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作者:菅沼理恵
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-12-28(角川书店)
价格:¥494 原版
文库:角川Beans文库
丛书:星宿姫伝(8)
代购:lumagic.taobao.com
星宿姫伝 くろがねの奇跡 星宿姫伝 くろがねの奇跡 菅沼理恵 角川ビーンズ文庫 本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載したりすることを禁止します。また、 本作品の内容は、底本発行時の取材・執筆内容に基づきます。  黒曜が旅立ったのは、秋の終わりだった。  白雪に記錐の手紙を託されたのは四羽だが、彼女の体を案じた斎王の命を受けて、黒曜は彼女に同行したのである。  それからほぼひと月が過ぎ、今は十二月の終わりだ。 「使者の入国は正式なものだから、長汀からの陸路になるそうよ」  神杖の国内ならば、情報のやりとりは散光信を使える。だが、復活盟約国の使節団が長汀から上陸したという報せには書面が用いられた。  神杖では公文書は縦書きだ。しかし、使節団からの報せは横書きの、異国ふうの書面だった。また、神杖では、公文書の末尾には責任者の印章が押されるが、異国では署名が記される。  長汀を介して使節団から送られてきた文書は、そのような書式をとられたものの他に、もう一通あった。今、白雪と蘇芳が問題にしているのはそちらのほうだった。  神杖では、公文書の類は今でも筆と墨で記される。もう一通、神杖斎王個人宛てに送られてきた文書は、そうした神杖の流儀に則った書式だった。しかも、内容がひどく意味深なのだ。 『お会いできるのを、生まれる前からお待ちしておりました』  大まかにはそのような意が記されており、私信に近い。その内容に、白雪は戸惑うばかりだ。 「この、式師たちに命を下している統帥という人物に、君は心当たりはあるのかい」  蘇芳の問いかけに、白雪は首を振る。 「いいえ、全然」  署名は崩し字でまったく名前が読み取れない。そうでなくとも、『生まれる前から』待っていた相手なぞ、白雪に心当たりはない。  この文書を斎王の執務室に届けた蘇芳は、考え込んでしまった。  王が政務を執り行う際、神杖では本来ならば為政者のすぐ近くにあって助言や諫言をする輔相がいる。白雪の場合は後見として実際の政務を杖州公賀宗が仕切っているため、輔相の座は空いていた。  斎王を守る四人の近衛のうち、杖州公と血縁関係のある蘇芳が輔相に近い役割を担い、この年若の斎王に助言を与えている。近衛に王を諫めることはゆるされていないため、あくまでも助言の範囲に過ぎなかったが、白雪にとってはそれだけでもありがたかった。 「……この人、とても神杖に詳しいのね」  白雪は、再び卓に広げた書状を眺めた。「きちんとした筆遣いで書面を作成できるってことは、統帥本人じゃなくても、相当、神杖に詳しい者があちらにはいるんだと思うわ。ちゃんと押印もあるし」 「そのようだが、それはそれで問題だな」と、蘇芳はやや顔を曇らせた。 「どうして?」  思いがけない蘇芳の言葉に、白雪は目を丸くした。 「国内に内通者がいるのかもしれない」 「内通者が?」  蘇芳の懸念が、白雪には理解できない。 「ああ。──今はともかく、三年前までは入出国が自由ではなかった。先方は我が国を知りすぎている。たった三年でここまで調べ尽くせるものだろうか」  眉根を寄せながら、蘇芳はつづけた。「三年前から入国は自由になったというが、無制限に身元不明の者まで受け容れているわけではない。それに、このような公文書の形式を知ることのできる者は限られるだろう。調べれば、対象となる者は限られてくるはずだ。また、我が国の公文書を扱う立場にある者は、たやすく入出国はできない」 「でも、それは三年前までの話でしょう? もし内通者がいたとしても、さほど気にすることでは、」 「いや、今もいるとしたら、……」と、蘇芳は難しい顔をした。「こちらの手の内をすべて読まれている可能性もある」 「でも、だとして、何か困るようなことはあるかしら」  白雪は考えながら、言った。  その答えに、蘇芳は目を瞬かせる。 「困ると言うか……その、情報の漏洩は見過ごせないだろう」 「それはそうよね。でも、この件に関しては、何もかもが先方に漏れていたとしても、何も困らないのではないかしら」  白雪がたたみかけると、蘇芳は目を白黒させた。 「白雪、それは」 「だって、こちらは先方の意を汲んで、竜珠を断絶させようとしているのよ。先に言ってきたのはあちらだもの、これからとことん協力してもらわなきゃいけないじゃない。だったら、こちらの状況はすべてわかっておいてもらったほうがいいんじゃない?」 「だからといって、手の内をすべてさらけ出すわけにはいかないだろう」  蘇芳は白雪の意見に戸惑ったようだ。 「もちろん、すべて知られるのは困るわ。だから、気をつけなくちゃならないだろうけど、内通者がいるかもしれないと考えながら行動するのは難しいわね。ためらいがちになるし、決断も鈍るし」  白雪が言いたかったのはそれだ。自分の隣にいる者が敵対している存在と通じていると疑いながら過ごすのは精神衛生上よろしくない。 「その、白雪、俺が気になっているのは、」と、蘇芳は卓に広げた書を指で指した。「この押印だ。このように、文書……というかこれはほとんど私信だが、正式に押印を使用してくるという慣習は、我が国と正式に国交のある国でなければ知ることはない。そうでなければ、我が国の政を詳細に知る者だ。問題は、そこだ」 「正式に神杖と国交があるのは、三年前までは長汀だけだったわね。今は西方ともあるけれど……だから、先方が押印のある正式な書を送ってくるのはおかしくはない、とも言えるわ。ただ、怪しいと思えばいくらでも怪しめる。そういうことよね」  白雪は言いながら、改めて手元の文書を見た。朱色の押印は、縦に長い方形に文字が詰まっている。文字の意匠が凝らされすぎていて、もはや元がどんな字だったかまではわからない。 「これ、なんて読むのかしら」  白雪は疑問に思って呟いた。押印をじっと見る。二文字とも、さほど線の多い字ではない。 「この字が、この書を書いた人の名前でしょうね。つまりは、今、こちらに向かっている、『統帥』」 「……七樹も、その統帥については、訊いても答えてはくれないからな」  蘇芳が小さく溜息をついた。  四羽が発ってから七樹は、彼女についていった黒曜の代わりのように庭園で作業に励んでいる。今は黒曜の代理として黒猫隊の補助要員としても登録されていた。身柄を保証したのは賀宗だ。とはいえ本格的な業務を任せるわけにはいかないので、黒曜がしていたように植物の冬支度をしたり、傷んだ樹木がないか見回ったりと、主に庭仕事をしているのだ。そのおかげで城内だけでなく、城下への外出も可能となっていた。 「あのわたしの手紙を読んで来てくれる気になったんだから、それほど頑固でもないだろうし、無駄に自尊心が高いというわけでもなさそうね。年齢はいくつくらいかしら」 「君が訊いてみればいいんじゃないか」  やや不安げだった蘇芳が、ふと微笑を浮かべた。白雪は思わず目を瞠る。 「わたしが? 何を誰に」 「七樹に、その統帥のことを」 「……訊いたって、答えてはくれないと思うわ」  白雪は憮然として答えた。 「では、灰桜に訊いてもらえばいいんじゃないか」 「灰桜が訊いたって、」  そこで白雪は、ある可能性に気づく。思わず立ち上がった。 「灰桜」  白雪が椅子から離れて落とした影から、灰桜がするりと現れた。 「どうした、白雪」  漆黒の髪の少年は、ふわりとその場に浮き上がり、すぐに床に降り立った。白雪を見上げる瞳は不思議そうに瞠られている。 「ねえ灰桜、あなた以前、七樹の記憶を引き出したでしょう」 「それが?」  あの一件は灰桜にとっても後悔が多いようだ。彼の顔が曇ったので白雪はためらったが、つづけて尋ねた。 「七樹が統帥と呼んでいる人が、どんな人だったか、憶えている?」 「憶えているが」 「わたしに見せてくれないかしら? そういうことはできない?」 「できるかどうかわからないが、やってみよう」  灰桜はうなずくと、白雪を椅子に座らせた。そうすると、白雪と灰桜の目線は近くなる。灰桜は手を伸ばして、白雪の両手を取った。 「目を閉じて、……少し、かがんで」  灰桜の言うとおりにすると、こつん、と額に何かが当たった。灰桜が額をつけたのだ、と気づくと同時に、脳裏に人の姿が浮かび上がる。  明瞭ではないが、どうやら七樹の視界を再現しているようだ。壁面には本がいっぱい詰まっている部屋。書籍館のようだと白雪は思った。  本棚の前に人が立っている。その人は本棚に向かっていて、最下段から分厚い本を引き抜こうとしていた。その本がやたらと厚くて大きいのに白雪は驚く。ひとりでは抱えられないような大きさなのだ。  見かねたのか、七樹が手をのばすのが視界に映った。ふたりがかりでその本はやっと本棚から引き出される。ふたりでその本を卓に持ち上げると、相手がこちらを見て礼を言った。そこでようやく相手の顔がはっきり見えた。大人の男だ。  年は蘇芳くらいだろうか。笑った顔が子どものように見える、少年じみたつくりの顔立ち。明るい茶色の髪と、薄茶色の瞳。見憶えがあるような気がして白雪は眉を寄せた。しかしまったく知らない人間だ。会ったこともないだろう。既視感は、白雪の中にいる誰かが反応したような感触だった。  相手が何かを言う、七樹がそれに返事をする。と、相手はそれがおかしかったようで、笑いを嚙みころしていた。この情景から、相手と七樹がそれなりに親しい間柄であることがわかる。  ふっとその人の像がかき消えた。灰桜が離れていく。白雪は目をあけて灰桜を見た。 「今の人?」 「たぶん、白雪が言っていたのは、今の者だ。……と思う」  灰桜はややためらいがちに言った。見上げてくるまなざしが不安げに翳っている。白雪は灰桜の頭を撫でた。 「いいのよ、灰桜。その人は来てくれるはずだから」 「灰桜、」と、ふいに蘇芳が直接、灰桜に呼びかけた。「その姿の像を、俺たちも見ることはできないだろうか」  灰桜はきょとんと蘇芳を見た。そのように戸惑うと、無邪気な子どもに見えるのは相変わらずだ。可憐な子どもの中身が、強大な力そのものだとは誰も思うまい。 「どうして? 蘇芳」 「先方が本物の統帥をこちらに寄越すとは限らないという考えも、念頭に置いておくのは必要だろう」  白雪は思わず蘇芳を見た。蘇芳は小さくうなずく。 「でも、……彼が信頼してる人が、そんなことをするはずがないと思うわ」 「俺もそう思う。実際に、あちらの人々が我々と友好を保とうとしているなら、そのような小細工をしてくるとも考えにくいが、……前例のない状況だ。最悪の事態を想定して対処方法を考えておくべきだろう。これは他の近衛とも話し合った。──黒曜が発つ前にだ、白雪」  黒曜の名に、白雪はゆっくりと瞬いた。 「それは、……わたし、考えていなかったわ」 「君が考える必要はない。そこまで俺たちが考えるのは、王である君に危害が及ばないようにという懸念からだ」  蘇芳は微笑んだ。慈愛に満ちた笑顔だ。白雪はこの顔で見られると、蘇芳にとっては自分が今も十四のときと同じに見えているのだろうかと考えてしまう。 「君は自分が強いと思っているかもしれない。実際に、強いんだろう。だが、俺たちは近衛だ。王の御身を守る役目を担っている。それだけは、受け容れてほしい」 「……でも、無理はしないで」  白雪にはそれだけしか言えなかった。  自分の命がわずかしか残されていないと思い込んだ四羽が、白雪を襲撃して神杖の国民にこの世界がどれほど切羽詰まった状況に立たされているかを知らしめようとした件は公にはされていない。また、それによって斎王が負傷し、寝込んだことも。  白雪の喉に空けられた穴はきれいにふさがって傷ひとつないが、冬で寒くなったためもあって、身につける衣装は喉が隠れるような襟の高いものばかりになっている。これが白雪は苦手だった。顎をやや上げる姿勢を取らざるを得ず、それが鏡に映すとひどく高慢そうに見えるからだ。 「今年はこんな服ばかりなのね」  斎王の装束からひいなの制服に着替えた白雪は、首を左右に傾けながら言った。 「陛下がしなくてもいい怪我をなさったから、首が隠れるように誂えてもらったんですよ」  着替えを手伝ってくれた由永が、じろりと鏡越しに睨んでくる。 「ひょっとして、わざわざ衣装房に頼んだの?」 「もちろんですわ。ですが、陛下が怪我をした、とは漏らしてはおりませんから、ご安心を」  白雪が振り返ると、由永は澄まし顔をしていた。 「それは心配してないわ。由永はそういうところ、ちゃんとしてるもの。感謝してます」 「たいした手間ではございませんから、お針子たちも気持ちよく引き受けてくれましたよ。わたくしなぞは口を動かすだけで、実際に手を動かすのはお針子たちです。感謝ならお針子たちにしてくださいませ」 「本当に、そうね」と、白雪は苦笑した。「年が明けたら、衣装房には何か特別なお年賀でも贈りましょう」 「では、それはわたくしが憶えておきます。陛下はこれからも忙しくなるようですし。──異国の方がいらっしゃると伺っておりますが、いつごろになるかは決まっていないのですか?」  由永は一瞬だけ躊躇したが、すぐに斬り込むように白雪に問う。白雪はやや驚きながら彼女の顔を見直した。 「ええ、年始のご挨拶に、長汀の方がいらっしゃる予定です……でも、由永が言っているのは、そのことではないのね」 「……はい」  由永の顔が曇った。「遠い異国から、得体の知れない者たちが近々やって来るという噂が、城内で広まっております。その者たちが、竜珠を滅ぼそうとしている、陛下はそれを見過ごそうとしている、とも」 「噂が」  白雪は繰り返した。  七樹たちによってもたらされた情報により、この世界は竜珠のために滅亡に瀕しているとわかった。その後の調査により、神杖の国内でも、その情報が偽りではなく事実であり、早急に対応しなければこの大地は近いうちに凍りつくだろうという結論が出ている。  だが、その事実はまだ公にはされていない。  竜珠を断絶し、その代わりに式を導入することは決定しつつある。だが、のちにやってくる復活盟約国の使節団にまずそれを知らせて協力を仰がねばならない。この国は竜珠については世界でもっとも詳しいが、式についてはまるで無知だった。問題は、式の導入に復活盟約国が協力してくれるかということだ。白雪の後見である賀宗も、白雪の意見に賛同しながらもその点だけは懸念していた。  七樹ら式師を擁する復活盟約国は、国と便宜上呼ばれているが、その実態は複数の国々の集まりらしい。  政はおろか、文化、風俗、習慣などすべてが異なる国々が、ひとつの目的の下に集っているのは、世界的に見ても例がない。神杖で生まれ育ち一度も国外に出たことのない者には理解しがたいようだが、諸国を放浪してきた白雪にはその異様さがよくわかった。ふたつ以上の国があるのに諍いなく協力し合えるのはまれだ。今でこそ平和で戦いもほとんどなくなってきているが、昔は国同士で大がかりな殺し合いが何度もあったのだから。  なのに、七樹が所属する復活盟約国は、氷期の到来を憂えた国々が協力し、あらゆる手を尽くして何もかもが凍りつくのを防ごうとしているのだという。また、氷雪に覆われつつある極地の国々へ救いの手を差しのべてもいるようだ。  そんな者たちが、神杖だけに非協力的な態度を取るとは思いたくない。だが、蘇芳が案じるように、まだ、相手を完全に信頼しきって何もかも預ける段階ではなかった。  それらの事情により、竜珠の断絶に関する事柄は未だ公表されていない。少なくとも、先方が式の導入に協力してくれることが正式に決まってからでなければ、術師として生計を立てる者たちが納得しないだろう。 「得体の知れない者たちではないわ。……その方たちが正式に入国したら、布令を出します。それからでもお迎えする支度はできると思うの。それに、その方たちは竜珠を滅ぼそうとしているのではないのよ……」  白雪はためらいながら口をひらいた。「でも、近いうちに竜珠はすべていなくなるかもしれないわ」  由永の目が驚きに瞠られた。 「それは、……」  彼女の動揺に、白雪は首を振る。 「竜珠をすべて殺すという意味では決してありません。そんなこと、わたしが許さないわ。わたしだって、竜珠です」  きっぱりと白雪が告げると、由永は小さく息をつく。が、すぐに顔を上げ、白雪をまっすぐに見る。 「陛下、このようなこと、一側仕えとして伺うのは差し出がましいとは思いますが、先日のお怪我と、その方々とは、関係があるのですか? 竜珠でなくなるとは、いったいどういう意味なのですか? 楓美の報告によると、噂は城下にも流れ始めており、民も不安な状態に陥っているようです」  由永は、白雪が伏せった本当の理由を知らない。ただ、喉に怪我をして一時的に声が出なくなったと聞かされているだけだ。実は喉に穴を空けられて死にかけたとは、さすがに白雪も言えなかった。言えばどれほど由永が驚き、悲しみ憤るか想像がついたからだ。近衛以外には、手を下した四羽とその場に居合わせた七樹、それに斎宮殿に詰めていた夏乃しか知らない。今回ばかりは他の者に知らせられる内容ではなかった。 「ごめんなさい、それは、……」  白雪は由永から顔を背けた。夏乃は、元は白雪の生母、白鷺の側仕えで、破天荒だった主の行動のおかげで、今回の件でも不必要に動揺はしなかった。だが、由永は違う。  それに、今はまだ、竜珠の断絶を自分が公の場で口にすることはできないのだ。 「わかりました」と、由永がきっぱりとした声音で告げる。「陛下、では、いつかお話しいただけるときがきたら、教えてくださいませね。一介の側仕えとしてはおこがましいとは存じますが、わたくしは、陛下のことはなんでも知っておきたいのです」 「……ありがとう、由永」  彼女の言葉がうれしく、またほんの少し済まなさも感じながら、白雪はうなずいた。  側仕えの姿で奥殿の外に出ると、そこかしこを忙しく行き交う者たちが見られた。側仕えや侍従だけでなく、術師や下人などもいる。  由永がすでに噂としてあのようなことを耳にしている以上、城内で働く者たちもうっすらとではあるが、竜珠の断絶について耳にし、不安を感じているのだろう。白雪は溜息をつきかけたが、はっとして口元を押さえた。気に病んでばかりいては始まらない。首を軽く振って歩き出す。向かう先は書籍館だった。  封印の術に関して調べているうちに気づいたのだが、封印を施すには竜珠の力に頼らざるを得ない。竜珠の力の源は竜泉、あるいは竜道だ。  白雪が求めているのはその力の源を封じるための術である。もし自分が谷の竜泉を封印する場合、封印後に自分から竜珠が消えるのか、それとも封印の途中で竜珠の威力が薄れるのか。それを知りたかった。  書籍館の、王族だけが閲覧できる奥の部屋には記錐だけが収められている。また、中央の柱の中には地下に通じる階段もあって、降りていけば無数の記錐が詰め込まれているのも白雪は知っていた。しかし、その中から封印の術についてだけを引き出すのは容易ではない。地下の記錐はきちんと分類されてはいるものの、白雪の求める情報をどう探せばいいのかわからないからだ。  あるのかないのかわからないものを探す、つまりは、すべてを探しきってそれが『ない』ことを確認するまでこの作業をつづけなければならないのだろうか? 白雪は鬱々とそんなことを考えながら、書籍館への道をたどっていた。 「へ、……小雪」  不意に声をかけられ、はっとして白雪は振り返る。ためらいがちに呼びかける声は聞きなじんだものだった。 「道延さま」  涼州公、道延が近づいてくる。  元は青竜隊の侍司だった彼は、三年前、佳春に押しつけられるようにして涼州公の位を託され、他に適任もいなかったためにその座に就いていた。 「その、『さま』は勘弁してくれませんか」  近づいてきた道延は、ひそひそと言った。 「それはそれでおかしいわ、だって道延さまは八公で、小雪はただの御庭係ですよ」  白雪の言葉に、道延は眉を寄せた。 「なかなか、慣れませんね」 「八公の座に、ですか」 「それもですが、私は芝居がかったことは嫌いなんですよ。……まあ、いいでしょう」  思わず白雪は笑った。青磁も似たようなことを言っていたが、上司と部下は似るのだろうか。元は道延は、青磁の直属の上司だった。 「これから、どちらに?」 「書籍館へ、ちょっと。道延さまは?」 「……お急ぎでなければ、お話がしたかったのですが」  眉間の皺がますます深くなる。道延の顔立ちは地味ながら整っていて、城内の女性たちの中でこっそりつけられている番付でもかなり上位にいるのだが、いつも難しい顔をしているので、彼に近づこうとする勇気ある者は少なかった。何より、近づいても、道延自身が色恋沙汰に疎いようで、女性から送られる秋波に気づかないのだ。 「わたしにですか?」 「お知らせしたいことがありまして……」  つまり、斎王に報告があったのだが、その前に側仕え姿の白雪を見つけてしまったのだろう。公式の報告ならばたいてい先触れがある。このように本人が直接来るということは、公式ではなく、さらにとても急いでいるのではないだろうか。 「では、斎宮殿へ参りませんか? あそこなら、このままでも話せますし」 「……仕方ありませんな」  道延はしばらく考えていたが、やがて渋々うなずいた。