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作者:菅沼理恵
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-12-28(角川书店)
价格:¥473 原版
文库:角川Beans文库
丛书:星宿姫伝(1)
代购:lumagic.taobao.com
星宿姫伝 しろがねの追憶 星宿姫伝 しろがねの追憶 菅沼理恵 角川ビーンズ文庫 本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載したりすることを禁止します。また、 本作品の内容は、底本発行時の取材・執筆内容に基づきます。  長汀は、海に面した東西に長い国土を持つ。海に面した地域はほとんどが港町だ。  首都は国土三州のうち中央にある草州の南前。南前港は国内でも最大級の港町で、この年末の時季にも、遠来からの巨大な船がいくつも碇泊していた。  港町の夜は長い。特に、港からほど近い場所にはいくつか娼館が並んでおり、その向かいの通りには酒場も数え切れない。船員はここで疲れを癒すのが常だった。  飲んだくれた船員たちのだみ声や、娼妓たちの嬌声、店の者の呼び込みが聞こえる中、浅緋はひっそりと酒場側の道端を歩いていた。建物の陰を選んでいるようにも見える。実際、彼は自分の気配をできるだけころすようにつとめていた。  十三月に入ってから、浅緋はある気配が海路をたどって長汀に向かってくるのを感じており、今夜はそれを確かめに来たのである。浅緋の主でありこの国の太子である静玄はもちろん気づいていない。今は浅緋の館で体を休めている朱月は、気づいているのかもしれないが、何も口に出さない。  竜珠は海を苦手とする。少なくとも好んで海を泳ぐ者はいない。竜珠には潮の匂いが血臭に似て感じられるためだ。これはあまり知られていない竜珠の欠点だった。そのためにほぼすべての竜珠が船酔いするといっていい。  神杖が沿海州三国を併合しなかったのは、海に面しているため、竜珠の国祖が不必要だと判断したという説がある。神杖では涼州から新東山脈の北端を抜けて海に達するが、夏でも気温が低い地域を通らなければならず、冬は凍る海なので港を造るには至っていない。どちらにしろ、神杖は海のない国だった。海産物は昔も今も、長汀との交易でまかなっている。  浅緋は港にたどりつくと、闇の中、碇泊している船をひとつひとつ外側からゆっくり眺めた。交易だけで生計を立てている国なので、港は深夜も人が絶えない。そこかしこに篝火が焚かれ、近くの酒場からは喧騒が響いてくる。  ──この気配に気づかなければよかったと思う。だが気づいてしまったからには挨拶くらいしておいたほうがいいだろう。相手は気にしないだろうが、その前にこちらに気づかず、騒動の種を撒き散らしてくれる可能性が高いのだから。  船を見上げ気配を探っていた浅緋の耳に、ものを壊すような、何かが割れるような音が聞こえてきた。女の悲鳴と男の怒号も聞こえる。集中が切れてわずかにいらつき、浅緋は小さく溜息をつくと、野次馬が駆けていく先へ足を向けた。 「嫌がってる子を無理にどうこうしようなんて、粋じゃないな、兄さん」  少し通りを行くと、一軒の酒場の店先に人垣ができている。  人垣の中央には、淡い赤みを帯びた短い金髪の長身と、それにかばわれる女性、そのふたりを取り巻く五人の男がいた。五人とも、船員ふうで逞しい体つきをしているが、金髪はひょろりと背ばかり高くて、五人にくらべれば華奢にさえ見える。かばっている女性よりはさすがに肩幅も筋肉もよくついているようだったが、目鼻立ちのはっきりした顔つきは中性的で、やさ男にも凜々しい女にも見えた。纏う旅装は鞘を差す剣帯を腰に巻いた剣士のものだったが、剣を帯びてはいない。 「酒の相手をしてくれるなら、寝床にきてもらってもかまわねえだろ」  囲んでいる男のひとりが、下卑た笑いを浮かべながら言った。あとの四人が追従のように下品な笑い声を立てる。 「ここは酒場だ。相手がほしけりゃそういう店へ行くんだな」と、金髪は肩をすくめる。「おまえ、本当にばかだな。気に入った女を振り向かせたけりゃ、這い蹲って拝むくらいの気持ちで口説け。まったく、女より強いと勘違いしている男が多くて困るよ」  金髪の言葉に、男たちは一瞬、虚をつかれたようにぽかんとした。が、ばかにされたと気づいてわなわなとふるえ出す。 「やっちまえ!」  おきまりの乱闘が開始され、浅緋はその場を立ち去るか、一部始終を見届けるか逡巡した。  跳びかかってきた男を、金髪は軽くいなすようにして避けると足をひっかけ、前のめりになったところへ後ろ首に手刀を叩き込んだ。男は鈍い声を上げて地面に転がる。その間も金髪は、かばっている女の手を握ったままだった。  次は同時にふたりの男が飛びかかった。金髪はひとりの股間を蹴り上げ、もうひとりは空いている手で拳をつくって正確にこめかみを殴りつけた。最小限の労力で瞬く間にふたりが地面に伏せる。  残りのふたりがふたりとも、懐から匕首を取り出して鞘を捨て、構えた。人垣がざわつく。女をかばっている金髪に、ふたりがかりで刃物を持ち出す男たちを罵る声がそこかしこから上がった。 「わたしが勝つと思う人、いるか?」  ふいに金髪は、後ろにかばった女と手をつないだまま、周囲をぐるりと見まわした。  これにはさすがに男ふたりも、周囲の見物人も呆気に取られた。  金髪は気にも留めずさらにつづける。 「こいつらとわたし、どっちが勝つか賭けてくれ!」  浅緋の周りでも賭けが始まる。たちまち成立していく賭けのほとんどが、男ふたりが勝つほうに賭けられていた。刃物があってふたりがかりなのだから当然だろう。負けるほうが恥ずかしかろうというのが人々の見解らしい。だが心情的には金髪を応援しているのか、いくつか励ますような声が飛んでいる。 「わたしはわたしが勝つほうに賭けるからな!」  言うなり、金髪は女の手を放して人垣へ下がらせた。ほとんど同時に男ふたりが跳びかかる。悲鳴が上がった。  同時に二方向から跳びかかってきた男のうち、ひとりは身を低くした金髪に小刀を持っている腕を取られて捻り上げられた。鈍い音がする。腕をはずされたのだろう。男は苦悶の絶叫を上げて地面に転がった。  もうひとりは金髪の姿を見失い、次の瞬間、下から顎に頭突きを喰らわされてふっとぶ。  今まで金髪が手加減していたのを、見物人と、叩きのめされた男たちは思い知らされる。 「わたしが負けるほうに賭けた人は、賭け金を置いていってね、はいこっちこっち」  金髪は明るく言うと、どこからともなく取り出した袋を広げた。ちゃりん、と音を立てて硬貨が投げ入れられる。その音は絶え間なくつづいた。  浅緋は人垣の中でこっそり溜息をついた。  叩きのめされた男たちが呼ばれた警邏隊に連れ去られてから、金髪が女に繰り返し礼を言われているところへ浅緋は近づいていく。 「おひさしぶりですね」  前から近づいて声をかけると、視線を向けられた。いぶかしげな表情が、みるみるうちに懐かしげなものに変わっていく。 「ああ、次男じゃないか」 「その呼び方はやめてくださいませんか、春雪」  浅緋はややうんざりして言った。「私には浅緋という名前があります」 「じゃあおまえも、古き名で呼ぶのはよせよ」 「明星の御方とお呼びしてよろしいので?」  その名称に、彼女は溜息をついた。 「今はそれしか使える名前がないんだから、そう呼ばれるしかないよなあ」  やさしげな男にも凜々しい女にも見えるこの者の本当の年齢を、誰も知らない。その素性も、本人から語られた者しか知りはしない。  浅緋が呼んだ春雪という名は、西方古語で表される彼女の昔の名を今の言葉に直した呼び名である。  だが神杖の先王は彼女の赤みがかった金髪を、気まぐれに黄昏や暁に浮かぶ明るい赤い星のようだと感心し、『明星』と呼ぶようになった。  彼女が先王の側室に入ったのは、ひとえに賭けに負けたからに過ぎない。先王と彼女は賭けごとを通じて知り合い、親しくなったのだ。──そして白鷺が生まれた。  つまり、白鷺が生まれたのは賭けごとの結果だとも言える。  女が礼を言い終えて去ると、明星は浅緋に向き直った。 「それにしてもすごい偶然だな。おまえに会うとは思わなかった」 「偶然のはずがありませんよ。あなたのそのお気楽なところがうらやましいです。本当に見習いたい」  浅緋は何度めかの溜息をついた。明星はむっとしたようにその凜々しい顔をしかめる。 「可愛くないな。昔のおまえはもう少しかわいげがあったと思ったが」  浅緋が子どもだったころ、彼女はとっくに大人で、今の浅緋や朱月より齢を重ねていたのだ。そんな相手に太刀打ちできるはずはなく、浅緋は彼女になるべく近づかないようにした。なので、彼女の人となりは今ひとつ摑めていない。  朱月は逆に、何よりも力を得たかったころに近寄っては痛い目を見させられていた。あの人が自分についてくれればいいのに、と何度も言っていた時期があった。やがてそれもすっかり諦めたようだが。 「それより、この国で行くあてはおありなのですか」  浅緋は揶揄を受け流して話題を変えた。 「ないよ」と、明星はあっさり言った。「特にどこへ行こうとかもない。ここに来たのはたまたまだ。おまえはここで何をしてるんだ?」 「何もご存じないんですね」  明星は、不思議そうな顔をして浅緋を見返した。 「何も、って」 「あなたを明星の御方とお呼びする国で何が起きているか、本当に何も?」 「長汀には昼前に着いて、それからずっと賭場にいたんだ。さっきやっと飲みに来たんだぞ」 「……昼前から賭場にいたんですか?」  浅緋は呆れた。港町では確かに昼から賭場も娼館も酒場もあいている。だが、本当に昼からそういった店で遊ぶ者は根っからのろくでなしとされていた。 「うん。儲かったよ」  明星は無邪気に言う。 「あなた、ほんっとうに懲りないんですね。初めて会ったとき、身ぐるみ剝がされかけてませんでしたか?」 「その程度ならよくある話だろう」  明星は明るく笑った。「そりゃあ、竜珠で先のこともわかるおまえにしてみたら、賭けごとなんてつまらないだろうけど、……わたしは竜珠じゃないからな」  明星は竜珠ではないから術は一切使えない。もちろん神でもない。その、人としてはありえないほどの長命と特殊な体質は両親から受け継いだものだ。 「自分の耳や目以外で何かを知ることはできないし、ずっと賭場にいたからまだ誰からもこのあたりの最近の情報は仕入れてないんだ。神杖で何かが起きているなら、もったいぶらないでさっさと教えてくれないか」  明星の口調は丁寧ではなかったが、あくまでも穏やかに浅緋に頼み込んだ。彼女はけっして尊大に命じるということがない。 「……あなたの娘が、亡くなったんですよ」  浅緋の言葉に、明星は目を瞠った。  創アル・世イー神シヤンに与えられた天暦において、一年は十三か月に分けられている。  年末の十三月は別称を『雪月』と書き、土地によって『せつげつ』とも『ゆきづき』とも読んだ。  十三月を司る月神は、十三主神の中でも特異な性質を持つ夜光連だ。  夜光連は十三主神の中でも深く人間に心を寄せていたという。夜の暗闇に怯える人間を照らす光、火を与えた神として知られており、その伝承はさまざまな形態で大陸中に数限りなく根づいていた。 「冬のお祭りはたいていどの国でも夜光連への感謝祭が主みたいだね。白雪はいろいろな国を回ってきたから、お祭りも変わったのを見られたんだろう?」  うらやましそうな琥珀の言葉に、白雪はまばたいた。  白雪は母の跡を継いでこの国の斎宮となったが、ふだんは『ひいな』と呼ばれる半人前の側仕え見習いだ。午前は働き、午後は講義を受ける。礼法、教養、武芸の三種ある講義を、白雪はこの順で苦手だった。そのせいか、武芸はともかく、礼法と教養はよく居残りをさせられている。  だがそれは、城外で育った白雪をどこから見ても非の打ち所のない深窓の姫君に仕立て上げるための特訓だった。白雪自身もそれをわかってはいるし、このように居残り時に見知った相手と雑談できるのはよい息抜きになっているので不服はない。  武芸は外で体を動かすことが多く、白雪に向いているのか、他の講義に比べて居残り回数は少なかった。もっともよく居残りを命じられるのは礼法だが、青磁の罵詈雑言を聞きながらひたすら課された動作を繰り返すだけで、雑談をする余裕などほとんどない。  だから、斎宮を守る騎士たち四人が講義に来てくれているとはいっても、落ちついて話せるのは琥珀だけである。しかも彼は話し上手で聞き上手でもあった。居残り中も、自然と会話が弾む。  今まではひいなが起居する宿舎の一室で行われていた教養の講義だが、十三月に入ってからは琥珀の多忙により、星曜館付属書籍館の一般閲覧所の一画が教室となっていた。今は居残りの白雪と琥珀だけがこの一般閲覧所にいるだけだ。千白は、いつものように白雪の影の中にはいない。彼は書籍館には入れないのである。 「確かにいろんな街のいろんなお祭りを見たけど、あまりよく憶えてないわ」と、白雪は答えた。「冬のお祭りって、ひもじいときにたくさん食べられる唯一の機会でしょう。だからおいしいものをたくさん食べたのは憶えてる。でも、それだけよ」 「よかったね。白雪はたくさん食べられたんだ」と、琥珀は微笑んで言葉をつづけた。「僕はお祭りのときはたいてい忘れられてたから、ごちそうを食べた憶えがなくって、だから今、こんなに食い意地が張ってるんだよ」 「忘れられてたって」 「お祭りのときは、母さんだけじゃなくて星曜館じゅうが忙しいからね。祈禱も要るし、警護にもかり出される。終日は清搔き、──魔除けの鳴弦を途切れさせてはならないんだ。母さんは弦の使い手だったから、休みなしに弾いてて、僕も母さんもたいてい丸一日何も食べられなかったな。夜中過ぎて初日になってから母さんが会いに来てくれて、ふたりで冷たくなったお餅を食べたりしたよ」 「でも、琥珀のお母さんって、側室だったんでしょう……」  琥珀は聖王楓院清祥と、星曜館の術師とのあいだに生まれている。母親は側室として扱われていたと白雪は聞いていた。 「側室の身分はもらってたけど、働くのが大好きだったから、仕事をやめたくないって、ずっと星曜館勤めをつづけてたんだ」  琥珀は懐かしげに目を細める。「結局、仕事で命を落としたから、本望だったろうなと思うよ」  白雪は黙って、机上に視線を落とした。  机上には、筆で拙い文字の書かれた薄紙が、やわらかい布製の下敷きの上に載せられている。白雪の文字は墨の黒で、琥珀が直した部分は明るい朱色だ。  書かれた文章は、神杖で子どもが最初に習う書き方のための定型習作文である。神杖では誰もがこの文章を子どものときに叩き込まれるのだそうだ。 (そのみはおのれのみのものにあらず ながきにつたわりしもの またながきにつたえるべきもの そまつにあつかうことなかれ)  ゆるやかな線で構成されるひらがなで書かれた古語文は、先祖を敬い自らの命を決して粗末にするなという教えである。国祖の言葉だと言われているが、真相は不明だ。何せ三千年も前のことである。千白に訊けば本当のことはわかるかもしれないが。  神杖は西方諸国と異なり、書記に筆と墨を使う。柔軟で繊細、そして丈夫な紙を漉く製紙技術は古代東海に存在した多島国春原から伝えられ、今では神杖のみが受け継いでいる。そのため紙漉職人は決して国外に出されず、職人たちが多く住む砕州は国内でも西方に位置するが、他国人の入州は許されていなかった。 「夜光連って、お気の毒だよね」と、琥珀が話題を戻した。「今でも人間のせいで地底に閉じ込められているんだから。せめてお祭りはにぎやかにして、火をくださったお礼をしなくちゃ。──神杖では十三月生まれの子たちが氷雪の精霊の衣装を着て、夜に家々を回るんだよ」 「氷雪の精霊の衣装って、どんなの?」と、白雪は興味を持った。「わたしも十三月生まれだから、神杖にいたらそれを着られたのかしら」 「精霊の衣装は無理だけど、白雪は祈禱のおこもりのとき、閏旬の衣装を着ることになると思う」  何故か琥珀は気の毒そうな目をして白雪を見た。  白雪は思わず首をかしげる。 「閏旬の祈禱の衣装って、そんなに、……その、着たくないようなものなの?」 「ううん。特別な布地で作られていて、とても綺麗だよ。このあいだ採寸してもらったでしょう? だから、白鷺さまがお召しになっていたものとはまた意匠が違う白雪専用のものをあつらえてもらえるだろうけど、……そうじゃなくて」  はあ、と琥珀は溜息をつく。「斎宮は、閏旬は精進潔斎して何も食べられないきまりになってるんだ」  白雪は思わず目を見ひらいた。  青磁はぱらぱらと、上司に手渡された名簿を繰った。  青竜隊が詰めているのは侍者館である。日勤であれば、必ず朝一度は顔を出さなければならない。 「で、これが何か?」 「入国してくる外国人の名簿。少ないだろう? 二十六人だ」  青磁の直属の上司は侍司の道延である。なのに、青磁に名簿を渡したのは、さらにその上の上司、刑部卿佳春だ。 「選ばれた十三か国の使者とその従者、二十六人」  佳春は、執務机にもたれかかって腕を組むと、唄うように言った。「今、侍従たちは客人の館を整えるのに大わらわだ。あとで館の警護の当番を編成する」