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作者:長尾彩子,宵マチ
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-11-02(集英社)
价格:¥594 原版
文库:Cobalt文库

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王女が秘される童話 南瓜の王女の研究録 童話(メルヒェン)シリーズ 集英社eコバルト文庫 王女が秘される童話メルヒェン 南瓜の王女の研究録 長尾彩子 この本は縦書きでレイアウトされています。 王女が秘される童話 南瓜の王女の研究録 Contents Kapitel Ⅰ Kapitel Ⅱ Kapitel Ⅲ Kapitel Ⅳ あとがき イラスト/宵 マチ Kapitel Ⅰ  ――おっとりしていて、無邪気で病弱。花と宝石とお菓子をこよなく愛する落バ第カ王女。  それが、ユリアーナを知る王侯貴族たちが彼女に対していだく印象だった。  シュトロイゼル王国の第二王女、ユリアーナ・プリングスハイム。  王国の辺境にあるカレンデュラの森の城で、侍女と数名の召使たちと暮らすユリアーナは、都で自分がそんな風に嘲笑されていることを知りながら、今日も城の応接室に宝石商を招いていた。  はじめて招いた二人組の宝石商は、どちらも個性の強い男だった。  ひとりは丸々と太り、他方は鳥のように瘦せている。  傍らに侍女を控えさせ、肘掛椅子にゆったりと座ったユリアーナの前に恭しく黒いジュエリートレイを差し出してきたのは、太ったほうの宝石商だった。いかにも宝石商らしく、真珠のボタンが縦にいくつも並んだダブレットに、宝石細工のベルトを巻きつけている。ハムのような腹を無理やり締めつけたベルトは今にもはち切れそうだった。  ユリアーナはジュエリートレイを覗きこんだ。  トレイに陳列されているのは、いずれも研磨された宝石ではなく、宝石の原石――つまりは博物学者の標本箱にでも収められているような、鉱物の塊だった。  紅玉、翡翠、日長石、月長石、紫水晶……。  色も種類もとりどりな石は、原石とはいえ、どれも美しく上質な輝きを放っていた。ユリアーナはごく淡い蜂蜜色の睫毛に縁どられた、大粒の水宝玉のような瞳にそれらを映すと、桜桃の唇に幸せそうな笑みを載せた。 「これなんて、とても綺麗な雪花石膏ね。お月様の光が結晶化したみたい。これと、琥珀……それに紅珊瑚が欲しいわ。ねぇ、どう思う? マルグリット」  同じ十七歳の王女に意見を求められた侍女――マルグリットは、ジュエリートレイを片目でじっと見つめた。マルグリットは隻眼なのだ。幼い頃に失ったという右目は、青薔薇をかたどった美しいアイパッチで隠されていた。深い知性をたたえた左目は青金石のような濃い青で、彼女の長く真っ直ぐな黒髪と調和していた。  マルグリットはユリアーナの侍女だが、宝石の鑑定士でもある。三年前に王都郊外の小さな宝石店で働いていた彼女にユリアーナが目をつけ、この城の侍女にしてからも王都の貴族たちから呼び出しがかかるくらい、彼女は目利きなのだった。まるで第六感でも備わっているかのように、ただ左目で見つめるだけで宝石の真贋を見極めた。 「ふむ、品質は確かじゃ。産地にも偽りがない。買うてもよかろう」  ユリアーナと対の人形のように、あどけなさを残した愛らしい顔にそぐわず、マルグリットは老女のような口調で言った。彼女曰く、『幼い頃、言葉を覚える大事な時期に年寄りにばかり囲まれて育ったゆえにこうなってしまった』とのことだった。  自分が目をとめた石の品質を保証されたユリアーナは、本心から微笑んだ。 「わたしに似合うかしら?」 「こちらの紅珊瑚などは耳飾りに加工すれば、ユリアーナ様のふわふわと波打つ蜂蜜の結晶色のお髪、それに乳白色のお顔によく映えましょうぞ」 「では、買うわ。うふふ、さっそく贔屓にしている職人に加工をお願いしないと」  ユリアーナがマルグリットに目配せすると、彼女は心得たように二人組の宝石商に三枚の銀貨を手渡した。すると宝石商たちは破顔し、「わたくしどもの石が可憐な王女様の御身を飾る、これほどの栄誉はございません」と追従を述べた。ユリアーナは宝石商が絹張りの箱に収めてくれた三種の宝石を受けとりながら、「ありがとう」とにこやかにお礼を言った。  取引が済むと、ユリアーナはマルグリットに宝石商たちを門前までお見送りするようにと命じた。自身は席を立ち、扉の前まで行って彼らの姿を見送るにとどめる。  応接室の扉が閉まり、ひとりきりになったところで、ユリアーナは顔面に貼りつけていた笑みを消した。細腰のくびれから下を釣鐘草のように膨らませた薔薇色のドレスの裾を大胆に捌き、部屋の奥まで大股で歩いていくと、綿入りの天鵞絨ビロードの椅子にどっかと腰かけた。  つま先にロゼットが飾られた、踵の高い靴を脱ぎ捨てる。  いっそ胸や腹部をぎゅうぎゅうと締めつけてくるコルセットの紐も緩めてしまいたかったが、今日はこれからもう一名の来客――性別・年齢は不詳だが、父王が寄越した何者か――の予定があるので、多少息苦しくても我慢する。  来客さえなければもっと機能的な服、たとえばこのあたりの女性たちが身に纏う民族衣装デイアンドルでも着て、温室のカボチャの収穫でもしていたところだ。  ……カボチャは良いものだ、とユリアーナは思う。  なにしろ瘦せた土壌でも、ジャガイモ並みの生命力ですくすくと育つのだから。  飢饉対策にこれほどうってつけの野菜はない。 (『おっとりしていて無邪気で病弱。花と宝石とお菓子をこよなく愛する落第王女』……。自分を偽る演技ほど疲れるものはないわ)  合っているのはせいぜい、王女という部分だけだ。  別段おっとりしていないし、無邪気というよりもひねくれている。身体はいたって健康そのもの。花と石は蒐集しているが、別に好きなわけでもない。必要だから集めているだけだ。  甘いお菓子も嫌いではないが、愛しているというほどでもない。頭は極めて良い。ユリアーナは自分が賢いか、そうでなければ小賢しい娘であることをしっかりと自覚していた。  両開きの窓から差し込んでくる初秋の陽光が眠気を誘い、ユリアーナはあくびをした。手近にあった水差しを手にとると、玻璃ガラスの器に冷たいコーヒーを注ぐ。砂糖もミルクもユリアーナには必要ない。それを一気飲みしていると、ふいに膝の上にかすかな重みを感じた。  ユリアーナは薔薇色のドレスに覆われた膝に視線を落とした。  するとそこにはいつのまにか黒いうさぎが載っていて、ユリアーナをじぃーっと見ていた。 『告げ口しちゃお、告げ口しちゃお~』  黒うさぎは喋った。 『宝石商の奴らが~、城を出た瞬間~、ユリアーナのことを~、宝石と花にしか興味のない噂通りのカボチャ頭の落第王女みたいだったって笑いあってました~』 「結構なことだわ」  ユリアーナはフンと鼻を鳴らした。カレンデュラの森の城には太古の昔から、精霊だとか、妖精とよばれるものたちが棲みついている。この喋る黒うさぎもその一種だった。人の告げ口ばかりするので、ユリアーナは彼を『告げ口妖精の黒うさぎ』と呼んでいる。 『カボチャ頭の落第王女~。うぷぷ~!』 「もう、カボチャ頭カボチャ頭、言わないで!」  ユリアーナが憤慨していると、応接室の扉が開いた。  青いドレスの背に艶やかな黒絹の髪を流したマルグリットは、黒うさぎとユリアーナのやりとりを聞いて察したようだった。 「今回もバカな王女のふり作戦は大成功だったようじゃの。ユリアーナ様」 「ええ。失敗するとも思わなかったけれどね」 「たいした自信家じゃな。……まあしかし、その年齢よりも幼げな可愛い顔立ちで、ユリアーナ様がミルヒ村随一の医師だなどとは誰も思わぬか」  ユリアーナは真っ黒なコーヒーを飲みほしてから、不服そうに唇を尖らせた。 「ミルヒ村の住人でない彼らにわたしの本性がバレなかったのはいい。でもあの宝石商たちが、カボチャを悪口の意味で使ったことは許せない!」  ユリアーナは膝の上にいた黒うさぎをマルグリットに託してから、すっくと立ち上がった。  マントルピースの上に、飾り物のようにいくつか置いておいたカボチャのひとつをいそいそと両手で運んでくると、飴色の机の上に置いた。それからドレスの裾をたくし上げて、ガーターベルトで常に太ももに固定してある護身用の短剣を鞘から引き抜いた。  ユリアーナが抜き身の刃を振り上げると、 『ぎゃー! ユリアーナが乱心した!』  黒うさぎは大騒ぎして、マルグリットの腕の中から、ぱちん! と姿を消した。  ユリアーナはそれには構わず、短剣でカボチャをスパッと真っ二つにした。  緑の皮に包まれた、まん丸の可愛いカボチャには、お日様色の実がよく詰まっていた。 「カボチャがなんでもスカスカだと思ったら大間違いよ。ミルヒ村の農家の方々の協力を得て、わたしが先日開発したカボチャはこの通り。小ぶりだけれどずっしりと重くて、とっても甘いんだから」 「カボチャの冷製スープにしたら旨そうじゃな。料理長に渡して来ようぞ」 「お願いね、マルグリット」  マルグリットはユリアーナの手からカボチャを引きとり、颯爽とした足取りで応接室を退出した。ユリアーナはそれを見届けてから暖炉のほうに引き返すと、マントルピースの上で身を寄せ合う、色も形も様々なカボチャを愛おしげに撫でた。  ユリアーナがカボチャの品種改良と栽培に力を入れているのには理由がある。  十年ほど前、各地でジャガイモ飢饉とも呼ばれる大飢饉が起きた。  ジャガイモはどんな土地でもよく育つが、病気にかかると一気に枯死する。  だからジャガイモの疫病に備えて、それにとって代わるような作物を栽培しておくに越したことはないと、過去の教訓からユリアーナは考えたのだ。  もちろん、ジャガイモの病害を防ぐことができればそれが一番良いのだが、ユリアーナは樹木医ではないため、そこまでは知識が及ばない。だから自分にできることを、できる範囲でする。そう考えたときに彼女が着目したのが、カボチャなのだった。 「可愛くて、栄養豊富で、育てやすい。おまえたちは、本当によくできた子よ」 『おい王女。カボチャとお喋りしている場合じゃないよ』  ユリアーナは足元を見おろした。  神出鬼没の精霊その二が、アイスブルーの瞳でユリアーナを見上げていた。  真っ白な長い毛並みに覆われた猫の姿をしているが、こちらも正真正銘の精霊、クラウディアである。黒うさぎと同じように、ユリアーナがこの城にやってきたときにはすでに棲みついていた。『クラウディア』というのは女性名だが、彼はれっきとした雄だ。雌猫のように優美で華麗な見てくれをしているために、名付けの親に性別を間違われて女性名をつけられてしまったらしい。 「何かあったの?」  ユリアーナが訊くと、クラウディアはちらと窓のほうを見やった。 『来客のお出ましだよ。ひょっとするとあんたにとって、とんでもなく厄介な客かもね』 「厄介な客?」  ユリアーナは窓辺に移動したが、そこから城門は見えない。  眼下に広がるのはカボチャの栽培に利用している温室と、様々な香草が花や葉を揺らす、薬用植物園だけだ。 『馬車に《星十字花》の紋がついてたんだ』  星十字花の紋。  かつてこの世に現れた救世主が人々の罪を贖って、星の流れる夜に、いばらの蔓で磔にされた。――そんな聖典の記述から生み出された聖なるしるしが、夜空に光る星を象った《星十字》である。《星十字花》は、真円のいばらの輪が《星十字》を囲んだ紋章だ。これは国の宗教儀礼から異端審問、宗教裁判、悪魔祓いに至るまで、国教に関わる一切の事柄を引き受けた機関《改邪聖省》の標章であった。 (改邪聖省……。確かに厄介なお客様かもしれないわね)  ユリアーナは眉を曇らせた。改邪聖省は高位の聖職者や、学識のある敬虔な信徒で構成された組織だ。彼らの中で、ユリアーナの存在を快く思う者はおそらくいないだろう。  なぜなら、ユリアーナは『忌み子』だからだ。  シュトロイゼル王国の王家では、第一子にふたごが生まれた場合、先に生まれた子のほうは神に愛された『栄光の子』と呼ばれて王位が約束され、あとに生まれたほうは魔に魅入られた『忌み子』として、王宮から遠く離れた辺境の地に追いやられるという習わしがあった。  ユリアーナが王女でありながら王宮に身を置かず、王国の北の外れ、カレンデュラの森の城で暮らすのは、そうした事情によるものだ。ユリアーナには、十一歳の頃に引き離されてしまった、レティーツィアというふたごの姉がいた。  しかしユリアーナは自分の境遇に、これといった不満を持たなかった。  ただ虚しく時を過ごすのではなく、領主としての役割を与えられているからだ。  小さなミルヒ村一帯は、忌み子の王族が不在のときは、隣村のホーニヒ村を治める辺境伯が統治している。しかし忌み子の王族がカレンデュラの森の城に移ると、カレンデュラの森と接するミルヒ村に関する全権は、忌み子の手に委ねられるのだ。  六年前、十一歳の年に王宮を離れ、領主としての地位に就いたユリアーナが村人たちから信頼を得るのはたやすいことではなかった。まだ幼かったことに加えて、その当時、村人たちは度重なる飢饉と疫病、そして横行する理不尽な魔女狩りと税の搾取に疲弊し、王侯貴族らへの不満を噴出させていたからだ。  けれどユリアーナは領主に着任してから三年と経たずに彼らの信頼を勝ち取った。  質素倹約につとめて荒れた畑や果樹園の再生に取り組み、短期間のうちに、目に見える形で村を復興させたからだ。それに、王宮にいた頃になりゆきで身につけた医術の知識も、だいぶ役に立った。  今では古くからここに住まう村人たちも、ユリアーナを一人前の領主として慕ってくれる。笑いかけてくれる。王宮にいた頃は貴族たちに白眼視され、実の父親にすら冷たくあしらわれ、自分がなんのために生まれてきたのかわからなかったが、ここに来てようやく、自分の居場所を見つけることができたのだった。  今が満ち足りているだけに、改邪聖省の者の突然の訪問はユリアーナの胸をざわつかせた。  叩扉の音に、我に返る。 「ユリアーナ様」  入室の許可を待たずにマルグリットが応接室に入ってきた。 「改邪聖省から来客じゃ。用件を訊ねても『王女様と直接お話ししたい』などと言うて聞かぬ。通しても良いか」 「いいわ。入ってもらって」 「ではお通しするが……」  マルグリットはユリアーナのドレスの裾から覗く白い足を見て、呆れ顔になった。 「靴ぐらい履いておけ」  ユリアーナは靴を脱ぎ捨てていたことをすっかり忘れていた。  仕方なしに椅子に座り、窮屈な靴に、レースに包まれた足を収めていると、マルグリットはさらに言った。 「ちなみにティアラも、カボチャを短剣で勢いよく真っ二つにしたときからずれておるぞ」 「そういうことは、その場で言ってくれたらいいのに」  ユリアーナは紅くなりながら、頭の上に載せたティアラに手をやった。  よく気がつくクラウディアが、『はい』と言って手鏡を手渡してくれる。 「野性的な王女のようで面白いからそのままにしておった」  マルグリットは隻眼を細めてにっこりと笑うと、さっさと応接室をあとにしてしまった。  ほどなくして、彼女はまた応接室に戻ってきた。今度は三人の客人を伴って。  客人たちが断りを入れて入室してくると、マルグリットは部屋の隅にそっと控えた。  クラウディアを膝の上に載せて綿入りの椅子に腰かけていたユリアーナは、それまでの不機嫌そうな顔を一変させて、おっとりとした笑みを浮かべた。 「カレンデュラの森の城へようこそ。遠路はるばるよくぞお越しいただきました」  ユリアーナは人あたりのよい口調で言いながら、さりげなく三人の客人らを観察した。  三名のうち二名は二十代前半くらいの青年だ。肩章に黄金のタッセル、前に黄金ボタンを二列に配置した、純白の騎士服に身を包んでいる。鞘に、神聖な花である百合の彫刻が施された剣を佩き、騎士服の上腕部には星十字花の標章が刺繡されているので、改邪聖省の直属の聖騎士であることはひと目でわかった。  そのふたりの聖騎士を背後に従えているのは、十七歳のユリアーナよりもひとつかふたつ、年下と思われる少女――いや、少年だった。  柔らかそうな麦わら色の髪に、ペリドットを象嵌したような瞳を持つその少年は華奢で、靴の踵のぶんを差し引いてもユリアーナと背丈がそう変わらない。下手をすると十七歳の女性としてはごく平均的な身長のユリアーナのほうが、背が高いかもしれない。  けれどユリアーナが少年を一瞬、少女と間違えかけたのは、その体格のせいだけではなかった。花容双びない、少女人形と見まがうばかりの美しい容貌をしていたのだ。  猫の目にも似た双眸を縁どる黄金の睫毛は長く、金緑の目見は澄み、鼻梁は通っている。  肌は汚れを知らない新雪よりもなお白く、夜光貝の真珠層のように蒼みがかっていた。  薄く造りの良い唇は血潮の色を透かして、うっすらと紅く色づいている。  彼は騎士の装いではなく、金糸で飾り刺繡が施された純白の聖衣を纏っていた。首には銀のメダイと星十字に、真珠をつらねた《エステレラ》をかけている。  数珠状の首飾りにメダイと聖十字をつないだエステレラは、礼拝の際には欠かせない道具だ。ミルヒ村の小さな教会の司祭もそうであるように、聖職者であれば、常時身につけるべき聖品とされる。 (この男の子はいったい……)  何者なのか。  幼さの残る外見のわりに、妙に堂々として、落ち着き払っている。国王が寄越してきた賓客で、聖騎士を二名も護衛につけてきたからには、相応の身分の少年なのだろうが……。  微笑をとり崩すことなくユリアーナが考えはじめたところで、少年は口をひらいた。 「王女様、お初にお目にかかります」  ユリアーナに対し、少年はにこりともせずに言った。 「私は改邪聖省特別異端審問官、クラウス・フォン・メレンドルフと申します。どうぞ以後、お見知りおきを」  クラウスと名乗った少年は胸に手をあてて、形式的な礼をしてきた。  ユリアーナはクラウディアを机上に置いて立ち上がると、クラウスと向かいあった。  目の高さがまるきり同じだった。彼の長靴の踵と、ユリアーナが履く靴の踵の高さは大して変わらないので、思った通り、彼と自分は同じくらいの身長だったのだ。ユリアーナは自分の目測が正確だったことに密かに満足しつつ、愛想良く挨拶を返した。 「はじめまして、クラウス殿。あらためて名乗る必要はないかもしれないけれど、わたしは、シュトロイゼル王国の第二王女、ユリアーナ・プリングスハイムです」  穿き心地の悪い固いクリノリンで大きく膨らませたスカートを軽くつまみ、淑女の作法に則った完璧なお辞儀をする。お辞儀をしながら、ユリアーナは素早く記憶の糸をひもとく。  特別異端審問官のクラウス・フォン・メレンドルフ。  こうして相まみえるのははじめてだが、噂には聞いたことがあった。 (思い出した)  十三歳という異例の若さで神学校を卒業したあと、官僚になるための国家試験に一発で合格した天才。改邪聖省に入ってからはますます頭角を現して、昨年の終わりには、史上最年少にして特別異端審問官に抜擢されたという。  異端審問官は呪術をおこなった者や魔女の疑いがある者を審問し、裁く権限を持つ。  その頂点に立つのが、たった一名しかその地位に就けない特別異端審問官なのだ。  特別異端審問官は聖典の教えに背いたおこないをした王族を尋問し、異端審問にかけることができる唯一の人物だった。  宗教的に弱い立場にある忌み子のユリアーナにとっては、当然、油断ならない存在だ。 「クラウスで結構です。王女様」  クラウスの言葉に、ユリアーナは伏せていた目を上げた。  視線が交わると、彼は「さっそくですが」と切り出した。 「本日、私が王女様を訪ねて参りましたのはほかでもありません。国王陛下より直々にご命令を承ったのです」 「どのようなご命令かしら」 『おっとりしていて無邪気な王女』らしく、ユリアーナは微笑み、小さく首をかしげた。  クラウスは表情を変えず、淡々と答える。 「本日より貴女の花婿候補として、このお城で暮らすようにと」 「花婿? どなたが?」 「私がです」  寝耳に水で、ユリアーナはむせかけた。しかしすぐに動揺を鎮め、穏やかに口にする。 「あなた、まだ子供でしょう?」  結婚が許可される年齢は、法改正などによって時代ごとに変わるが、現行法では男女ともに十七歳にならなければ結婚できないことになっている。目の前に立つ少年は、どう見ても十四、五歳だ。高く見積もっても十六歳。  ユリアーナの言葉に、それまで微動だにしなかったクラウスの眉がかすかにぴくりとした。 「こう見えても十六です。王女様」  そうだったのか。 「現行法では、私は今からおよそ三カ月後の誕生日を迎えれば、結婚できる年齢になります」 「わたし、結婚なんて聞いていないわ」 「そうでしょうね。国王陛下と私のあいだで、貴女には極秘のうちに決定したことですから」 「どうして極秘に?」  ユリアーナは眉間に皺を刻みかけたが、途中で気がついて、慌てて笑みを浮かべた。 「わたしは一番の当事者なのに、おかしくないかしら」 「おそらく陛下は、貴女がこの話を聞いて怯え、逃げ出されることを危惧されたのでしょう」  そのひと言に、ユリアーナは内心でほくそ笑んだ。父王や、特別異端審問官にまでそれほど頭の悪い王女だと思われているならば、これまでの地道な努力も報われたというものだ。  しかしここは、カチンときたふりをしなければ、却って不審がられてしまう。 「怯えて逃げ出すだなんて……、わたしはそんな風に思われていたの? わたしは一国の王女として、お父様……陛下のご命令とあらば、どなたとでも結婚する心づもりがあったのに」 「相手の男が神の御名において、王女様、貴女を裁くことのできる特別異端審問官であったとしても?」  愚問だ、とユリアーナは思った。結婚相手がどのような人物であれ、国王の命令は絶対だ。聖職者であるクラウスが王命によって、聖性とはかけ離れた忌み子の自分との政略結婚を受け入れたように、ユリアーナも自分で結婚相手を選びたいなどとは端から思っていなかった。  それに、ユリアーナはクラウスのことを別段恐れていなかった。単に彼が年少だからではない。彼が異端審問官たちを束ねる特別異端審問官に就任した頃から、それまで各地で横行していたむごい魔女狩りや不当な宗教裁判が目に見えて激減した。それは彼が改邪聖省の風の流れを変えたからにほかならないのではないだろうか。  しかしそれを口にすれば、自分で築き上げた『落第王女』という性格設定がブレる。  だからユリアーナは不安げな顔になるように表情筋を動かして、クラウスを見つめた。 「……裁く? あなたはわたしに、何かひどいことをするの?」  するとクラウスは静かに首を横に振った。 「神は罪なき者の血を流すことをお望みではありません。ですから王女様がこれまでのように、ただおとなしくお過ごしになっていてくだされば、私が貴女を傷つけることはありません」  ほっとため息を零したユリアーナに、クラウスはすかさず「ですが」と付け加えた。 「貴女が邪神と契ったり、妖術によって人や家畜を呪った場合。またはその疑いが濃くなったとき、私は貴女を異端審問にかけます。神に背き、人に仇なす魔女や魔術師は、貴賤を問わず厳罰に処する、それが我々改邪聖省の者の務めですから」  ……なるほど、若くして要職を任されただけあって、年のわりにしっかりしているようだ。  素直に感心しつつ、ユリアーナは言った。 「クラウス、わたしは今、神様のご慈悲でこんなにも満ち足りた暮らしをしているのに、邪神だとか、妖術だとか、そんな……恐ろしいことに手を染めたりはしません。けれど、あなたの職務に対するお心がけはよくわかりました。聖職者として、とてもご立派だと思うわ」  クラウスは