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作者:菅沼理恵
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-12-28(角川书店)
价格:¥494 原版
文库:角川Beans文库
丛书:星宿姫伝(4)
代购:lumagic.taobao.com
星宿姫伝 しろがねの誓約 星宿姫伝 しろがねの誓約 菅沼理恵 角川ビーンズ文庫 本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載したりすることを禁止します。また、 本作品の内容は、底本発行時の取材・執筆内容に基づきます。  あれはいつのことだったか。 (どうしたんだい、こんなにぼろぼろになって)  父は白雪の姿を見ると、驚いたように言って地に膝をついた。そうすると、父と白雪の視線は近くなる。 (また、誰かと喧嘩したのか? だめじゃないか)  叱る父の口調は、それでもやさしい。  いつも旅の途上にあった父と娘だったが、このときは年末年始の閏旬のため、一地方の領主の館に寄宿させてもらっていた。  館の主の厚意であつらえてもらった白雪の晴れ着は、土埃や血の跡、かぎ裂きなどで無惨なさまになっている。だが、白雪はしょげもせず、 (だって、あのこたちが……)  言葉少なに呟くと、庭の隅にある井戸端を振り返った。  父はその視線を追って顔を上げる。  あの子たちというのは、井戸端の近くで泣きわめいている男の子たちだろう。白雪とさほど年は違わないその子どもたちは、白雪よりひどい格好になっていた。晴れ着はすっかり土まみれで、白雪の晴れ着よりかぎ裂きが多く見られる。 (おばかさんだねえ。女の子をからかっていじめて、逆にまかされるなんて)  そう言いながら、その子たちの頭を撫でてなだめているのは、この館で働く女性だった。男の子たちは、彼女の息子たちとその友だちらしい。 (ねえ、おとうさん)  白雪は、父に訊いた。(おかあさん、って、なあに? あのこたち、わたしに、おかあさんがいないくせに、っていったよ。おかあさんって、おとうさんといっしょにいないと、だめなんだって。すきだから、いっしょにいるよって、おやくそくをするっていってた)  口論からとっくみあいの喧嘩になった発端は、父が流浪の術師であることをばかにされたためだったが、それは言わないでおく。  問われた父は、白雪に視線を戻すと小さく笑った。昔も今も父の笑顔はやさしかったけれど、このときはひどく悲しげに見えた。 (おかあさんっていうのは、……産んでくれた女のひとのことだよ。うん、……たいてい、おとうさんとおかあさんは、一緒にいるね) (うんでくれたひと)  白雪は首をかしげる。(わたしをうんでくれたのは、おとうさんじゃないの?) (ちがうよ……)  父は首を振った。 (おとうさんと、わたしのおかあさんがいっしょにいないのは、わたしがけんかばかりするから?)  父は苦笑して首を振ると、そっと白雪を抱き上げ、頭をまっすぐにして前を見た。  館の前の広場だ。四年に一度の閏旬に浮かれた人々が集い、昼間から飲み、喰い、唄って踊り、騒いでいる。端まで行くと、この城下町の大通りで、ずっと先には門が見えた。  その向こうには、平らな大地が広がっている。  よく晴れた空の下、地平の果てを父は指さす。 (この、ずっと東の果てに、わたしのために、おまえを産んでくれた人がいる。それがおまえの、おかあさんだ)  そう言ってから、父は白雪の顔を覗き込んだ。(でも、事情があって一緒にいられなかったから……わたしがおまえを連れて、旅に出たんだ) (おとうさんは、わたしのおかあさんを、すきじゃないの?) (……好きだよ) (なのに、いっしょにいられなくて、いいの?)  好きなのに、離れていられるのだろうか、と思って訊いた。自分は父と離れたくなかった。  だが、すぐに後悔した。父は前を見つめたまま、ひどく悲しげな表情を浮かべた。  訊いてはいけないことを、訊いてしまった。  ぎゅっ、と胸が詰まった。苦しかった。 (おとうさんが、おかあさんといっしょにいられないなら、かわりにわたしがそばにいる。ずっといっしょにいる……やくそく、する)  白雪は、父の首にそっとしがみついた。 (うん……)  父はそのとき、幼い子どものようにうなずいた。 (ずっと、そばにいるから)  泣かないで。  それが白雪にとって初めての、大切な約束だった。  あれから、ずっと父のそばにいた。  ずっとずっと、一緒だった。  ……これからも、一緒にいるはずだったのに。  白雪は、背に負った父の体から力が脱けるのを感じて、その場に膝をついた。夜も更けた森の中、獣道を追ってくる者はいない。  父の体を草の上に横たえた。白く血の気のない顔の中で、ゆっくり瞼が動く。黒い瞳が木々の隙間から漏れる満月の光に透け、奥に朱の混じった金砂のごとき美しい模様が現れた。この模様は、父が術を使うと、その名のとおり朱の月のようにいっそう濃く浮かび上がる。  白雪の父、朱月は、いつまでも歳をとらないかのようにずっと同じ姿で、今も青年に見える。白雪はそれをごくあたりまえに思っていたが、一般的でないと気づいたのはつい最近だ。そんな父と、十六歳の成人を二年後に控えた白雪は、今では兄と妹に間違えられることもあった。  とはいえ、朱月と白雪の顔立ちはさほど似て見えない。朱月の切れ長のまなざしや高い頰骨は、白雪の大きな目や、やわらかい線を描く顔の輪郭とはかけ離れていた。ふたりの共通点は、今ではこの結ユイの大陸では滅多に見られなくなった漆黒の髪だけだった。 「……しらゆき」  呼ぶ声は、ひどくかすれて細い。 「父さん、……もうだいじょうぶ、誰も追ってきてないから」  白雪はそう言うと父の体に手を伸ばし、なんとか裏返そうとした。  朱月は、国境沿いの街で、この国、神杖の者と、隣接する国、長汀の貴族がいざこざを起こしていたのに巻き込まれた。  入国するまでにひどく手間も時間もかかるが、神杖の南西部は気候が穏やかなので、他国の貴族や富豪が療養などで訪れることが少なくない。そんな貴族のひとりが、街の通りで宿の者と小競り合いをしていたのに、父娘は巻き込まれたのだ。  朱月は放浪を繰り返す術師だが、その技量と知識は絶大だった。しかし彼は白雪の前では、その技量と知識を人を害するためには使わなかった。──自分の命を脅かす相手に対しても。  長汀の貴族は、自分をやりこめた流浪の術師が、待っている娘の元へ戻ろうと背を向けたときに、刃を叩きつけた。周りで見ていた者たちが止める間もなかった。同じように斬られたければかかってこいとその貴族が言うと、誰も動けなくなった。 (たかが術使いごときが、俺に意見するなど)  その貴族は、斬られて倒れ伏した朱月を見おろし、蔑むように言い放った。  術師は、ところによってはその奇才ゆえに疎まれる。白雪は知らなかったが、特に長汀では、人心を惑わす存在として忌み嫌われていたのだ。  斬られた父に取りすがっていた白雪は、その一言で攻撃の術、──唯一使うことのできる風の術を発動させた。呪詞によって発生した突風は、男とその従者たちを建物の壁に叩きつけた。  その後、白雪は周りの者たちに助けを求めたが、やめなさい、と朱月が言ったのだ。自分たちを助ければ彼らに迷惑がかかる、と。  白雪は父に言われたとおり、父を背負って夜の森へ逃れた。貴族の従者たちが途中まで追ってきていたが、危険な夜の森へ逃げたとは思わなかったのだろう。そのうち声も気配も消えた。  ──今まで、父との放浪の旅は楽しかった。まれに一年二年と同じ街に住んだこともあったが、ほとんどの日々を、大陸じゅうをさすらって過ごした。  この国に来なければ、その生活はこの先もつづいただろうに……! 「父さん、手当てをしよう」  白雪は、震える手で、なんとか父の体を少しだけ動かした。 「そんな頼りない声で、……」  朱月は、低い声で呟くように言った。「おまえは、強い子、だろう」  確かに白雪は強い。荒野での野宿がつづく旅でも泣き言ひとつ口にしたことはない。術師を蔑む者に街で会っても、臆さず視線を返していた。森や草原に棲む獣にも怯えたことはない。  白雪の気の強さに、朱月はときおり苦笑していた。それでは伴侶を得るのも一苦労だぞ、と言いながらも、彼に娘の性向を矯正する気はさらさらないようだった。そんな父に、誰とも添う気なんてない、と白雪は反論したものだ。だってわたしは父さんとずっと一緒にいるから、そう約束したでしょ?  そうだ、そう約束した。 「ねえ、父さん、……こんな傷、なんともないよね? だって、……わたしが十六になったら、名前で呼ばせてくれるって言ったよね」  白雪は、支離滅裂なことを口走った。  結ユイの大陸では、どの国でもどの地方でも、誰もが十六になれば成人として認められる。儀式を行い、それまでの未成人としての服装や髪形を成人のものに改めるのがならわしだった。それと同時に、伴侶を得て新しい家庭を持つ者も少なくない。  白雪が十六になっても誰とも添わず、ともに旅をつづけていたら、一人前として認め、自分を名前で呼んでもいい、と朱月は言ったのだ。  いつかその日が来ると思っていた。  あかつき、と父を名で呼ぶ日が。 「もうすぐ、誕生日だったな……」  朱月は小さく笑った。白雪を見つめるまなざしが、いとおしげに細められる。 「次で、十五か。……思ったより、早く過ぎたな」  その懐かしむような声音に、白雪は息をのんだ。朱月の命が、まるで夜のとばりのような紗の向こうへ通り抜けていこうとしている気がしたのだ。 「おまえには、本当に手を焼かせられた。からかわれればすぐに相手を殴るし、裾の短い服で木に登るようなおてんばだし、……いったい、誰に似たんだか」 「父さんに似たんでしょ」  白雪は再び父の体を裏返そうと、腕に力を込めた。だが、瘦身に見えても朱月は成人の、しかも男性である。焦っている白雪は、なかなか思うようにできなかった。 「……それとも、育て方を間違えたか」  朱月は、夢見るような口調で言った。 「そう、だから、父さんが最後まで面倒見なきゃだめ。人様に迷惑かけないように、ちゃんとわたしを見張ってて。いつか父さんが歳を取って旅できなくなったら、森に庵をつくってあげる。そこで一緒に暮らそう。木に実を分けてもらって、野草を採って、牛か山羊を飼って乳を搾って、薬草が採れれば薬を作れるし、他のものと交換してもらえる。それで充分だから」  白雪は早口で言いながら、やっとのことで父の体を裏返す。どさり、と音がして、斬られた朱月の背が月光に照らされた。白雪は息をのむ。血が止まっていなかった。思ったより傷は深く、抉れた肉が赤く染まっている。 「わたしの息が止まったら、白雪、」  朱月は地面に頰をつけて、静かに言った。「すぐに、この森に埋めると、約束してくれ」  白雪は首を振ると、父の顔を覗き込んだ。 「こんな傷、すぐ治る、わたしが治すから、そんなこと言わないで」  だが、そう言う白雪の使える術は少ない。知識としてだけ知っている術は、朱月に教えられていたので数限りないが、使いこなせてはいない。使える術の中でも、癒しの術はほんのわずか、かすり傷が早く治るようにする小さなまじない程度だ。  混乱する白雪の内心を知ってか知らずか、朱月は、じっと娘を見上げて、 「約束、してくれ」と、強い調子で言った。  白雪は、ぐっと歯を食いしばった。 「……わかった」  言い出したら父は決して引こうとしない。穏やかに見えてひどく情がこわいのだ。その点だけは、この父と娘はそっくりだった。 「手を」  伏せた朱月の手が伸びる。白雪は震えながら、両手でそれを包み込んだ。  その冷たさに、白雪はぞっとする。  氷のような冷たさ。 「父さん」  喉が嗄れて、声がうまく出ない。 「しらゆき」  やわらかい微笑みが、その顔に浮かぶ。「おまえに話さなければならないことがある……」  白雪はびくりと身を震わせた。話し終わったら、父は目を閉じてしまうような気がした。  そして、二度とその瞼は動かないだろう、と。 「おまえの母は、この国の聖都にいる」  朱月は低く呟いた。「名前はしらさぎ」  生まれてこのかた、白雪は母のぬくもりを知らずに育った。どこかに生きているのだろうかと考えたことはあっても、父がいればよかったから、気にしないようにしていた。 「強くて心のやさしい人で」  淡いひかりの中、朱月は微笑む。「あまり、自由の身ではなくてね。わたしが旅の話をするたび、よろこんでいた。……彼女は、わけあっておまえを育てられず、わたしに託したんだ」  朱月の声が細くなった。白雪の摑んでいる手から力が脱けていくのがわかる。 「父さん、いいから、もうしゃべらないで」  白雪は首を振った。「ねえ、次はどこの国に行く? この国を出たら……」 「わたしを埋めたら、聖都に行きなさい。…おまえの左手」  朱月は、自分の手を摑む手を搔くように、そっと指を動かした。「その手のひらの…印を見せれば、わかってもらえる…」  白雪の左手のひらには、火傷の跡がある。いつからあるのかは、白雪自身も知らない。 「それは、みしるし、なんだ。おまえが、白鷺の娘であるという、証…」  父の声が細くなる。 「父さん!」  白雪は叫んだ。  朱月の体が、一瞬、銀色の光を帯びた。闇の中に浮かび上がるひかりは、月光よりもやわらかく儚かった。  だがそれはたちまちかき消え、白雪の手の中で、朱月の指が力を失っていく。  白雪は、茫然とその場に座り込んだ。  朱月の唇から、吐息が漏れることは二度となかった。  月が動き、ひかりがうつり変わっていく。  ──どうして。  どうして、この人が息をしなくなってしまったのに、世界は何ひとつ変わらないんだろう。  この人がいなくなったら、世界は終わると思っていたのに。  急いで逃げてきたから、荷物は何も持ってこられなかった。術具も、旅に必要な金子も食糧も、何もない。  それでも白雪は、よろよろと立ち上がった。  夜の森の中、ひっそりとうごめく獣たちが、遠巻きに見ているのが感じられる。害意はない。ただかれらは明らかに戸惑っていた。 「うるさくして、ごめんね」  白雪は、それへ囁きかける。「父さんと、約束したから……もう少し、ここにいさせて」  取り巻いているのは狼だろうか、それとももっと小さな生きものか。了承の意が感じられる。あるいは慰めや憐憫が。  羽音がした。見上げると、木の枝に大きな白い梟が止まってこちらを見おろしている。どうやら夜のこの森の代表的な存在らしい。  彼は聡明そうな瞳を白雪に向け、次いで地に転がる朱月の体を見た。それだけで、かれら森の獣たちが、自分たちを許容してくれたのが白雪にもわかった。  白雪は安堵して、自分のなすべきことをするためにあたりを見回した。わずかずつ動いていく月は満ちて明るい。そのひかりに助けられ、落ちている枯れ枝を見つけて手を伸ばす。  たどってきた道は、森の入り口に近いほうがやや広くなっている。少し歩き、充分な幅のあるところまで行くと、白雪は膝をついて、その場を枝で穿った。  埋めてほしいと、言っていた。  約束をしたから、そのとおりにしなければならない。  約束は、絶対に守らなければならないから。  白雪は両手で握りしめた木の枝で、何度も何度も地面を穿った。  暗闇の中、白雪は土を穿ちつづけた。とうの昔に両手は木の皮で擦れ、血がにじんでいた。  星の位置が変わり、月が傾くころになると、地面には人ひとりが横たわれるほどの穴が浅くあいた。日はまだ昇っていないが、あたりはかすかに明るくなっている。その中に見える穴は、大柄ではないが小柄でもない朱月には充分に見えた。  そう考えたとき、遠くから馬の嘶きが聞こえた。  誰かが来るのを察したが、白雪は手を止めなかった。危険を感じなかったのだ。 「…おい」  しばらくすると、誰かが獣道をやってきて、白雪に呼びかけた。  だが白雪は返事もせず、黙々と穴を掘りつづける。 「何をしているんだ」  間近で声が聞こえた。白雪はそこでやっと、穴の中から顔を上げる。  薄明の中に見える男らしく整った顔立ちは、二十歳かそれを少し過ぎているようだった。濃い眉と意志の強さを秘めた双眸は、赤茶けた岩砂漠を思わせる色である。燃えるように赤い髪は、普通の成人男子よりほんの少しだけ長く、うなじを隠していた。ということは、彼は白雪と同じ、竜珠なのだろう。  神より授かったと言われる光と風に依る力そのもの、またはそれを秘める者を、いにしえより竜珠と呼ぶ。  遠い神代には、今はもうどこにもいない銀色の聖獣が地上を跋扈し、神々の恩恵や寵愛を受けた数多の人々がいたという。真偽は定かではないが、かれらは神と関わりを持ったために、後ろ首の中に竜珠と呼ばれる神具を埋め込まれ、その名で呼ばれるようになったという伝承があった。  竜珠は先祖の霊や言葉を持たぬ生ある者と語らうことができ、光を集め、焰を起こし、風を呼び、地を芽吹かせ、水を操る。だが、後ろ首の中で肉体の一部と化した竜珠そのものを目にした者はいない。死者の体から竜珠は失われるし、後ろ首を開かれて生き延びた者などいないからだ。  そんな竜珠には、後ろ首を隠すようにして髪を伸ばし垂らすならわしがあった。しかし、今となっては始末がよくないので、髪を長く伸ばしても、結うかまとめるかして垂らすようになっている。  彼は、黒地に赤い糸でぎざぎざとした模様が刺繡された額布を締めていた。身につけているのは、ぴったりした長袖で腰までの短い上衣と、同じように脚に沿ったまっすぐな足首までの袴だ。旅装だが、どれも仕立てや布地が庶民の身につけるものには見えなかった。  だが白雪はそれにさして感銘も受けず、ぼんやりと男の顔を見つめる。見も知らぬ男に話しかけられたのに、何故か警戒心はかけらも起きなかった。いつもならば睨み返すぐらいしただろう。 「埋めるために、穴を掘ってたの」  白雪は穴から出ると、ゆっくりと背後を振り返り、父を、──父だったものを、見た。  男もつられて、獣道の先へと目をやる。 「約束、したから」 「あかつき」  男が驚いたように父の名を呼ぶ。  白雪は、その唇が動くさまを見て、この人は父をよく知っているのだろうかと考えた。名を呼ぶその声には、親しげな響きが込められていたからだ。 「遅かったか……」  彼は眉を寄せて呟くと、白雪を見た。「君が、白雪だね」  白雪がうなずくと、彼はほっとしたように息をつく。険しかった視線がやわらいだ。 「よかった……」  その唇に微笑が浮かぶのを目にして、白雪は不思議な感覚を味わう。まるで、白雪をとても大切に思っているかのように見える微笑みだったのだ。 「俺は蘇芳」  蘇芳はそう言うと、感慨深げに目を細めて白雪を見つめる。「君とは昔、会ったことがある。君は憶えていないだろうが……ずっと昔に」 「憶えてない」  白雪は、感慨もなく首を振った。 「君は昔とずいぶん変わったけれど、すぐわかった」 「変わった? わたしが?」  白雪は繰り返した。確かに、憶えていないくらいずっと昔に会ったきりなら、今の白雪がずいぶん変わったと感じられるのはあたりまえだろう。だが、蘇芳が言ったのは、それ以外の意味を含んでいるように聞こえた。 「朱月は、どうして死んだんだ?」  蘇芳は朱月に近づくと、その傍らに膝をついた。  白雪は振り向いて、じっと蘇芳の背を見つめた。  ──その背越しに、地面にうつぶせた父の顔を。 「街で、斬られた」  白雪が淡々と答えると、蘇芳は苦々しげな顔をした。 「昨夜、長汀の貴族とやりあって斬られた旅人というのは、朱月だったのか」 「よくわからないけれど、父さんを斬ったのは、あの街の人じゃないみたいだった」  白雪は、ぽつりぽつりと話した。「街の人も、怖がってた」 「あの街は他国人の逗留地だ。特に隣国の長汀から来ている者が多い。他国からの旅行者はいいお客だから、目に余る行動があっても、上がきつくとがめなくて、街の者も困っているらしい。……誰も、助けてくれなかったのか」 「迷惑がかかるから、街の人に助けを求めてはいけないって、父さんに言われたの」  白雪は答えた。「わたしたちは、来て流れていくだけだけど、街の人たちは他のどこにも行けないから」  それは、今までの旅路でも言われていた。定住者と流浪者では、生活の基盤が異なる。 「──あの方が、連れていったのかもしれないな……」  蘇芳はそう呟きながら、朱月の顔に手を伸ばす。 『あの方』って誰だろう、と白雪は思ったが、さして興味もなかったので問わなかった。  安らかに眠っているようにさえ見える朱月の死に顔にふれ、蘇芳は眉をひそめる。 「こんなにあなたは小さかったか…」  低い声で呟く。  頰に指先を滑らせてから、ふと手を離した。 「燃やさずに埋めてしまうのか」 「そうしてくれって言われた」