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作者:柏てん
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-12-02(角川书店)
价格:¥560 原版
文库:角川Beans文库
丛书:皇太后のお化粧係(2)
代购:lumagic.taobao.com
皇太后のお化粧係 後宮に咲く偽りの華 皇太后のお化粧係 後宮に咲く偽りの華 柏 てん 角川ビーンズ文庫 本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載したりすることを禁止します。また、 本作品の内容は、底本発行時の取材・執筆内容に基づきます。  目次 序章 第一章 昨日の敵は今日も敵? 第二章 皇帝陛下の新たな妃 第三章 化粧師は過去と再会す 第四章 追えば逃げる、それぞれの想い 第五章 仲直りの短期集中講座 第六章 夜が明けたら、朝がきます 終章 私達的幸せな結末?  あとがき  梅樹が蕾をつけている。  初春に咲くこの可憐な花を、妹は大層好いていた。  一度良かれと思って、一枝折ってやったことがある。  すると妹は、木が可哀想だと言って泣いた。  食うに困っても、どれだけ寒くて凍えようとも、泣き言一つ言わなかったのに。  植物の痛みに泣くような、そんな優しい子供だった。  父が生きていれば、妹にそんな思いはさせなかっただろう。  綺麗な襦裙を着て、贅を凝らした細工物を身にまとい、掌中の珠として大切に大切に育てられていたはずの子供。  それなのに、運命のなんと残酷なことか。  十回目の梅樹を見る前に、あの子は冷たい眠りについた。  迫りくる追っ手のせいで、懇ろに弔ってやることもできなかった。  形見は、これだけはと手元に残した釵一つ。  梅樹を象ったそれを抱いて、何度悲嘆に暮れたことか。  相次いで母が死に、そして俺は一人になった。  頼るものもなく、愛する者もなく。  凍えたこの世界で、そうして俺は俺になった。  紫檀の机は代々受け継がれる年代物だ。  天子の象徴である五本爪の龍のみならず、まるで執念のように隙間なく細工が施されている。  黒曜───十五代皇帝黄龍宝は、その上でさらさらと滑らせていた筆を置いた。  そしてため息をつき、一拍置いて絶叫する。 「一体、いつになったら終わるんだ!」  臘日の宴から二か月。  彼は未だに、事件の後始末に追われていた。 「叫んでも決裁書類はなくなりませんよ」  側に控えていた宰相の黒深潭が、ひどく怖い顔で言う。  ちなみに、これは彼の地顔である。 「私だって、もう三日も花琳に会えていないのです。八つ当たりされたくなかったら、黙って手を動かしてください」  そしてその顔の割に、彼は幼妻を溺愛する愛妻家としても知られていた。 「俺だって、もうひと月も鈴音に会えていないんだぞ。三日ぐらいでなんだ!」  後宮に引き留めた化粧師の娘の名を出し、龍宝もそれに対抗する。 「寵妃になっての一言も言えない人が何を偉そうに……」 「なんだと!?」  二人は疲れていた。  普段の深潭だったら決して龍宝にこんな口は利かなかったし、龍宝だってもっと冷静だったはずだ。  元々、彼らは乳兄弟ということで仲がいいが、それでも深潭は臣下という己の分を弁えた上で龍宝に接していた。  しかし不毛な言い合いをする程度には、彼らは疲れ切っていたのだ。  なぜか。  永く政を恣にしてきた女怪が、権力の座から降りたのはつい先日のことである。  当然のように、政局は混乱した。  豪華な塔や離宮の建設にはストップがかかり、後回しにされていた各地の治水や街道整備が再開された。  しかも、二人の仕事はそれだけではない。  通常業務に並行して、人事の刷新も行わなければならないのだ。  今の宮廷は、碌な働きもせず私腹を肥やす者が多すぎる。  それらを炙り出し、家格にかかわらず適当な人物を据えること。  それが龍宝の悲願だった。  そもそも、皇太后を生かしておく理由もそこにある。  彼女の存在は、佞臣を誘い込むための罠だ。  事実、皇太后の蟄居している離宮には、暗殺者が引きも切らない。  彼女の名を使ってうまい汁を吸っていた者たちが、自らの名が出ることを恐れて口封じをしようとしているのだ。  その暗殺者どもを捕まえて、雇い主を吐かせて更迭するのが目下のところ一番の大仕事である。  それにしても、失脚したらすぐさま暗殺者を送り込んでくるあたり、榮国宮廷の俗物は筋金入りのようである。  いっそ感心しながら、龍宝は気を取り直し、新たな奏上書に目を通し始めた。  後宮で使われる蠟燭は、高級な蜜蠟だ。  なので煙が少なく、焚くと甘い匂いがする。  夜。静まり返った尚紅の建物で、私と春麗は向かい合っていた。  春麗は椅子に座って机に向かい、私はその向かいに籐細工の椅子を置いて腰掛けている。 「〝げんき、ですか? 私げんきしてます〟」  私が言った言葉を、春麗がさらさらと紙に書き写していく。  皇太后の侍女をしていただけあって、その字はとても綺麗だ。  彼女がこくんと頷いたのを合図に、私は次の言葉を続けた。  そう。私は春麗に、手紙の代筆をお願いしているのだった。  後宮に暮らす者は、一度入ってしまったらおいそれと外に出ることはできない。  なので後宮に留まる旨を余暉に知らせるには、手紙を書くより他にないのだ。  しかし黒家での特訓で言葉遣いは大分ましになったとはいえ、やはりまだ書きとりは苦手。  紙も貴重品だし、失敗を恐れた私は自筆を諦め、春麗を頼ることにした。  長く皇太后の侍女をしていた彼女は、今年から尚紅を立て直す私の補佐をしてくれることになった。  化粧のこと以外常識も覚束ない身の上なので、顔見知りの彼女が傍にいてくれるのはありがたい。  なんせ彼女は、黒曜の命令で後宮に潜入していた私を知っている。そのせいで、後宮の主であった皇太后が失脚の憂き目にあったことも。  知った上で、私の補佐となることに同意してくれたのだ。  皇太后の許に潜入した際、彼女に助けられたと報告してあったので、おそらくは黒曜が気を回してくれたのだろう。  なかなか会えないが、気にかけてくれていると感じるのはこういう時だ。 「〝約束を、守れなくてごめん。私自分の意志で、後宮残る決めました。だから心配しないで〟」  春麗の筆の音を聞きながら、私は余暉のことを思い出す。  優しい人。優しくて美しい、花街の髪結師。  日本からこの世界に来てすぐに出会い、それから一年の間とてもよくしてもらった。  彼に出会っていなかったら、私はこの世界で野垂れ死んでいたかもしれない。  その彼との約束を破るのは大変心苦しいが、私は黒曜と約束してしまったのだ。  後宮に残って、彼の傍にいると。  勿論、身分のない私が妃になんてなれるはずもない。  けれど彼は私に、化粧師としての仕事をくれた。  今の私には、それだけで十分なのだ。  手紙を書き終わると、春麗は十分に乾かして折り畳み、懐に仕舞った。  手紙を宦官に託けるのにはコネがいるらしく、私はその方法も春麗に頼っていた。 「ごめんなさい。夜遅く付き合わせた。とても助かったです」  部屋を出ようとする春麗を呼び止め、私は礼を述べる。  夜遅くまで付き合わせてしまって、心底申し訳なく思った。  しかし今は尚紅も大変な時で、空いている時間といえば夜ぐらいしかなかったのだ。  春麗は目を丸くした後、くすりと小さく笑った。 「わたくしはあなたを手助けするようにと命じられております。なのでお気遣いなく」  透き通る声音は鈴のよう。  本当に、彼女は女官なんてやっているのがもったいないほど美しい人だ。  その顔に傷さえなかったら、今頃妃の一人として宮殿の一つも貰っていたに違いない。 (いや、後宮嫌いの黒曜がそれをするかどうかはさて置き) 「あの、その言葉、やめてもらえるですか? もっと気軽、いいのですけど……」  おずおずと言えば、春麗は呆れたように首を横に振った。 「いいえ。それはなりません。今のわたくしはあなたにお仕えしている身。身分の別はしっかりとしなくては」  彼女が尚紅に来てから何度も言っているのだが、一向に聞き入れてもらえない。  以前より仲良くなれたと思っているだけに、言葉遣いで距離を空けられるのは少し寂しかった。 「分かる、ますた……手紙、よろしくおねがいします」  諦めてそう言うと、春麗は優雅に頭を下げて房を出て行った。  一人きりになると、尚紅はいやに静かだ。  遠くで、冬眠から目覚めた蛙の鳴き声が聞こえた。  紫微城の裏手にある広大な庭院は、皇太后が近年になって造営したのだと聞く。  見たことはないがそこには蓬萊池という大きな池があって、蛙の鳴き声もそこから聞こえてくるのだろうと思った。  この世界に来て三度目の春。  あっという間なようで、けれど沢山のことがありすぎた。  私は鬘を取ると、無作法にも敷布の上に直接寝ころんだ。  春麗や深潭の妻である花琳がいたら許されないだろうが、今は一人なのだからいいだろう。  花酔楼にいる間は、少年だと偽るため短く切りそろえていた髪も、もう随分と伸びた。  肩口まで伸びた髪はこそばゆいが、切るのは我慢だ。  花琳に、もう二度と切ってはいけないと厳命されている。  毛先を指で弄っていたら、ガタリと音がして房の扉が薄く開いた。  何者かと慌てて起きると、ぼんやりと闇の中に見知った顔が浮かび上がる。 「黒曜!?」  驚いて名前を呼んだあと、私は慌てて口を押さえた。  いつものことだが、今日も後宮に皇帝の渡りがあるとは聞いていない。  つまり、彼は正式な手順を踏まずに忍んできたのだ。  その証拠に、服装も皇帝の普段着である袞服ではない。  出会った時と同じ盤扣ボタン式の盤領で、まとめず垂らしたままの髪はどこか野性的な色香を放つ。  私は思わず萎縮してしまった。  まさか黒曜が来るなんて、予想もしていなかったのだ。  だって、最後に彼に会ったのはひと月ほど前。  それも尚紅の今後について。二三言葉を交わしただけに過ぎなかった。 「邪魔をしたか?」  私があまりにも寛いでいたので、どうやら黒曜も驚いたようだ。  彼が私から目を逸らしているのがその証拠で、居たたまれなくてその場に小さくなった。 「だ、大丈夫アル……」  緊張すると、語尾がおかしくなる癖も相変わらずだ。  最近は出ていなかったのに、やっぱり黒曜を前にすると緊張してしまうらしい。 「そうか」  黒曜は房に入ると、後ろ手で扉を締める。  そして倒れ込む勢いで、先ほどまで私の座っていた椅子に腰掛けた。  大柄な黒曜の重みと衝撃に、籐編みの繊細な椅子が悲鳴を上げる。 「ど、どうしたの!?」  叩き込まれたマナーをかなぐり捨て、慌てて駆け寄る。  傍にあった机に肘を置いた黒曜は、まさしく〝ぐったり〟という表現そのままに体の力を抜いた。  いつも背筋をまっすぐ伸ばしている姿を見慣れているだけに、彼がここまで脱力しているのは珍しい。 「つ、疲れた……」  黒曜の言葉に、彼が怪我や病気で倒れたわけではないと知る。  安堵のため息をつき、とにかく黒曜をもてなすためお茶の用意を始めた。  と言っても、皇帝に出せるような高級なお茶は支給されていない。  なので、用意するのは私特製疲労回復に効く山白竹クマザサ茶だ。  山白竹クマザサは一年中採れるし、美肌や免疫力を高める効果もあって非常に有用な植物だったりする。  味もクセが無くほんのり甘いので、私自身お気に入りのお茶だ。 「不思議な香りだ」  小さな茶器にお茶を注げば、香りをかいだ黒曜の眉間の皺が少しだけほどけた。  茶器を傾ける黒曜を横目に、私は彼と机を挟んで腰掛ける。先ほどまで春麗が座っていた椅子だ。 「甘い……うまい茶だな。どこの産地のものだ?」 「すぐそこ。後宮の中」 「後宮の中? 茶樹園か?」  黒曜が不思議そうな顔をするが、それは私も一緒だ。  広い広いとは思っていたが、まさか城の内部に茶樹園まであるとは思わなかった。 「違う。すぐそこ。この葉っぱ」  そう言って、私は後で化粧水にしようと陰干ししてあった山白竹クマザサを手に取った。  黒曜は目を丸くしている。 「なんだそれは! そこら中に生えている雑草じゃないか」 「なっ、雑草違う! おいしいし便利。とても助かる葉っぱアルよ!」  慌てて言い返すと、今度は呆けた顔になる。  そして一拍後、黒曜は破顔した。 「ははは! 雑草の茶を皇帝に飲ませるのは、お前ぐらいだ」  褒められているのか、貶されているのか。  おそらくは後者だろう。  折角良かれと思ってお茶を淹れたのに、驚かれるし笑われるしでがっかりだ。  私の仏頂面に気付いたのだろう。しばらくすると黒曜は笑うのをやめ、わざとらしく咳払いをした。 「あー、ゴホン。なんだ、笑って悪かった。折角お茶を淹れてくれたのに……」  眉を下げ、こちらを窺っている姿はとてもこの国で一番偉い人とは思えない。  初めて会った時に比べて、とても表情豊かになったなと思う。  まるで私の機嫌を伺うような態度に、思わず噴き出してしまった。  黒曜との久しぶりの再会に、私も少なからず高揚しているらしい。  私につられて黒曜も笑い声をあげ、場は和やかな空気に包まれた。 「ははは───こんなに笑ったのは久しぶりな気がする」  茶器をあっという間に空にしてしまった黒曜に、私はお代わりを注ぐ。 「なにか、大変事? 黒曜、とても疲れてる見えるよ?」  思い切って尋ねると、彼は複雑そうに笑った。  私に話しても分からないと思っているのだろう。  それはそうかもしれないが、壁を作られたように感じて少しへこむ。  だからかもしれない。反射的に、そんなことを言ってしまったのは。 「役、立てないけど、話してくれる嬉しい。私も一緒、悩むよ!」  そう叫んで、気付けば黒曜の手を握り締めていた。  冷たい指先だ。  黒曜の手はかさついていて、そこからも彼の疲れが伝わってくるようだった。 「ちょっと待つ、して!」  黒曜が呆気に取られている間に、私はつい先日作ったばかりのカスターオイルのハンドクリームを持って椅子に戻った。  手荒れがひどいという女官のために作ったものだが、今の黒曜にはぴったりかもしれない。  蜜蠟と混ぜ合わせたカスターオイルは、とても滑らかだ。  その白い塊を手に載せ、もう一度黒曜の手を取る。  まずは右手から。  両手の小指を親指と黒曜の小指に引っ掛けると、手のひらが自然と開く。 「お、おい……」 「いいから!」  戸惑う黒曜に構わず、私は自分の中で慣れた手順を辿っていく。  フェイスマッサージと同じで、これもわがままな姉仕込み(?)だ。  まずは親指と小指の付け根。次に手のひらの真ん中の窪みを、ゆっくりと揉みほぐす。  力は少し強めな方がいい。  更に指の股にある水かきをほぐしていくと、黒曜の手がじんわりと温まってきた。  驚いて強張っていた顔も、少しずつリラックスしたそれへと変わる。  嬉しくなって、私は右手に続いて左手にも同じ動作を繰り返した。  黙って作業していると、気づまりになったのか黒曜が口を開く。 「そ、そのだな、悩み、なんだが……」 「うん?」  黒曜の手にばかり注目していたので、顔を上げるとなぜか相手は目を逸らしていた。  彼はそのままで、言葉を続けた。 「いないんだ」 「いない?」 「ああ。仕事のできる、まともな官吏が」  そう言って、黒曜は重いため息をついた。 「それ、困るでしょう?」  政治のことは分からないが、部下がまともに仕事をしてくれなければ、上司は困るだろう。 「そうだな。お陰でしわ寄せが全部こちらへ来ている。誰もが足の引っ張り合いに汲々として、民の暮らしを顧みようとしない。黄帝に国を預かった者として、これは由々しき事態だ」  黄帝というのは、昔々の、ちょっと人間離れした力を持ったといわれる皇帝だ。その人を祀る廟もあるので、先代というよりは神様というのが正しい。  黒曜との関係は、日本の天皇陛下と天照大神のそれに似ている。 「まあ、仕方のない面もある。皇太后は己に媚び諂う佞臣ばかりを重用し、勇気をもって諫言した者には制裁を加えた。多くの心ある者たちが、処罰され、或いは失望して自ら城を去っていった。私がこれからすべきは、それら悪心を持つ臣を退け、身分の別なく有能で真心ある臣を得ることだ。ところがこれが大層難しい……」  難しい言葉が多く、私には言葉の意味を理解するだけで精一杯だった。  黒曜が黙り込むと、私も何と言っていいのか分からず黙り込んでしまう。  悩みを聞くと言ったのに、これでは本当に聞くだけだ。  政治のことでは役に立てないけれど、せめてこれぐらいはとマッサージする手に力が入った。  ちょうど合谷(手の甲の親指と人差し指の付け根が交わるところにある、いろんなことに効くけれど痛いツボ)を圧したところだったので、黒曜の腰が浮いた。 「いっ!」 「ごめん! 痛かったアル?」  慌てて圧すのをやめ、宥めるように手の甲を撫でた。  冷たくかさついていた指が、すっかり柔らかさを取り戻している。  すっかり固くなったペンダコと剣ダコが、持ち主の頑張りを私に教えてくれる。 「私には、見ているしかできないけど……それでもずっと、見ている。黒曜が、誰もが安心して暮らせる国、作るのを……」  顔を上げると、蠟燭に照らされた黒曜の顔が、真っ赤に染まっていた。  逸らされていた目にまっすぐに射貫かれ、息が止まりそうになる。  私は慌てて手を放した。  どうして平気でいられたんだろう。  顔が燃えるように熱い。 「あ、ああ……」  まるで隠すように、黒曜は自分の手を長い袖の中に隠してしまった。 「や、夜分遅くまで失礼した。茶をありがとう」  そう言って、彼はロボットのようにぎこちなく房を出ようとする。  途中机にぶつかったりしたので、私は黒曜が心配になった。 「だ、大丈夫?」 「大丈夫だ! 邪魔をした!」  そう言って、黒曜は尚紅から出て行った。  しかし慌ただしい足音が、すぐに戻ってくる。  何事かと思っていたら、出て行ったばかりの扉からひょいと顰め面が覗いた。