后退 返回首页
作者:水島忍,八千代ハル
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-10-04(讲谈社)
价格:¥594 原版
文库:讲谈社X文库White Heart

代购:lumagic.taobao.com
氷の侯爵と偽りの花嫁 ご利用になるブラウザまたはビューワにより、表示が異なることがあります。 氷の侯爵と偽りの花嫁 水島 忍 目 次 第一章 運命の再会 第二章 欲望の生け贄 第三章 オーウェンの訪問 第四章 強引なプロポーズ 第五章 華やかな結婚式の陰で 第六章 真実を知った二人 あとがき イラストレーション/八千代ハル 氷の侯爵と偽りの花嫁 第一章  運命の再会  ビアンカは窮地に立たされていた。  今、身に覚えのない罪を着せられようとしている。 「盗んだなら、盗んだとちゃんと言ってほしいの……。お願いよ」  ドナ・ヘイルズが皺だらけの手を組み、懇願するようにビアンカに言った。  ビアンカが老婦人ドナの付き添い役を務めるようになったのは、一年半前のことだった。ドナは当時、たった一人の親族である孫息子を亡くしたショックで、生きる気力も失っていた。  一年半の間、ビアンカは親身になってドナの世話をして、本当の祖母のように慕うようになっていた。そして、彼女も本当の孫娘であるかのように可愛がってくれた。保養地であるバースやブライトンに長逗留していたが、今はロンドンにある自宅の屋敷へ戻り、二ヵ月が経つ。  今では彼女はとても元気になってくれて、喜んでいたというのに……。  どうして、彼女はビアンカに宝石泥棒の疑いをかけるのだろうか。  ビアンカは信じられなかった。  ドナが裕福な未亡人で、宝石もたくさん持っていることを知っている。そして、その宝石が書斎にある金庫に納められていることや金庫の鍵のありかも。しかし、ビアンカは金庫に手を触れたこともない。確かに書斎にはよく出入りしているが、それはドナに用事を言いつけられたときだけだった。  たとえば紙とペンとインクを持ってくるように言われたときや、書斎の本棚から本を持ってくるように言われたときだ。金庫に目を向けることなど一度もなかった。  しかし、疑いをかけられたことそのものより、ドナに信用されていなかったという事実が、ビアンカを苦しめていた。  ドナは絶対にわたしを信じてくれていると思っていたのに。  いつもであれば、この居間はビアンカが安らげる部屋だった。大きな暖炉があり、その周りにはたくさんの小物が飾ってある。赤を基調とした絨毯が敷かれ、ふかふかのソファや椅子、テーブルが置かれていて、温かい家庭を感じさせる部屋だったからだ。  座り心地のいい椅子に腰かけるドナは、つらそうに顔を歪めて言った。 「あなたにはずいぶん世話になったわ。宝石はどうでもいいのよ。ただ……あなたに本当のことを言ってもらいたいの」  ビアンカは立ったまま、涙を溜めた青い大きな瞳をドナに向けた。蜂蜜色の長い髪をリボンでひとつにまとめ、ドレスは襟元まで詰まっているごく質素なものだ。付き添い役として、自分にはなんら恥じるところがないと今までは思っていた。 「わたし……本当のことを言ってます。宝石なんて盗んでいません。信じてください!」  しかし、ドナは困ったように首を横に振った。 「でも……ないのよ。わたしだって、あなたが犯人だなんて思いたくないわ。でも、カサンドラが……」  ビアンカが犯人ではないかと仄めかしたのは、カサンドラだったのか。彼女はドナの遠縁で、ここ二ヵ月、ドナの客としてこの屋敷で暮らしている中年の女性だ。何かというと、ビアンカは彼女に辛辣な態度を取られていたので、きっと嫌われていると思っていたが、間違いではなかったようだ。  ビアンカは、瘦せぎすで意地が悪そうな目つきをしたカサンドラの姿を思い浮かべた。  まさか、宝石はカサンドラが……。  ちらりとそう思ったが、そんなふうに疑うのはよくない。とはいえ、ドナはこの一年半の間、懸命に尽くしてきた自分よりも、血の繫がりがあるカサンドラのほうを信用するのかと思ったら、悲しかった。  ビアンカはドナの付き添い役として働く前に、住み込みの家庭教師をしていたことがあった。最初は子供達も懐き、楽しく働いていたが、その家の主人に言い寄られ、挙げ句の果てには乱暴されそうになったのだ。妻に見つかった主人はすべてをビアンカのせいにした。ビアンカが誘惑してきたのだと。  ビアンカは紹介状ももらえず、その家を追い出された。紹介状がなければ、なかなか次の仕事が見つからない。ドナの付き添い役として雇ってもらえたのは、彼女に正直に家庭教師をくびになった理由を話したからだった。彼女は同情して、ビアンカを雇ってくれた。  でも、今、こうして宝石泥棒をしたと責められて……。  身に覚えのないことだが、ここを解雇されたら、自分はどうなるのだろう。ビアンカは不安でいっぱいだった。泥棒と疑っているドナが紹介状を書いてくれるとは思えない。今まで精一杯、働いていたことがすべて無駄になってしまう。  そして、わたしは路頭に迷うことになってしまうわ……!  両親はもう他界しているが、田舎には兄夫婦がいる。けれども、兄夫婦には三人の小さな子供がいて、ビアンカが厄介になるわけにはいかない。  裕福だった頃の自分の生活が脳裏をよぎる。  今では誰も信じないかもしれないが、ビアンカは子爵令嬢だった。だが、父は借金を残して亡くなり、兄は名ばかりの爵位を継いだものの、厳しい暮らしを強いられている。ビアンカはもう田舎に戻ることはできないのだ。  だから、ドナになんとか信じてもらわなくては。自分は何も盗んでいないことを。 「わたしは無実です。信じてください。わたしは宝石なんて絶対に盗んでいません!」  心を込めて、そう言う。口先だけで言っているのではないことを、彼女に伝えたかった。  ドナは心を動かされたように見えた。 「そうね……。あなたがそこまで言うのなら……」  そのとき、後ろから女性の鋭い声が聞こえてきた。 「ダメよ、ドナ。あなたは彼女に騙されているのよ」  カサンドラだ。ビアンカは振り向いてみて、目を見開いた。  彼女は一人ではなかった。隣に長身の青年が立っている。  黒髪で銀色の瞳をした彼はすらりとしていたが、肩幅があり、上質な生地のフロックコートがよく似合っていた。顔立ちは整っているものの、眼差しは鋭い。彼はビアンカを見て、はっとしたように目を瞠った。  ビアンカはその青年をよく知っていた。いや、三年前はよく知っていた。まさか、こんなところで再び会うとは思わなかったが。  脚が震える。立っていられないほどの衝撃を、ビアンカは受けていた。  二人の視線が絡み合う。彼はビアンカだけを見つめていて、一瞬、三年前の幸せだったあのときに戻ったようだった。 「まあ、オーウェンじゃないの! 訪ねてきてくれたのね!」  ドナは青年を見て、嬉しそうに手を広げた。彼は無理やり視線をドナに向け、ぎこちなく微笑むとドナに近づき、彼女を抱き締めた。 「ドナ、本当に久しぶりですね。父の喪が明けて、やっと社交界に顔を出せるようになったから、あなたに挨拶に来たんですよ」  二人は知り合いだったのだ。今までドナの付き添い役を務めていながら、そんなことも知らなかった。  彼はちらりとこちらに目を向ける。今度はさっきとは違い、射るような鋭い目つきだ。ビアンカは思わず視線を逸らした。  オーウェン……。オーウェン・フィッツウィリアム。一年ほど前に父親を亡くし、今は爵位を継ぎ、ブラックモア侯爵と呼ばれている。  彼はもう二十八歳だ。そして、三年前、社交界にデビューしたばかりだったビアンカは、今は二十歳。いや、もうすぐ二十一歳になろうかという年齢になっていた。社交界では行き遅れの女性ということになる。  あの華やかな社交界生活は悲しい幕切れとなった。ビアンカはあの頃のことを思い出したくなかったし、とりわけオーウェンとはもう二度と会いたくないと思っていた。彼を傷つけ、同時に傷つけられたビアンカは、立ち直るまでにかなりの時間が必要だった。  しかし、今も自分の心はまだ完全には癒えていなかったようだ。彼と同じ部屋にいると思っただけで、張り裂けそうなくらい胸が痛んでいる。  あの頃、わたしは彼に夢中だった……。彼しか目に入らないほど愛していた。  結局、ビアンカは忘れたつもりでも忘れていなかったのだ。彼を見ただけで三年前の気持ちに戻るのは、まだ彼に強い感情を抱いているということだ。  もしかして、わたしはまだ彼を愛しているの……?  いいえ、そんなことはないはずよ。あんなに傷つけられたというのに。  彼はドナに向き直った。 「今、親戚の方に聞きましたが、付き添いの女性が宝石を盗んだそうですね」  カサンドラはそんなことまで訪問客に告げたのだ。  なんてひどい……!  だが、ビアンカは何よりオーウェンに宝石泥棒と思われていることがつらかった。  ビアンカはかつてオーウェンと恋人同士だった。二人は愛を囁き合い、キスを交わした。  でも、あのとき彼は本気なんかじゃなかったのよ……。  二人の愛は破局を迎えた。それでも、三年の時を経て再会した彼に、こんな惨めな場面を目撃されたくなかった。  ビアンカがつらい思いで立ち尽くしていると、ドナはオーウェンに言った。 「ビアンカは心を込めて世話をしてくれていたの。だから、宝石のことはいいのよ。ただ、彼女に噓はついてもらいたくない。それだけなの。だって、これから先、彼女のことを信用できなくなってしまうもの」  彼女はビアンカを疑っているが、これからも引き続き、雇うつもりでいてくれているのだ。疑われていることは悲しいけれど、それだけは嬉しかった。  しかし、オーウェンの言葉は辛辣だった。 「盗みを働くような使用人はすぐにやめさせるべきですね」 「そんな……!」  ビアンカは悲鳴のような声で、そう言わずにいられなかった。誰よりも、彼にそう言われたことに傷つき、大きく見開いた瞳から涙が溢れてくる。  彼は何も知らないのだ。住み込みで働いている使用人が追い出されたら、すぐに路頭に迷ってしまうことを。次の仕事も決まらず、どうやって食べていけばいいのだろう。  彼が本当はビアンカを愛していなかったことは判っている。だが、かつては恋人同士だったというのに、こんな残酷なことを言えるなんて、なんて冷たい人間になったのだろう。  それとも、昔からこういう冷酷な性格だったのだろうか。あの頃はビアンカが知らなかっただけかもしれない。  カサンドラは横から口を挟んできた。 「それより、警察に引き渡すべきじゃないかしら。盗みは犯罪よ。どうせ宝石を売り払って、お金はどこかに隠しているんでしょうけど」  ビアンカは警察と聞いて、たじろいだ。ドナは顔をしかめて、首を横に振る。 「警察なんてとんでもない。宝石は本当にいいの。ビアンカはそれに値するだけの仕事はしてくれたわ。でも……」  ドナはすまなそうな顔でビアンカを見た。 「オーウェンの言うことも判るの。悪いけど、やめてもらうわ。紹介状は書くから……」  ビアンカはそっと頷く。やめたくないが、仕方ない。いくら盗んでいないと言っても、誰も信じてくれないのだから。ドナが紹介状を書いてくれるというなら、それを受け入れるべきだ。  だが、それにもオーウェンが口を出してきた。 「それは甘すぎますよ。泥棒に紹介状を書くなんて。この娘にはちょっとしたお仕置きが必要です。警察に突き出さないなら、僕が引き受けますよ」  ビアンカの身体が震えた。  彼は何を言ってるの……?  ひょっとして、彼はビアンカを捨て猫みたいにどこかに追いやる役を引き受けると言っているのだろうか。お仕置きというのは、そういう意味なのか。 「そうね。わたしはどうしたらいいか判らないから、あなたにお願いしようかしら」  ビアンカが何も言えずにいるうちに、彼はドナの了解を得ていた。  ドナはビアンカに言う。 「このかたはブラックモア侯爵よ。あなたにはいろいろ問題があるようだから、彼に助けてもらうといいわ。……大丈夫。彼は優しい人よ。あなたにひどいことはしないわ」  オーウェンが引き受けると言ったのを、ドナはどんなふうに解釈したのだろう。少なくとも、彼は決してビアンカを助けようとは思っていないはずだ。  それどころか、もっとひどいことをされそうな気がしてくる。 「わ、わたし……行けません」 「僕と行かないなら、紹介状もなしに追い出されるだけだ。どちらがいいかな? 行く場所もなく、ロンドン中を彷徨うのか?」  オーウェンの冷たい声がビアンカの胸に突き刺さった。  つらすぎて、指の先が冷たくなって痺れてくる。ビアンカはギュッと目を閉じた。しかし、そんなことをしたところで、この厳しい現実は変わらない。  わたしを守ってくれる愛しい人はもういない……。  一瞬、オーウェンが優しく自分だけを見つめてくれているところが脳裏に浮かんだ。  ビアンカは目を開け、この場にいる人間の一人一人を見た。  意地悪な目つきのカサンドラ、悲しみをたたえたドナの瞳、そして、嘲りの視線を向けるオーウェン。  もう、わたしはどこにも逃げられない。逃げても解決しないのよ。  どんなに無実だと訴えても、誰も信用してくれない。ビアンカは虚しさを感じながらも、かつての恋人の許に行くことを選ぶしかなかった。  今すぐ荷物をまとめるように言われて、仕方なく居間を出ていく。ドナがメイドに紅茶とお菓子を持ってくるように伝える声が聞こえてきた。オーウェンがドナを気遣う優しい声も。  ビアンカはすっかり惨めな気持ちで自分の部屋に戻る。涙が溢れ出て、手が震える。しかし、ビアンカの荷物はそれほど多いものではないので、すぐにトランクに詰め終わってしまう。  荷物を持って階下に下りたが、オーウェンがドナとお茶を飲む間、ホールで待たされた。やがて、オーウェンがやってきた。後ろからドナも来たので、彼女に挨拶する。 「……今までお世話になりました」  ドナは未払いの分の給金を渡そうとしたが、オーウェンに止められる。 「そんな必要はないでしょう」 「でも……」