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作者:三川みり,あき
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-11-25(角川书店)
价格:¥8424 原版
文库:角川Beans文库
丛书:銀砂糖師(17.5)
代购:lumagic.taobao.com
【合本版】シュガーアップル·フェアリーテイル 全17巻 【合本版】 シュガーアップル・フェアリーテイル 全17巻 三川みり 角川ビーンズ文庫  目次 シュガーアップル・フェアリーテイル 銀砂糖師と黒の妖精 シュガーアップル・フェアリーテイル 銀砂糖師と青の公爵 シュガーアップル・フェアリーテイル 銀砂糖師と白の貴公子 シュガーアップル・フェアリーテイル 銀砂糖師と緑の工房 シュガーアップル・フェアリーテイル 銀砂糖師と紫の約束 シュガーアップル・フェアリーテイル 銀砂糖師と赤の王国 シュガーアップル・フェアリーテイル 銀砂糖師と黄の花冠 シュガーアップル・フェアリーテイル 銀砂糖師と灰の狼 シュガーアップル・フェアリーテイル 銀砂糖師と虹の後継者 シュガーアップル・フェアリーテイル 銀砂糖師と水の王様 シュガーアップル・フェアリーテイル 銀砂糖師と金の繭 シュガーアップル・フェアリーテイル 王国の銀砂糖師たち シュガーアップル・フェアリーテイル 銀砂糖師と紺の宰相 シュガーアップル・フェアリーテイル 銀砂糖師と銀の守護者 シュガーアップル・フェアリーテイル 銀砂糖師と緋の争乱 シュガーアップル・フェアリーテイル 銀砂糖師と黒の妖精王 シュガーアップル・フェアリーテイル 銀砂糖師たちの未来図 シュガーアップル・フェアリーテイル 銀砂糖師と黒の妖精 三川みり 角川ビーンズ文庫 本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載したりすることを禁止します。また、 本作品の内容は、底本発行時の取材・執筆内容に基づきます。  CONTENTS 一章 かかしと妖精 二章 ブラディ街道での再会 三章 襲撃 四章 医者宿の夜 五章 砂糖林檎は裏切りの木 六章 生まれる朝 七章 王家勲章の行方 あとがき  どうしたの? アン。眠れないの?  いいのよ。そんな日もあるわ。  ならママが、昔話をしてあげようか。ハイランド王国に伝わる、妖精のお話。  そう、妖精。薄い羽が、背中にある人たちのことよ。お金持ちの家なんかで、働かされているのを見たことあるでしょう?  ほら、はやく毛布にくるまって。そう、いい子。それじゃあ、始めるわね。  ずっとずっと昔。人間が火を使うことも知らなかった、大昔。この国には、妖精の王国があった。妖精王がいて、妖精たちは王を中心にして、平和に暮らしていた。  妖精は自分たちの王国を、ハイランドと呼んだ。全ての生き物の『いちばんてっぺんに立ってる国』って意味でね。そして彼らは、その頃は知恵も力もなかった人間を、奴隷にしていた。  ええ、そう。  今は人間が、妖精を使役しているけれど。大昔は逆だった。妖精が、人間を支配していたの。  いい? 続けるわよ。  妖精たちは、平和を愛した。彼らは常に、美しいものと楽しみを追い求めた。  何百年も妖精は変わらず、おだやかに暮らした。  けれど人間は違った。少しずつ、変わっていった。  人間は努力して、いつしか火を使うことを覚えた。知恵もつけた。そして人間たちは、とうとう気がつくの。自分たちは、妖精に支配される必要はないってことに。  今から五百年前。  人間たちは反乱を起こし、ハイランドを手に入れた。そして妖精を、人間の下僕としたの。  え? うん、そうね。  今の妖精は、可哀想ね。世間の人は妖精のことを『遊び暮らしたから人間に負けた、愚かな奴ら』って言う。けど、ママはそうじゃないと思う。妖精は人間よりも数が少なくて、人間との力比べに、負けてしまっただけだと思うの。  どうしてかって? だってね、砂糖林檎から銀砂糖を精製する方法を発見したのは、妖精だと伝えられているからよ。この世ではじめて砂糖菓子を作ったのは、妖精なの。  あんな素敵なものを作る人々が、愚かであるはずない。  だから私たち砂糖菓子職人だけでも、妖精を蔑んじゃいけない。  友達として、つきあわなくちゃいけないと思うの。  あなたも、ね、アン。アン?……あら。眠っちゃったのね。いい子ね、アン。おやすみ。  よく眠って、笑って。そして砂糖菓子みたいに、優しい女の子になってね。  一章 かかしと妖精  正面から太陽が昇る。生まれたての陽の光は、やわらかく白いアンの頰を、明るく照らした。  御者台の上で、アンは手綱を握った。木綿のドレスの裾から、すうっと冷たい風が吹きこんだ。質素ながらも清潔な裾レースが、わずかに揺れる。  深呼吸して空を見あげた。  昨夜の雨が、大気の塵を洗い流したらしい。秋の空は、高く澄んでいた。  今日は旅立ちの日だ。手綱を両手で握りしめ、前方を見つめる。  道はぬかるみ、馬車の轍がいくつも盛りあがっていた。  自分は今から、この道を一人で歩き出す。不安と緊張は、瘦せた体いっぱいに広がっている。  だがわずかな希望も、胸に感じる。  その時だった。 「アン!! 待って、アン」  背後から声がした。  アンが乗る箱形馬車の背後には、素朴な石造りの家々が点在している。ハイランド王国北西部に位置する、ノックスベリー村だ。この半年、世話になった村だ。  アンは生まれてからずっと、母親のエマと二人で、旅から旅の生活をしていた。そのために半年もの間、同じ場所に留まったのはノックスベリー村がはじめてだった。  その村の方から、金髪で背の高い青年が駆けてくる。ノックスベリー村で砂糖菓子店を営むアンダー家の一人息子、ジョナスだった。 「わっ、やば!」  首をすくめ、アンは馬に鞭を当てた。馬車が動き出すと、背後に向けて手をふった。 「ジョナス! ありがとう。元気でね!」 「待ってくれ。アン。待って! 僕が嫌いなの!?」 「そういう問題じゃないから──、気にしないで──」  大声を返すと、息切れしながらジョナスが叫ぶ。 「じゃあ、じゃあ、待ってくれよ!!」 「もう、決めたから。さよなら!」  二人の距離は、みるみる離れる。ジョナスは徐々に歩調をゆるめて、立ち止まった。息を切らしながら、呆然とこちらを見つめる。  アンは今一度大きく手をふり、再び前を向いた。 「見守っていて……ママ」  今年の春先。元気と陽気がとりえだったエマが、病に倒れた。  そしてその時、たまたま逗留していたノックスベリー村で、身動きがとれなくなった。  よそ者のアンとエマに、村人たちは親切だった。  エマの病が治るまで村に逗留するようにと、村人たちは勧めてくれた。ジョナスの一家など、彼女たち親子に半年もの間、ただで部屋を貸してくれた。同業のよしみだったのだろう。  けれど。エマの病は治らなかった。半月前に、帰らぬ人となった。 『自分の生きる道を見つけて、しっかり歩くのよ。あなたならできる。いい子ね、アン。泣かないで』  それがエマの、最後の言葉だった。  葬儀の手配や、国教会への埋葬手続きなど。雑務に追われているうちに、哀しみは心の表面を滑るように流れていった。哀しいと思うが、大声を出して泣けなかった。  エマは今、ノックスベリー村の墓地の隅に眠っている。そう知っていながら、ぼんやりした靄が心を満たしているように感じるだけだ。  こまごました雑用が終わったのは、エマが死んで半月後。それと同時に、アンは旅立ちを決意した。  三日前の夜。アンは世話になったアンダー家の人々に、旅に出ると告げた。 『アン。君が一人で旅を続けるのは無理だよ。君はこの村に残ればいいじゃないか。そして……そうだな。僕のお嫁さんになる?』  旅立ちの決意をしたアンの手を握って、ジョナスはそう囁いた。そして柔らかな金の前髪をかきあげると、微笑みながら、艶のある瞳でアンを見つめた。 『ずっと、気になっていたんだ。君のこと』  アンとジョナスは半年、同じ家に寝起きした。だが親しく話をしたことは、ほとんどなかった。そんな相手に求婚されるとは、思ってもみなかった。  ジョナスの整った顔立ちの中で、青い瞳はとりわけきれいだった。南の国から輸入される、高価なガラス玉のようだ。  好き嫌いを意識したことのない相手でも、その瞳で見つめられると、戸惑った。  求婚されるのが、嬉しくないわけはない。しかしそれでもアンは、旅立つことに決めたのだ。  ジョナスに別れを告げると、ひきとめられると思った。だから早朝、こっそりと村を出ようとした。けれどやはり感づかれたのだろう。ジョナスは追ってきた。 「結婚……」  ぼんやりと、口に出してみる。まるで自分とは、縁のない言葉に感じる。  ジョナスは村で、女の子の人気を一身に集めていた。  彼の家が裕福な砂糖菓子店であるということも、もちろん、人気の理由の一つではある。  ノックスベリー村のような田舎に住んでいても、ジョナスは、砂糖菓子職人の大派閥の一つ、ラドクリフ工房派の創始者の血筋にあたる。  彼は、次期ラドクリフ工房派の長に選ばれる可能性があるらしい。  近いうちにジョナスは、派閥の長となるための修業で、王都ルイストンへ行くのではないか。村では、もっぱらそう噂されていた。  砂糖菓子派閥の長といえば、運が良ければ、子爵になる可能性だってあるのだ。  そんなジョナスは、村の娘たちからすれば、まさに王子様にも等しい存在だろう。  それに比べてアンは、十五歳の年齢にしては小柄だ。瘦せていて、手足が細くて、ふわふわした麦の穂色の髪をしている。行く先々で「かかし」とからかわれた。  ついでに言うと、財産といえば古びた箱形馬車一台と、くたびれた馬一頭だ。  裕福な金髪の王子様が、貧しいかかしに結婚を申し込んだ。夢みたいな話だ。 「まあね。王子様が、本気でかかしに恋するはずないもんね」  アンは苦笑混じりに呟くと、馬に鞭を当てる。  ジョナスはもともとプレイボーイで、女の子には特に優しい。その彼が、アンに結婚を申し込む気持ちになったのは、彼女の身の上に同情したとしか考えられなかった。  同情で結婚など、いやだった。それに王子様と結婚して、めでたしめでたし──そんなお伽話のお姫様が、生きがいのある人生だとは思えない。  ジョナスは嫌いではなかった。だが彼と生きる人生に、魅力を感じない。  自分の足で生きている実感を踏みしめる、そんな生活がしたかった。  アンの父親は、アンが生まれて間もなく内戦に巻き込まれて死んだという。  けれどエマは女一人、アンを育て、生きてこられた。  それもこれもエマには、銀砂糖師という、立派な職があったからだ。  砂糖菓子職人は、ハイランド王国の至る所にいる。しかし王家が最高の砂糖菓子職人と認めた銀砂糖師は、ハイランド国内にごくわずかしか存在しない。  エマは二十歳の時に銀砂糖師になった。  銀砂糖師の作る砂糖菓子は、普通の砂糖菓子職人が作ったものとは、比べものにならない高値で売れる。だが田舎の村や町に留まっていては、高価な砂糖菓子は頻繁に売れない。  王都ルイストンであれば、たくさんの需要がある。だが王都には有名な銀砂糖師が集まっているから、彼らとの競争に勝ち抜くのは大変だ。  そこでエマは砂糖菓子を必要とする客を求めて、王国中旅をすることを選んだ。  逞しくて底抜けに明るいエマが、好きだった。  旅は過酷で危険だったが、自分で稼ぎ、自分の足で歩いている手応えがあった。楽しかった。  ──ママみたいな銀砂糖師になれれば、素敵。  昔から、ぼんやりそう思っていた。エマが死に、今後の自分の生き方を決めなくてはならなくなったとき、母親への思慕と尊敬が、決意となってアンの胸の中に芽吹いた。  ──わたしは、銀砂糖師になる。  しかし銀砂糖師になるのは、並大抵のことではない。それもよく知っていた。  毎年ルイストンでは、王家が砂糖菓子品評会を主催する。銀砂糖師になるためには、その品評会に参加し、最高位の王家勲章を勝ち取る必要がある。  エマは二十歳の時その品評会に参加し、王家勲章を授与された。そして銀砂糖師と名乗ることを許された。  砂糖菓子は、砂糖シユガー林檎アツプルから精製される銀砂糖で作られる。銀砂糖以外の砂糖で、砂糖菓子を作ることはない。銀砂糖以上に、砂糖菓子が美しいできばえになる砂糖は存在しないからだ。  砂糖菓子は、結婚や葬儀、戴冠、成人と、様々な儀式で使われる。  砂糖菓子がなければ、全ての儀式は始まらないとまで言われる。  銀砂糖は、幸福を招き、不幸を祓う。甘き幸福の約束と呼ばれる、聖なる食べ物。  ハイランドが、まだ妖精に支配されていた時代。妖精たちは銀砂糖を使って作られた砂糖菓子を摂取することで、寿命を延ばしたと伝えられている。  銀砂糖で作られた美しい砂糖菓子には『形』という、神秘のエネルギーが宿るというのだ。  人間が銀砂糖や砂糖菓子を食べても、もちろん、寿命が延びることはない。  しかし妖精の寿命を延ばす神秘の力を、人間も、受け取ることができるらしかった。  実際、美しい砂糖菓子を手に入れ食せば、度々、時ならぬ幸運が舞いこむのだ。間違いなく、幸運がやってくる確率があがる。  それは人間が数百年かけ、経験から理解した事実だった。  王国が銀砂糖師という厳格な資格を規定したのも、そんな事実があるからこそ。  王侯貴族たちは、最も神聖で美しい砂糖菓子を手に入れ、自分たちに強大な幸福を呼びこみたいのだ。国の安寧を祈る秋の大祭のおりには、砂糖菓子の出来不出来で、国の行く先の吉凶が決まるとさえ言われる。  今年も例年どおり、秋の終わりに、ルイストンで品評会が開催される。  アンはそれに参加するつもりだった。  毎年たった一人にしか許されない、銀砂糖師の称号だ。  現在国内にいる銀砂糖師は、エマが亡くなり二十三人だと聞いている。  簡単になれるものではない。  だが自信はあった。だてに十五年、銀砂糖師の仕事を手伝ってないつもりだ。  左右に小麦畑が広がる道を、馬車は進んだ。  日が高くなる頃に、ノックスベリー村の周辺で最も大きな町、州都レジントンに到着した。  レジントンは、円形の広場を中心にして放射状に広がる城下町だ。高台には、レジントン州を治める州公の城があり、レジントンの町を見おろしている。  町中をゆっくりと馬車で進んでいくと、目の前に人だかりができていた。  人だかりのために、道はふさがれている。  肩をすくめて、御者台を降りた。こちらに背を向けている農夫の肩を、軽く叩く。 「ねぇ、ちょっと。みんな、なにしてるの。道、ふさがってて馬車が通れないんだけど」 「いや……通ってもいいんだが。お嬢ちゃん。あんたあれを突っ切る勇気があるか?」 「あれって?」  農夫の脇の下を潜るようにして、アンは人々が見ているものを覗きこんだ。  泥のぬかるみの中に、屈強な男の姿があった。背に弓をくくりつけ、腰には長剣をさげている。革のブーツをはき、毛皮のベストを着ている。狩人だろう。 「こいつ、この性悪め!!」  狩人は声を荒げながら、何度も何度も、泥の固まりを踏みつけている。泥の飛沫があがる。泥の固まりは踏まれるたびに、ギャッと声をあげる。  よく見るとその泥の固まりは、人間の掌ほどの大きさで、人の形をしていた。うつぶせているその背中からは、泥をはじく半透明の薄い羽が一枚生えている。 「あれは、妖精!? なんてひどい!」  アンが小さく悲鳴のような声をあげると、農夫がうなずく。  妖精は、森や草原に住む人間に似た生き物だ。大きさも姿も様々で多くの種類がいるが、背中に二枚の、半透明の羽があるのが特徴だ。  妖精には特殊な能力があり、うまく使役すれば、様々な仕事をさせることができる。  王族や貴族、騎士たちは、目的により、たくさんの妖精を使役していると聞く。  庶民でも中流の家庭には、家事を手伝わせる妖精が一人くらいいるものだ。  ノックスベリー村のジョナスの家にも、掌くらいの大きさの、キャシーという名の妖精がいた。キャシーはジョナスの身の回りの世話をしたり、砂糖菓子の仕込みの手伝いをしていた。 「あの妖精狩人が使役してる、労働妖精だ。自分の片羽を盗んで、逃げようとしたんだよ」  農夫は声をひそめ、妖精狩人をそっと指さした。  妖精狩人の手には、薄い羽が握られていた。泥まみれの妖精の背にある羽と、対になっていた一枚だろう。  妖精を使役するために、使役者は妖精の片方の羽をもぎ取り、身につける。  羽は、妖精の生命力の源だ。羽が体から離れても、妖精は生きていられるという。だが羽が傷つけられると、衰弱して死ぬ。  人間にたとえるならば、羽は心臓だ。誰しも心臓を鷲摑みにされていれば、恐怖におののく。心臓を握る者には、逆らえなくなる。  だから使役者は、片方の羽をもぎ取ることで、妖精を意のままに動かせるのだ。  しかし妖精とて、奴隷でいたいわけはない。使役者の目を盗み、自分の羽を取り戻して逃げようとする者は多い。 「いくら妖精でも、あの仕打ちはひどい」「あの妖精、死ぬぞ」と人々は囁きながらも、だれ一人動かない。  アンはとなりの農夫や、周囲の男たちを見あげた。 「ちょっと、みんな! あんなひどい真似、とめなくていいの!?」  しかし周囲の者は、自信なさそうに視線をそらす。  農夫が弱々しく呟く。 「可哀想だが。妖精狩人は、気性が荒い。仕返しが怖いし……それにあれは、妖精だ……」 「妖精だからって、なに!? ぐずぐずしてたら、あの子死んじゃう。いいわ、わたしが行く!」  アンは農夫を押しのけて、一歩踏み出した。 「おい、お嬢ちゃん。あんたみたいな子供が、やめとけって」 「子供じゃないわ。わたしは十五歳。この国じゃ女の子は、十五歳から成人でしょ。わたしは立派な大人。ちゃんとした大人なのに、なぶり殺される妖精を見殺しにしたなんて、一生自分を恥じるわ。冗談じゃない」  アンはしゃんと背筋を伸ばし、ずんずんと妖精狩人の方へ歩いていく。  妖精狩人は興奮しているのか、アンに気がつかない。妖精をブーツの底に踏みつけたまま、手にした妖精の羽を両手で握る。 「おまえの羽なんぞ、こうしてくれる」 「やめろよ、このやろう! やめろ!!」  妖精はそれでも勇ましく、小さな手足をばたばたと動かして、泥を撥ねあげた。キンキンした、甲高い声で怒鳴る。  しかし妖精狩人の手は容赦なく、羽を引き絞った。  妖精は泥の中で悲鳴をあげる。 「盗っ人妖精なんぞ、殺してやる」  羽を引きちぎろうと、妖精狩人の手に力がこもった瞬間、アンは妖精狩人の背後に立っていた。腰を落として、構えた。 「ちょっと、失礼!!」  声とともに、ドレスの裾がぱっと撥ねる。アンは、妖精狩人の膝裏を片足で強く蹴り飛ばした。アンの得意技、必殺、膝カックン。  油断しきっていた妖精狩人は、がくっと膝が折れる。体の均衡を崩した。口を「お」の形に開いたまま、泥の道に顔から倒れこむ。  野次馬たちがどっと笑うのと同時に、ブーツの底から解放された妖精が、ぴょんと跳ね起きた。アンは男の頭を飛び越えると、彼の手から素早く妖精の羽をもぎ取った。 「てめぇ!!」  妖精狩人が喚きながら、泥まみれの顔をあげる。  アンは軽く飛び退いて、呆然と立ちつくす妖精に、取り戻した羽を差しだした。 「ほら。これ。あなたのでしょう」  はっとしたように、妖精は羽をひったくった。泥にまみれた顔の中で、青い目だけは異様にぎらついて光っている。妖精はアンを見あげると、 「ケッ! 人間に、礼なんか言わないからなっ!!」  吐き捨てるように言うと羽を抱え、野次馬の足もとを駆け抜けた。わっと声をあげて道をあける人々を尻目に、妖精は疾風のような速さで町外れに向かって姿を消した。  アンは肩をすくめる。 「まぁ、ね。わたしも、憎い人間の仲間だもんね」 「どうしてくれる小娘!! 大事な労働妖精を、逃がしやがったな!!」  ごつい顎から泥水をしたたらせ、喚きながら妖精狩人が立ちあがる。  アンは妖精狩人に向きなおり言った。 「だっておじさん、あの妖精を殺すつもりだったんでしょう。それなら、いなくなるのと同じじゃない?」 「なんだと!?」  いきり立つ妖精狩人は、腕をふりあげた。  しかし彼らを取り囲んだ野次馬が、一斉に非難の声をあげる。 「だいの男が、そんな子供に手をあげるのか!?」 「その子の言うとおりだろうが!」 「あんた、ちょっと野蛮すぎるよ!!」  野次馬の非難を受けて、男はひるむ。アンは臆することなく、まっすぐ男を見あげる。  低く呻くと、妖精狩人はあげた手をおろした。 「ありがとう。おじさんが優しい人で良かった。こんな優しいおじさんなら、これからは妖精にも、優しくしてくれるよね。よかった!」  嫌みたらしくにこりと微笑みかけると、妖精狩人は怒っているような笑っているような、なんともいえない表情になった。  アンは「じゃあね」と軽く妖精狩人に挨拶して、やんやと褒めそやす野次馬の間を抜けて馬車の御者台に戻った。憤然と呟く。 「まったく、頭に来る。ひどいことしすぎよ。妖精だからって、なんだっていうのよ」  妖精は姿こそ、少し人間と違う。だが感情と意思を持ち、人語を話す。人間と変わらないとアンは思う。そんな人々を奴隷のように使役することに、良心が痛まない方がどうかしている。  だからエマも、けして妖精を使役しなかった。  妖精を使役しない。それがエマとアンの信条だった。だが───。  アンはふと、暗い表情になる。 「……でも。……わたしもこれから……ひどいことするんだよね……」  アンは再び、馬に鞭をくれて馬車を進めた。  町の中心部に来ると、遊んでいる数人の子供を呼び止めて小銭を渡した。そしてしばらくの間、馬車を見張ってくれるように頼んだ。子供たちは、快く引き受けてくれた。  馬車を降りると、円形広場に向かう。  広場には、テントが不規則に並んでいる。  テントは、布に獣脂を塗ったものだ。独特の脂臭さがある。そのテントの下には、食材や布や銅製品など、様々な品物が並べられている。市場だ。人でごった返している。  つんと酸っぱくて甘い香りで鼻をくすぐるのは、温めた葡萄酒を飲ませるテント。秋から冬にかけての、市場名物だ。  肩が触れあうほど混雑した市場を通り抜けると、人通りの少ない場所に出た。  その一郭は閑散としていた。店はかなりの数出ているが、客が極端に少ない。  近くのテントに目をやる。  蔦を編んだ籠が、テントの横木に吊されていた。籠の中には、掌大の小さな妖精がいる。背には、半透明の羽が一枚。籠はずらりと、五、六個も並ぶ。籠の中に座る小さな妖精は、うつろな目でこちらを見ていた。  その隣のテントには、子犬ほどの大きさの、毛むくじゃらの妖精が三人。首輪で鎖に繫がれていた。背には透明な羽が一枚きり、しおれたようにぶらさがっている。毛むくじゃらの妖精たちは、歯をむき出してアンを威嚇した。  ここは妖精市場だ。  妖精狩人は、森や野原で妖精を狩り、妖精商人に売る。妖精商人はその商品となる妖精の片羽をもぎ取り、適当な値段をつけ、妖精市場で売りさばく。  王都ルイストンへ向かうつもりならば、レジントンを経由すると少し遠回りになる。にもかかわらずこの町に立ち寄ったのは、この町の市場に、妖精市場が併設されていると知っていたからだ。  アンは近くのテントに近寄ると、妖精商人に声をかけた。 「ねぇ。戦士妖精は、売っていないの?」  すると妖精商人は首をふった。 「うちは扱ってねぇよ。そんな危なっかしいもの」 「じゃあこの市場で、戦士妖精を扱っている人を知らない?」 「一軒だけあるぜ。あっちの壁際のテントにいるじいさんが