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作者:野々宮ちさ,Thores柴本
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-10-30(讲谈社)
价格:¥594 原版
文库:讲谈社X文库White Heart

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神戸パルティータ 華族探偵と書生助手 ご利用になるブラウザまたはビューワにより、表示が異なることがあります。 神戸パルティータ 華族探偵と書生助手 野々宮ちさ 目 次 神戸パルティータ 華族探偵と書生助手 あとがき 電子書籍特典スペシャルショートストーリー 探偵の贈り物 イラストレーション/THORESトーレス柴本 神戸パルティータ  華族探偵と書生助手 一  昭和八年の十二月も末のある日、僕は放課後の教室でせっせと書きものをしていた。ひとつ前の席では友人の井坂剛大が、隣の席では同じく友人の斎藤潤也が、僕同様、大量の紙束に取り組んでいる。井坂はともかくとして斎藤がこうして一緒に座っているのはなかなか珍しい光景だった。何故なら、同じ二年生ながら井坂と僕は理科、斎藤は文科に所属しているので、普段は授業を受ける校舎さえ違うのだ。なお、理科文科というのは、それぞれ理系専攻、文系専攻の課程を指す。  黙々と手を動かす斎藤と僕を背にしながら、井坂がいつもどおりにべらべらとくっちゃべっていた。この熊の如くむくつけき男は、体もデカいが声もデカい。作業中の僕の耳には騒がしいことこの上なかった。 「ほんでな、これは京都のはずれにある、とあるトンネルの話やねんけど──あ、『とある』ゆうんはお約束やで、この場合。実名を出したらさしさわりがあるゆうこっちゃ、はっはっは。ともかく、そのいわくつきトンネル、どうゆういわくがあるかとゆうとやな、『中に入った人間が消える』っちゅう噂がまことしやかに伝わっとるねや。そんで、ある日、暇人どもが手分けして、実際にトンネルに入っていった人間と出てきた人間とを数えよったらしい。そしたらな、やっぱり数が合わんのやと。入った人間の数と比べて、出た人間の方が一人少のうなっとったそうな。全員いのうなるんやなくて、一人。思うに、ここがミソやな。なんとのう、そっちの方がゾゾゾときいひんか? 微妙に現実感が漂うゆうか。いやあ、怪談ゆうんは、なかなか人の心理をうまく突くようにできとるわ。な? そう思わへんか? 庄野」  同意を求められた僕は手元の紙を丸めると、無言で井坂の頭を叩いた。実にいい音がした。 「いきなり何すんねんな? 乱暴なやっちゃ」と抗議しつつ、井坂が振り向いた。 「何すんねんな、じゃないだろ。口よりも手を動かせ、手を。誰のための居残りにつき合ってると思ってるんだよ。不幸にしてお前と同級の俺は仕方ないとしても、斎藤なんか巻き添えもいいところじゃないか。ちょっとくらい反省しろよ」 「いいんだ、庄野。僕も悪かった」書きものを続けながら、斎藤が端整な顔を曇らせた。 「僕が正しく最悪の事態を想定しておけば、こんなことには……」 「斎藤は悪くない! 全面的に井坂が悪い。あれだけ君から援助を受けておいて零点だなんて、信じらんないよ、こいつ。そんなだめっぷり、想定できるわけないじゃないか」  状況を説明しておくと、以下のような次第だ。先日、我が第三高等学校では二年生を対象に、独文和訳の臨時試験が行われた。井坂と僕も第二外国語として独逸語を履修しているので、当然、その試験を受けねばならなかった。不真面目な学生の常として、井坂は第二外国語におそろしく弱い。授業は級友の──主に僕の──ノートを借りてなんとか乗り切っているが、試験となるとまるっきり歯が立たず、毎度毎度進級の危機を招いている。  そこで彼は悪知恵を働かせた。文科の試験が午前、理科が午後というわずかな時間差に目をつけて、昼休みの間に対策を打ったのだ。何をしたかというと、先に試験を済ませた斎藤に泣きついて、あつかましくも模範解答を書かせやがったのだ。なにしろ、試験問題は学年共通。そのうえ、文武両道かつ眉目秀麗の花形学生たる斎藤の訳文を入手したのだから、その時点で井坂の試験突破はもはや確実、確実どころかお茶の子さいさい──のはずだった。  が、敵もさるもの。午前と午後の試験には、微妙な違いがあったのだ。問題自体は同じだったが、出題の順番が変わっていた。結局、カンニングペーパーの甲斐もなく、井坂の解答は全滅。独逸語担当教授から責と共に山ほどの独文和訳の課題を出されるという惨状に終わり、見るに見かねた斎藤と僕が手伝う羽目になったというわけだ。おかげで今日は冬休み前の授業最終日だったのに、打ち上げにも行けやしない。  斎藤が、小さくため息をもらした。 「模範解答に独文の方もつけておくべきだったよ。ぬかったな」 「いやあ、参った参った、まさか、あんな罠をしかけとるとはな。オットーも陰険なやっちゃ」  こちらは一向にこたえた様子のない井坂。なお、オットーというのは独逸語を担当する北原教授のあだ名で、オットセイ似の外見と独逸ふう人名とをかけ合わせたものだ。 「あの程度のことが罠かよ! 斎藤も甘やかしすぎだよ。普通、手元の模範解答と試験問題を対照すれば、順番が違うってことくらい分かるだろ? そのうえで、それぞれの独文ごとに相当する和文を選べばいいだけなんだから、楽勝のはずだ。それすらできずに全滅だなんて、お前、どれだけ独逸語をサボってたんだよ」 「そう怒りなや。俺かて反省しているからこそ、少しでも場をなごませようと、たわいない小話、もとい怪談を話して聞かせとるんやないか」 「ちっともなごまない。むしろ、うるさい」 「なんやと。お前、懐の深さが足りんぞ。ひと言、言うたってくれ、斎藤」 「じゃあ、ひと言」なおも机上の紙から目を上げないまま、斎藤が応えた。 「さっきの怪談だけど、あちこち破綻していると思う。出口と入り口で数を数えたってことは、少なくともどちらかの担当者はトンネルの中を通ったということだろう? 彼らが無事に出入りしている時点で、説得力半減だよ。それに、そのトンネルって、人しか通らないのかい? 入り口に徒歩で入った人が中で誰かの車に乗せてもらっただけなんじゃないかな。そもそも、単なる数え違いという可能性も高いし、結論として全然怖くない」 「おお! さすがや」  めためたに論破されたはずなのに、何故か満足げに膝を打つ井坂。 「聞いたか、庄野? このとおり、斎藤は黙って手を動かしながら、ちゃあんと俺の話を聞いてくれとる。お前とは心のゆとりが違うわ」 「なんか、話ズレてるぞ。お前、今、斎藤が言ったこと、ちゃんと聞いてたか? どっこにも肯定的な評価はなかったじゃないかよ」 「まあた、固いこと言うてからに。お前、今日は可愛ないなあ。庄野のくせに」  その瞬間、手元がぴくりと動いて、鉛筆の芯が折れた。 「おい、『庄野のくせに』って何だよ! どういう意味だよ」  僕は一年飛び級かつ早生まれの学年最年少であるうえ、満十七歳という年齢よりさらに若く見えるらしく、同級生たちにお子様呼ばわりされるのがお約束と化している。そのたびにむかっ腹を立てるのがまたからかわれる元と理解しつつも、ついつい反応してしまうのだ。 「おっと、誤解や。ひがみすぎやで、お前。俺は今回『庄野のくせに』と言うただけで、『ちっさい子』とも『ちびワンコ』とも『お目々キラキラ坊や』とも言うてへんやないか」 「言うてへんと言いつつ、総ざらえしたじゃないかよ! 撤回しろ、今すぐ撤回しろ」  そこで斎藤が慌てたように顔を上げて、割って入った。 「落ちつけ、庄野。井坂もいい加減にしろよ。廊下に声が響くじゃないか。君の課題を僕らが手伝ってることがばれたら、まずい──」  途中で斎藤が声を吞み、黒々とした大きな目で前方を凝視した。井坂と僕がつられて同じ方を向くと、なんと、いつの間にかオットーが教壇に立っていて、氷の微笑を浮かべていた。 「おやおや、学年一の愛玩物の庄野君に、学年一の花形の斎藤君。同じく学年一のぐうたら男たる井坂君の居残り罰につき合うとは、実に麗しい友情だ。なんなら、彼がめでたく落第となった暁にもおつき合いするかね?」 「いえ、結構です!」 「失礼します、先生!」  斎藤と僕はバタバタッと席を立つと、「そんな殺生な」と嘆く井坂を置き去りに、脱兎の如く逃亡した。廊下を走りながら、斎藤が僕に尋ねた。 「東京には、明日、帰るのかい?」 「いや、帰省はもっと年末ぎりぎりになりそうだ。もうしばらくこっちに残るよう、中村翁に言われているんだ」  僕の郷里は東京で、ここ京都では、中村重吉翁という実業家宅に寄宿しながら、書生として学費を稼いでいるのだ。 「へえ、そうなのか。じゃあ、もしも翁のお許しが出たら、僕の実家にも遊びに来ないか? 二、三日泊まってくれたら嬉しい。ずっと機会を逃してるからな」  斎藤の実家は、神戸の由緒ある神社だ。夏休みにも遊びに来るよう誘われていたのだが、僕の帰省と重なって実現しなかったのだ。 「ぜひ行きたいな」と言ってから、ふと気がかりを覚えた。 「でも……大丈夫なのかい? 神社の年末って忙しいだろ? 家の人たちに迷惑なんじゃ」 「それは忙しいけど、一年中なんだかんだと行事はあるから、逆に忙しいのが当たり前になってるんだ。君一人増えるくらい、どうってことないよ」と、ほがらかに笑う斎藤。 「それじゃ、一度中村翁に訊いてみるよ」僕も笑い返しつつ、留保をつけた。 「少なくとも、明日はだめだけどね……ちょっとした用事があって」  翌日の午後、僕は、祇園近くの小間物屋で所在なく立ちつくしていた。僕の前方には、枯淡の老学者のような渋い老人。その隣では、一人の若い女性──というよりも女性になりかけの少女が、熱心に髪留めを物色している。ウエーブのかかった長い髪に、くるくると活発に動く大きな目。洒落た洋装がよく似合う、お人形みたいに綺麗な人だ。この二人組は、僕の大家兼雇い主の中村翁こと中村紡績商会社長と、その孫娘の薫子嬢だ。  翁には、会社の東京支店長を務める一人息子がいる。薫子嬢はその息子一家の末娘で、歳はたしか満年齢だと僕より二つ上の十九。現在、東京の女子大学で英文学を学んでいるという話だ。女性としては珍しい高学歴ということになる。  もっとも、ご本人いわく「学校にでも行かないと、結婚させられちゃうんですもの。私、もう少し遊んでたいのよね」だそうなので、勉強好きというのではないみたいだ。この不況下、経済的理由で進学を断念する英才がどれほどいるかと思うとせつなくなるけれど、彼女のせいじゃないから仕方ない。ともかく、ことほどさように苦労知らずの吞気なお嬢様なのだ。  今の今も、鈴を転がすような声で、こんなことを祖父に問いかけている。 「ねえねえ、おじい様。この紅い髪留めも素敵だけど、こっちの青地に金色のも、すごくお洒落で捨てがたいわ。春の着物に合わせたら、うんと映えそうだもの。でも紅いのは、今すぐ使えるのよね。どちらを選んだらいいかしら?」  中村翁はというと、日頃の威厳が噓のように蕩けそうな笑顔を浮かべた。 「どっちも買うたらええがな。薫子はなんでも似合うさかいなあ」 「ありがとう、おじい様!」薫子嬢は手を打って喜び、はずむような笑顔を僕に向けた。 「また荷物が増えるわね。お願いね」  僕は笑顔がひきつりそうになるのをこらえつつ、「おやすい御用です」と応えた。本当を言うと、勘弁してほしい……すでに、両手いっぱいに荷物を抱えているのに。全部、彼女が自分もしくは家族へのお土産用に買った品物だ。  これが本日、僕を拘束する用事なのだ。薫子嬢は、芦屋に嫁いだ姉に会うついでがあったとかで今日から二、三日の予定で、祖父宅に滞在している。なにしろ元気いっぱいな人なので、何かというと京都にやってくるのだ。来たら来たでまた、あちこち行きたがるのだが、あいにく今回はお付きの女中が道中で風邪をひき、中村邸に着いて早々、寝込んでしまった。  当然ながら、お付きが寝込んだからといって、ご令嬢を一人で外に出すわけにはいかない。まして買い物好きの彼女の場合、荷物持ちは必須──というわけで、とりあえずは中村翁が孫の供をし、僕が荷物持ちをするということになった。なお説明するまでもないが、何故、僕一人の供ではいけないかというと、一応、僕が男だからだ。彼女のような年頃の乙女が男子学生と二人連れで歩こうものなら、それだけで大騒動になってしまう。  もっとも、薫子嬢自身は全然僕を男扱いしてないのだけど……。 「おじい様あ、次はハヤちゃんに何かお洋服を仕立ててあげましょうよ。この子、いっつも着たきり雀じゃないの。たまには制服以外の格好だって、見たいわ」  また始まった、と、内心でため息をついた。薫子嬢は僕のことを「ハヤちゃん」と呼ぶ。僕は隼人という名前なので、子供の頃は母や親戚に「ハヤちゃん」と呼ばれていたのだが、どうやら、それを彼女のいる席で話したことがあるらしい。あるらしい、というのは、僕の方はそのことをすっかり忘れているのに、彼女の記憶には妙に焼きついたらしく、以来、その呼称をやたらと使いたがるのだ。 「薫子。『ハヤちゃん』やないやろ。『庄野さん』ゆいなさい」  翁も一応注意はするが、効果なし。 「いやよ、『庄野さん』だなんて、堅苦しい。弟みたいで可愛いんだもの、ハヤちゃんでいいわ。ねえ、ハヤちゃん?」 「しょうがあらへんなあ、薫子は。まあ、庄野君がそんでええんやったら、ええか」  よくない、と表明する間もなく、翁はあっさり矛を収めた。 「ほな、薫子のお望みどおり、庄野君になんか作ったるかな」 「そうしましょ! 私がお見立てするわ」 「あ、あの、そんなもったいないことしていただかなくて結構です。僕は制服で十分──」  懸命に口を挟んだものの、みなまでしゃべらせてもらうことはできなかった。 「だめ! いいから、私に任せて。うんと可愛くしてあげるから。できれば、髪型もなんとかしたいわねえ。そのまんまじゃ野暮ったいわ。せっかくのキラキラした可愛いお目々がもったいないじゃない」  とほほ、「可愛い」の連打……。僕が思うに「可愛い」って、絶対、男に対する褒め言葉じゃない。少なくとも、あと三ヵ月で十八になる男子学生にとっては、決して決して、褒め言葉にならない。なのになんで、この人はかくも無邪気に、この形容詞を使い倒すんだろう?  いや、まあ、答えは分かってるんだけど……。子供と思っているから。以上。学校でも同じ扱いとはいえ、同年代の美人から坊やのように遇されるのは、また格別に辛いものがある。  僕が慨嘆する間にも、薫子嬢と中村翁は小間物屋を出て、さっさと河原町方面へ歩き始めた。「背広がええやろか」「だめだめ、まだ背広は似合わないわ」とかなんとか楽しげにしゃべりながら。まずい、このままでは、坊や待遇を通り越して薫子嬢の着せ替え人形にされてしまう。そんな恥ずかしい目に遭うのはいやだ。  そのとき突然、薫子嬢が花屋の前で立ち止まった。 「あら、雪中花。私、この花、大好き」  薫子嬢の視線の先には、白くて可憐な水仙の入った桶があった。水仙のことを「雪中花」と呼ぶらしい。知らなかった。 「そうか、そうか。ほな、ひとつ家に持って帰りまひょ」  翁が花束を買い与えると、薫子嬢が嬉しげにそれを胸に抱えた。たちまち、とても清楚で優しげな香りがこちらにも漂ってきた。  こんな慎ましい花が好きだなんて、少々意外だ。ご本人は、薔薇みたいにぱあっと華やかな人なのに。でも、白い水仙の花束を抱いて喜ぶ姿もまた、彼女には不思議と似合っていた。まるでうんと年下の少女みたいに可愛らしく見える。  ──と、見とれる間もなく、薫子嬢は意気揚々と行進を再開した。 「さあ、仕立屋さんに行かなくちゃ!」