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作者:伊月十和,まち
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-11-19(一迅社)
价格:¥540 原版
文库:一迅社文库Iris

代购:lumagic.taobao.com
緋連国鬼記 婚約者にはなれません、主さま! 目次 第一章 護衛に護衛なんていりませんよ! 第二章 護衛なのに、婚約者? 第三章 黎影と彼の残念な兄弟たち 第四章 忍び寄る影、月狐仮面再び登場! 第五章 事件の真相と置いてけぼりの琉瑠 第六章 眠れる妖鬼と王城殲滅 第七章 婚約者にはなれま……せん? あとがき イラストレーション ◆ まち 緋連国鬼記 婚約者にはなれません、主さま! 第一章 護衛に護衛なんていりませんよ! 「俺、この人だって思う人ができたら全力で守りたいと思っていたんだよな」 「突然なにを言い出すの?」  実りの秋が終わりに近づき、そろそろ木枯らしが吹き始めるかという日の夕方だった。  琉瑠は黎影の助けもあって無事に二度目の定期試験を乗り切り、勉強を見てもらったお礼にと、行きつけの満天茶房へやって来てお茶をおごっているところだった。  琉瑠は黎影の護衛……侍衛人であるのに、主人におごるなんて少しおかしな状況である気がするが、黎影曰く『お前は俺の護衛である前に俺の同級生だからいいんだ』とのことだ。 「……ほら、俺ってモテるだろう?」 「……そうですね、我が君」  目をすっと細めつつ、琉瑠は平易な声となった。  黎影はすらっと背が高く、顔立ちも整っており、人の目を惹く容姿をしている。それ故、確かにモテる。しかし、それを自ら誇られると反抗心が出てきてしまう。 「来る者拒まず、すべての女性には優しく、を心がけてきたが、もしこの人生でひとりきりのこの人、と思うような女性が現れたら、もし他の者が傷つこうがなんだろうが、命を懸けて守ろうと決めていた」 「それは……立派な決意だと思うわっ! 女ったらしの黎影がそんなことを考えていたなんて!」  心底感動してそう言ったのに、黎影はなんだかとてもつまらなそうな顔だ。  道行く見知らぬ女性に平気で声をかけたり、同級生の女子だけでなく上級生の女子たちに囲まれて昼食をとったりする黎影が、女ったらしでないはずがないのに。  なんなんだろう、と思いながら卓に山盛りになった桃饅頭をまたひとつ手に取った。 「それがまさかなー、こんなことになるなんて」  黎影は頬杖を付きつつ、桃饅頭を頬ばる琉瑠を観察するような目つきで見る。 「こんなことって?」 「まさか俺がこの国の第六皇子で、恐れ多くも皇帝候補であるってことだ」  黎影は、つい最近まで自分の出自を知らなかったのだ。 「ええっと、皇帝候補であることと、好きになった女性を守るということと、なにか関係が?」  琉瑠は桃饅頭を口に入れつつ首を傾げた。 「……お前は本当に鈍いな」 「え? なんれすって?」  口いっぱいに桃饅頭を入れつつしゃべったためにはっきりとした言葉にならない。慌てて桃饅頭を咀嚼し、茶で飲み込んだ。 「……俺の方が守られる立場になっただろう? だから、そういうことだ」  黎影は琉瑠から微妙に視線を逸らしつつ、早口でそう言った。 「そういうこと……」  どういうことだろう、と考えるがよく分からない。  黎影は、本当にお前は鈍いな、とでも言いたげな瞳で琉瑠を見つめている。  これは、自分で気付くまで正解を教えてくれないなと思い、うぅんと唸りつつ考えてみる。  黎影がなにを言いたいのか……懸命に頭を捻りとある考えがふっと浮かんできた。 「ああっ、分かったわ! 確かにそうよね!」  琉瑠はぽん、と手を打った。 「そうかっ、やっとお前にも俺の思いが……」  黎影は興奮したように言って腰を浮かしかけたのだが、 「でも大丈夫! 黎影の大切な人は私たち柳一族が命懸けでお守りするから!」 「は……?」  黎影はぽかん顔で動きを止めた。 「そうよね、黎影はこの国の第六皇子で皇帝候補なんだから! 好きな人ができても、その人を四六時中ずっと守ることは難しいわ……いろいろとお役目もあるだろうし!」 「……。あのな、琉瑠。俺はそういうことを言っているのではなく……」 「そういうときのために柳一族がいます!」  琉瑠は自らのささやかな胸をぽん、と叩いた。 「黎影をお守りするだけじゃなくて、もちろん黎影の大切な人も全力でお守りするわっ! 黎影の奥さんも、黎影の子供も、黎影と同じようにあらゆる敵から守るから心配しないで!」 「……。ほほう」  黎影はなぜかとってもがっかりしたような顔をして腰を下ろした。  黎影の肩にのる妖鬼の小龍は『鈍いですぞ、主様!』とでも言いたげな顔を琉瑠に向けた。ちなみに小龍は琉瑠には視えるが黎影には視えない。かわいいイタチのような妖鬼である。  小龍はなにが言いたいのだろう、と思いつつも先を続けた。 「あら? その顔は信用していないわね。柳一族は古くから王族に仕えてきた、妖鬼を祓う能力を持つ鬼師の一族で、今までも多くの脅威から王族を守ってきたのよ! 先々代の王妃が暴漢に襲われそうになったところを、身を挺して守ったのも柳一族の者だし、王城内に国王の命を狙う賊が入り込んだとき、即座に気付いて捕らえたのも柳一族の者で……」  黎影はきっと身分が変わり、人や妖鬼から狙われやすくなったことから、自分の恋人や家族も同じように狙われるのではないか、と心配しているに違いないと思い込んだ琉瑠は、そんな黎影の不安を払拭しようと話していった。  そうやって柳一族の武勇伝を延々と語っていくが、黎影の顔は曇るばかりである。 「どう? どれだけ柳一族が優れた護衛一族だか分かった?」  琉瑠は胸を張り、フンと鼻を鳴らしつつ得意げに言うが、 「……ああ、お前が人知を越える鈍さであることはよく分かった」 「……え?」 「なんでもない。はいはい、俺は柳一族の者たちに守られて安心だ、なんの心配もない」 「そ、そうよっ、黎影はなにも心配することなんてないわ」  そうは言うものの、黎影の顔がちっとも納得していないようで気になってしまう。 (これは……いくらすごい護衛一族だって話に聞いても納得いかないってことね! ますますよく黎影をお守りできるようにしないと!)  琉瑠は護衛としてますます励もうと、強い決意を胸にした。  そうでしょう、小龍、とでも言うように小龍の方を見ると、彼は大きなあくびをしてくるんと丸くなり、黎影の肩の上で寝てしまった。  それが若干気になりつつも、小龍はまだ小さいからこういうことが分からないんだわ、と受け取った。  そうして琉瑠の決意は、黎影の願うところとはますます離れていってしまうのであった。 *  それから数日後。  いつもよりも早く起きた琉瑠は、窓の前に立ち、朝靄に霞む校舎を見つめながら、少し憂鬱な気持ちでいた。  今日は柳一族から、黎影の護衛のために人がやって来る予定になっていた。  その日琉瑠の朝一番の仕事は、彼を迎えに学校の入り口まで行き、簡単に学内を案内してから彼を黎影の元に連れて行き、黎影に引き合わせることだった。 (学内での黎影のことは、私や兄さんや、それから三甜さんで充分なのに!)  しかしそれは琉瑠の判断であり、長老たちはそうは思っていないのだろう。  今までは黎影は出自を隠していたためにあからさまに護衛することができなかった。  しかし、先の事件により黎影はこの国の第六皇子であり、皇帝候補であるということが学校中に知れ渡ってしまった。  こうなったら……堂々と警護できる!  と長老たちが思ったかどうか分からないが、新たに琉瑠と同じ年の鬼師がひとり、黎影護衛のためにやって来るのだった。 (うぅう、でも、それにしたってなんで彼なのよ……)  琉瑠は重苦しいため息を吐き出し、のろのろと着替えを始めた。  髪はいつものように二つに分けて結い上げて、くるんと丸めてから髪飾りをつけた。  そういえば黎影から、この髪型が桃饅頭が頭にふたつ付いているみたいだと言われたことがあったな、などと思い出しながら、膝まである赤い上着を着て、脚衣をはいた。侍衛人として動きやすい格好だ。 (ここは黎影護衛の先輩として毅然としたところを見せなければ!)  気合いを入れようとそう思うが、憂鬱な気分は消えなかった。 「もう~、勝手に学内歩き回って、勝手に黎影のところへ行けばいいのに!」  とうとう口にまで出しながら、ひんやりした朝の空気の中を門まで歩き、絶対にまだ彼は来ていないだろうから、先に行って待っていたらなんだか負けた気がして癪だなと思い、引き返そうとしたところでその影に気付いた。 「ま、まさか……」  こんなに早くここへ? どれだけ張り切っているんだ、と人のことは言えないのにそう思う。琉瑠は張り切ったわけではなく、彼を迎えるのが憂鬱だったためにちゃんと眠れず、早起きをしてしまっただけなのだが。  そうだ、約束の時間までは早いし、このまま見ないふりをして一旦部屋へ戻ろうと思った途端にその背中が振り向いた。 「……フッ、誰かと思ったら琉瑠か。貴様がこの俺様を迎えに来たというわけか」  その男……黒琳は右目にかかった髪の毛を掻き上げ、ふぅっと息をついた。 (ええ、三甜さんに言われて仕方がなくね)  乾いた笑みを浮かべつつ、黒琳を見つめた。  黒琳は長い前髪が鬱陶しい十六歳だ。  琉瑠と同じ年ということもあり、柳一族の里ではなにかと比べられてきた。  黒琳は真面目に励んでいるのに、お前ときたら……を何度となく投げつけられた。琉瑠は座学が苦手で、柳一族の歴史、だとか、護衛対象を警護する際の人員配置の方法、など聞くだけで眠気が襲ってくる。  大きな荷物を背負って里の近くにある山を一周する訓練で、琉瑠は途中の川辺で休んで、こっそりと桃饅頭を食べているところを発見されてこっぴどく怒られた。黒琳はそんな琉瑠を腕を組みつつ呆れ顔で見て、お前と同じ一族であることが恥ずかしいと言い放った。  そんな琉瑠であるのに、鬼師としての能力が彼より上であることが気に入らないらしく、なんだかんだとつっかかってくるのだ。  その代わり黒琳は身体能力がかなり長けており、身軽で、また気配を消すのが得意で、その気になれば王城にでも侵入できるだろうという手練れである。 「フン、ようやく俺様の出番が来たようだな。長老の命に応えて参上した!」 「出番……ああ、黎影の護衛としてのね」 「だいたい、俺様が試験に落ちて貴様が受かるなんてどう考えてもおかしいのだ。貴様、不正でも働いたのではないだろうな?」  黒琳は鉄柵の向こうからギラギラと鬱陶しい目で琉瑠を見つめている。  そう、黒琳は琉瑠と一緒にこの桜周寄宿学校の入学試験を受けた。そして、落ちたのだ。 「あれは……たまたま調子がよかったのよ」  そう言って誤魔化しておいた。  本当は琉瑠の兄である照劉が琉瑠の名前を書いて答案を提出して、琉瑠が受かる羽目になっただけなのだが、余計なことは言わないことにする。 「まあ、いい。それよりも早く俺様を黎影様の元へ案内するがいい」  黒琳はひらりと鉄柵を乗り越え、学校の敷地内へと入ってきた。さすがの身のこなしである。 「まずは学内を案内するようにって三甜さんに言われているわ。黎影に引き合わせるのはその後で……」 「……先ほどから気になっていたのだが、どうして貴様、黎影様をそのように気軽に呼ぶのだ? 不遜だろうが!」  黒琳は琉瑠を指差しながら、朝っぱらから気色ばんだ声で叫んだ。  ああ、本当に面倒くさいなあと思っていると、ふと背後に気配を感じた。 「……それは俺が許可したからだ」  不意の声に振り返ると、いつの間にかそこには黎影の姿があった。  その後ろには照劉の姿もある。大きなあくびをして口をふがふがとしているところから、きっと黎影に叩き起こされて来たのだろう。  黎影の身分が周囲に知れ渡ってから、照劉は黎影の護衛として学校に入り、黎影と同じ部屋で暮らしている。照劉は黎影と同じ年で、背も黎影と同じくらいだ。垂れ目で飄々としながら容姿は悪くないのに黎影並にモテたという話はついぞ聞かない。妹としては残念で仕方ない。  そして桜周校の生徒ではないので、勉強も試験も免れている。琉瑠は引き続き学生という身分なので、警護だけしていればいい照劉が羨ましい。 「誰だお前は。そして琉瑠とはどういう関係だ?」  黎影は黒琳にぐっと迫った。  黒琳は身軽だがあまり背が高くなく、黎影との身長差はかなりのものだ。黒琳は黎影に見下ろされる格好となる。 「貴様こそ何者だ? 俺様は琉瑠と話をしているのだ。勝手に割り込んでくるな!」  黒琳は黎影と張り合うように、一生懸命背伸びをしていた……それでも黎影の方が遙かに背が高いわけだが。 (……っていうか、これから護衛する人の顔を知らないのか……)  いや、考えてみれば琉瑠もそうだった。  これはちゃんと説明をしなければならないと、黒琳の服の裾を引っ張って合図をするが、振り払われてしまった。 「こんな早朝、人がいないような場所で同級生が見知らぬ人物と話していれば気になって当然だろう? もう一度聞くが、何者だ?」 「そんなもの、貴様とは関係ない!」  黒琳は黎影と言い合いを始めてしまった。  こうなったら落ち着くまで見守るしかないだろうな、とちょっと離れた場所にどいておいた。 「……止めないの、兄さん? 今は兄さんが黎影を護衛中でしょう?」 「俺は黎影様が危険な目に遭っているか、遭おうとしているときには止めに入らなければならないが、今がそんな切羽詰まった状況に見えるか?」 「……。相変わらずやる気がないわね」  そう、照劉は黎影の護衛などやりたくなくてやりたくなくて仕方がないから、入学試験で不正を働いて、琉瑠にその役目を押しつけたくらいなのだ。  しかし、結局黎影の護衛をすることになってしまった。こんなことなら最初から照劉が黎影の侍衛人として入学すればよかったのにとつくづく思う。 「それより、どうしてこんなところに?」 「さあ……。黎影様に急に起こされて『お前の妹が変な男に絡まれているぞ、助けに行かなくていいのか』って言われたんだ。寮の窓からお前たちが話している姿が見えたんだろうな」 「……黎影には、新しい侍衛人が来るって言っておいたはずだけど?」 「そのはずだよなー。記憶力がいいし、察しもいいだろうに、どうしてあんなにムキになっているんだかよく分からない」  照劉は腕を組みつつ、ふたりの言い合いを眺めている。 「いいから名を名乗れ!」 「貴様から名乗れ!」  黎影は首席入学するほど頭がいいはずなのに、なんだろう、とても残念な人のように思える。  そして、黎影の肩にのる小龍は、黎影の心を投影するように白い毛を逆立てて、シャーっとばかりに黒琳を威嚇していた。  小龍は学内での護衛が琉瑠ひとりきりだったとき、なにかの時のためと黎影に付けていたのだった。どうやら黎影のことが気に入り離れたくなさそうだったのでそのままにしている。 「……さすがにそろそろ止めるか」 「そ、それがいいと思うわ」 「騒ぎを聞きつけて、三甜さんが来たら面倒くさいからな」  そうしてようやく照劉がふたりの間に割って入った。  そう、兄はこういう人なんだと琉瑠は遠い目になる。なにか余程の危機が差し迫っているか、自分の失態が責められそうな可能性がない限りなにもしようとはしない。 「ええい、控えよ黒琳!」  照劉がふたりの間に割って入り、芝居めいた言葉を吐いた。 「この方をどなたと心得る! 恐れ多くも皇帝候補、黎影様であらせられるぞ!」 「え……えっ? このお方が黎影様……」  黒琳は焦った様子で言うと、さっきまでの威勢はどこへやら、あっという間に片膝をついた。 「しっ……失礼いたしました! 知らぬこととはいえ、大変なご無礼を! この罪、どう雪いでいいのか見当もつきませぬ! なにとぞ、なにとぞご勘弁を!」  ははぁ、と頭を下げている黒琳の変わり身の早さには呆れてしまう。 「……というか照劉、この男を知っているのか?」  黎影が尋ねると、照劉はキリッとした顔で顎に手を当てつつ答える。 「ええ。我が柳一族の者で名前を黒琳と申します。以後お見知りおきを」 「だったらそれを先に言え」 「申し上げる暇もなく飛び出されて行かれたではないですか? 琉瑠の危機だと言いながら」 「……。そうだったか?」  黎影がなんだか惚けている顔をしている間にも、黒琳は頭を下げ続けている。面目なくて上げられないのだろうか。  琉瑠は黎影の横へとついて、黒琳へと目を落としながら告げる。 「ええっと……黎影には三日ほど前に説明したと思うけれど? 新しく柳一族から侍衛人が来るって。黎影が学内であまり目立ちたくないって言うから、生徒の中に交じってもあまり目立たなさそうな年の者が……」 「俺はいらないと言ったんだけどな」  しかしそこは三甜が引かなかった。  この人数の護衛でも少なすぎるくらいです、と。彼は黎影のことが心配で心配で仕方ないらしく、常に五人から六人の護衛をつけてお守りするのが理想なんです、と訴えた。確かに、黎影の身分からするとそのくらいは普通なのかもしれない。  黎影の周囲には、本人は気付いていないが多くの妖鬼が集まって来る。高貴な血筋の人間を狙っているのだ。今は琉瑠たち侍衛人が定期的に祓っているが、そうでなければ黎影は今頃命がなかったかもしれない。  そして、不測の事態に備えて侍衛人は多い方がいいとの三甜の考えも理解できる。  今、黎影の周りにいる妖鬼たちは小物ばかりで、風邪を引かせたり小さな不幸を呼んだりするくらいしかできないが、黎影を狙って強大な妖鬼が現れる可能性もあるからだ。 「まあ、なにはともあれ来てしまったので、護衛のひとりとして認めてやってくださいよ。そうすれば俺の仕事も減る……じゃなくて、黎影様の警護を更に強固なものにできます」  照劉がぞんざいに言うと、黎影は仕方がない、というふうに頷いた。 「本当ならば私が黒琳に学内をざっと案内してから、黎影に引き合わせる予定だったの」 「……ああ、なるほど。そういうことだったのか」 「ということで、順番が狂ってしまったけれど私がこれから黒琳を案内するから、黎影は寮で朝餉でも食べて……」 「その必要はないな。おい、お前」 「はっ、はぃぃぃぃ」  黒琳は頭を下げたままで間抜けな声を上げた。 「俺が直々に学内を案内してやるから付いて来い。琉瑠、お前こそ寮に戻って桃饅頭でもなんでも食って来い」 「……いやいや、黎影にそんなことをさせるわけには」 「いいから行くぞ」  問答無用で言い張り、黎影は照劉と黒琳を引き連れて行ってしまった。  苦手意識を持っていた黒琳にあれこれ説明しなくてすんでよかったとは思うのだが、急に仕事を取られてしまい、呆然としてしまう。 (……せっかく早起きしたのになー)  今日は学校の休日である。  それが、三甜に仕事を言いつけられて早く起きたのだ。しかし、黎影がああ言っているのだからありがたいと思って、さっさと寮に戻って朝ご飯をいただこうと踵を返した。 (それに、その方が黒琳も早く黎影と馴染めると思うし。彼にはこれから黎影の護衛として活躍してもらわないといけないしね!)  そうして、朝餉と一緒に昨日残しておいた桃饅頭を食べようと寮へ戻った。 * 「もうすぐ長期休みだけど、琉瑠はどうするつもり? 里に帰るの?」 「里には帰れないかな……黎影の側にいないといけないから」 「そっか、琉瑠は黎影の家来だったものね」 「家来……うん、まあそうね。正確には護衛だけれど」  琉瑠は苦笑いを漏らしながら、朝食のキノコ粥を匙ですくって口に入れた。  粥の上に漬け込んだキノコをのせただけの簡素な食事だが、それがとても旨い。何杯でもいけてしまう……が寮ではそうもいかないのが残念なところだ。  琉瑠は同級生で親友の美澪と一緒に女子寮の食堂で朝食をとっていた。  美澪はとても勉強熱心で、今日も朝食前にひと勉強したそうだ。美澪の目標は中央官僚になることで、その試験に向けて余念がない。 「でもまさか、黎影が皇子な上に皇帝候補だったなんて。もしかして、緋連国を束ねる皇帝になるかもしれないんでしょう? そんな雲の上の人が同級生だなんて、未だに信じられない」  緋連国は七つの小国からなる連合国で、小国ごとに国王がいるが、その更に上に皇帝がいる。皇帝は、基本的に七つの小国の王族からその候補者が立ち、投票によって選ばれる。黎影は周嶺国の皇帝候補なのだ。 「そして琉瑠が黎影を守るために桜周寄宿学校へ入学してきたとはね……。どうりでまったく勉強に興味がないと思っていた!」 「あははー」  それを言われると笑うしかない。  桜周寄宿学校は官吏になるための勉強をする学校であり、その生徒の多くが三度の飯より勉強が好き、という具合である。琉瑠はもちろん、勉強よりも断然ご飯である。 「そんな理由だったから……私が決して黎影が好きで追いかけ回しているわけじゃないって分かったでしょう?」  黎影に本当の身分を明かすまでの間、琉瑠は本人に気付かれないように警護をしなければならなかったので、黎影や周囲に『琉瑠は黎影が好きで好きで仕方がなくて、つきまとい行為を繰り返している』と誤解されていたのだ。 「そうね……でも、ちょっと気の毒よね。黎影がせっかくその気になったっていうのに」 「その気? 皇帝候補として励む気になったってこと?」  琉瑠がキノコ粥をすべて食べきると、美澪が無言で自分の分を寄越した。  美澪は小食で、こんなちょっぴりの量の朝食でも多いと言うのだ。寮の食事は少ないな、と思っている琉瑠は美澪が食べない分を当然のようにいただくのが普通になっていた。こんな食べかけでいいの? と美澪は言っていたが、琉瑠はまったくそんなことは気にしないのでありがたくいただいている。 「……私、てっきり琉瑠が黎影のことが好きで好きで堪らないと思っていたから、黎影に余計なことを言って彼の気持ちを惑わせてしまったかも」 「え? そうなの? でも、黎影はああ見えてどんっと構えているところがあるから、大丈夫だと思うわ。……なにを言ったのかよく分からないけれど」 「ああ、私、一度黎影に額を床に擦り付けて謝らないといけないかも……! 琉瑠って本当~~~~に、鈍いわね」 「……それ、黎影にも言われたけど、そんなことないと思うわ。私は柳一族の侍衛人で鬼師で、感覚は鋭い方だと思うの」 「はいはい」  よく分からないが、適当にあしらわれてしまった。 「ところで、話を元に戻すけど……黎影は長期休みはどうするのかしら? 琉瑠はそれに付いていくんでしょう?」 「う、ん。王城へ行くことになると思うんだけれど」 「王城!?」  美澪の目が驚きに見開かれた。 「そっか……そうよね。黎影のお父さんは国王様だものね。考えてみれば当然よね」 「そこで、初めて親子の対面ってことになるみたいだけれど」 「そこへ琉瑠も一緒に行くの? いいわね! 普通の人は王城なんて入れないし、もしかして国王様にも会えるかもしれないんでしょう?」 「会う、というかもしかしたら一方的に見れるかもしれないって程度よ。私は侍衛人として立場が下だから、国王様との謁見の場になんて立ち会えないだろうし」  それよりも琉瑠は王城での護衛のことを気にしていた。  先に、黎影の兄である千達という者が『自分の方が皇帝候補として相応しい』として黎影を亡き者にしようと企んで妖鬼をしかけたことがあった。  王城内には千達と同じように考え、黎影に危害を加えようとする者がいるかもしれない。 (大丈夫、黎影のことはきっと私が守るんだから!)  そうして、琉瑠は自分の肩にのせている魏鬼のことを気にした。  魏鬼は琉瑠が使役している妖鬼で、ふだんは子犬のような大