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作者:菅沼理恵
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-12-28(角川书店)
价格:¥473 原版
文库:角川Beans文库
丛书:星宿姫伝(5)
代购:lumagic.taobao.com
星宿姫伝 しろがねの覚醒 星宿姫伝 しろがねの覚醒 菅沼理恵 角川ビーンズ文庫 本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載したりすることを禁止します。また、 本作品の内容は、底本発行時の取材・執筆内容に基づきます。  ぬくもりがゆっくりと離れていく。  白雪はまじまじと琥珀を見つめた。  琥珀は、そんな白雪のさまに微笑んでみせる。 「驚いた?」  白雪は答えられなかった。なんと答えるべきかわからなかったのだ。 「それとも、信じられない?」  問われた白雪はただただ戸惑った。それが顔に出たらしい。 「僕が、その、……君に想いを寄せるのは、迷惑かな」 「よく、わからない……わ」  かすれた声で白雪は答えた。  琥珀の言葉が今さらのように頭に染み込んできた。その意味を理解すると、ゆっくりと顔が熱くなっていくのがわかる。  頰に琥珀の手が伸びてきた。触れられて白雪は身を硬くしたが、琥珀の指先は羽毛のようにやわらかかった。 「君が、たいせつで……つらい思いを味わわせたくないんだ。だから、……」  琥珀は、そこで言葉を切った。  彼は眉を寄せると、覚悟を決めたようにきっぱりと告げた。 「白雪。一緒に神杖を出て、遠くへ行かないか」  脈絡のない琥珀の提案に、白雪は瞠目する。 「遠く、へ……?」 「斎宮でいつづければ、君は身も心も磨り減らしていくだけだ。次代の斎宮なんて、いつ現れるかわからない。年を取って死ぬまで斎宮位に縛りつけられる可能性だってあるんだよ」  琥珀は苦々しげにつづけた。「この国はくさってる。……君のようなちいさな子ひとりに、国土の安寧を背負わせるなんて、おかしいよ」 「でも、わたしが斎宮を退いたら、この国はどうなるの?」  白雪の問いに、琥珀は答えない。  ふいに琥珀の手が伸びて、きつく白雪の左手を摑んだ。 「琥珀……?」 「この手の烙印が、君をこの国土に縛りつけている」  手のひらの烙印を乱暴にさぐられて、白雪は身を竦めた。琥珀の指先から、敵意に似た波長ヒビキが伝わってくる。 「やめて、琥珀」  白雪は喘ぎながら訴えた。「放して、……痛い」  自分自身の不安と、琥珀から伝わってくる言いしれぬ感情に、白雪は唇を嚙む。  そして、琥珀の唐突な言動に戸惑ってもいた。  四人の騎士が迎えに来なければ、白雪はこの国の斎宮になってはいなかった。  そのひとりである琥珀が、斎宮位を捨てて遠くへ行こうと言うのだ。  矛盾している。そう、思った。 「ねえ、どうしてそんなことを言い出したの」  白雪は疑問を口にした。「わたしが斎宮でなくなったら、この国はどうなるの……」 「滅ぶだけだよ」  低い琥珀の声は、白雪に衝撃を与えた。 「ほろぶ……」  その言葉から想起されるのは、白雪にとっては『死』そのものだった。  神杖というこの国が、死ぬ。  では、この国に拠って生きている人々はどうなるのだ。  この国の、民は。 「琥珀は、それで平気なの?」  白雪は、じっと琥珀を見つめた。  琥珀の視線が返される。 「平気だよ」  その答えに、白雪は愕然とした。 「そんな……」  言葉が継げない。 「白雪、いつまでもつづくものなんて、この世のどこにもない。始まりがあるからには、必ず何もかも終わりを迎えるんだ。……いつかは僕だって、君だって死ぬ。この神杖という国も同じように、終わりを免れることはできないんだよ。その『終わり』が、今この瞬間に訪れたとしても、何ひとつ不思議ではないから……」  琥珀の声はやさしかった。だが、白雪は首を振った。 「そんなの、わたしは、いや」  抗う声が震える。  怒りとも、悲しみともつかない感情が白雪を衝き動かした。 「白雪、……」 「いやよ! わたしが斎宮を退けばこの国が滅ぶというのなら、決して退いたりなんかしないわ。ずっと斎宮でいたってかまわない。年を取って死ぬまでずっと、」 「──うるさい」  低い声が、白雪の言葉をすっぱり断ち切った。  白雪ははっとしてそちらを見た。  そちら、──横たわっている、千白を。  さきほどまで閉ざされていた瞼が開き、美しい彩りの瞳がのぞいていた。 「……ちしろ」 「なんなんだ、おまえら」  千白はむくりと身を起こすと、鋭いまなざしを向けてくる。「ここに無断で入ってくるとは、いい度胸だ」  白雪は言葉をなくして千白をまじまじと見つめた。 「千白……?」  琥珀が驚いたようにその名を呼ぶ。 「気安く俺の名を呼ぶな」  千白の答えはあくまでも鋭い。「おまえは誰だ。どうしてここにいる」  白雪はゆっくりと千白に手を伸ばした。千白はいぶかしげに白雪の顔と、伸ばされた左手を見比べる。  左手を。 「……その、手は」  千白は白雪の左手の烙印をみとめると息をのんだ。眉がぎゅっと寄る。何かを思い出そうとするような表情。 「おまえは、……誰だ?」  決定的なその問いに、白雪は伸ばしていた手を止めた。 「千白、わたし、よ……わからないの……」  朱月との戦いでぼろぼろになった千白は、今までこの場所で眠っていた。  そのあいだに自分を忘れてしまったというのか。白雪は混乱して言葉を失う。 「わからないも何も、おまえのような子どもは初めて見る」  いつもとまったく異なるその居丈高な口調に、白雪は千白との距離を感じる。 「白雪は君の宿主なのに」  琥珀が言うと、千白は彼に視線を向けた。じろじろと上から下まで値踏みをするような目つきだった。それから白雪を一瞥すると、 「こんな子どもを宿主にした憶えはない」と、言った。  白雪は衝撃を受け、ただひたすら千白を見つめる。  千白はその視線を気にもとめず、小さなあくびをひとつした。 「だいたい、いったい今はいつなんだ。やたらとだるいぞ。ここにいるということは、俺は眠っていたんだな。眠る前にいったい何があったんだ」 「千白は、その、……戦って、ぼろぼろになって、……九連がここに連れてこいというから」 「九連?」  白雪が覚束なく説明し始めると、その名に千白が引っかかってくる。 「九連環杖よ」 「九連環杖を九連と呼ぶ、……おまえは斎宮なのか」 「そうよ。千白は、……千白がわたしの中から出て来て、一緒にいてくれると言ったのに」 「俺が、おまえの中から」 「いつも影の中でそばにいてくれたでしょう? できることはするけど、できないことはしないって言ってくれたじゃない……!」  白雪は思わずこぶしを振り上げて、千白の胸を叩いた。千白は顔をしかめ、白雪の両手首を摑み、顔を覗き込む。 「……ということは、おまえが今の俺の宿主か」  ひさしぶりに間近で見た千白の顔に、白雪はどきりとした。眠る前とはまったく違う人のように、その顔つきは険しく年取って見えたからだ。以前の千白は白雪よりやや年嵩に見える程度の外見だったが、今は二十代半ばに見えていた。 「千白、何も憶えてないの」  言葉を失ってしまった白雪の代わりに、琥珀が尋ねる。「いったい、いつからなら記憶があるんだい」 「憶えているのは、……あいつが死んだときまでだ」  千白は、白雪の肩にそっと顔を伏せた。「だめだ。名前が思い出せない……」 「あいつって、女のひと? 男のひと?」 「女だ」 「じゃあ、国祖でないのは確かだね」  琥珀が指摘する。「千白が、国祖のあとに宿主にしたのは、全員女性だっていう話だから。みんな、斎宮なんだ。それはわかる?」 「ああ。三人いた……」  千白は白雪の手を放すと、額を押さえた。「そうか、……あれからずいぶんと経っているんだな。今は何年だ?」 「天暦一二二三五年」  答える琥珀の口調はあくまでも冷静だった。 「一万年を過ぎたのか」  千白は感慨深く呟くと、白雪を見た。まなざしの深さに、白雪は冷たい手で心臓を摑まれたような錯覚をおぼえる。  知らない他人を見る目。だが、その他人に慣れなくては、と思っている目。 「千白は、本当に……わたしを憶えてないの?」  喉がひりついて、問う声がかすれる。白雪は責めるような口調になるのを止められなかった。  いつまでも一緒にいるといったその口が、おまえなど知らないと拒絶の言葉を紡ぐ。  なんという手ひどい裏切りだ。 「裏切ってなんかいない」  千白は戸惑ったような表情を浮かべる。  白雪ははっとした。 「考えてることが、わかる、の……」 「確かに、どうやら本当におまえは今の俺の宿主のようだな、しらゆき」  ぎこちなく名を呼ばれ、白雪の中で怒りに似た感情がさざめいた。  千白はそんなふうに呼ばなかった。  千白は、……『俺』なんて、言わなかった。 「そうなのか」 「やめて」  白雪は立ち上がった。  輝キ石セキノ神カミは宿主の心、その表層に浮かんだ言葉となる直前の思考を読み取ることができる。宿主の意に沿うためだと聞かされていたが、白雪はそれをしないよう千白に頼んでいた。  千白も承諾してくれていたのに。 「わたしの心を、読まないで!」  そう叫ぶなり、白雪は床を蹴った。浮遊階段を駆け上る。琥珀が呼んでいたが、振り向かなかった。  出会ってからずっと、千白を誰よりも信じていた自分を、白雪はこのとき初めて知ったのだった。 「……ひどいな」  琥珀は呟いて、千白を見た。「本当に、千白は白雪のことを憶えてないの?」 「ひどいと言われてもな」  千白はもう一度あくびをした。「それより、おまえたち、さっきは不穏だったな。無理強いはいけないぞ」 「無理強いなんて」  琥珀はやや慌てた。 「無理にあの子どもをこの国から引き離しても、幸せになるかどうかなんてわかるものか」  会話は聞こえていたらしい。それとも、白雪の心を読んだときに察したのか。 「でも、ここにいても不幸になるばかりだ……」  琥珀は呟くと、白雪の去っていった階段を見つめた。 「本当の幸せなど、本人にしかわからない」と、千白は呟く。「当人でないおまえが幸せだからとあの子に何かを強いたとして、あの子がそれを不幸だと思えば不幸だ。わかるか」 「ややこしいことを言うなあ、千白は」 「ややこしくはない。それと、名で呼ぶな。俺をそう呼んでいいのは宿主だけだ」  今までの千白とは違う拒絶に、琥珀は戸惑う。 「じゃあ、なんて呼べばいいのさ」 「呼ぶ必要などないだろう。宿主以外のただの人間が、どうして俺に話しかけるんだ」  千白は不思議そうに言った。琥珀は思わず眉を寄せる。 「今までの斎宮の騎士には、なんとも呼ばれなかったの?」  そう問いを変えると、千白は、ああ、という顔をする。 「おまえは騎士なのか」 「ふつうの人間はここまで来られないだろう」  琥珀の言葉に、千白は納得したような表情を浮かべる。 「確かにそうだな。──だが騎士たちは、よほどのことがないかぎり、俺を輝キ石セキノ神カミと呼んでいたぞ。俺に話しかける必要があれば、おまえもそう呼ぶがいい」 「輝キ石セキノ神カミ……」 「なんだ」 「僕は前は、あなたを千白と名で呼んでいた。咎められなかったからだ」  琥珀は改まった口調で千白に話しかける。千白も黙ってそれを聞いている。  そんな千白の表情は落ちついていて、以前のようなきらきらした明るさや陽気さはかけらも見当たらない。 「本当は、そう呼ばれるのは嫌だったのですか」 「……俺は、目をさますたびに違う者になっているらしい」  千白は言いにくそうに説明した。「宿主が代わると記憶が混乱して、俺の印象や外見は少しずつ異なるようだ。俺自身も、自分のことなのに、どうして以前はそうだったのか、今はそうでないのかわからないこともままある。それに今は、おまえたちの前に顕現してから今までのことを思い出せない。──おまえが知っていた俺は、名で呼ばれることに頓着しなかったのかもしれないが、今は、いやだ」  語る声は、琥珀も今までに聞いたことのある千白の声だった。しかし以前より落ちついて低い。口調も違っている。 「わかった。──わかりました。仰せの通りに、輝キ石セキノ神カミ」  琥珀がいつもの親しげな口調から丁寧口調に切り替えると、千白はわずかに眉を寄せた。 「不服そうだな」 「そう見えましたら、ご勘弁を」と、琥珀は静かにつづけた。「ですが、僕が不満に思っているのは、僕への態度などではなく、あの子、……我が姫への仕打ちです」 「その、我が姫とやらはどこへ行ったかわかるか」 「それはわかりませんが……とりあえず、ここは去りましょう」  琥珀は釈然としないまま、立ち上がった。  白雪は斎宮殿をとび出すと、庭園を北東へ向かって駆けた。  誰にも会いたくなかった。  いつのまにか千白の存在は深く白雪の中に喰い込んでいた。どこまでもいつまでもついてくる、やっかいな輝キ石セキノ神カミ。  あけっぴろげに感情を口にし、行動で、白雪の傍にいるとめいっぱい表していた。  それが、白雪にとっての、千白、だった。  北東の、庭園を囲む城壁に空く穴は、竜珠でなければ見ることができない。この穴を使って、代々の斎宮やそのほかの王族がおしのびで城下街へ出かけていたようだ。白雪も、今その穴を使って城外へ出ようとしていた。  庭園の舗道から逸れて茂みをかき分け、城壁へ近づいていく。頭を下げて、自分よりやや小さい穴をくぐろうとしたとき、ふいに光と圧迫感を感じて、白雪は尻餅をついた。 「あっ、ごめん」  声と同時に、大きな手が差しのべられる。「だいじょうぶ? 怪我はしなかった?」  はりのある低い、だが男とも女ともつかない声に、白雪は奇妙な懐かしさを覚えた。  見上げると、明るい夕焼けの空が広がっている。  だが一瞬でその幻視は消えた。 「えっと、その……怪しい者ではないよ」  手を差しのべたままその人は、えへへ、と笑った。「お嬢さん、ほら、立って。まだ雪が残ってるから、冷たいでしょう」  木陰になった地面の残雪は凍っている。白雪はおずおずと、差しのべられた手に摑まって立ち上がった。  目を細めてその人を見つめる。  短く切り揃えられた髪は、赤みを帯びた金髪だ。この髪のせいで残照の幻視を見たのだろう。白雪を見おろすまなざしは、中心が髪と同じ色で、その周囲は蜂蜜のような色に染まっている。こんな色合いを、白雪は見たことがなかった。肌の色は白雪とほとんど変わらない。 「あれ? 前に会ったことあるかな」  その人は、不思議そうに白雪を見て、言った。「どこかで見たような気がする……」  白雪を見つめる残照の瞳が、何かを思い出すように細められる。  どくり、と白雪の胸の中で心臓が跳ね上がった。 「ん、シロに似てるんだ」 「シロ?」 「わたしの娘、……に、似てる、ということは、しら、ゆき?」  問いかけた次の瞬間、それは確信に変わったらしい。  白雪は事態が理解できず、ぱたぱたとまばたきを繰り返す。 「確かにわたしは、白雪ですけど」 「おっきくなったなあ!」  ぽん、と肩を引き寄せられ、次いで背に腕を回されて抱きしめられる。思いがけずやわらかい胸の感触に、やっとこの人の性別がわかった。女性だ。  ぬくもりとやわらかさが白雪を包み込む。  絶対的な安堵感に、痛みにひりついていた白雪の心が癒されていく。 「わたしはユキのおばあちゃんだよ!」  一瞬、白雪は動きを止めた。 「……おばあちゃん、て……ええええー!?」  腕の中で見上げると、彼女はいとおしげに白雪を見つめている。  その、凜々しく整った顔も、腕の力強さも、身のやわらかさも、何もかも。 『おばあちゃん』という単語からほど遠い存在に見える女性は、こうつづけた。 「でも、そう呼ばれるのは慣れてないから、明星って呼んでくれ、ユキ」  内緒だよ、と彼女は言った。 「わたしが城内にいることを、好ましく思わない者も多いからね」  斎宮のためにあけられている親王御所の一画には、いつも夏乃が詰めている。