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作者:伊藤たつき,硝音あや
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-11-25(角川书店)
价格:¥5184 原版
文库:角川Beans文库
丛书:白桜四神(10.5)
代购:lumagic.taobao.com
【合本版】白桜四神 全10巻 【合本版】 白桜四神 全10巻 伊藤たつき 角川ビーンズ文庫  目次 白桜四神 伏魔殿の紅一点! 白桜四神 男子寄宿舎で二者択一! 白桜四神 お見合いは三つ巴!? 白桜四神 恋の病は四六時中! 白桜四神 花嫁修業は五里霧中!? 白桜四神 秘密の恋は六花のごとく! 白桜四神 七夜月の運命の選択! 白桜四神 八方ふさがりの結婚!? 白桜四神 波乱を呼ぶ九秋の舞!? 白桜四神 十年桜に願いを込めて! 巻末特典短編集 白桜四神 伏魔殿の紅一点! 伊藤たつき 角川ビーンズ文庫 本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載したりすることを禁止します。また、 本作品の内容は、底本発行時の取材・執筆内容に基づきます。  序章  白桜には、誰にも言えない大きな『秘密』があった。  それを目の前の男から隠す為に、やや胸を反らして足を開き気味に立つ。  顔には力を入れ、凜々しい表情を作った。  それが一番男らしく見える姿だと、何度も鏡で練習して知っていた。 「……相変わらず女のような奴だな」  それなのに、男が何もかも知っていると言いたげに口角を上げる。  背中からは汗が噴き出ているが、何とか平静を装って、口元には笑みを浮かべた。 「青丞、そんな風に言わないで下さいと、何度も言ったはずですが」  わずかにでも動揺したら、秘密が知られてしまう気がした。  青丞の冷たい眼差しに潜む観察力の鋭さは侮れない。 「見た目が女そのものだから、そう言ったまでだ、坊や。小柄で、白い肌に赤い唇。その顔でおどおどした態度でいると、どう見てもか弱い女にしか見えないぞ」  青丞が持っていた扇で、白桜の顎を持ち上げる仕草をした。そのまま顔を上に向けられ、息がかかるほど間近で彼と視線を合わせる。 「都は魑魅魍魎の巣窟だ。宮中では本物の鬼よりも恐ろしい貴族達が、お前を陥れようと待ち受けている。……女のような田舎者の坊やでは、すぐにとって食われてしまうだろうな」  含み笑いにぞっとする。白桜は扇を逃れて俯き、両手を交差させて自分の身体を抱きしめた。  この男物の狩衣の下に、必死で隠している秘密がある。  自分が本当は『男』ではなく『女』だという秘密が。 (わたしはとんでもない所に、とんでもない秘密を抱えて飛びこんでしまった。でも……)  気持ちを引き締めて顔を上げた。そして青丞の目をまっすぐに見つめる。 「わたしはどんな相手にも負けません。必ずやりとげなければならない事がありますから!」  再び大きく胸を張った。もしこの秘密がばれたら命だって危ないだろう。  それも自分だけではなく大切な家族さえもだ。  しかし、白桜がこうして自分を偽って暮らしているのもまた、大切な家族の為だった。  そっと目を瞑ると、父と姉の顔が浮かぶ。彼らの笑顔を思い出すだけで、口元が自然と笑みを象った。二人に最後に会ったのはいつだろう。  あれはそう、まだ自分が白桜ではなく、里桜と呼ばれていた頃だった。 「里桜、都桜。よい物を買い求めてきたぞ」  父の言葉が嬉しくもあり、震えるほど恐ろしくもある。  里桜は顔を引きつらせつつ、ほくほく顔の父を見つめた。  ここは陽真乙国の都から少しばかり離れた、のどかで平和な片田舎だ。  見渡す限り竹林と畑しかないような場所に、里桜が住むお世辞にも立派とはいえない屋敷がある。その屋敷で父と姉と自分、そしてたった一人の奉公人を含めた四人で、つつましくも穏やかに生活……できていないのが、里桜の目下の悩みだった。 「よ、よい物って、いったい何を買ってきたのですか? 父上」  父は四十歳をすぎてもなお、山吹色の直垂がよく似合う美中年だ。その上優しくて穏やかで、自慢の父でもある。  だけどその優しさが、時には災いする事もあった。 「よくぞ聞いてくれた! 実は都の大内裏に住まわれる帝もお使いになっておられるという、難病に効く軟膏を手に入れたのだ。これを身体の悪い所に塗れば、一発で病気が治るという。都桜、きっとお前の病気にも効くはず……」 「父上、失礼ですけど、すっごくうさんくさいっ」  顔も肌の白さも十人並み。取り柄は身の丈ほどもある漆黒の髪の艶やかさと、この反応の早さだけだとよく言われる里桜は、思いっきり顔をしかめた。 「何を言う。これは都桜の病気を治す為に、苦労してやっと買い求めて……」 「いくらだったの?」  今度は父がびくりとする番だった。里桜はその反応に、眉をつり上げる。 「この前は、都で一番大きな神社の病気に効くっていうお守りで、その前はどんな病も祈れば一発で治せるっていう都一の加持祈禱者で、そのまた前は万病に効く飲み薬を買ってきたでしょう。でもどれも全部偽物だったじゃない」  里桜は重ね着した裳唐衣の裾を上手にさばいて、足早に父に詰め寄った。 「いいですか、父上。うちは一応貴族だけど、ド田舎に住む貧乏貴族なの。わずかな財産でやっと食いつないでいるの。……それは、姉様の病気はもちろんわたしだって治したいけど」  ちらりと姉に目を向ける。  一つ違いの都桜は、自分と違って色白で整った顔で、都にいけばたくさんの貴族達から言い寄られるほどの美しさを持っていた。  優しくておっとりして性格もいい都桜は、父と同じくらい里桜の自慢だ。  だけど完璧な姉は、生まれつき身体が弱かった。 「お医者様に毎日薬を飲んでゆっくり養生するしかないって言われてるでしょう。だからもう、うさんくさい物は買ってこないで。これ以上散財すると、お医者様から頂いている日々の薬も買えなくなってしまうのよ」  しゅんとする父の姿を見ると、心が痛んだ。  父は一日も早く娘の病気を治してやりたくて、健康になれると言われれば、金に糸目をつけずに何でも買ってくる。その気持ちは本当によくわかるが、ここは心を鬼にするしかない。 「父上は人の良さが災いして、先日お仕事をクビ……あ、いえ、お辞めになったし、蓄えはわずかだし、考えて使わないとうちは破産します。そこで父上、かねてからご相談していましたが──わたしは働きに出ようと思います!」  優しいけど頼りない父と、優しくておっとりしている姉。この二人は顔立ちも性格もとてもよく似ている。だけど自分は、ちょっと……というか、だいぶ二人とは違う。  五年前に亡くなった母の教育方針で、金銭感覚が庶民並みに研ぎ澄まされているのだ。  だから今の家計がどうなっているか、正確に把握できている。  姉が父に似ているなら、里桜は母に似ていた。母はおっとりしすぎている父と姉を心配し、活発な里桜を子供の頃から世間と交わらせる事で、生活力をつけさせたのだ。  しかし父は、里桜の提案にぶんぶんと首をふった。 「いやいや、それはいかんぞ。貴族の姫が働くなど聞いた事もない。それにお前はもう十六歳。その年頃の姫は、そろそろ結婚する年だ。働くなど考える前に、婿を探して……」 「婿より先に、明日生活するお金です! うちにはもう余分なお金はないし、そのわけのわからない軟膏の金額によっては、わたしは今すぐにでも働きに……」  ドンドンドンッ!  突然屋敷の入り口の方から勢いよく戸を叩く音がして、里桜は思わず言葉を止めた。 「な、何? ずいぶんと乱暴な叩き方ね」  音はすぐに止んだが、今度は門の方から男の怒鳴り声が聞こえてきた。  何を言っているかまではわからないが、不穏な様子が伝わってくる。 「いったい何事だ。お前達、ここにいなさい。私が見て来るから」  父がびくびくしながらも、庭との境にある几帳に手をかけようとすると、ちょうどそこから顔を見せた者がいた。 「大変です、旦那様」 「どうしたのだ、想月」  父の前で膝をついたのは、この屋敷に仕える唯一の奉公人である想月だ。  背が高くて色白で、こんな田舎にはそぐわない整った顔立ちをしている。肩までの癖毛は、日の光の下だと金茶にも見える薄い色で、瞳も同じ色をしていた。 「お客様がいらっしゃったのですが……何やら様子がおかしいのです。ずいぶんとお怒りで、旦那様を呼べと仰って」  どういう事だろうと父と顔を見合わせる。  父は穏やかな性格のおかげか、人から恨まれるなんて事はなかった。こんな風に屋敷にまで怒鳴り込んでくるほど、他人から怒りを買うなんてあり得ない。 「客……? 私にか。はて、いったいどなただろう。あのように乱暴にやってくるなんて」 「名前をお聞きしましたが、旦那様を呼べの一点張りで教えては頂けませんでした。とても身なりがよいご老人で、見た事もないような立派な牛車でいらっしゃって。ですが少々……その、不思議な容姿をされていて」  それを聞いて、里桜は真っ青になって口元に両手を当てた。 (こんなに乱暴に屋敷に訪ねてくるなんて、まさかずっと恐れていたあの事態が、ついにやってきたんじゃ……!) 「ち、父上。まさか内緒で変な物を買って、借金とかしてないでしょうね!」  頭に一番に浮かんだのはそれだ。立派な牛車に乗って屋敷に怒鳴り込んでくる人物なんて、借金取りしか思い浮かばなかった。  そして恐ろしい事に父は半笑いだ。 「……ええっと、確かこの間、月の天女のように肌が白くなって、鼻が高くなって口角がきゅっと上がって美人に早変わりするというおしろいを、年頃の里桜にと思って……」 「いくらだったのーっ」  詰め寄られて、庭に目を泳がせた父の表情が、一瞬で凍り付く。  里桜は不思議に思って動きを止める。  父はお気楽極楽を絵に描いたような人で、頼りないけれどあまり物事には動じない、ある意味とても得な性格をしているのだ。こんなに緊迫した表情は今まで見た事がない。 「ようやく見付けたぞ……!」  地獄に住む鬼とは、もしやこんな恐ろしい声をしているのではないか。里桜がそう思ってしまうくらい低い声が庭からした。恐る恐るそちらに目を向けたと同時に絶句する。  そこには、浅黒い顔に深いしわを刻んだ老人が仁王立ちしていた。 「だ、誰なの……?」  思わず呟いて、父の腕を両手で握りしめる。  里桜が驚いたのは、老人の瞳と髪の色だ。  近所に住む人達はみんな、黒か茶の髪と瞳をしている。しかし老人は、日差しを受けて輝く白銀の髪を一つに結び、紅色のつり上がった瞳をしていた。  老人に睨みつけられて、思わず怯えて父の後ろに隠れる。  いつもは鷹揚な父が一歩前に出て、さっと両手を広げた。 「白虎様……どうしてここに?」  どうやら父は老人を知っている様子だった。都桜が恐ろしそうに父の背にすがる。 「父上、こちらはいったい、どなたです?」 「わしは、白虎上総。──そなた達の祖父だ」  顔と同じく、迫力があって野太い声で都桜の質問に答えたのは、老人本人だった。 「おじいさまですって? まさかそんな。噓よね、父上……」  驚いて見上げたが、父は真剣な表情を崩さず、老人を見つめていた。 「白虎様、お帰り下さい。妻はもう……」 「妻などと、わしの娘を……たった一人の娘を気安く呼ぶなっ。この盗人が! 娘をさらってこんな田舎の崩れかけた屋敷で暮らさせていたのか。お前と駆け落ちなどしたせいで、娘は亡くなって……。お前のせいじゃ。お前が桜子を殺したのじゃ!」 (よ、よくわからないけど、この人が母上のお父様だっていうのは本当なの? でも……)  怒鳴り声が怖くて震えていた里桜だが、一方的に父が批難されるのを見て、段々と怒りがこみ上げてきた。  何とか堪えようとしたが、口汚く罵り続ける老人に我慢ができず、父の後ろから飛びだす。 「待って下さい! 母が亡くなったのは父のせいではありません。父は父なりに母の病気が治るよう手を尽くしたのです。その場にいなかったあなたが、とやかく言うのは許せません!」  しとやかにつつましく、それが世間一般の姫だ。  だけど、母は違う事を里桜に言って聞かせていた。 〝自分の意見を持って、強くたくましく生きなさい〟と。 「ずいぶん立派な身なりをされているし、きっとそれなりの地位の方なのでしょう。ですが突然やってきて怒鳴り散らすなんて、位の高い貴族様のされる事ではございません。どうか一度お引き取りになって、礼を尽くして改めてお越し下さい」  ただ人とは異なる容姿を持つ老人が怖くて、本当はまだ手が震えている。  だけどこれ以上父を傷つけるのは許せなかった。それに都桜も真っ青になっていて今にも倒れそうだ。家族を守る為にも、威圧的に怒鳴り散らすだけの老人には負けるつもりはない。  そんな里桜の様子を見て、なぜか老人は満足そうに目を細める。 「……決めた」  ぼそりと呟いた老人の顔には、笑みが広がっていた。その紅の瞳が里桜をじっと見据える。 「その度胸が気に入った。そなたを引き取る。我が名門白虎家の跡取……いや、姫として!」 「え!? ちょっと待って。どうして急にそんな話になったの、引き取るっていったい……?」  目を瞬かせた里桜は、まだ知らなかった。  この祖父との出会いが、これから先の里桜の運命を大きく変えてしまうことを。  一章  まずは父からきちんと事情を聞くべきだ。とりあえず客間に通した老人は、里桜を都に連れて行くの一点張りで、何を言っても帰る気はないようだった。 「いったいどういう事なんですか、父上。駆け落ちなさったって本当?」  里桜は別室で父に詰め寄る。それを、都桜と想月が真剣な顔で見つめていた。 「それに、白虎様って、まさかあの有名な名門貴族の……?」  半信半疑で聞いてみる。老人がまとっている布袴はかなり上質な生地でできたもので、腰に差していた飾り太刀は金銀や玉がちりばめられた立派な物だった。  その身なりだけでも、老人がそうとうな地位にあると察しはつく。そして老人が名乗った名字は、田舎者の里桜でも知っている。  もし想像通りなら、話をするのも恐れ多い人物だ。  父が神妙な面持ちで頷く。 「里桜、お前が思っている通りだよ。あの方が都を守る四神の一つ、白虎神を祀る一族の当主、白虎上総様だ。恐れ多くも帝の右腕として、大内裏でも左大臣の位を頂いていらっしゃる。その一人娘が桜子。つまりお前達の母上なんだ」 「は、母上が……!? あの白虎家の姫君だと仰るのですか!?」  思わず口をぽかんと開けた。座って話を聞いていた都桜が、小さく首を傾げる。 「あの、父上、四神の一族とは具体的にどういう方達なのですか? 話には聞いた事がありますが、詳しい事はよくわからなくて……」  身体が弱く、外にもほとんど出た事がない都桜が世間知らずなのは仕方ない。  父は都桜の前で膝をついて、目線を合わせた。 「ではわかりやすいように話そう。白虎家とは、都の……いや、この陽真乙国を守る四神を祀る一族の一つだ。都には青龍、白虎、朱雀、玄武という四神を祀る四つの一族が、東西南北に屋敷を構えて住んでいてね。その四つの一族は帝の次に権力を持つと言われているんだよ」  それは里桜も知っていた。祀る神の名をそれぞれ名字に頂く一族は、四神の一族と言われているらしい。  里桜は目を瞬かせつつ、父に詰め寄った。 「確か白虎家を含めた四神の一族の中から、この国を治める帝が選ばれるのでしょう?」 「その通りだ。帝は世襲制ではなくて、青龍家、白虎家、朱雀家、玄武家の四家の跡取りの中から選ばれるんだ。今の帝は青龍家の当主だよ」 「では、母上がその名門貴族のご息女だったという事なのですか?」  目を見張っている都桜に、父がわずかに苦笑した。 「お前達には黙っていたが、実はそうなんだ。母上は、本当なら宮中に上がって中宮になっていたかもしれないような、身分の高い姫君だったんだよ」 「ええっ! あの母上が!?」  目を大きく見開いてつい叫んでしまった。  中宮といえば帝の正室だ。着古した裳唐衣姿で、父に内緒で縫い物などの内職をしていたたくましい母。その母が帝と結婚していたかもしれないなんて、とても信じられない。 「本来なら貧乏貴族だった私は、身分の高い彼女とは話をするのも無理だった。でもある宴で偶然が重なって運良く話をする事ができてね。彼女の優しさと強さに恋をしたんだ」 「まあ、素敵だわ」  都桜がぽっと頰を赤らめて両手を合わせた。  初めて聞く父と母のなれそめに、里桜も興味津々に耳を傾ける。 「そして無謀だとわかっていたけれど、結婚を申し込んだ。桜子は私の妻になると言ってくれて、心底嬉しかった。……しかし白虎様は大反対されたんだ」  里桜は先程の老人の様子を思い出す。父を憎んでいるのを隠そうともしていなかった。あの調子で父と母の結婚も反対したのだろうと予想はついた。 「何度も白虎様を説得したが、聞いてはもらえなかった。だから、桜子と一緒に都を出てこの屋敷へと身を隠したんだ」 (父上っていつも頼りなくて気弱だけど、いざという時はそんな大胆な事もできるんだ)  目を見開いて感心していると、父に手招きされた。  都桜と一緒にすぐ近くまで膝でにじり寄ると、父の両手が里桜達を抱き寄せる。 「五年前に桜子は亡くなってしまったけれど、お前達は彼女が私に遺してくれた大切な宝物だ。白虎様の所に行けば、きっと贅沢な生活ができるだろう。だから、本当なら笑って里桜を送り出すべきかもしれない。でも……」  父が眉根をぎゅっと寄せて、顔を俯けた。里桜は父の腕に手を添え、握りしめる。 「嫌です。わたしは行きたくありません」  父が驚いたように顔を上げた。里桜は不安げに顔を歪めて、父の腕を握る手に力を込める。 「贅沢な暮らしなんていりません。今のままで十分です。父上と姉様と別れて暮らすなんて絶対に嫌」  かろうじて泣きはしなかったが、手がわずかに震えた。父がその手に手を重ねてくれる。 「しかし白虎家に行けば、立派な屋敷で綺麗な着物を着て美味しい物を食べて、生活の心配などせずにゆったり暮らせるのだぞ」 「いいえ、母上の思い出が詰まった屋敷を出るつもりはありません。貧しくてもここで父上と姉様と想月と一緒に暮らす方が幸せだもの。お願い、父上。わたしはここにいたい……!」  潤んだ瞳で必死に見上げる。  父がしばらく目を伏せていたが、やがて里桜の手をしっかりと握りしめてくれた。 「……お前の気持ちはわかった。白虎様には、私がきちんとお断りしてこよう」  父は青ざめていたが凜々しい表情をしていた。  その言葉にほっとして、立ち上がろうとした父の袖を握って引き留める。 「待って、父上。わたしが直接お断りしてきます。父上が行ったら、おじいさまはさっきみたいに感情的になってしまわれると思うの。わたしの方が落ち着いて話ができると思うから」 「しかし……」  渋い顔の父に、胸に手を当てて大きく頷いた。 「大丈夫。ここにいたいんだって、自分の口からおじいさまに伝えたいの。ちゃんと話せば、おじいさまだってわかってくれるはずだから。……想月、一緒に来て」  想月が静かに立ち上がる。  里桜は心配そうな父と姉の顔を見て微笑み、想月を伴って部屋を後にした。  里桜は背筋をぴんと伸ばして、屋敷の一番広い客間へと足を踏み入れる。  その一番奥であぐらをかいているのは、祖父の上総だ。 (ぶすっとした顔をしてるなぁ。孫に初めて会ったんだから、もっと笑えばいいのに)  一緒に来ていた想月に、部屋の入り口で控えるよう目で合図して、上総の前までゆっくりと進んで腰を下ろす。  上総は眼光鋭く恐ろしいほどの迫力を全身から放っているが、負けるわけにはいかない。  里桜は大きく息を吸い込んで、まっすぐに上総を見つめた。 「あの、結論から言いますが、わたしはおじいさまの所に行く気は……」 「結論から言うとは、まるで『男』の話し方じゃな」  話の途中でぴしゃりと言い返されて、里桜は眉根を寄せた。 「……? こまごまと話すのは苦手なので、わかりやすくしようと思っただけです」 「なるほど。論理的に物を考えられるようじゃの。お前はずいぶんと頭の回転がよいようだ。はきはきしていて問いかけにもしっかり返答する。わしに意見するほどの度胸もある。たおやかに育った普通の姫とは違うようだ。……うむ、やはりお前がよい」 「勝手に一人で納得しないで下さい。あなたは確かに名門の貴族で大金持ちかもしれない。だけど、わたしは貧しくても幸せなのです。ですからあなたの屋敷に行くつもりは……」  断る気は満々だ。家族と離れて都へ行くなんて冗談ではない。  祖父なのは間違いないようなので邪険にはできないが、こんな自分勝手そうな人と暮らすなんてとうていできなかった。  しかし上総はふいに低い声色で、こちらへ探るような視線を向けた。 「姉の……都桜の病気は、あまりよくはないようだな」  ぼそりとした声に、目を見開いて言葉を途切らせる。 「ここに来る前に調べさせたが、肺の病のようだな。治すには、異国の薬がよいと聞く」 「わ、わたしもそう聞きましたが、都の施薬院でも異国の薬はそうそう手に入らないそうで。こんな田舎ではまず見かける事さえないと……」  異国の薬の〝偽物〟なら、一度父が手に入れてきた事があった。  だが一向に効かず、舐めてみたら驚く程甘かった。  結局ただの砂糖だとわかって、家族みんなで落ち込んだのだ。 「わしなら、その薬を手に入れられるぞ」  その言葉に、息を吞んだ。思わず両手を畳について、前のめりになる。 「ほ、本当に、薬を? でもお医者様が、帝でもなかなか入手は難しい貴重な薬だって」 「確かにそうじゃ。しかしわしは、異国と交易している商人と懇意にしておる。多少手間取りはしたが、数日中にはわしのもとに届くじゃろう」 「お願いです、その薬、譲って下さい……!」  必死の形相で、床につくくらい頭を下げる。  最近は落ち着いてきているが、都桜はたまに血を吐く時がある。  今すぐでなくても、命の期限はそう遠くない所にあると医者に言われてもいた。  それを知っているから、父もうさんくさい薬とわかっていながらも、病気に効くと言われれば買ってきてしまうのだ。  もちろん里桜だって、都桜の病気を治せる本物の薬なら喉から手が出るほど欲しかった。 「頭を上げるのじゃ。……お前の頭を一つ下げたくらいでは、あの貴重な薬は譲れぬぞ」  愕然として目を見開いた。血のつながった祖父だ。なんだかんだ言っても、都桜を助けたくて薬を取り寄せてくれたのかと思ったのに、どうやらそうではないようだ。  頭を上げると、上総の厳しい視線が里桜を射貫いた。 「里桜、お前は賢い。欲しい物を、たとえばそれがとてつもなく貴重なものだとしたら、何と引き替えなら手に入れられると思う?」  問いかけもまた、厳しい口調だった。無償で何かをしてくれる気はないのだと思い知る。  少しは肉親の情を期待していた自分は、どうやら甘かったようだ。  だが、ここで引き下がるわけにはいかない。 (姉様が苦しむのも、父上がそれを見てもっと苦しい思いをされているのを見るのも嫌。姉様の薬が欲しい。どうしても……!)  里桜は大きく息を吸い込んで、正面の上総を見据えた。 「たとえあなたが帝に次ぐ権力を持っていたとしても、その薬を手に入れるのは、かなり困難だったはず。それだけの苦労をしても引き替えにしたいと思うものとなら、取引できるのでしょう。……確か母上は一人娘。という事は、あなたにはもう子供はいない。あなたはお年を召している。あなたがどうしても欲しいのは跡取りか、もしくは跡取りを産む、女性」 「完全な正解ではないが、間違ってはおらぬ。少々複雑な問題が絡んでおるからな」  推測ではあったが、上総は満足げに呟いた。 「とにかく、わしはお前を引き取って