置しており、ウサギ娘が生まれ育った町からは、特急列車で二時間半、自動車専用高速道路を使えば車で四時間ほどの距離にある。  四ヶ月前のウサギ娘は、故郷を出てからずっと、後部座席で縮こまって震えていた。  そもそもあの時は、車が走り出した頃にはもう夜になっていたので、車窓からの景色はさほど面白いものではなかったかもしれない。  けれど、今は違う。  ウサギ娘は助手席に座り、次々と移り変わる景色を満喫していた。  前回は真っ暗だった道を、今回は陽の光が降り注ぐ中を反対方向に走っていく。  長官が運転する白い車は、ウサギ娘を乗せて彼女の故郷へと向かっているところなのだ。  この日は、長官の公休日。  朝六時過ぎに長官の屋敷を出発。すぐに自動車専用高速道路に入って、途中二回、サービスエリアで休憩をとった。  ドライブは順調で、午前十一時には目的地に到着。  長官は、町外れにある大きな駐車場に車を停めた。  この町の中は、基本的に車の乗り入れが禁じられているからだ。  コンクリートで舗装されている道はほんの一部で、ほとんどの通りは昔ながらの石畳。  住民の多くは、まだ移動に馬車を使っている。 「準備はよろしいですか?」 「はい」  運転席から降りた長官が、助手席の方まで回ってきてドアを開ける。  ウサギ娘はその直前、車の後部座席からつばの広い麦わら帽子をとって頭に載せていた。  頭上に突っ立つ金色のふわふわな耳は、麦わら帽子の中にしっかりと隠す。  尻尾も、この日は最初から、若草色のワンピースの中にしまってきた。  長官に手を引かれて助手席を降りた彼女はもう、愛らしい人間の女の子にしか見えない。 「耳、痛くないですか? 大丈夫ですか?」 「平気です。前は、昼間もずっとスカーフの中に耳を押し込めてたんですよ。もう慣れっこです」  自分を気遣う長官の言葉に、ウサギ娘はにこりと笑ってそう答える。  ここに来るまでの間、サービスエリアで二回休憩する際も、これと同じやりとりをした。  長官に保護されてから、ウサギ娘はずっとウサギ耳を──獣人であることを隠さずに生活していた。  獣人は、今や稀少な存在だ。彼らがこの世界で生きていくには、それなりの権力を有した人間の保護者──あるいは管理者が必要で、その有様は度々愛玩動物のようだと揶揄される。  外出の際には、人間の付き添いが不可欠であると共に、リードを着用と定められているから、あながち間違いではないかもしれない。  ウサギ娘だって、首都ではその法律に準じていた。  しかし今、彼女はリードを着けていない。  彼女はウサギ族最大の特徴であるウサギ耳を隠すことで、人間に紛れようとしていた。 「それでは、行きましょうか」  リードの代わりに、長官はウサギ娘の小さな手を摑む。  優しく、けれどしっかりと。 「はい、だんな様」  ウサギ娘もこくりと頷くと、この四ヶ月ですっかりと馴染んだ大きな手を握り返した。  ウサギ娘が生まれ育ったのは、首都から離れた静かな田舎町だ。  町の高台には、大昔の領主が建てた古い城が残っている。  城門まで続く道の両脇には、昔ながらの木組みの家が並んでおり、外壁を漆喰で仕上げることによって白壁に統一していた。  その美しい街並みは近年、観光スポットとして人気を集めている。  しかしながら今、ウサギ娘と長官が並んで歩く大通りは、人の通りがまばらだった。  祝日のこの日は毎年、町外れにある国軍の駐屯地にて大きな祭りが行われる。  四ヶ月前の人事異動により赴任してきた新しい部隊長は、筋金入りの堅物で有名な若い将校だったが、駐屯地ができた年から続いている慣習をやめるつもりはないらしい。  地域発展や住民との交流を目的としているこの国軍主催の祭りは観光客にも人気で、わざわざこれを目当てに町を訪れる者もいるほどだ。  住民もこぞって参加しているらしく、昼間にもかかわらず町の通りは閑散としていた。  城門へと続く大通りの両側には、レストランや土産物屋が並んでいるが、ウサギ娘と長官はそれらに目もくれず、高台へと上っていく。  歩幅の違いは、ウサギ娘の速度に長官が歩調を合わせることで、修正されているようだ。  やがて城門に到着するも、二人はそれをくぐることなく脇道へと逸れた。  そのまま古城の外周を歩き、ワイン用の大きなブドウ畑を抜ける。  そうして彼らが辿りついたのは、古くからある町の共同墓地だった。  広い墓地には、名前を刻んだだけの石碑が慎ましい様子で並んでいる。  ウサギ娘と長官は、その内の一つの前で足を止めた。  石碑に刻まれているのは、ウサギ娘が祖母だと思っていた老婆の名前。  今日は、彼女の命日だった。 「おばあちゃん、来たよ……」  民間療法に精通し、町民からは白魔女と呼ばれて慕われていた祖母。  真っ白い髪と真っ白い肌の彼女がウサギの耳ではなく、人間と同じ耳をしているように見えるのは、彼女が魔女で魔法を使っているからなんだ、と幼い頃のウサギ娘は本気で思っていた。  けれど、当然魔女などではなかった祖母は三年前に亡くなり、つい半年前にはウサギ娘の母親も、祖母の隣で永遠の眠りについた。  去年と一昨年は母と二人で花を手向けた石碑に、今年は一人きりで向かい合うことになる。  ウサギ娘は、つい四ヶ月前までそう思っていた。  けれど今、彼女は一人ではない。 「どうも、はじめまして」  そんな挨拶と共に祖母の石碑の前にしゃがみ、立派な花束を手向けてくれたのは、長官だった。  花束は今朝早く、彼の屋敷の庭で咲いたばかりの選りすぐりを、家政婦が切って持たせてくれたものだ。  気の利く家政婦は、ウサギ娘の母の墓用に、もう一つ花束を作ってくれていた。  それにウサギ娘が添えたのは、屋敷の裏庭で自ら摘んだシロツメクサだけの質素な花束。  シロツメクサは、ウサギ娘の大好物だ。  それを知っている長官が、隣にしゃがんだウサギ娘に、もしや、と問いかける。 「お母様も、やっぱりシロツメクサがお好きだったんですか?」 「そうなんです」  ウサギ娘はこくりと頷くと、すっくと立ち上がって遠くを指差した。 「あっちの古城の裏手に、大きなシロツメクサ畑があるんです。よく母と二人で摘みにいってました」  そこでウサギ娘はくすりと笑い、でも、と続ける。 「町の人達はシロツメクサが私達の好物って知らないから、ずっと四つ葉を探していると思われていたみたいで……」 「四つ葉? ──ああ、見つけると幸運が訪れるという?」  元来三つ葉のシロツメクサには、稀に小葉を四つ持つ変異体が発生する。それを見つけた者には幸運が訪れるという伝説があり、その逸話によると、四つの葉はそれぞれ幸運、愛情、希望、誠実の象徴とされている。いわゆる、縁起物である。 「母娘一緒に、子供みたいに夢中になって幸せ探ししてると思われてて……ちょっとだけ恥ずかしかったです」  そう言ってくすくす笑うウサギ娘に、長官も優しい笑みを向ける。  彼が居てくれたおかげで、ウサギ娘はこの日、祖母と母の墓前で涙をこぼすことはなかった。  さて、この日。  二人がウサギ娘の生まれ育った町を訪れたのには、墓参りの他にもう一つ理由があった。  共同墓地を後にし、元来た道を辿ったウサギ娘と長官の足は、人通りの少ない大通りの途中からさらに静かな路地へと逸れた。  荷車がやっと一台通れるほどの狭い石畳の道をしばらく進み、とある一角に来てようやく二人は立ち止まる。  時刻は、ちょうど正午になろうとしていた。  ウサギ娘と長官の目の前には、木の扉。二人はそっと、ここまで繫いでいた手を離す。  長官がドアノッカーのシンプルな丸い輪を摑み、カツンカツンと扉に打ち当てた。  ほどなくして、カチャリ、と音を立てて扉が開かれる。  現れたのは、優しげな顔立ちをした、恰幅のいい壮年の男性。  とたんに、ウサギ娘は茜色の瞳を潤ませ、震える声で言った。 「──町長さん……」  男性はこの町の町長だった。生まれた時から父親がおらず、つい半年前には母親も亡くして天涯孤独になってしまったウサギ娘を、我が子のように気に掛け、支えてくれた。  扉の外にウサギ娘の元気そうな姿を認めると、町長は両目に涙を滲ませつつ、微笑みを浮かべて告げた。 「──おかえり」  ここは、元は青果店のあった場所。  ウサギ娘が長官に保護されるまで住んでいた、彼女の生家だった。  扉の中へと招き入れられたウサギ娘が、それまで頭に被っていた麦わら帽子を脱ぐと、町長がはっと息を吞む気配がした。  長官の部下であり、ウサギ娘の身辺整理を担当していた獣人保護庁主任の報告によると、町長はウサギ母娘が獣人であることを、随分前から知っていたらしい。  とはいえ、この町に住んでいる際、その事実を知らなかったウサギ娘が彼の前でスカーフを取ったことはもちろんない。  だから初めて目にするだろう獣人の姿に、町長が驚くのも無理はなかった。  人間から見れば明らかに異形なその姿を嫌悪されやしまいかと、ウサギ娘は一瞬身を硬くする。  しかし、幸いそれは杞憂に終わった。 「やあやあ、可愛らしい耳だ。ずっとしまって生活するのは、さぞかし窮屈だっただろう。可哀想なことをした……すまなかったねぇ」 「そんなっ……」  町長はウサギ娘の姿を嫌悪するどころか、その耳を隠さねばならなかった彼女を思い遣ってくれたのだ。この町で、獣人のままの姿で生きられなかったことを、まるで自分の罪であるかのように町長に謝られてしまい、ウサギ娘は慌てて首を横に振った。  その拍子に、ぴょこぴょこと揺れる長いウサギ耳が、場の雰囲気を和ませる。  町長は泣き笑いするような表情でもう一度、「可愛らしい耳だ」と言った。  ウサギ娘の住まいであった青果店は、元々町一番の大地主である町長からの借地だったため、住人の居なくなった今は彼が管理をしている。  青果店の店舗だった一階は、野菜や果物の陳列棚が取り払われ、がらんどうになっていた。  一方、全て住居として使用していた二階は、そのままだった。  時折、町長夫人が空気の入れ替えや掃除をしてくれていたらしく、キッチンやダイニングテーブルには埃もたまっていない。 「まあまあ、おかえりなさい」 「おばさん……」  二階には、その町長夫人が待っていた。町長と同じく恰幅のいい、柔らかい雰囲気の女性である。  彼女もウサギ耳に驚いた様子だったが、すぐさま駆け寄ってきてウサギ娘を抱き締めてくれた。  主任を介して連絡を取ったらしい長官と町長は、この日、この家で、ウサギ娘も交えて正午に会う約束をしていたのだ。  そのため町長夫人は、ウサギ娘と長官に昼食を振る舞おうと、家で作ってきたらしい料理の盛りつけをしていた。  彼女と並んで、ウサギ娘は四ヶ月ぶりに生家のキッチンに立ち、湯を沸かしてお茶の用意をする。  その後ろ姿を見守りながら、長官と町長はダイニングテーブルを挟んで向かい合った。 「今日はお時間をいただきありがとうございました」 「いえいえ、お会いできて光栄です。それにしましても、長官殿がまさかこんなにお若い方だったとは……」  町長が顔を合わせたことのある獣人保護庁の人間は、がっしりとした身体つきで、顎に短く髭を生やした主任だけ。  ウサギ娘を保護したのが、主任の上司も上司、獣人保護庁のトップであると聞いていた町長は、長官は自分と同年代くらいの男性を想像していたらしい。  実際会ってみれば、軍人にしては物腰柔らかな若い青年であったことに、驚きを隠せない様子だった。 「町長さんご夫妻には、これまでもいろいろとご協力をいただき、本当に感謝しております。ところで、彼女と、彼女のお母様が獣人だということを、いつからご存知だったんですか?」  長官が、穏やかな声でそう尋ねる。キッチンでポットに茶葉を入れようとしていたウサギ娘の長い耳が、ピクリと震えた。  町長は、自分の妻と並んで立つウサギ娘の後ろ姿に目を細め、記憶の糸を手繰るようにして話し始める。 「知ったのは、あの子が生まれた時です。彼女の祖母──身重の彼女の母親を保護した婆さんが彼女を取り上げたんですが、それはそれは結構な難産でしてね。家内が手伝いに入ったんです」 「なるほど、それで……」 「実は、彼女達母娘が獣人であることを黙っていてほしいと言ったのは、婆さんなんです。それが受け入れられないなら、彼女達母娘を連れて、自分もこの町を出て行くつもりだと言い出しましてね……」 「そうでしたか」  老婆が何故そこまで、会って間もないウサギの獣人母娘に親身になるのか。  町長は不思議に思って理由を尋ねたことがあったらしい。すると、老婆はこう答えたという。 「〝自分も獣人の子だから〟なんて言うんですよ」 「──獣人の子? それは、本当ですか?」  とたんに、すっと目を細めた長官に、町長は慌てて首を横に振った。 「いえいえ、冗談に決まってますよ! 婆さんも元は流れ者らしいですが、あの人はどこからどう見ても人間でしたからね」 「……そうですか」  そんな老婆は、豊富な知恵と経験から町民に敬われる存在だった。彼女を失いたくなかった町長夫妻は、老婆の望み通り、ウサギの獣人母娘の正体に口を噤み、人間として町に受け入れることを決意したのだという。 「その後も婆さんは、信頼のおける町民を慎重に選んで、彼女達母娘のことを頼んでいましたよ」  毎朝新鮮な野菜を届けてくれていた白髪交じりの農夫や、果物をよく箱買いしてくれた気前のいい老婦人。そして、青果店の斜め向かいにある生花店の店主の名前も挙がる。  老婆から彼女達の正体を明かされた町民達は、不測の事態に備えてこっそり母娘をサポートしてきた。  ウサギ娘は覚えていないが、彼女がやっとよちよち歩きを始めた頃、うっかり路地で転んでスカーフから飛び出してしまったウサギ耳を、生花店の店主が慌てて隠してくれた、なんてこともあったらしい。 「私の知らない間にも、たくさん助けていただいてたんですね……」  ウサギ娘は、茶葉の入ったポットの底を見下ろしながら、そう呟いた。  すぐ側のコンロでは、シュンシュンとお湯の沸く音がする。  火を止めた町長夫人が、沸いたお湯をポットに注ぐと、白い湯気と共に茶葉の香りがふんわりと立ち上った。  ポットと四つのカップを、ダイニングテーブルへと運ぶ。  ランチのメインディッシュは、大きなパスタ生地に挽肉とほうれん草を包み込み、トマトソースとチーズをかけてオーブンで焼き上げた郷土料理だ。  一口嚙めば、モチモチとした生地の食感と、中に閉じ込められた挽肉の旨味が溢れ出す。  町長夫人の作るものは中の具にさらに数種のハーブが練り込まれていて、シロツメクサに次ぐウサギ娘の好物でもあった。  四人掛けのダイニングテーブルの町長の隣には夫人が、長官の隣にはウサギ娘が腰を下ろした。  今日、ウサギ娘が長官に伴われて故郷を訪れていることは、町長夫妻しか知らない。  四ヶ月前に突然姿を消したウサギ娘を心配する町民は多かったが、町長夫妻はあえて彼らに伝えなかったのだという。 「君がどなたの元に身を寄せているのか……あまり口外すべきではないと思っているんだ」  その理由について、町長は老婆から聞いた話だが、と断ってから、ウサギ娘に向けて話し始めた。 「十五年前、君のお母さんは、この町に逃げてきたんだそうだ」 「逃げて……? 母は、誰かに追われる身だったんですか?」 「一族……つまりは、ウサギ族の獣人のコミュニティーから逃げたんだそうだよ」 「そんな、どうして……?」  初めて耳にする母の事情に、ウサギ娘は困惑する。  町長は長官に視線を移し、話を進めた。 「彼女の母親の話では、ウサギ族の多くは、どこかの町に集まって人間社会に紛れて暮らしているそうです。しかし、ここ数十年、一族の出生率は下降の一途を辿り、焦りを募らせていた、と」