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作者:三田千恵,笹木さくま , Dangmill , 遠坂あさぎ
类型:乙女向 日文
出版:2017-01-30(Enterbrain)
价格:¥0 原版
文库:Bs-Log文库

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【第18回えんため大賞受賞作】『リンドウにさよならを』&『女神の勇者を倒すゲスな方法』無料試し読み冊子 (ファミ通文庫) 【第18回えんため大賞受賞作】 『リンドウにさよならを』& 『女神の勇者を倒すゲスな方法』 無料試し読み冊子 三田千恵 笹木さくま 電子版 ファミ通文庫  目次 リンドウにさよならを 女神の勇者を倒すゲスな方法 「おお勇者よ! 死なないとは鬱陶しい」 リンドウにさよならを 三田千恵 電子版 ファミ通文庫 本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載したりすることを禁止します。また、 本作品の内容は、底本発行時の取材・執筆内容に基づきます。  目次 序章 青空の下で 一.甘い、卵焼き 二.空の音 三.ドイツの撃墜王 四.重なった掌 五.リンドウの花 六.襟仁遥人は 終章 リンドウにさよならを あとがき プロフィール  彼女を、思い出す。  突き抜けるような青空ともくもくとわき立った真っ白な入道雲、心臓に直接響いてくるような心地良い低音を轟かせて、まっすぐに空を横切る大型旅客機。夢みたいに完璧な今日の空に胸を打たれたからだろうか。ふと、馬鹿みたいな考えが頭を過る。このまま視線を下げれば、彼女が目の前にいるのではないだろうか。  軽く瞼を閉じると、自分でも呆れるくらい鮮明に、あの頃の彼女を思い浮かべることができた。  太陽の光を一身に浴びて、彼女は立っていた。手すりに軽く手をかけて、まっすぐに前を見つめている。背筋をしゃんと伸ばしたその後ろ姿はそれだけで十分にきれいだけれど、どうしても顔が見たくて、心の中で念じてみる。  こっち向いて、襟仁。  風が吹いて髪の毛がさらさらと揺れると、隠れていたうなじがちらりと見える。じっとりと汗ばんでいるうなじには、濡れそぼった数本の髪の毛が纏わりついていて、その黒のせいで、抜けるような肌の白さが際立っている。  ふと風がやんだ。乱れていた髪の毛は、彼女が数回撫でつけただけで、肩のラインにきれいに収まった。  そこでようやく彼女は振り向いて、大きな瞳をゆっくりと細める。 「おはよう、神田くん」  頭ではわかっている。そんなはずはない。彼女が屋上にいるはずはないし、僕に笑いかけてくれるはずもない。襟仁遥人はこの青い空の下、ここではないどこかで元気に暮らしているだろう。  瞳を開くと、彼女は消えた。当たり前だ。  立ち上がって校門を見下ろすと、豆粒サイズの人影が、ぞろぞろと集まってくるのが見えた。もうすぐ、二学期が始まる。  狭苦しい教室の中、働き蟻みたいにせわしなく動き回る生徒たちを、ぼんやりと眺めていた。教室の一番後ろ、腰ほどの高さがある古びた棚の上が僕の定位置だ。ゆったりと腰をかけて、上から見下ろすように眺めれば、教室全体がよく見渡せる。  夏の暑さの盛りは八月だと言うけれど、本日、九月一日の教室はうだるように暑い。夏休みの間、クーラーを利かせた涼しい室内で過ごした生徒たちには、久しぶりの学校は炎熱地獄だろう。  電気をつけなくとも、教室は明るい。レースのカーテンで緩和されているはずなのに、窓から入る眩しいほどの光が素肌に当たると、刺すような痛みを感じる。  そんな光が降り注ぐ窓際の一番後ろが、穂積美咲の席だ。無意識に教室を眺めると、自然に視線が向かってしまう。僕が彼女に向けるのは、若者らしい恋慕の気持ちではない。恋心どころか、好意ですらない。  なにしろ穂積は、この教室で一番の嫌われ者だ。リーダー格の女子に疎まれ、男子にも敬遠されている。クラスメイトと同様、僕も彼女の容姿や性格には、一切の魅力を感じていない。  だけど、ただただ穂積が気になる。目が離せない。この感情は興味と名付けるのが、一番ふさわしい。  理由は二つ。一つ、和気あいあいとしたこのクラスでたった一人、彼女は孤独であり、僕と同じだから。そして、二つ、穂積と似た境遇の女の子を知っていたから。  穂積が教室に入ったのは、チャイムが鳴った瞬間だった。鐘の音を模した電子音にまぎれて、ひっそりと敷居を跨ぐ彼女は相変わらずだ。  長く伸びた前髪はそのまま下ろされていて、顔の半分以上が隠れている。かけている大きな黒縁メガネのせいもあって、表情も顔立ちもほとんど傍目にはわからない。  糊づけされたのが遠目にもわかる真っ白なセーラー服に、不格好なほどきつく結ばれた臙脂色のリボン、クラスの女子の大半が短くするスカート丈は規定に従って膝下のまま。  はっきり言って、ダサくて垢抜けない。性格も暗く、頭も悪い。秀でたところが何もない、女子からも男子からも、教師からすら、うとまれる女の子。  穂積は誰からも声をかけられることはない。教室に入る瞬間、ある意味、目立った存在である彼女に、クラスメイトは申し合わせたように意識を向ける。だけど、決して視線は向けない。あえて気が付かないふりをする。そんな暗黙の了解が、既にクラスにはある。  ただ一人、ドア付近で話していた松下だけが、長い髪をかきあげながらちらりと横目で穂積を見るのだが、そのことはきっと僕しか気づいていない。ふわりと揺れる艶やかな髪はやりすぎない程度にウェーブしていて、添えられた指の爪には透明なマニキュアが塗られている。穂積とは対照的な、オシャレで可愛い女の子だ。優しげな瞳を持つ小柄な美少女が、このいじめの首謀者だ。  穂積はそんな松下に気づいているのかいないのか、彼女の方を少しも見ずに、一直線に席に向かう。一学期と同じで、穂積は周りを一切見ない。一人の世界に籠らないとやっていけないのだろう。  変わらない穂積を見て、少しだけほっとする。休みが始まる前と全てが同じだ。垢抜けてはいないし、やけになって非行に走った様子もない。猛勉強して、賢くなったようにも見えない。彼女は相変わらず、ぼんやりとした瞳で機械的に歩を進めるだけだ。  一学期と異なることが一つ。穂積が席に座る直前、足を止めたのだ。  立ち止まって、まじまじと僕を見た。頭の天辺から足の先まで、不躾に視線が移っていくのを感じる。  穂積の席の右後ろで呑気に傍観していた僕を、彼女ははっきりと見つめていた。  瞳は髪に隠れてほとんど見えない。だけど、確かな視線を感じる。  しばらくそのまま立ち尽くしたあと、穂積は慌てて髪をかき分けた。やっと姿を現した彼女のレンズ越しの瞳、想像したより大きな薄茶色の水晶体には、何も映ってはいない。穂積が息を飲むのがわかる。 「ミサ菌、どうしたのかな?」  松下の声が聞こえる。穂積に聞こえるか、聞こえないかという、際どい大きさで。  ミサ菌とは、穂積美咲のこのクラスでの呼び名だ。初めは陰口の時にしか使われていなかった侮辱的なこの呼び名を、今ではクラスメイトのほとんどが隠すことなく使う。だから、穂積ももちろん知っているだろう。自分がクラスで嫌われていて、「菌」扱いされていることを。  穂積は我に返ったとばかりに、頭を乱雑にふり乱した。彼女の瞳は再び髪の毛に覆われ、表情はすっかり隠れてしまう。無言のままゆっくりと椅子に座った。 「ほんとだ。頭狂ったんじゃないの」 「キモッ」  穂積は鞄から出した本を丁寧に開き、食い入るように見つめていた。その日、僕に視線が向けられることはもうなかった。  人から見つめられたのは三年ぶりだ。詳しく言えば、二年と八カ月と二二日ぶり。最後に僕を見つめた相手は、穂積と同じ境遇にいた女の子、襟仁遥人だった。  襟仁はあの時、怯えたような瞳で僕を見た。一方、今日の穂積は、驚いたように僕を見ていた。襟仁と穂積の顔を順番に思い出して、思わず苦笑してしまう。普通は逆だろ?  襟仁は三年前、隣のクラスにいた女子生徒で、唯一といってもいい、親しい女子だった。当時は自分でも気が付かなかったけれど、僕は彼女のことが、とても、とても好きだった。  一二月にしては陽気な小春日和の朝だった。最後に屋上で会った時、彼女は怯えたように僕を見た。  僕たちはそれなりに良好な関係で、少なくとも、僕は襟仁に嫌われてはいなかった、と思う。ショックだった。好意を抱いていた襟仁の、青ざめてこわばった、悲しげなあの表情は、今でも目に焼き付いている。  穂積はよほど驚いたのだろう、瞳を丸くして僕を見つめていた。だけど、穂積こそ、怯えても良かったのだ。穂積に怯えられても僕は傷つかないし、むしろ納得する。それどころか、嬉しい気持ちにすらなるかもしれない。怯えて、悲鳴を上げ、少しでも言葉を発してくれたなら。どんな形でもいい。僕は穂積と話したかった。  次の日、火曜日の四限目は体育の授業で、生徒たちは体育館にいるはずだった。僕はいつもの定位置、教室の後ろのロッカーの上で、寝そべって本を読んでいた。  教室の扉が開く音を聞いて、初めに考えたのは下着泥棒の可能性だ。校内で女子生徒の衣類が盗まれる被害が多発していた。外部の者が侵入しているとも思えないから、生徒の誰かのいたずらだと考えられている。盗まれた生徒は、容姿に優れ、人気がある女子ばかりで、彼女たちに好意を抱く男子生徒の犯行だろう。  しかし、入ってきたのは穂積だった。僕の方をしっかり見据えて歩み寄ってくる。逃げることも、声を上げることもできずに、僕は彼女を見つめていた。 「あなたは、どうしてここにいるの?」  目の前でピタリと足を止めると、穂積は意外にも明快な声で言った。 「どう、してって」  上手く声が出せなかった。面と向かって誰かと話すのは久しぶりだ。それに、どうしてと聞かれてもわからない。なぜ僕がここにいるのか、僕が教えてほしいくらいなのだ。  覚えているのは、迫りくるアスファルトの駐車場だ。でこぼこした灰色の地面には、所々にガムが貼り付き、黒いシミになっていた。ゆっくりと近づいてくる地面の、その黒くなった一点を、僕は見つめていた。作り物の映像をスローモーションで見ているみたいに、現実感がない光景だった。  温かな日差しが気持ち良い小春日和のその日、僕は襟仁を助けようとして、屋上から落ちた。  フェンスを乗り越え、背中から沈んでいく襟仁の手を引こうとしたら、バランスを崩して一緒に落ちてしまったのだ。  上を見たらきれいな青空が見られたし、横を向けば襟仁の顔を見ることができた。美しい景色が周りにあるのに、それを見ることもかなわないなんて、重力っていうのは凄まじいな。そんなのんきなことを考えたのが最後、意識は遠のいた。  気が付くと教室にいた。毎日過ごしていた二年Bクラスの教室の真ん中に、僕は立っていた。  レースのカーテン越しに差し込む柔らかな日差し、壁に貼られた明朝体のそっけない注意書き、騒音と化したクラスメイトの話し声。  ふと眩暈がして、視界が歪んだ。気分が悪い。頭を押さえて、思わず目を閉じると、頭の片隅に潜んでいた違和感の正体に気が付いた。そうだ。クラスメイトに見覚えがないのだ。佐藤や川上はどこにいるんだろう? 周りを見渡すが、一向に見当たらない。それどころか、僕の席には、見知らぬ坊主頭が座っている。教卓の目の前、前から二番目の席が僕の席だ。ホームルームの時間に、くじで引き当ててしまった最悪の席。坊主頭にのろのろと近づいて、退くよう声をかけるが、何の反応もない。 「ちょっと、お前さ」  意識して大きい声を出しても、坊主頭はこちらを振り向きすらしない。一瞬だけ頭に血がのぼり、その後、急激に下がっていく。背筋に冷たいものが走る。誰も僕を見ていないのだ。坊主頭も、坊主頭の話し相手も、後ろの席の女の子も。まるで僕がいないみたいに、自然と視線を移していく。悪意は感じられない。無視しているわけではないだろう。僕に気が付いていないのだ。  頭が痛かった。部屋でも間違えたのだろうか。クラスを確認するために、一旦教室を出て、入り口に掛かっているプレートを見上げる。  二年Bクラス、自分のクラスに間違いないと、深く頷いた瞬間、ふと、最後に見たアスファルトがフラッシュバックした。急いで隣のクラスに行って襟仁の姿を探したけど、彼女はどこにもいなかった。  その代わり、見知った顔が一つ。幼馴染の結城守だ。守は僕の家の三軒隣に住んでいて、父親同士仲が良かったのもあって、幼い頃からよく一緒に遊んだ。小学生のころは、近所の生徒が集団で登校するというルールがあり、毎日一緒に通った仲だ。自分で言うのもなんだが、守は僕を実の兄のように慕っていた。僕が六年生でリーダーだった時、守は三年生だった。  守が二年Cクラスにいる。それも、最後に会った時より、随分大人びた姿で。それはつまり、僕が屋上から落ちてから、二年以上の月日が経っているということだ。 「どうしたんだよ、襟仁」「何でもないわ」「危ないって」「来ないで」「ちょっと、待てよ。やめろ!」  突き抜けるような青空。膝から落ちたレシーバー。塗装が剝げかけた古いフェンス。ひらりと舞ったセーラー服のスカート。頰を伝った大粒の涙。そして、灰色のアスファルト。アスファルトに貼り付いた、粘着質の真っ黒なシミ。  すぐに事情を把握し、そして受け入れた。怒りとか悲しみとか、悔しさを感じることはなかった。すとんと心に落ちてきて、唐突に理解した。  僕は死んだ。あの小汚いアスファルトに打ち付けられて、心臓が止まったのだ。  そして、何らかの理由で二年半のブランクを経て、学校に憑く地縛霊になった。  幽霊としては、中々物分りの良い方だと思う。自分が死んだことを、何年経っても理解できずに人を困らせる連中が多い中、僕は自分の立ち位置をたった数分で受け入れたのだから。  解せないのは、何故僕がここにいるのか、ということだ。  僕の認識では、人は死んだら「あの世」に行くはずだ。あの世とは何なのか、天国や地獄なんてものが存在するのかなんてわからないが、死んだ僕が生前通っていた学校にいる、今のこの状況がおかしいことはわかる。  図書室のオカルト本でつけた付け焼刃の知識によると、思い残すこと、いわゆる未練がある幽霊は成仏できず、現世にとどまるらしい。また特定の場所に未練がある幽霊は、その場所から離れることが難しいという。  これは、ぴったり僕にも当てはまる。僕は学校から離れることができない。校内であれば自由に行き来できるが、一歩敷地を出ようとすると身体が動かなくなる。意固地になってふんばり続けると次第に意識が遠のいて、気付いた時にはこの教室に戻っている。  しかし、僕には肝心の未練がない。正確に言えば、幽霊になった当初はあったのだが、今となっては無くなってしまった。  僕の未練の一つは、最後の視界がアスファルトで終わってしまったことだ。それは幽霊になった瞬間に解消された。幽霊になって校内を自由に闊歩できるようになり、見たい景色はいくらでも見ることができた。中庭の銀杏の下で本も読んだし、好きだった屋上から、悠々と飛ぶ飛行機も見上げた。  あと一つは、襟仁遥人だ。  僕は襟仁を守りたかった。彼女が死んでしまうなんて、自分が死ぬこと以上に想像ができなかった。彼女は無事だったのだろうか。襟仁の生死が知りたかった。  僕らの事故があったのは、二年以上前のことだ。事件当時の生徒で在籍しているものはいないが、人が死んでいる。衝撃的な事件だっただろうから、噂話くらいあってもよさそうなものだけど、誰が話すのも聞くことはなかった。  しかし、霊になって一カ月ほど経ったころ、この未練も簡単に解消した。  ことの発端は「屋上を開放してほしい」というある女子生徒からの要望だった。ここ、光明高校では、昼休みは校内であれば自由に好きな場所で昼食をとることが許されている。ほとんどの生徒が教室か食堂で、中には中庭やベランダで食べる生徒もいる。昔はそこに屋上という選択肢もあったのだが、僕たちの事故以来、全ての屋上は封鎖されていた。  生徒の中でも人気がある女子生徒が言い出したものだから、たくさんの生徒が賛同した。しまいには署名まで集めて教師に提出し、危険性を訴える保護者会と教師が反対、小さな騒動となった。  その時、屋上が危険を伴う場所だと説明するために、教師が僕たちの話を持ち出したのだ。 「数年前、不運な事故により当校の生徒二人が屋上より転落しました。そのうち一人は亡くなった、悲しい事故でした。このような悲しい事故を防ぐためにも、屋上を開放することはできません」  その後、しだいに屋上開放の声は消えていったが、教師の熱弁のお陰かは疑わしい。僕が思うに、なかなか報われない活動に飽きが生じたのだろう。そうとしか思えないほど、教師の話を聞く生徒の反応は薄かった。  当時を知る者がいない今、僕たちの事故はもはや過去のものでしかなくなっていたらしい。一○代の高校生にとって、二年以上も前のことはどんなことであっても、とるに足らないことなのだ。  僕はその時それなりに衝撃を受け、自分は過去の人間なのだと少しだけ落ち込みもしたのだが、重要なことはそれじゃない。  ──一人は亡くなった、悲しい事故  教師はそう言った。ということは、一人は死に、もう一人は生きているのだ。僕が死んでいるということは、襟仁は生きている。  それだけで、十分だった。  今はもう、襟仁に会いたいとは思わない。優しいやつだった。きっと、僕が死んでしまったことで、襟仁は心に枷をはめている。それを申し訳なくも思うが、それでも生きていることを有難く思う気持ちの方が大きい。  彼女が生きている。それだけで、僕は満足だった。自分が死んだことが、どうでも良くなってしまうほどに。だから、僕にはもう未練なんて少しもないのだ。  それなのに、僕は一向に成仏しない。誰を驚かすわけでもなく、迷惑をかけることもなく、淡々と日々を過ごす。それは生きている頃とほとんど変わらず、たまに自分が死んだことすら忘れそうになるほどだ。  だから、僕にはわからない。なぜ自分がここにいるのか、意味を見つけられないのだ。 「ごめんなさい。こんなこと言われても、困るよね」  言葉に詰まっている僕を見かねてか、穂積が口を開く。  その様子があまりにも自然で、うかつにも涙がでそうになる。生前、一人でいることは苦痛ではなかった。一人の時間がないとやっていけない。そんな風にかっこつけて言ってみたこともある。  それでも何カ月もずっと一人きりなのは、耐えがたいものだ。周りにどんなにたくさん人がいても、存在を認められないのは一人と一緒だ。いや、一人きりでいるよりも、もっと孤独なのだ。僕は人と接することに飢えていた。 「僕は死人で幽霊だ。穂積こそ、何で僕が見えるの?」  穂積は眉をひそめて少し黙ったあと、ぼそりと呟いた。 「何で、私の名前」  確かに、見知らぬ幽霊が自分の名前を知っていたら驚きもするだろう。  しかし、これではっきりした。穂積は昨日初めて僕に気が付いたのだ。僕は四月からずっと教室にいた。それなのに、なぜ突然僕が見えるようになったのだろう。 「僕は一学期から、ずっとここにいたんだよ。この学校の、特にこのクラスのことなら、きっと誰よりも知っている」  穂積が戸惑った顔をしたのは、彼女がこのクラスで、普通ではない立場にいるせいだ。 「それなら、私なんかと話したくないよね」  俯きがちに、そう言う穂積の目にはうっすらと涙がたまっている。 「話したいさ。だって、君はやっと出会えた話し相手だ」  穂積はゆっくりと顔を上げた。 「それにさ、君、僕の友達に少しだけ似てる気がするんだ」  僕の友達、忘れられない少女、襟仁遥人。  他人なのだから当たり前だが、容姿はあまり似ていない。襟仁は、大きな瞳とすっと通った鼻筋、透明感のある白い肌と、誰から見ても整った顔立ちをしていた。  一方穂積は、瞳は襟仁に負けず大きいが、低くて丸っこい鼻、ニキビの目立つ頰と、美人とは言い難い。体形も華奢だった襟仁と違って、良く言えばふっくらと、はっきり言えばデブの一歩手前だ。襟仁は頭が良かったが、穂積ははっきり言って馬鹿である。  だけど、立場が似ていた。襟仁もクラスでいじめにあっていたのだ。  ビッチ、そう呼ばれていた。綺麗すぎる容姿は必ずしもプラスになるとは限らない。特に、妬みや僻みという本能的な負の感情を抑えることができない、理性の足りない若者の集団では。  襟仁はどんな状況でも自分の意見をはっきり口にした。他者へのすり寄りは全くなかった。誰に媚びることもなく、いつも堂々と振る舞う襟仁は美しかったが、それが逆に非難を買った。突出する者に対しても、出来が悪い者に対しても、いじめというものは同じように卑劣だ。  襟仁が自ら死を選ぼうとした理由は、直接聞いてはいないから、はっきりとはわからない。  だけどおそらく、この卑劣ないじめが理由の一つにあったのだろうと、今では思う。襟仁はいつだって毅然としてやりすごしていたけれど、きっと心の中では辛かったに違いない。それしか考えられないのだ。  ともあれ、いじめに対して決して屈さない姿勢。何を言われても、何をされても、平然として、自らのリズムを崩さない態度。二人はそこがよく似ていた。 「ありがとう」  微笑んだ穂積を見たのは初めてで、驚くと同時に気が付いた。笑顔になった時にできるえくぼも、少しだけ襟仁に似ているかもしれない。 「いや、お礼を言いたいのは僕の方だ」  人と会話できていることが嬉しかった。 「お願いしたからだと思う」  穂積は笑顔を崩さずに続ける。 「お盆にお墓参りに行った時、学校で上手くやれるようにお願いしたの。一人でも良いから、友達ができるように。だから、あなたが見えるようになったのかも」  言い終わるやいなや、穂積は突然表情を曇らせる。 「嫌だよね。私なんかと友達なんて」  そうやって幽霊である僕にまで気を遣ってしまう。そこまで彼女は追い詰められている。自分のことを、誰からも嫌われて当然だと、そこまでの存在だと思い込んでしまっている。 「そんなことない。嬉しいよ。僕も友達が欲しかった」  襟仁の命は助けても、心は助けられなかった。襟仁の一番近くに居たのは僕だったのに、いじめから救うことはできなかった。僕も彼女を追いやった一人なのかもしれない。  あの日と同じ澄んだ青空を見る度に、胸が痛くなる。もしかして、僕の未練はそこにもあったのかもしれない。  嬉しさを閉じ込めるように、無理やり無表情を装った穂積を、訳の分からない存在の僕に屈託なく話しかけてくれた彼女を、救いたいと、そう思った。  水曜日、昼休みのチャイムが鳴った瞬間、穂積は僕に目配せらしき合図を送った。言い切れないのは、彼女の目元が髪に隠れてほぼ見えないからで、それでも、ついてこい、という意図は伝わってくる。  席を立ち、のろのろと歩き始める穂積の後に従いながら、教室をぐるりと見回して、周囲を確認する。僕のせいで穂積の行動が不自然に思われれば、穂積は一層困った立場に追い込まれてしまう。しかし、そんな心配は杞憂のようだ。思えば、穂積が昼休みにふらっと姿を消すのは、今日に限ったことではない。  廊下を突き当たりまで歩き、階段を下り、中庭を横断し、そして今は使われていない、解体を待つばかりの旧体育館の裏にある、細長い階段を上っていく。それは、いくら上ってもたどり着く場所のない階段だった。コンクリートの高い壁で囲まれた狭い階段は、風も通らず、うだるような暑さだったけど、穂積は文句一つ言わず、ひたすら足だけを動かした。  教室から一番離れたその階段の先を、僕はよく知っている。僕の最期の場所、僕と襟仁が落ちた屋上だ。生前お気に入りだったその場所を、僕は幽霊になってからも頻繁に利用しているが、それができるのはぼくが幽霊だからだ。  学校にはいくつか屋上があるが、それらは僕らの事故をきっかけに全て立ち入り禁止になっているはずだ。ここももちろん例外ではない。途中に設けられた踊り場を曲がると、案の定、屋上へ続く扉には