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作者:かいとーこ,玄吾朗
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-12-20(一迅社)
价格:¥540 原版
文库:一迅社文库Iris
丛书:聖獣様と泣きむし聖女(2)
代购:lumagic.taobao.com
聖獣様と泣きむし聖女 2 不浄の鐘と不死の悪魔 目次 序章 1章 聖女の日常 2章 閉じた村 3章 闇の地の因果 4章 悪魔探し 5章 呪いは染まる 終章 あとがき イラストレーション ◆ 玄吾朗 聖獣様と泣きむし聖女 不浄の鐘と不死の悪魔 序章  そこは歴史ばかり刻まれた古びた社だった。  住人達もかつての伝承を忘れて蔑ろにしていた、老人のみがたまに参っていただけの、聖物が祀られている神聖な場所だ。  その中には今、旅装束に身を包む一組の男女がいた。  夫婦でも恋人でもない。主と従者である。主が女、従者が男だ。  女は若く美しく、男はそれより少し年下に見えた。  女はぴんと背筋を伸ばして座り、近寄りがたいほどの神聖な気品を感じる巫女姫だ。彼女のその姿を見るだけで、神に選ばれ、愛された存在であると、少し勘が鋭い者なら簡単に察することができるだろう。  二人とも綺麗な顔立ちをしているが、いかにもタウト市を統べるタウトの一族といった出で立ちで、近寄りがたい。タウトの一族はタウト港を牛耳る、下手な貴族よりもよほど裕福で強い権力を持つ一族なのだ。彼らに逆らったら、この辺りでは生きていけないとまで言われている。  そんな一族のお姫様が、この社にいるのだ。  男達が何度顔を合わせても見惚れてしまう美女だが、誰も彼女に異性として声をかけることはない。それが無謀だと、誰もが理解しているのだ。それほど彼女はそこに座っているだけで遠い存在だと思い知らされる雰囲気があった。 「まったく、あのダメ執事はいつ迎えに来るのかしら。ほんと、あたしの逃亡経路を予想して、使いを寄越すぐらいできないのかしら」  姫君は傍らに控える従者に向かい、紅い唇をわずかに開き、ぼそぼそと独り言のように呟いた。だから男達には聞こえない。 「無茶なことをおっしゃらないでください。見つからないように工作して隠れていたのはご自分ですよ。悪戯が過ぎるから、こんなことになるんです」  従者はすまし顔のまま答え、姫君は形の良い眉をつり上げた。 「それを見つけるのがあの男の役目でしょう。それにそろそろ解決しているはずよ。それを見越してここに来たというのに、なんなのこの状況は。まったくついてないわ。タウトといい、本当にどうしてしまったのかしら」  生まれながらの姫君は実に我が儘であった。いつも自分が中心に置かれ、ちやほやされて、守られていたのが分かる。それでも不思議でないぐらい、彼女は綺麗だ。 「ああ、まったく、本当にみんなあたしの評価に値する動きをしてくれなくて嫌になるわ」 「お嬢様のは評価ではなくて、希望ですからね。自分が何もしなくていいための」 「黙りなさい」  従者はくすくすと笑い、姫君は強がって彼を睨み付けた。 「あのぉ」  そんな二人に、社の入り口から中を覗き込む村長が声をかけた。 「何ですか?」  従者がゆっくりと立ち上がり、首を傾げて入り口にいる村人達を見回した。 「あの、また外から人が」 「また新しい犠牲者か……」  彼はため息をついた。 「タウトの者でないなら、前の時のように説明して、何か状況の変化があれば知らせてください。もしも人間でないなら、俺が動きますので笛を鳴らしてください。お嬢様が村を守るための結界を張っていますので、そのようなことはないでしょうが」 「はい。そのようにいたします。タウトの方には感謝してもしたりません。ありがとうございます」  迷信深い年老いた村長は、心からの崇敬を示して深々と頭を下げた。  若者達は若くしてタウトの姫に仕えて堂々としている少年に、憧れと嫉妬の交じった視線を向けた。  タウトは悪魔を祓い、人の住める地でなかったこの辺り一帯を浄化し、人の世を維持している。だからタウトは尊ばれ、そして裕福だ。  そして彼女は特別な、神に選ばれたタウトのお姫様。  羨望に嫉妬が交じるのは、仕方がない。 1章 聖女の日常  タウト本家の中庭で少女達が舞っていた。  少女達は手首を捻って手にした鈴を鳴らす。清らかな音色は潮の香りの交じる冷たい風に乗って、聖なる丘に響き渡る。  この音の意味を理解できない者は今のタウトにはいない。誰もが浄化の舞手が鳴らす清め鈴の音だと知っている。  ユイはこの清めの舞を親類の少女達に教えている。魔獣にタウトが穢され、瘴気を祓うのに苦労したのはつい先日のことで、タウトは新しい浄化の方法を増やす必要があるのだ。  瘴気とはほとんどの場合は肌で感じることしかできない、障りのある毒のような穢れだ。瘴気の中で長く生活すると、徐々に人が変わってしまう。乱暴になり、罪を犯すのをためらわなくなる。それによって瘴気はさらに濃くなり、悪魔が住み心地のよい場所ができあがる。そんな瘴気が、目をこらさなくても揺らぎとしてはっきり見えるほど溢れていたのだ。  だからタウトの一族であり、聖獣の花嫁として嫁ぎ、聖女として労働にいそしんでいたユイが、遠く離れたソルス教会の本部から呼び戻された。  ユイは手本として一緒に踊りながら、自分自身の踊りを見直す。 「足捌きは大切よ。歩法によって結界を作ることだってできるぐらいなの。足の下にいる悪魔達を踏み固めるつもりで、タウトの威光を知らしめるつもりで、一歩一歩を大切にして」  聖女の地位に就き悪魔と隣り合わせの場所にいる、自分自身に言い聞かせる言葉でもある。 「悪魔が怖いと思うのは仕方がないわ。でも怖いだけではいけないの。人の住む場所に出てくるな、どこかに行ってしまえという強い拒絶は、魔を除ける力になるのよ」 「はいっ!」  年下の少女達は元気に返事をして、手にした清め鈴を鳴らす。手足に身につけた鈴が連なる細身の鎖は、それを引き立てるように軽やかに愛らしく、しゃらしゃらと音が鳴る。 「みんな、とっても上達したわね」  ユイが褒めると、少女達は目を輝かせた。 「本当ですか、ユイお姉様」  お姉様と呼ばれて、少しおもはゆい。 「ええ。浄化の基礎はできているから、言われた通りに力を込められているわ。これなら今でも十分浄化の技として通用するわ。後は繰り返し練習して、美しく舞い、美しい調子で鈴を鳴らせば力はより強まるわよ」  ユイは幾重にも身体に身につけた鎖に連なった鈴を鳴らす。彼女達が手足に身につけているのは、これを短くして腕輪のようにしたものだ。 「それがとっても難しそうだわ」 「ユイお姉様ぐらい鈴を身につけて、綺麗な音色を鳴らすにはどれほどかかることやら……」 「こればかりは練習あるのみね。私がいられる間はみてあげるから」  できればすぐにでも本拠地である大聖堂に帰りたいが、今は帰れない理由がある。  ユイは振り返り、見学している夫を見た。 「女の子が頑張って練習する姿はやっぱり可愛いな」 「まったく。本当に可愛い」  夫のラズスは、聖獣仲間のシェリオと並んで、少女達を可愛い可愛いと褒めていた。  白い男達だ。髪も肌も白く、目だけが金色。作り物のように整った顔は、揃って感情が分かりにくい表情をしている。二人はまるで兄弟のように雰囲気が似ているが、聖獣という種族以外に共通点のない赤の他人である。そして人間の異性を好むのは、聖獣の本能らしい。  そんな二人の後ろには、黒い装束を身につけた女達が、穏やかに微笑んでいる。この黒の祭服はソルス教会の聖職者達の中でも特別な、闇祓いと呼ばれる悪魔などの闇の存在を狩る者だけが身につけることを許されている。闇祓いの頂点である聖女の役職を持つユイが白い服なのは聖獣の花嫁だからであり、本来なら同じ黒い服を身につけていただろう。 「ユイが小さな頃を思い出すな。踊りを教えてもらったら、勝手に自分流にしてしまったんだよな」  ラズスは懐かしむように言う。彼はユイが子供の頃から今の透明感のある青年の姿を維持している。シェリオも出会った頃からずっと少年の姿だ。聖獣には、寿命がないのだ。 「ほんと、あんなのんびりした感じなのに、新しい浄化の流派を作りつつあるもんな」 「え、流派?」  ユイは驚いて発言者のシェリオを見た。  縁側に座っていたラズスは立ち上がり、ゆったりと歩いてきた。 「他の舞い手達が真似ているからね」 「まあ、さすがユイお姉様だわ」  彼女達はきらきらと目を輝かせた。タウトの人間は、能力の高い人間を尊敬する傾向があるのだが、彼女達もそこは実にタウトらしい。 「で、君達は正式なユイ・タウト流の初めての門下だ」  ラズスは少女達の頭を撫でた。 「あの素晴らしい舞を教えていただけて、とても光栄です。祭りの日に踊っていたお姉様を思い出すだけで鳥肌が立ちます」 「いつもどっしり構えていらっしゃるケイお姉様が、浄化に関してはユイお姉様に敵う者はいないとおっしゃっていたけど、本当にその通りだったわ」  ユイは幼い頃に別れた従姉が、そんなことを言っていたとは思いもしなかった。 「でも、ケイお姉様はどちらに行かれたのかしら?」  ユイは触れられたくないその話題に、一瞬ぎくりと肩が震えた。 「な、何かお考えがあってのことだと思うけど。タウトは私がどうにかすると、確信されていたようだし」  ユイは真実を知っているが、適当に誤魔化した。 「タウト以外にも危険があると察知されたのかしら?」 「ケイお姉様は、よく問題のある場所を知っていらっしゃるものね」  彼女達の純粋な発想に、ユイは安堵した。  ラズスはくすりと笑い、手ぬぐいでユイの額を拭いた。 「さて、今日はこのぐらいにしておこう」 「なぜ? まだ時間には早いわよ?」  ユイはタウトから離れるためにも、教え子達に基礎を叩き込む必要がある。二度と力を貸さなくてもいいように。 「お待ちかねのお客さんが来たみたいだから」  ラズスの視線を追うと、四人の男がこちらに向かっているのが見えた。先頭にいるのは執事のネビだ。もう一人は陰気な雰囲気の黒い祭服を着た男、ユイの同僚の闇祓いのサディアス。そして背の高いタウト風の黒髪と細面の青年、タウト伯の長男であり、ユイにとって腹違いの兄であるシュロ・タウト。最後の一人は、見たことのない少年だった。  ユイよりも少し年下だろう。華奢を越えて痩せすぎという印象で、艶やかな黒髪は肩で切りそろえられており、涼しげな切れ長の目元には妙な艶がある。将来は多くの女性を虜にするのが予想できた。  少年はユイと目が合うと、慌てたように頭を下げた。  すると、彼の動きに合わせて、清らかな風が起こった。 「きゃあ、あの方、とても素敵だわ!」 「やだ、格好いい!」  教え子達が、少年を見て騒いだ。予想が一瞬で的中してしまったようだ。 「そうね。パミラよりも力が強いわ。清らかな空気の動きが風のように感じる」  ここにはいないパミラという少女のことを思い出すと、胸が痛む。 「ごきげんよう、シュロお兄様」 「だから、そのお兄様はやめろ」  シュロは顔を顰めてユイを睨み付けた。彼はユイと実の兄妹だとあまり人に知られたくないらしい。だがつんけんしていても優しくて大好きな兄だ。 「ユイ、パミラの弟のアルクを連れてきた」  シュロに紹介されると、アルクはもう一度頭を下げた。 「は、はじめましてっ。パミラの弟の、アルクと申し……こほっ、ます。よろしくこほこほこほっ」  彼は勢い余って咳き込んだ。よく見たらアルクの顔色がとても悪い。彼の背を、側にいたネビが優しく撫でた。 「挨拶はいいから、落ち着いて。疲れたでしょうから、そこの部屋でやすみましょうか」  ユイが提案すると、彼は首を横に振った。 「大丈夫です。ユイ様の舞があんまり綺麗で、タウトも珍しいものばかりだから、少し浮かれていました」  彼は大きく息を吸い、呼吸を整える。 「無理はだめよ。身体が弱いのでしょう?」 「だ、大丈夫です。薬もありますし、発作を起こす原因から逃れる方法は、身に付いていますから」 「発作の原因から逃れる?」  あまり聞かない言い方に、引っかかりを覚えた。 「はい。たまに失敗するので両親は信じてくれず監禁されていましたが」  監禁という言葉で、彼の姉が哀れに思えた。彼女は病弱な弟のために仕送りをしていた。その弟は家を出たがったが、出してもらえなかったようだ。それがどんな理由からだったのかを考えるのは、邪推だろう。母親もついてこようとしたらしく、シュロの名での誘いでなければ説得は難しかったらしい。それは間違いなくアルクに向けられた母親の愛情だ。 「アルク殿はどうやらタウト伯に近い体質のようです」  サディアスがアルクの言葉を補足するように言った。 「イハヤお父……おじさまの体質って瘴気を取り込み浄化する力?」  ユイの実の父であるタウト伯イハヤはとても珍しい体質をしている。その力のせいで、タウトに瘴気が溢れた時イハヤは体内で浄化できる限界を超えてしまい、元々持っていた病状を悪化させて寝込んでいる。何の知識もなくあの力があれば身体が病むのも当然だった。 「瘴気を取り込んで身体が弱って発作が起こりやすくなっていたようです。自分の身体を弱らせる物を自分が呼び寄せていると気づいた彼は、力をある程度制御できるようになったそうです。今は浮かれて調子が狂っているようですがね」  それはすごいと、皆感心する。 「アルクはそんなに浮かれていたの?」 「初めて生まれ故郷を離れて、大都会に来たんです。海を知らぬ者には潮の香りすら珍しいのですよ。産まれた時から都会で贅沢な暮らしをしていたユイ殿は、教会の慎ましやかな暮らしに驚いたのではないですか?」  サディアスはそんなことも分からないのかとばかりに嫌みを言う。実際に新しい生活には驚き、その変化を楽しんだから反論できない。 「申し訳ありません。罪を犯した姉の代わりに雇ってもらうために来たのに……」  アルクは冷や水をかけられたような顔をして、少し辛そうに言った。  ユイはシュロとサディアスを見た。サディアスはただ友人であるシュロの所に遊びに行っていただけで、実はまったくタウトとは無関係なのだが、彼は必要と思えば容赦なく事実を叩きつけてしまう。傷つくような言い方をしたのかもしれない。 「アルクにはまだ少ししか話していないぞ」 「少しは話したのよね? どこまで話したの?」  タウトが瘴気に包まれた件は、いくつかの原因があり、そのほとんどにケイかパミラが絡んでくる。もし事実を淡々と話したのならば、アルクが姉をそのように言うのも無理はない。 「パミラのことと、あの大馬鹿女についてだ」  大馬鹿女とは次期タウト島当主のケイのことだと、言われなくても分かった。隠すから問題が起こった出来事だった。だから隠さなければいいと考えたようだ。 「ねえ、君達」  ラズスが舞い手の少女達に声をかけた。 「聞いての通り、彼は海を見たことがないらしいから、落ち着いたら時間のある時にでも港とか砂浜とかを案内してあげてくれないか」  ラズスが問いかけると、彼女達は顔を真っ赤にして頷いた。 「よ、よろこんで!」 「ご案内します!」  それを見ていた闇祓いの女達は、ころころと笑った。彼女達は少女の微笑ましい姿を見るのが好きらしい。 「そうだな。タウトを知ってもらうためにも観光は必要だな。パミラは灯台が好きだったぞ」  落ち込むアルクを慰めるようにシュロが言うが、その発言でネビの表情がわずかに引きつった気がした。 「よ、よいのでしょうか?」 「いいに決まっているわ。自分が住む場所を知らないのは問題よ。昼なら女の子が出歩けるぐらい治安もいいから。他に年が近い子もいないし、あの子達が案内で問題ないかしら?」 「ふ、不満などあるはずがありません」  彼はふるふると首を横に振った。 「じゃあ、決まりね。あなた達、風邪を引かないよう先に湯を浴びておいで」 「はい、ユイお姉様」  彼女達は素直に一礼して去ってくれた。  これで話しにくいことも話せる。 「ここでは寒いでしょうから、部屋に入りましょう」  ユイは練習をしていた中庭に面した部屋に皆を案内した。いつもユイが練習の休憩などに使っている部屋だ。  ネビがすでに手配していたらしく、すぐさま温かい飲み物が出てきた。 「これは生姜湯ね。嫌いでなければ、暖まるからどうぞ」  アルクは恐縮して湯飲みを受け取る。  彼は赤面してユイを見ては俯く。病弱だから、赤の他人に囲まれたことがないのだろう。緊張するのも仕方がない。  しかしすぐに関心は別の物に移り、部屋の調度品を珍しげに眺めては感心する。まじめだが、今まで押さえ込んでいた好奇心が爆発しているのが分かる。だから皆の視線を感じると、自分を責めるように落ち込んでしまった。 「気にしないで見てもいいわよ。タウトは珍しい物が多いでしょう?」 「あ、はい。タウト風の物は僕の町にもありましたけど、ここまで揃っているのは初めて見ました」  そしてまたこほりと咳き込む。深呼吸したら、すぐに収まった。彼なりのいい呼吸法があるようだ。 「ねぇ、アルクは死霊の類いは平気?」 「はい、平気です。姉のようにいるだけで死霊を遠ざけるようなことは無理ですが、意識すれば追い払えます。ああいうのをそのままにしておくと、発作が起きやすいもやもやしたものが出るので」  ユイは驚いた。同時にタウトにとっていい人材になると確信した。 「それは瘴気ね。屋敷に出るのはそういう害がある子達ではないけど……」  ユイはたまに見える巨大な目玉とか、突き出ている手とか、隙間にいる女とか、見た目がおぞましい死霊達を思い出しそうになり、笑顔の下で必死に忘れようと楽しいことを考えた。 「そのもやもやが原因であなたのお姉さんは療養中なの」 「姉は大変なことをしでかしたので、自業自得でしょう」  彼は辛そうに言う。 「そんなことはないわ。このタウトはそういうことが起こる場所で、タウトを名乗る一族はそれを押さえ込まなければならなかったの。この辺りがかつては闇の地であったことは知っているわね?」 「は、はい」  彼は戸惑いながら頷いた。彼の住んでいる小さくはない街も、かつては瘴気に満ち悪魔が住まう闇の地だった。それを皆は知っている。しかしその悪魔がどうなったのか知る者はほとんどいない。  ずいぶんと昔、タウト島は存在しなかった。そこに天使がタウトの一族を引き連れて来て、呪われた大地に接する海に悪魔を封じる聖なる丘を創り出し、強大な力を持つ悪魔群を封印した。そしてタウトの一族に聖なる丘を守り、まだ浄化されきっていない大地を清めて人の住める場所にするようにと使命を与えられた。  闇の者達はその封印を解くことを虎視眈々と狙っており、タウトの当主が亡くなった隙をついて悪魔の中でも魔獣と呼ばれる存在が人間をそそのかしてタウトを瘴気で包んだのだ。 「つまり悪魔は封じただけで、足下にいるの。そんなことを知られれば皆はおびえて瘴気が出やすくなってしまうから、内緒にしていてね。そうしないと、あなたの生まれ故郷まで闇に飲まれてしまうから」  ユイは唇の前に指を立てると、彼はごくりとつばを飲んだ。 「あなたのお姉さんも心が弱っていた所に瘴気があったから、つけいられたのよ」  説明するのが難しいのがこの辺りだ。雇い主に不信感を抱かせてしまわないように、しかし注意深くなってもらうためにはどう話すべきか考えた。 「ケイ様が……怖がりというのは本当なのですか?」  アルクに問われて、ユイはシュロを見た。 「そこが一番の問題だと思って話した」  ケイも初恋相手に暴露されたのなら、文句も言えないだろう。 「知られたくなかったことでしょうけど、隠していたからこうなったのだものね」  ケイは怖がりで、平気なふりをして、死霊や悪魔をとても恐れていた。だが他人に、その中でも自分をすごい人だと思って慕ってくれているパミラにだけは、それを知られたくなくて、可愛がっていた自分の専属のように扱っていたパミラを置いて出て行ったのだ。  パミラの心の闇は、それがきっかけだった。ケイに捨てられたような気持ちになって、代わりにユイが来た。その上、パミラとケイが慕っているシュロがユイに優しかったから、という理由も加わるが、それは説明していないだろうし、しなくてもいいことだ。 「ケイも私が来ると確信していたのでしょうね。だからパミラを置いていったの。彼女が可愛いからこそ知られたくなくて、可愛い彼女が養生しなくてはいけないことになってしまったから、きっと強がっても責任を感じるわ。感じてもらわないと困るんだけど」  責任はたっぷり感じて、二度と無責任なことができなくなるようになってもらわねば困る。そしてユイが呼ばれなくてもいいように。  ユイはタウトに出る死霊達が怖くてラズスの嫁になったのだ。ラズスには怖い場所を連れ回されがちだが、それでもタウトよりはマシなのだ。タウトの死霊は無害な奴ほど、ユイにとっては恐ろしい。  などという思いは笑顔の下に押し込める。 「アルクにはね、ケイお姉様のお守りになってあげてほしいの」 「お守り?」 「パミラがそうだったのよ。彼女、死霊が逃げていくでしょう? 怖がりには身近にいたらとても心強い存在だわ。きっと太陽のような存在だったでしょうね」 「姉が、ケイ様のことをそのように手紙に書いていました」  彼女は本当にケイが好きだったのだ。弟に自慢するほどに。 「お互いにそう思っていたのね。すれ違いは本当に恐ろしいわ」  隠しても隠さなくても、何かしら誤解は生まれ、それを利用される。 「だから、あなたはお姉さんを悪く言う必要はないわ。もしも心ない者が何か言ったとしても、タウトを元に戻した私は彼女を許しているの。次期当主であるケイも許すと言うでしょうね。だから悪く言う必要はないの。そうでないと、ケイの立つ瀬がないしね」  許しを与えるのが聖職者だ。そして身内の罪を被るのがタウト当主で、その程度の度量は必要だ。  しかしアルクの緊張はまだ解けない。初対面の相手だからだろう。目が合うとすぐに逸らされてしまう。 「そう肩肘を張る必要はないわよ。アルクを招いたのは能力の高い者が不足しているのもあるけど、パミラが安心して治療に専念できるようにと思ってのことだもの。治療費とかはかからないから、そのことも安心してね」 「あ、はい」  彼は顔を赤らめてユイを見た。よほど緊張しているのか、目が潤んでいる。心なしか息も荒い。その様子がたまに見せるネビの様子と似ている気がした。  ふいにユイの視界が真っ暗になった。 「これだから勘のいい男は嫌なんだ」  ユイの背後から、ラズスが抱きついて片手で目を覆ってしまったのだ。  ひんやりした手はいまだにほてっているユイには気持ちがいい。自分の部屋ならいくらでもやっていいが、ここはたくさん人がいるのだ。 「ラズス、前が見えないからやめて」  ユイはラズスに抗議して、ぺちぺちとその腕を叩いた。すると空いていた反対側の腕がユイの腰に回され、完全に拘束されてしまった。 「この男はとても力が強いよ。その中でも目がいい男は、ユイの輝きまで見るから嫌なんだ」 「んもう、なによそれ」 「つまり力の強い男がユイを見ると美化されて見えるんだよ。ネビとかその典型的な例だね。視線を受けるとユイが視線を返すから見せたくないんだ。他の男なんて見てほしくない」  日頃からネビが過剰にユイを褒め称えるのだが、そういう理由があったのは知らなかった。 「って、少し納得しかけたけど、素の私が可愛くないみたいな言い方はひどくない?」 「ユイのすべては可愛いけど、それは僕だけが知っていればいいんだ。できれば覆面を被って生活してほしいのを我慢しているんだから、えらいでしょう?」  ラズスはユイの後頭部に唇を落とす。彼はたまに人前でこうして過剰に接触する。聖獣