后退 返回首页
作者:喜多みどり
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-12-02(角川书店)
价格:¥494 原版
文库:角川Beans文库
丛书:光炎のウィザード(3)
代购:lumagic.taobao.com
光炎のウィザード 再会は危機一髪 光炎のウィザード 再会は危機一髪 喜多みどり 角川ビーンズ文庫 本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載したりすることを禁止します。また、 本作品の内容は、底本発行時の取材・執筆内容に基づきます。  さああ、と降った雨の後。  雲が風にちぎれて飛んでいくのを眺めていたら、山の端に虹がかかっていることに気付いた。生まれて初めて見た虹で、それが虹という名であることすら知らなかった。  手を伸ばして食べたらきっと甘いに違いないと思い、家に帰って家族にそう言ったら、死ぬほどバカにされた。  だからまた家を飛び出した。今度は七色のあれを捕まえてやると息巻いていた。  虹が消えてしまうなんて知らなかったのだ。  見に行って消えているのを知った時は、胸を締め付けられるように感じた。  その感情を切ないと言うのだと、迎えに来た姉が教えてくれた。 1 「どうしても……行くんですか……?」  銀髪の青年が、絞り出すようなか細い声でそう言った。  いつもは柔和な笑みを浮かべるその顔が、今は苦しげに歪んでいる。  そこは普段少人数の講義に使われる小教室で、今は二人しかいなかった。青年と、少女だ。  日は暮れ、部屋にはランプが灯り、机の上には数枚の白い紙が散らばっていた。青年はその一枚を摑み、握り潰していた。 「ごめんね、ゼストガさん」  少女が俯くと長い金髪がその顔の半ばを隠した。青年は最後の説得を試みた。 「考え直してください。南部は危険です。あなたには危険すぎるんです……」 「でもゼストガさん、あたし《学アカ園デミー》の魔術師だから。見習いだけど……」  少女は伏せていた顔を上げ、不思議に温かい印象のあるアイス・ブルーの目を青年に向けた。 「だから、やっぱり南部に行きます。あたしはそのために《学園》に入ったから……」 「リティーヤさん……」  青年は紙を握る手に力を込めた。  その時、ノックもなしに扉が開いた。  扉を開けたのは、黒髪の男だった。銀髪の青年よりは幾らか年上である。 「リティーヤ」  男は低く少女の名を呼び、親指で扉の外を示した。 「汽車の時間だ」 「今行きます」  少女は旅行鞄を手に取り、師である男の方へ近づいた。  その少女に、銀髪の青年はもう一度訴えた。 「待ってください、リティーヤさん! あなたは置いて行くんですか、見捨てて行くんですか! この……」  青年は手にした白紙の答案用紙を机に叩きつけた。 「このテストを置いて逃げるつもりですか!」  リティーヤはおぞましいものでも目にしたかのように答案用紙から素早く視線を逸らした。 「リティーヤさん、このテストはあなたの判断力・思考力・記憶力などが〈昼〉魔術使用の影響を受けていないか調べるのに大変有効なんですよ! ただでさえおがくず詰まってるみたいな頭がこれ以上悪くなってないか、テスト受けて結果出してから行ってください!」 「いやあ! もうテストはいやああ! ごめんなさいゼストガさん、正直もう耐えられない!」  リティーヤはささっと師の背後に隠れた。銀髪の青年──ゼストガの手は怒りでぷるぷる震えている。 「あなたそう言って昨日も今日もエスケープしたでしょ! おかげで全然終わってないんですからね!」 「ゆーるーしーてー!」 「ええいおだまんなさい!」  ゼストガは彼女の楯にされている師──ヤムセに切々と訴えかけた。 「ヤムセさん、今からでも遅くはありません、この人置いてってください! 南部なんて行ったら帰ってくるまで何週間もかかっちゃうじゃないですか! しかもうっかり〈昼〉魔術でも使われた日には、南部の魔術師組織にこの人の魔力がモロバレですよ! それはまずいんです! 絶対に!」 「ゼストガさん、あたしだってバカじゃないんですから外で〈昼〉魔術なんて使いません!」 「はあ? 誰がバカじゃないですって? 寝惚けたこと言ってないで胸に手を当ててよーく考えてください。──ヤムセさん、頼みますよ。この人いたって足手まといになるだけです、いない方が絶対調査進みますよ!」 「あああっ、なんかすごくひどいこと言われてるあたし!」 「……ゼストガ」  ヤムセはいつも通り淡々と青年の名を口にした。彼の声に感情はほとんどこもっていない──が、今はややぐったりしているふうにも聞こえる。 「リティーヤは最初の研修機会を逃している。いい加減まともな調査に参加させたいんだ。いつまで経っても使い物にならないんじゃまずい」 「でもヤムセさん!」 「調査委員会への協力義務は帰還後果たさせる。今回はもうこいつを連れていくことで許可も下りている、行かせてやってくれ。〈昼〉魔術の件に関しては私がよく見ておくから」 「……くっ……!」  ゼストガはうっかり許可出しちゃった事務局の人間全員死ねと心の底から思っていそうな目で虚空を睨みつけ、手元の答案用紙をくしゃくしゃに丸めた。 「じゃ、じゃあそういうことで~」  リティーヤはこそこそと部屋を出て、同じようにヤムセも部屋を出て行った。  残されたゼストガは、閉められた扉めがけて丸めた答案用紙を投げつけた。 「絶対! どっかで落とし前つけてもらいますからね!」  若手有望株のエリート魔術師は、チンピラじみた言葉を吐いていた。  大陸最大の魔術師組織、《学園》。  それは魔術師の教育・研究機関であると同時に経済界に強い影響力を持つ財閥の一つであり、東部諸国同盟の盟主でもある。リティーヤにとっては衣食住付きの学舎だ。六年間《学園》の基礎課程で学んできた彼女は、今は専門課程に籍を置く研究生、つまり見習い魔術師である。普段は所属している魔力環境研究室に入り浸り、幾つかの教養科目や専門科目の講義に出、ゼミに参加し、課題をこなし、ごくごく普通に《学園》での日々を送っている。  が、今日はこれから指導教官のヤムセや研究室の先輩たちとともに、南部への調査に出かけるところだった。大陸南部の国境地帯に広い沼地があり、そこにだけ棲む固有種の生態調査に行くことになったのだ。  研究棟の殺風景な廊下を歩きながら、リティーヤは長く息を吐いた。 「あー怖かったー。ゼストガさんって柔和な人だと思ってたんですけど、あんなに怒るんですね」 「三日連続で試験エスケープされたら普通怒るだろう」  ヤムセはドロップで頰の片側を膨らませ、怒るでもなくしかるでも厭味を言うでもなく、淡淡とやる気なさそうに言った。  ゼストガというのは《学園》の魔導書調査委員会に所属している魔術師で、委員会の命を受け、リティーヤにしばらく前からへばりついている青年だ。  勿論ただの落ちこぼれに人員を割くほど、委員会も暇ではない。  リティーヤは〈昼〉魔術──熱と光と炎に関わる失われた魔術の、人類史上唯一の使い手なのだ。 「面倒くさいことになっちゃったなあ」 「む?」  ヤムセはドロップを二つ、左右の頰に一つずつ入れて聞き返した。 「〈昼〉魔術ですよ。おかげでろくに休みもなしでテスト三昧です」 「……ふむ」 「いくら遠出するからって、調査旅行にも文句言われるなんて」  自分の境遇に思いを馳せ、リティーヤは顔を俯けてため息を吐く。長い睫毛が頰に影を作り少女期のあやうい美しさを際だたせていたが、隣を行く指導教官はドロップを食べることに集中していて彼女の方を見ていなかった。  リティーヤらの生きる大陸には〈昼〉〈夢〉〈夜〉〈流れ〉という四系統の魔力を宿した四枚の石板があり、総称して《グリーンワードの魔導書》と呼ばれている。かつては石板のそれぞれが定められた台座に収まることで世界のバランスが保たれていたが、二百年前その一つ〈昼〉の力を持つ石板が五つに砕かれ世界各地に散らばり、本来の役割を果たすことができなくなってしまった。そのために大地から熱が奪われ、〈昼〉魔術も失われた──大寒波に苦しむ人類に魔術を与えたという物言うキツネは、〈昼〉魔術が存在しない理由をそう語ったそうだ。  それは決して荒唐無稽な昔話ではない。実際に《学園》にはキツネから与えられたという〈昼〉の石板の欠片が今も保管されている。キツネの話を元に〈昼〉の石板を集め寒冷化を食い止めるべく作り上げられたのが、大陸最古の魔術師組織《学アカ園デミー》なのだ。  その《学園》において、ゼストガの所属する魔導書調査委員会は、魔導書、特に〈昼〉の石板の回収と研究を目的として作られた機関であり、寒冷化の阻止と〈昼〉の石板の収集という《学園》の設立理念を如実に体現した機関である。当然、〈昼〉魔術の研究もこの機関の管轄だ。  だから、ゼストガはリティーヤにへばりついて、色々検査をしているのだ。 「〈昼〉魔術が使えるって言ってもなんでかいきなり使えるようになっただけで、謎が解明されたわけじゃないし」  リティーヤは拳を振り回し口を尖らせてぶうぶう言った。 「使った後はなんか変な状態になっちゃうし。使った時は頭かーっとなってやっちゃったからよくわかんないし。あんな」  振り回していたその拳が、前へ進んでいた足が、ぴたりと止まる。 「……あんな、炎……怖い、し」 〈昼〉魔術によって自分がしでかしたことを思い出すだけで、目の前が暗くなる。どくどくと自分の身体を血の流れる音が耳の奥から聞こえてくる。あの時の熱い空気が、昂揚した気分が、消火した後の焼け焦げた臭いが、まるで今目の前で展開されているかのように蘇る。 「……リティーヤいーあ」  名前──らしきもの──を呼ばれ、リティーヤは顔を上げた。  ヤムセが真剣な表情で彼女を見下ろしている。左右の頰の膨らみがさっきより大きい気がするのは、両方の頰にドロップが二個ずつ入っているかららしい。  ヤムセはドロップをこぼさないよう口をあまり開けず、もそもそと言った。 「己の力への恐怖は時に慢心と同等の働きを」 「……没収」  リティーヤはふがふがと何か言っている師の手の中からドロップの袋を奪い取った。  ヤムセは口中のドロップを嚙み砕き、元から深い眉間の皺をさらに深くした。 「何をする」 「あ。なんか普通になった……」  ヤムセは仏頂面でリティーヤの手からドロップの入った紙袋を回収した。 「で? 調査委員会の試験の方はどうなったんだ?」 「まだ結果出てないですよ。今のところ頭の中身がおがくずだって以外は問題ないって言われました」 「……十分大問題なんだが」 「あー、そうそう、それから、あたしって〈昼〉魔術使った後熱上がったり下がったりするじゃないですか。あれ、ゼストガさんが名前つけましたよ」 「名前だと?」 「がたがた震えるから、《凍えの呪い》って。でも呪いなんて、あたしが恨み買って呪われてるみたいに聞こえちゃいますよ。単に〈昼〉魔術使った反動なのに」 「…………」  最前魔導書調査委員会の青年との間に起こったことをすっかり忘れ果てている弟子の隣で、ヤムセは感慨深げに新たなドロップを嚙み砕いた。  その頃、ゼストガはリティーヤへの呪詛を繰り返し呟いていた。 「帰ってきたら二十四時間テスト、帰ってきたら二十四時間テスト……」 「苦労しているようだな」  そう言ったのは、たった今扉を開けた、よく肥え太った男だ。戸口が男の肉で埋まっている。  魔導書調査委員会の長、グレイビルである。  グレイビルは腹を揺すって部屋に入ってきた。 「あの娘の担当から外してほしいか?」  ここでどれだけ「はい」と答えたいか……だがゼストガは首を横に振った。査定に響くことをわざわざする趣味はない。 「いいえ、グレイビル。勿論そんなことはみじんも考えていませんよ」  宣言した笑顔にはやや自棄の色が見えたが、グレイビルは見なかったことにして頷いた。 「それは良かった。あの娘はもう行ったか?」 「はい。今し方。帰還は一月後の予定です」 「で、調査の方はどうだ」 「さっぱりですね」  青年はファイルした分厚い書類を鞄から取り出し、グレイビルに渡した。  グレイビルは受け取ったそれをぱらぱらと捲り、眉を八の字に寄せた。 「知能テスト、運動能力テスト、ともに異常なし、か」 「今のところは。健康診断で〈昼〉魔力が検出されたのが唯一正常からはみ出してる点ですね。問題もない代わりに進展もありません。リティーヤさんに実際に魔術を使ってもらえればわかることも増えるでしょうが……」 「検査結果が出そろうまでは待て」  グレイビルはファイルを閉じて机に置くと、小さな椅子にその巨体を押し込めるように腰掛けた。  居座る構えのグレイビルを見て、帰り支度をしていたゼストガが手を止める。 「……何か?」 「魔導書調査委員会の研究班にミールという男がいてな。知ってるか?」 「名前と顔くらいは」  魔導書調査委員会は研究班と対外活動班に分かれ、ゼストガは後者の所属だ。班が違うと顔を合わせる機会もぐっと減る。 「その男がユローナに情報を流していたことがわかったのだが、捕まえる前に逃亡された」 「……ははあ、それはまた素敵な失態ですね」 「まあそうとも言える。で、その失態をやらかした我々としては、なんとしてでも自力でそいつを捕まえにゃならんのだ。内部調査局がやつを捕まえる前に、だ。わかるな?」 「わかりますよ。面子メンツの問題です。身内は外部の手を借りず自分たちで捕まえたい、そうでしょう?」 「そう、面子の問題だ。が、それだけではない。我々の中でやつは、えー……便利な存在でな。あー……予算のやりくりやら何やらも任せていたわけだが」 「……? はあ」  今ひとつ状況を理解できていないゼストガに、グレイビルは首を振り振り言った。 「魔導書調査委員会の裏帳簿持って逃げたのだよ、あのバカは」 「…………」  ゼストガはとりあえず沈黙した。 「つまり、内部調査局のやつらより先にミールを見付けて帳簿を取り返さにゃ、我々が処分されるんだ。帳簿の他にも外部には見せられん書類を色々持ち出しとるようだから、全部取り返して丸裸にしてやらにゃならん──というわけだから、ゼストガ」  グレイビルはゼストガの肩に大きな手を置いた。 「頼んだぞ。南部に行ってくれ」  ゼストガは自分の肩に置かれた手を嫌そうに一瞬眺めて──僕らはみんな一蓮托生という言葉が不意に頭に浮かんだ──渋々口を開いた。 「南部の、どこですか?」 「あちこちだ」  グレイビルはぐるりとつぶらな目を回してみせた。 「国境を越えたところは確認された。そこまでだ。後は手分けして手掛かりを追っていくしかない。対外班の連中で動けるのは南部に向かわせた。おまえはやつの仕事の関係者を当たってくれ」 「…………はあ」 「くれぐれも頼んだからな」  グレイビルはゼストガが任せてくださいと言うまで肩に置いた手をどかそうとしなかった。 2  大陸南部は豊かな土地だ。比較的温暖な気候のおかげで港が凍ることもなく、海の向こうの国々との貿易で国力を蓄えた大国によって、安定した統治が敷かれている。  だが、汽車を乗り継ぎおよそ一週間かけて東の果てにある《学園》から南部への入り口に辿り着いたリティーヤらは、その豊かさだとか安定した治安だとかいうものをあまり実感することなく、森の奥深くに分け入っていた。最寄りの村から半日ほど歩いたそこに、調査現場となる沼があるのだ。  調査の拠点となったのは、沼から少し離れたところに建つ丸太小屋だ。  寒冷化と濫獲の影響で獲物がめっきり減り、使われなくなっていた狩り小屋を《学園》が買い取り、手を加えて調査・観測のための基地としたものだ。沼から遠く調査員が野外で過ごさざるを得なくなることもままあるが、それでも帰るべき場所があるのは心強いことだった。  村を離れて四日目、夕暮れ時の光に試験管の縁が淡く輝く午後。  小屋前の空き地に、女のやや高い声が響き渡った。 「そんなこともわかんないのかい!? 今日はもう飯抜きにするよ!」  声の主は、小柄な女性で、折りたたみテーブルに片足を乗っけていた。足にはブーツを履き、ちりちりに縮れた黒髪は束ねて頭の後ろでひっつめ、小柄な身体を色気の欠片もない作業着に包んでいる。左手には岩のようにごつごつした表皮を持つケイコクブタガエル、右手にはよくしなるムチヤナギの枝を持っている。ぶうぶうと鳴くブタガエルも今は麻酔薬によって眠らされておとなしい──ひょっとしたら女の手で握り潰されているだけかもしれないが。  自分のほんの少し横で唸るムチヤナギの枝に、リティーヤは折りたたみ椅子の上で膝を抱え、半べそで呟いた。 「うう、この世界のどこかにいるおとーさん、鬼がいます……あたしの目の前には今鬼がいます……」 「ごちゃごちゃ吐かしてないでさっさと答えな! 試薬を入れる前にすることは!?」  どん、と女はテーブルを叩く。テーブルの上には小さな鞄に収まる簡易魔力測定キットが並べられていたが、今の衝撃でかしんと瓶同士がぶつかった。倒れて割れる前にそれを受け止め、リティーヤは必死になって叫んだ。 「さ、先に試験管にラベルを貼ります!」 「んなことしたらラベル汚れるだろうが! 二食抜きだバカ野郎!」 「えええええええええ!?」  しがみついてくるリティーヤを振り払い、女魔術師は──テヨルという──その怒りの矛先をヤムセに向けた。 「ヤムセ! あんた前の実習で何やらせたんだい!?」  少し離れたところでぶうぶう鳴くカエルを押さえて体長を測っていたヤムセは、いきなりの一喝にカエルから手を離してしまった。その隣で調査票に数字を書き込んでいたヒゲの魔術師が、逃げたカエルを捕まえ、冷静な眼差しをテヨルに向けた。 「テヨル、俺が思うにだな」 「黙んなバド。誰があんたに聞いてる?」  バドと呼ばれた魔術師はカエルをヤムセに渡すと、大儀そうに立ち上がった。その動作は中年を通り越し老人じみていて、若さとか機敏さとかいうものをまったく感じさせない。  彼は疲れた顔をテヨルに向けた。 「確かにリティーヤの記憶力の悪さは日々我々を戦かせているが、そもそも前回の調査は委員会に介入されて実習どころではなくなってしまったのだ。彼女やヤムセを責めるのは筋違いというものではないか?」 「お優しいことだねえ、バド。そんならあんたがこのバカの面倒見てくれるのかい?」 「……俺の胃が壊滅してもいいと君は言うのかね?」 「す、捨てられたハムスターみたいな目でこっち見るんじゃないよ! できないなら口出しせずに黙ってな。まったくあんたは昔っから──」 「まあ待ちたまえ、テヨル。つまり俺が言いたいのは我々はヤムセおよびリティーヤの兄であり姉でありパパでありママであるということなのだ。我々は共同作業として彼らをぐぶ」 「誰がママでパパなんだ、ど阿呆!」  先輩魔術師たちが言い争う間に──というか手が出たが──、リティーヤはヤムセに手招きされてすり寄っていき、隣に座り込んでカエルの体長測定を手伝った。 「仲悪いですね、テヨルさんとバドさん」  リティーヤがカエルを伸ばしながらぼそぼそ言えば、 「いや良いんだろう」  ヤムセがその体長を測りながらやっぱりぼそぼそ言った。  リティーヤはその言葉を信じられず、罵り合う二人の魔術師を見やった。  二人の先輩魔術師はいつの間にか額が触れ合うほどの距離に近付き、バドは淡々と、テヨルは興奮気味に、言い争いを続けている。  テヨルはヤムセの先輩に当たる女魔術師だ。縮れた黒髪、はっきりした目鼻立ちと珍しい褐色の肌の持ち主で、《ヘビの一族》の血が混じっているのではないかと噂されている。が、真偽はわからない。そのせいなのかなんなのか、見た目だけならヤムセより年下に見える。  対するバドは三十代の男性魔術師だ。白っぽい金髪を短く清潔に整えて、作業服も着崩したりせずきっちり着ている。細身で大抵顔色が悪い。どうもあまり丈夫ではないようだ。ヒゲは口の上だけでよく手入れされているが、ヒゲのせいで実年齢より上に見られがちだ。  若く見られるテヨルと老けて見られるバド。この二人が並ぶと十五ほども離れて見えるのだが、実際には二つか三つしか違わない。時間の流れる速さが違うのだろうか? と以前ヤムセが真剣に呟いていた。  魔力環境研究室は、この二人にヤムセとリティーヤ、それに責任者のロードマスターを合わせた五人で構成されている──が、ロードマスターは副学長という役職のために多忙で、ほとんど研究室に顔を出さない。実質的に最年長のバドがその代理をこなしている。  やりあう先輩二人からヤムセに視線を戻し、リティーヤは聞き返した。 「あれで?」 「あれで」 「うーんわかんないですねえ」 「まあパパとママだからな」 「あ。そっか、パパとママですもんね」 「そう。私たちのようなお子様には夫婦仲はわからんのだ」  気が付くと、いつの間にか先輩たちの声は聞こえなくなっていた。ハッとして師弟が振り返ると、そこにはテヨルが満面の笑みで腰に手を当てて立っていた── 「おまえら二人とも飯抜き決定な」  食事当番の非情な宣言に、師弟は思い思いの呻きを上げた。  幸いにして、テヨルの決定はバドの一言によって覆された。 「食事抜きでは明日の調査にも障りが出る。体力だけがとりえの若いやつらからその体力を奪ったら決定的に使えなくなるぞ」  これにはテヨルもヤムセもリティーヤも口を噤むしかなかった。いや、リティーヤとひとくくりにされ体力だけがとりえの若いやつ扱いされたヤムセはひどく反論したそうにしていたが、余計なことを言われてせっかくの食事がパアになるのが嫌なリティーヤによって無理矢理口を塞がれた。  おかげで食にありつけることになったリティーヤは、嬉々として水汲みに来ていた。  川は、流れが速く、水量もたっぷりあった。 「ん?」  水の重さに悲鳴を上げながら大きな岩の転がる川縁から引き揚げる途中、足下の岩の間にきらきらと光るものを見付けた。拾い上げると、どうやら陶器の一部のようだった。釉薬が緑色にぴかぴか光っていて、すり鉢状になった内側にはびっしり細かな文字が書き込まれている。 「なんだろ? 綺麗」 「《ヘビの一族》の儀式具だな」  突然背後から聞こえた声に振り向けば、目と鼻の先にヤムセが腕を組んで立っていた。 「せ、先生……びっくりしたあ。なんですかいきなり」 「上流で水質調査だ。おまえこそ何故ここに?」  リティーヤはバケツを掲げてみせた。 「水汲みです」