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作者:河合ゆうみ,佐野ことこ
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-12-28(角川书店)
价格:¥580 原版
文库:角川Beans文库

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花咲高校演劇部へようこそ! 花咲高校演劇部へようこそ! 河合ゆうみ 角川ビーンズ文庫 本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載したりすることを禁止します。また、 本作品の内容は、底本発行時の取材・執筆内容に基づきます。  白島一花中学三年、十四歳の秋──誰もが進路や将来に向けて迷ったり悩んだり、突き進んだりしている時期に。  運命の瞬間が訪れました。 「なに、これ…………!?」  まさに青天の霹靂、目から鱗。  高校見学を兼ねて、ちょっと遊びに行ってみた花咲高校演劇部の定期公演『L・グレイの肖像』は。  舞台から直接伝わる熱気、気合いが、お腹の底にビリビリと響くような衝撃で。  今まで、ドラマや映画くらいでしかお芝居を観たことのなかった私には衝撃が強すぎたのでしょうか。興奮がおさまらず、その日の夜には高熱を出しました。  それくらい、キラキラ。  主演女優が綺麗なことはもちろん、舞台に立っている人すべてが全力で輝いていて、舞台そのものもキラキラしたオーラに包まれているようで。  それでいて、生身の人間がやっているってちゃんとわかるライブ感。 (すごい……!)  初めて、舞台の迫力を実感し、圧倒され──すっかり魅せられて。 (ここに入ったら、私もこの舞台に立てる!? 誰かを感動させることができるの!?)  とにもかくにも、そのときに決心していたのです。 「私もここに入る!」  あまりにも唐突に訪れた、人生のターニングポイントでした。  ちなみに演劇経験、ゼロ。  入学式を終えて数日経つと、高校は落ち着きを取り戻し始める。  入学したてであれこれ戸惑うことばかりだった私たち一年生も、そろそろ本格的な授業が始まっている。  HRが終わったばかりの校舎はまだ生徒がたくさんいてざわざわしていて、高校に入りたての興奮が冷めやらずにいっぱい詰まっている感じ。  花咲高校一年A組。  ここが、これから私たちがお世話になる教室だ。  幼稚園からずっと一緒の小雪と高校でも同じクラスになれたので、ちょっと安心した。  入学式のあとは各クラスのオリエンテーションや生徒会主催の部活紹介、学力テストがあって──入試が終わったばかりだっていうのに早速学力テストや進路相談が始まるって、鬼の所業だと思う──いよいよ今日の放課後から、部活動の見学や仮入部が始まる。  運動系に少し強い部があるくらいで、特別部活動が盛んな学校ではないから、まあ普通のペースだろう。  でも私には、この数日間の長かったことったらない。  もっと早く、この日が来てほしかったくらい。 「一花、そんなに慌ててどこに行くの? 一緒に帰ろうよ。ノート買いたいし、ちょっと寄り道しない?」  小雪に声をかけられて、私は教室を飛び出しかけた足を止めた。  花咲高校の制服は可愛くて、女子のシャツは水色の長袖で、ボタンが青。これがちょっと珍しい。  あとはブレザーにプリーツスカート。これが基本で、あとは寒い時期にカーディガンを着たりと、アレンジはかなり自由に許可されている。  シンプルな制服だから、好きなネクタイやリボンをつけてくる生徒も多いし。  私はとりあえずあまりアレンジせずに制服を着ているけど、小雪は杢グレーのだぼっとしたカーディガンを着ている。お洒落な小雪によく似合ってていい感じ。 「ごめん小雪、行きたいところがあるの!」  本屋や雑貨屋をふらふら見て、喉が渇いたらお茶して──小雪の言うような寄り道も大好きだけど、今日は、待ちに待った日だから。  うずうずして、もう一秒たりともじっとしていられない。 「先行くね、じゃあ、また明日!」  廊下を、ほとんど走るみたいな勢いで歩き出す。ミディアムボブの髪が、風を受けてふわふわと揺れる。  だってここは花咲高校。  やっと、演劇部に入れる! *  教室棟とは違う棟にある部室に行くと、閉め切ったドアに『本日の稽古場・中庭』という張り紙があった。  だから、昇降口で靴を履き替えて来てみたのだけれど。 「ええと……私は演劇部を捜していたはず……」  中庭の隅に立ち尽くし、しばしの間自問自答する。 「だよね……?」  人間、あまりにびっくりすると動きが止まるものらしい。  使っているのは木刀なのか、打ち合う音が鈍く響く。  時代劇とかだと、キーンとか、刃物特有の綺麗な冷たい音がするけど──。  四月半ば、夕暮れ時の中庭に、木刀と木刀がぶつかり合う音が広がっている。  何故そんな光景が、緑の匂いが濃くてちょっとむわっとしているくらいの中庭で繰り広げられているんでしょう。  ここはとっても平和な、公立の学び舎のはずですが。  校舎の窓際には、騒ぎを聞きつけたらしい、まだ学校に残っていた生徒たちがわらわらと見物に集まってきている。  でも、私以外、誰も中庭に出てこようとはしない。  正解だと思います。 「ここ、で、合ってるよね……?」  中庭にある大きな木の下は、天気の良い日のお昼時には生徒に大人気だという。  小さな池もあって、ちょっとした公園並みの広さのその中で、木刀を持って剣戟を繰り広げる男子高生がふたり。  しかも本気モード。 「──なんて不似合いな……」  木刀を振り回しても大丈夫なくらい中庭が広いから良いような──それでも尚良くはないような。 (とりあえず……なんで戦っているんだろー……)  喧嘩にしては物騒すぎる。  剣戟についてはよくわからないけれど、ふたりとも強いことは、一目でわかった。  切り結ぶ力がものすごくて、目が真剣。  ひとりは、防具は着けていないものの剣道着を着て、どこからどう見ても剣道部の人だ。  応戦するもうひとりは黒髪で身長が高く、学校指定のジャージを腕まくりし、構えもなんだか堂に入っている。  私は思わず息を吞んだ。  目つきも剣士そのものといった鋭さで、その目に乱れた前髪がはらはらとかかる様子を見ていると、背中がぞくぞくする。  集中力がものすごいのかもしれない。全身から、ゆらゆらと気迫が立ち上っている感じだ。  慣れているっていうのかなー──なんていうか、板についている。  今風に恰好いい上に、これだけ木刀が似合う人も珍しい。木刀を真剣に持ち替えたら、女子に大人気であっさりと天下を取れそうな気がする。  冷静な表情をしているせいか、この人にはまだ余裕があるみたいな気がする。剣道部のほうは、冷や汗を浮かべて対峙しているというのに。 (あれ? この人、どこかで見たことがあるような……?)  変化があったのはこのすぐ後だった。 (あ)  黒髪の人が一瞬、わざと見せつけるような隙を作った。  剣道部が誘い込まれたところへ、すかさずとどめの一撃。  ためらいもなく、容赦なく。  ばし、とすごい音がして、剣道部の人の持っている木刀が弾き飛ばされる。 「──一本」  黒髪男子が、振り上げた腕を静かに下ろす。 「部長。言いつけ通り、剣道部から一本取りました。これでいいんですか?」 「お見事、お見事。なかなか見ものだったね。おもしろかったよ」  両手で拍手しながらその場に現れたのは、アンダーリムの眼鏡をかけた、ものすごい美形だった。今まで、立ち合いの邪魔にならないよう、隅にいたみたい。 (女の人!? 違う、男の人だ)  だって、着ているのが男子の制服だもの。ブレザーに、ズボン。  それでも一瞬女性かと思ったのは、顔だちがあんまり綺麗に整っているから。  少しの風にもさらさらなびく茶色の髪と言い、白くて透けるような肌と言い、お人形さんみたい。  部長と呼ばれたその人が、黒髪男子に軽く頷いて見せる。 「敬介は合格。おめでとう」 「あざっす」 「それにしても剣道部の部長があっさり一本取られるって、少し情けなくないかい? しかも敬介はまだ一年生だよ?」  それはないだろう、と、汗を拭っていた剣道部が顔をしかめる。 「そっちの都合で、いきなり防具なしの木刀勝負なんてやらされても困る。大体こっちは、道場の外で打ち合うことすら滅多にないんだぞ。岸川は実践派の……ええと、何だっけ」 「古武道です。傍流ですけど」 「だろう? 剣道とは基礎からして違うんだよ。その上本気で戦えって、無茶ばかり言いやがって」 「でも、楽しかったでしょ? ふたりとも、いい顔していたよ」  部長に問われて、剣道部部長がにやっと笑う。  否定できないらしい。 「まあな。それじゃ俺は稽古に戻るからこれで。それと岸川」 「はい?」 「その気になったら剣道部に来い。お前、素質めちゃくちゃあるわ。気合いを入れれば全国に行けるぞ」 「──せっかくのお誘いですが……」 「敬介はうちの新人だ。剣道部にはあげないよ。それじゃ、ご協力ありがとう」  残念だな、と肩をすくめて、剣道部の部長が去っていく。  騒ぎを聞きつけた教師が駆けつけてくる前に、勝負は終わった。  今のは一体何だったんだと言いながら、見物人たちもばらばらと消えていく。  私は、勇気を振り絞って目の前にいるふたりに向かって声をかけた。 「あのー……ここって、演劇部ですよね? 入部希望なんですけど……」  恐る恐る、そう言ってみると。  ぱっと振り向いた男子ふたりのうち、眼鏡のすてきな部長が、一瞬にして私を検分するのがわかった。機械もないのに、スキャンされている感覚がわかる。  身長がそれほど高くない分、スキャンにかかる時間は短かったみたい。身長一五〇センチ前半、私の成長期はこれからの予定です──たぶん。 「声が小さいし、滑舌も良くないね。残念だけどうちは、素人は募集していないんだ」 「え……? あの?」  ばっさり斬って捨てられてしまい、私は戸惑いを隠せない。 (素人? え? プロじゃないと駄目ってこと? ここ、部活じゃなくてプロの劇団か何かだった……?) 「新入部員はほしいんだけどね」  あ。良かった。部員てことは、部活で合ってたみたい。  部活っていうのはまず見学して仮入部して、そのうち正式な入部届を出すものだと思っていたんだけど。  何もしてないのに断られるというのは正直、予測してなかったから、私、プチパニック中。 「来てくれてありがとう。その気持ちだけいただいておくよ。さようなら」  美形さんの声はやわらかくて、それでいてなんだか相手を従わせるような、不思議に色っぽい響きがあって。 「あ、はい、さようなら……」  釣り込まれるように頷いてそのまま帰りそうになって、はっと我に返る。 「じゃなくて! え? 入部できないんですか?」  部員を募集していないなんて、聞いていなかったのだけれど。  さっきから敬介と呼ばれている黒髪の人が、髪をわしゃわしゃかき乱しながらはーっと息を吐く。 「……演劇部が人手不足な理由がよくわかった。そんな風だから毎年廃部ぎりぎりで部費を削られるだの部室が一番狭いところに押し込められるだの、いろいろ面倒なことになるんだ。大体、なんで中庭で勝負させられたんですか俺。意味わかんねえ」  わ。  なんかこの人、すごいギャップ。 (さっきまで、怖いくらい気配も顔つきも厳しくて鋭かったのに)  物言いはちょっと飄々としていて、良い意味で軽やかで爽やかだ。  木刀を肩に軽く担いで、部長相手にぶつくさ文句を言っている。 「あは。だって、教室や廊下でやったら絶対怒られるじゃないか。剣道場もいいけど、僕のイメージは外だったからさ。贅沢を言えばもっと絵になる場所が良かったんだけどね。山とか川とか」 「映画でも撮る気ですか。まあ、なにやっても、部長が全責任取ってくれるならそれでいいんですけどね……いや、俺も絶対巻き込まれるんだから、あんまり良くないか」  ぶつぶつ呟いていた木刀男子が、ふと私を見て軽く微笑む。 「えーと……白島、だっけ? 入部希望って、本気なのか?」 「そうだけど……なんで名前知ってるの?」 「──俺、白島の隣の席の岸川。岸川敬介」 「あ。ホント、岸川くんだ」  道理で、なんか見覚えのある人だと思った。  高校って色々忙しい上に初めて会う人たちばかりだから、まだ名前と顔が一致していない人も多いんだよね。 (……そういえば、隣の席の人だ)  背が高くてすらっとしていて、ぱっと見、それこそ剣道とかバスケとか、がっしりとしたスポーツをやっていそうなイメージの人だ。 「岸川くんは、なんでここに」 「俺、今演劇部に入部したところなの」 (さらっと言ったよ、この人!)  入部を断られた私の前で! 「岸川くんは入部できたの!? なんで!? 男子だけ募集しているの? 私も入りたい!」  岸川くんに詰め寄りたいところだけど、それには悔しいことに身長が足りない。  背伸びしながら、両手で拳を作って力説する。だって、私はこのために花咲高校に入ったんだから! 「そりゃあ演劇に関しては完全な素人だけど、駄目? あ、もしかして女子は募集していないの? それならいっそのこと男装するから、男役ってことで!」 「おーい」 「今までお芝居をした経験はないけど──だって小学校も中学校も演劇部なかったし、お遊戯会でもくじ引きに負けて裏方ばっかりやってきたし、でもやる気だけはあるから! 男装を押し通せと言うなら、とりあえず身長を伸ばすところからやってみるから!」 「戻って来ーい」 「だから入部させてください!」  勢いよく頭を下げると、岸川くんがため息をついて部長を見た。 「……松ノ木部長、どうします? こう言ってますけど」  腕組みをした部長が、ちょっとだけ唇の端を上げて微笑みの形を作る。 「……仕方ない。お手並み拝見と行こうか」  部長の言葉に、岸川くんが心底あきれたような嫌そうな、なんとも言い難い複雑な表情をする。 「ええ~……前置きなしに、あんたの変なテストやらせんのかよ」 「たった今テストをクリアしたばかりの人間に、変だと言われるのは心外だね。一年の、白島さん? 簡単なことだよ。演劇部に入るには、テストを受けてもらわなくちゃいけない。どうする?」  よく手入れされてピカピカの眼鏡が、オレンジ色の夕日を受けてきらっと光る。  岸川くんが長身を屈めて、こそっと、やめたほうがいいよ、って耳打ちしてきたけれど。  私はぶんぶんと頷いた。 「はい、よろしくお願いします!」 *  四月は、夕方になるとまだまだ寒い。  陽が落ちるまでにはまだちょっとあったけれど、だいぶ冷え込んできたので、場所を中庭から三階の渡り廊下に移した。  普段は、ここが稽古場になっているらしい。  教室より広くて横幅も大きい。放課後になれば人けも少ないし声もよく響くし、舞台の稽古場としては案外使いやすそうだ。  渡り廊下の端にあるベンチに腰かけて、部長さんが楽しそうにぱん、と両手を打ち鳴らす。  岸川くんはそのすぐそば、ベンチの前にポケットに手を突っ込んで立っている。木刀はベンチの上。  私は、渡り廊下のど真ん中。 「じゃあ、簡単なところから始めようか。一番好きな芝居の、好きな台詞を言ってみて。なんでもいいよ、大抵の作品ならわかるから」 「え」 「ただし、ドラマやアニメは避けてくれるかい? 映像は舞台とはまた表現方法が別物だからさ」 「あ」 「すぐに出てこない? まあ、好きな作品が多いなら、すぐには決めかねるかもね。その気持ちはとてもよくわかる──それなら、基礎の中の基礎にしようか。ちょっと泣いてみて」  泣いてみて、と言われて、すぐに涙が出てくるほど器用じゃない。 「えっと…………?」  何をどうしたらいいのかわからない。 (突然泣けと言われても……一体どうしたらいいの!?)  私がおろおろしながらただ立っていると、沈黙だけが流れていく。部長の顔からすっと笑みが消えて、無表情になった。岸川くんが、気の毒そうな目をして私を見ているのがわかる。  部長が、冷ややかな目つきで、ちょっとゴツい男物の腕時計を確認する。  もともとの造作が整っているから、こういう風に無表情になると、凍りつくような迫力があって怖い。 「──二十秒」 「え?」 「きみが台詞を言えずに固まって、二十秒過ぎた。アウトだよ。役者はたとえ台詞を忘れてもアドリブで乗り越えるなり、動きや表情で間を繫いだり、なんとかして流れを止めないよう努力しなくちゃいけない。きみは何もできずにただ固まっていただろう? そんな役立たずはうちには要らない。だから失格」  部長が、ベンチから優雅なしぐさで立ち上がる。 「敬介も、今日はここまでにしよう。それじゃあ、お疲れさま」  部長が岸川くんを連れてさっさといなくなってしまい、私が事態を把握するまでにはしばらくかかった。 「──どういうこと?」  失格って言われた。 「……つまり、どういうこと?」  家に帰って夕食を食べて。  黙々と課題を済ませてからお風呂に浸かって、私は夕方のことを思い出していた。 「失格……駄目ってことだよね」  ちょっとくじけそうになる気持ちを、お風呂の温かいお湯で洗い流す。  お風呂に入ると、嫌な気持ちをリセットできる気がする。 (確かに、テストのときに何もできなかった私が悪い。失格って言われてもおかしくないわ。岸川くんはテストをクリアしたから入部できたんだし)  あの剣技は、岸川くんの特技なんだろうか。だから剣道部の部長と手合わせ、なんてことになったんだろうか。 「だったら……私も、なにか特技をアピールして……!」  お湯の中から勢いよく立ち上がりかけて、しおしおと座り直す。 「──私の特技って、何だろ」  ぶくぶくと、バスタブに沈み込みそうになる。 「そう言えば私、入学願書の長所の欄に、書くことが何もなさ過ぎて苦労したんだった……」  いや、待て待て。落ち着いてよく考えて。 「私の、長所……特技……特徴」  特徴なら、ある。 (花咲高校で、今の私以上に演劇部に入りたがっている人間はいないはず!)  それだけは、自信をもって言える。仮入部スタートの日だっていうのに、私と岸川くんの他に入部希望者は来なかったみたいだし。 「部員募集中で、人手が足りないって岸川くんも言ってたし」  良い匂いのバスソルトを溶かしたお湯にたっぷり浸かって、身体を芯からほこほこに温める。  よし。  パワーチャージ完了。 「長所探しは、小雪に助けてもらったんだっけ」  幼なじみは、ある意味私よりも私のことに詳しい。 「前向き。ポジティブ」  興味のあることにはどんどん突き進んでいくから、ポジティブって書いておきなさい──そう言われた。 「──そうよ。一度目が駄目なら二度目がある。二度目が駄目なら三度目がある!」  一度失敗したくらいで諦められるようなら、それはそれでいいけど。 「でも、私は違う。夢の実現に向けて、突撃あるのみ!」  バスタブの中で、頑張るぞ、と小さく拳を振り上げた。  くらっと目が回って、くたっとバスタブの縁にもたれかかる。  そろそろ上がらないと、のぼせそう。 * 「岸川くん、おはよう!」  息を切らしながら挨拶をすると、岸川くんは驚いたように目を瞠っていた。  全力疾走してきたので汗だくで髪もぐちゃぐちゃ、あとで直さなくちゃ。 「お、おう。おはよう……えらい元気な登校の仕方だな。白島って自転車通学?」 「ううん。電車! 駅から全速力で走ってきたの! 岸川くんに話があって!」  朝早くから昇降口で、息を切らして喋る私は、きっと周囲には変に見えているだろう。でも気にしない。 「話?」 「うん!」 「あー……頼まれたって、テストに合格しない限り入部は無理だよ。ああ見えて、部長は頑固なタイプだから」  そう言って先に行こうとする岸川くんの目の前に回り込み、両手を合わせる。 「そうじゃなくて。再テスト受けたいの!」  岸川くんが切れ長の目を瞠る。 「再テスト?」 「お願い、協力して!」  岸川くんが、一瞬黙り込んで、もう一度訊く。 「……再テスト?」 「そう」 「ちょっと待って」  岸川くんが長い腕を突っ張って、押しとどめるようなポーズを取った。 「入部テストの再テスト……それって有り?」 「無し?」 「いや、無しってことは……有りか?」  今度は岸川くん、頭を抱えちゃった。 「いや、違うだろ。でも、有りってことは……無いとは言い切れないけど有りとも言い切れないし」 「どっち?」 「──それ、俺に決める権利ないと思うんだけど」 「岸川くん的には有り? 無し? 演劇部の部員として、どう思う?」  じっと見つめると、岸川くんがちょっとたじろいだような様子を見せた。  昇降口で靴を履き替えても、教室は一緒。席は隣。 (絶対逃がさない!)  隣の席だと、こういうときは便利かも。  岸川くんにとっては災難かもしれないけど、これも偶然であり必然。  私にとってはラッキーなことだし、受け入れてもらうしかない。 「え……あの、俺にそんなこと言われても」 「だって、岸川くんしか頼める人いないの。あの人が、演劇部の部長さんでしょ? あと演劇部員て岸川くんしか知らないし」 「そりゃまあ、確かに」 「私がいきなり押しかけて再テストお願いしますって言っても、部長、たぶん聞いてくれないと思うの」 「俺もそう思う」 「そこでね、岸川くんからちょっとだけフォローしてもらえると、すっごく助かるの!」  あとはもうひたすら頼み込むべし! 「お願いお願いお願~い!」  拝みついでに、ちょっと悪魔の囁き。 「──演劇部って、人手が足りないんだよね? あれから、入部希望者来た?」 「うっ」 「猫の手でも、あったほうがましじゃない?」  左手を猫の手の形に握って、にゃごにゃごと振って見せる。 「荷物持ちとか通行人役とか。舞台に立てなくてもいいの、最初は。何か手伝えたりするだけで充分だし」 「そう言われても……俺、面倒なこと嫌いなんだよなあ……」  正直者め。 「そこをなんとか」  のらりくらりとはぐらかす相手には、もうひと押しが必要だ。 「岸川くんだって入学したばかりでしょ、どうやって入部テストクリアしたの? ていうか、あの手合わせがテスト?」 「俺は、剣道部の部長から一本取ることが入部条件……つまり、テスト代わりだったんだよ。中学のときから部長とは知り合いで、芝居の基礎は一応叩き込まれ済みだから」 「演劇って、剣道まで必要なの!?」  それはイメージと違って意外過ぎる。 「違う違う。俺が変わり種なだけ。俺は役者がメインじゃなくて、殺陣師のほうが希望だから」 「たてし? って、何?」 「んー……時代劇の殺陣の実演とか振り付けとか。ひらたく言うとアクション俳優の一種?」  岸川くんがすらすらそう言うけれど、全然脳が追いつかない。 (アクション俳優? 普通の俳優、プラスアクションってこと?)  そんな私を見て、岸川くんがちょっと肩をすくめた。 「まあ、ざっくり言えば、芝居の中の戦闘部門受け持ちってこと。俺、そういうの得意だから」 「ああ、それはなんかわかる」  納得して頷く。 「昨日の岸川くん、すごく恰好よかったもの」 「え」 「凄腕の剣士って感じでドキドキした。あと、勝敗が決まる直前に、すっと一瞬静かになって隙を作った瞬間があるでしょ。見ていてゾクゾクするくらい恰好よかった! ああいう手合わせを間近で見たの初めてだったんだけど。私、瞬殺だったね、あれには」  岸川くんが面映ゆそうに鼻の下を指先で擦ったり、そわそわしたりしているうちに、授業が始まってしまった。  教科書を開いていても気が気じゃなくて、つい、ちらちらと岸川く