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作者:汐邑雛,武村ゆみこ
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-12-21(Enterbrain)
价格:¥640 原版
文库:Bs-Log文库

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なんちゃってシンデレラ 王宮陰謀編 旦那様の専属お菓子係、はじめました。 なんちゃってシンデレラ 王宮陰謀編 旦那様の専属お菓子係パテイシエール、はじめました。 汐邑雛 電子版 ビーズログ文庫 本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載したりすることを禁止します。また、 本作品の内容は、底本発行時の取材・執筆内容に基づきます。  目次 第五章 宮廷事情と初めてのデート 幕 間 師団長と副官 第六章 羞恥心と後悔と 第七章 後宮でのお茶会 第八章 密やかな予感と自覚 幕 間 王太子と乳兄弟 第九章 王太子殿下の乳兄弟 あとがき プロフィール  眠りから醒めて目を開くとき、いつも少しだけ怖い。  目覚めたこの場所がどこなのかがすぐには判別がつかなくて、己が、和泉麻耶なのか、アルティリエ王太子妃なのか区別できないから。  厚い帳に閉ざされた広い寝台の中、小さく震える身体をぎゅっと縮こまらせて、手のひらに爪が刺さりそうなほど強く手を握り締めた。小さな拳はこの身がまだ十二歳の少女であることを示している。  世界有数の大国たるダーディニア、麗しの王都アル・グレア、古の叡智を秘めた白月宮、王太子の居宮たる西宮────ふわりと浮かび、脳裏に書き込まれて消えゆく単語。  大きく息を吸いこんで、まるで深呼吸するように静かに吐く。 (……ああ……ここは、ダーディニアだ)  そして、私は『私』であることを知覚する。  交通事故をきっかけに、この身は、和泉麻耶という三十三歳のパティシエから、わずか十二歳のダーディニア王太子妃アルティリエになった────今の私は、麻耶の記憶とアルティリエの知識を持ち、この胸の奥には二人の感情を合わせて抱いている。  どちらも私で、どちらか一方ではない。 (不思議な感じ……)  混乱していた最初の頃に比べると、今の違和感はごくわずかだ。  実家であるエルゼヴェルトのお城で殺されかけて、私の意識が目覚めたばかりの頃は、眠るたびにあちらの世界に戻っていることを願っていたはずなのに、王宮に戻ってきた今では、目覚めるたびに自分がアルティリエであることを確認してほっとしている。 (……私は、今の私でいたいのかもしれない)  なぜか、と考えて、思い浮かぶのは無表情でうなづく王太子殿下の顔。  政務をあまり好まない国王陛下に代わり、この国の政治の実権を握っていると言われている王太子殿下は、十五歳年上の私の夫だ。  優しくて慈悲深いという噂だったのに、私の前では少し意地悪だったり、ぶっきらぼうだったりする。でも、作り笑いを見せられるよりもずっといいし、飾り気のない言葉の中には私を案ずる心情が見え隠れしていて、私はもっと殿下のことを知りたいと思っている。  完全な政略結婚だし、私の幼さと年齢差もあっていろいろ問題が多いけれど、あちらでパティシエ兼料理人だった知識を生かした餌付け作戦をひそかに遂行中。少しずつ歩み寄っている手ごたえはある。 (今朝のお茶の軽食は何にしよう? この間、殿下が無言でおかわりしていた照り焼きチキンのサンドイッチにしようか……ああ、でもとろっとろのチーズと分厚いベーコンのホットサンドもいい)  ゆっくりと豪奢な寝台に身をおこしながら、朝のお茶の軽食メニューを考える。  王都に帰還して一月あまり……この西宮では、殿下の予定が許す限り、二人で朝のお茶を共にするという習慣ができつつある。  実際にはほとんど朝食なのにあえて朝のお茶と言い続けるのは、私が作っているのが食事ではなくお菓子……あるいはその延長の軽食ですよ、という建前のため。  ほぼ毎朝、私が食事を作っているということになると、殿下の宮の専属料理人達がその怠慢を咎められかねない。それは私の本意とするところではないし、別に料理人を首にしたいわけではないのだ。 (単に私が自分の好きなものを食べたいのと、殿下の胃袋をがっちり握るつもりでいるだけで)  現在のところ、私はまだ幼いからとほとんどの公務を免じられている。  なので、『食べる』ということにあまり重きをおかない殿下にどう食べさせるかを考えるのが、今の私の一番の仕事だった。 「おはようございます。妃殿下」 「おはよう」  身支度を整える部屋には大きな姿見がある。寝起きの姿に小さく笑った。己の顔なのでもう見慣れたが、アルティリエは寝ぼけ顔ですら整っていて可愛らしいのだ。  顔を洗うお湯や歯磨き道具を持って侍女達が入ってくる。侍女達のまとめ役のリリアは毎度のことで、今日の朝の当番はアリスとジュリアだ。  人手を使って身支度を整えることにも抵抗感を覚えなくなってきた。  今日のドレスの色は濃紺。手触りのよい天鵞絨ビロードはやわらかな光沢を帯びていて、遠目では無地にしか見えないのに動くたびに光の加減で花柄が浮かび上がる。形はシンプルなAライン。ふわふわのレースを三枚重ねたパニエでスカートをふくらませている。アクセントになっているのは真っ白なレースの大きな襟と袖口で、華やかさの中に清楚さを感じさせる。  アリスの手を借りて着替えながら、リリアの報告を受ける。 「妃殿下、まずは王妃殿下より、お茶会のお招きがございました」  正式に任命されてはいないが、いずれ私の女官長になると周囲に認識されているリリアは、秘書的な仕事も担っている。 「正式な招待状になります」  差し出された銀のトレイの上には、ごく淡い水色の紙に双頭の竜がエンボス加工されたカードが置かれている。  そこには日付と時間と場所が記されており、おそらく王妃殿下の直筆だろう。私とお茶をすることを楽しみにしているという一文が付け加えられていた。 「…………困る。マナーとか覚えてないのに」  ジュリアにこちらへ、と誘導されて椅子に掛ける。リボンカールしてあった髪をほどき、二つに分けて結ってもらった。飾り用のリボンは光沢のある白いサテン地で、よく見ると銀糸で雪の結晶が刺繡されている。 「毎朝、王太子殿下とお茶をご一緒している方が何をおっしゃってるんですか。問題があればとっくに殿下が注意してらっしゃいますよ。王太子殿下はそういうところ、かなり厳しい方ですから」 「男である殿下よりも、女の人のほうがいろいろ細かいと思うの」  女の敵は女なんだよ、リリア。しかも、王妃殿下は私にとっては姑にあたるのだ。古今東西、嫁姑というのは何もなくてもいろいろと難しいものなんだから。 「お断りすることはできません。王妃殿下のお招きというのは、いわば御命令ですから」 「……ですよね」  わかってはいるの。でも、すごく気が重い。私は何となく王妃殿下が苦手なのだ。  どうぞ、と最後にドレスと共布の天鵞絨ビロードの靴をすすめられ、そのまま足をいれて立ち上がる。絹の靴下の滑らかな感触が心地よい。  姿見に映った自分の姿に一瞬見惚れ、ナルシストではないんだからね! と心の中で言い訳をしながら、くるりと回って全身をチェックした。 (うわ~、まるでお人形さんだ)  今日のコーディネートは、アルティリエにとてもよく似合っている。まるで動くお姫様人形だ。『人形姫』という陰で囁かれるあだ名は、無表情で無口な人形というマイナスの意味だけでなく、まるで人形のように可愛らしいというプラスの意味も含まれているのかもしれない、と最近思うようになった。 「お気を落とされているところに追い討ちをかけるようですが、残念なお知らせと喜ばしいお知らせが一つずつございます。どちらからお聞きになりますか?」  にこっとリリアが笑った。私はため息を一つついて先を促す。 「……じゃあ、残念なほうから」  喜ばしい知らせということは良い知らせということだから、そちらを後にする。たぶんこれは、好きなものを最後に食べる心理と同じ。 「本日の朝のお茶を共にすることができない旨、王太子殿下からご伝言がありました」 「………………そう」  急なお仕事が入ったのだろう。王太子殿下はこの国で一番忙しい方なのだから仕方がない。がっかりする気持ちをぐっとこらえた。朝のお茶を殿下と過ごすことが習慣づいてきたところだったから、何だかいっそう残念感が強い。 「それで? 良いほうの知らせは?」 「王太子殿下が、ぜひ夕食を共に、とのことです」 「え?」 「たまには忙しない朝のお茶ではなく、共にゆっくりと食事をとるのも良いだろう、とおっしゃっておられました」 「……そう。わかりました」  朝がだめだから夜、というだけの代替案かもしれないけれど、単純に嬉しい。夕食を共にするというのは、より親密な感じがする。 「よろしゅうございました」  リリアがにっこりと微笑むと、ジュリアとアリスが夕食のドレスの色は明るめがいいだの、この間作られたものはどうか、などと楽しげに話し始める。ここにはいないミレディを巻き込むことも決定し、靴まで含めたトータルコーディネートの検討をはじめている。 「別に、このままで良いのに」 「いいえ、妃殿下。確かに、ご夫君との夕食は私的なものですから、礼儀上は着替えが必要というわけではありません。……ですが、王太子殿下からのお誘い! それも、初めてご一緒に夕食をとられるのですよ!」  ずいっとジュリアが身を乗り出す。 「え、ええ」 「ここは、完璧な演出で殿下にアピールする絶好の機会です!」 「何のアピールをするの?」  この異様な力の入りように、思わずリリアを振り返った。 「妃殿下がいつまでも子供ではないというアピールですわ」  リリアがくすっと笑う。 (いや、十二歳は子供だからね!) 「……あんまり背伸びしてもどうかと思うから、やり過ぎない程度にお願い」 「はい」 「もちろんです」  でも、このお誘いって、餌付け作戦が順調に効果を発揮しているからだと思う。夕食は私が料理するわけではないから、他の料理人が作るものを食べられるのも楽しみ。 「……殿下と一緒なら、おいしいごはんがいただけるかしら?」 「さすがに王太子殿下にまずいものは食べさせないと思いますよ」 「そうよね」  嬉しいな! 何が食べられるかな。夕食は煮込み料理が基本だから、食べられないほどまずいものってあんまりないはずだ。 「それにね、一緒にお食事すれば、殿下のお好みがもっとわかると思うの」 「情報収集ですか?」 「そうよ。朝のお茶でだいぶいろいろなお話をさせていただいているけど、味の細かな好みってなかなかわかりにくいの。……殿下は、『おいしい』としかおっしゃらないから」 「それで充分なのでは?」 「胃袋をがっつり摑むには、それくらいじゃ足りないわ」 「がっつり……ですか?」 「そうよ。がっつり! それで、第一段階はクリアしているから、第二段階に進みたいの!」 「第二段階、ですか?」 「そう。もっと私の作るものが食べたいって思ってもらうの……朝のお茶だけではなく、昼食や夕食もね」 「最終的に何を目指しているのか、聞きたいような聞きたくないような……まあ、この話はここまでにして、王妃殿下のお茶会の件ですが」 「……はい」  おとなしくうなづく。餌付け作戦の最終的な目標はちょっと人聞き悪いのであまり口にはできない。そもそも、餌付けとか胃袋がっつり摑むとか言ってる時点でだいぶ人聞き悪いような気がしなくもないけど……。 「明後日の午後になります。お衣装は先日仕立てあがったものがありますから」 「……袖とか、レースばっさばさじゃないわよね?」 「大丈夫です。間違ってもレースの袖をお茶に突っ込んだりしないようなデザインになっております」 「ありがとう」  お茶にレースの袖を突っ込むなんてありえない、なんて笑わないでね。これ、笑い事じゃないから。  いま、ダーディニアの宮廷では、レースが流行っているの。男の人もわざわざレースたっぷりの付け袖するくらい。王太子殿下はあまりお好みではないようで控えめだけど。 「……ねえ、まさか、王妃殿下と二人きりではないわよね?」 「違います。私的なお茶会ということですが、後宮の女性方全員をお招きです」 「良かった」  それだけでもちょっとは気が楽になる。他の人がいればそれとなく盾にできるから。 「王妃殿下が苦手でいらっしゃいますか?」 「……………うん。実は」  いや、王太子殿下も最初は怖かった。絶対に苦手なタイプだと思った。  でも、今はぜんぜん大丈夫。最初に苦手だと思ったり、怖いと思ったことが不思議なくらい普通に過ごせている。  あ、ダメ……とか、苦手……って思ってしまうのって、どうにもならない。理性でそう思うわけじゃなくて、もっと本能的な部分で判断するから。 (ファースト・インプレッションってすごーく大事!)  昔、麻耶が受けたビジネスマナー研修では、最初の六秒で印象が決まると教わった。最初の印象を覆すことは可能だけど、接客するお客様一人一人とそんなに長く接していられるわけではないから、その最初の六秒でいかに好印象を与えるかが大事なのだと。  王妃殿下を最初の印象で苦手って思ってしまって、今もそれが続いている。 「妃殿下は、王太子妃宮にお戻りになるまで王妃殿下の元で育てられていたそうですが……。そのお顔ですと、覚えてらっしゃいませんね?」 「まったく。……えっ。それなら、この宮は、私が来るまで無人だったの?」 「はい。建設されてから一年とちょっと……妃殿下が四歳の時に、厨房を潰すことになった毒物事件があって後宮の王妃様の元に引き取られたので、その時から先頃お戻りになるまで、王太子殿下が管理だけなさっておられました」 「…………ごめん、欠片も覚えてない」  第一王妃ユーリア殿下……王太子殿下のご生母。私にとっては姑であり、養母であるという方なのだけれど、まったく甦ってくる記憶がない。  ここまで綺麗さっぱり覚えてないのは珍しい。だいたい、おぼろげに何か覚えているものなのに。 「妃殿下が王妃殿下の手を離れ、こちらにお戻りになったきっかけは、王太子殿下に公妾をというお話が出たからなんです」 「そういう話があるのが普通よね」  年齢も年齢だものね。 「ですが、王太子殿下はそれをきっぱり拒絶されまして……自分の妃がいつまでも本宮にいるからそんな話が出るのだとおっしゃって、妃殿下をこちらにお迎えになりました」 「で、一週間とたたないうちに賊に襲われて乳母が亡くなったと」  アルティリエは、殺意に満ちているこの王宮で、幼い頃からずっと生命の危険と隣りあわせに生きてきた。  最初は、身の回りのものが壊されたり、なくなったりするくらいだった。  でも、飼っていたカナリアが死に、よく宮に入りこんで懐いていた野良猫が死に、そして、使用人までもが死んだ。  何が狙いだったのかはわからない。ただ、アルティリエの周囲では死が多すぎた。  怯え、塞ぎこんでいた幼い子供の心に追いうちをかけたのは、すでに生母のない彼女の母代わりだった乳母の死だったという。 「そうです」  何故ご存知なのですか? とリリアが問うた。 「殿下がいろいろ話してくれたの。皆はそういったことを隠すだろうが、覚えていないことで私が危険に踏み込むかもしれないから、って」  あの淡々とした口調で事件の詳細を話してくれた。殿下の目線はとても客観的で、話もまとまっていてわかりやすい。ここ最近の話題は、だいたい殿下の知っている私の過去の話だ。 「…………お茶の時間にふさわしい話題じゃありませんよね」 「王太子殿下にそれを言っても無駄だと思うの」 「そうですね」  そこで納得されるのが王太子殿下の為人というものだ。 「犯人はティレーザ家に雇われた三人の男と一人の女。女は、こちらの宮を開く際に新たに雇われた侍女だったと聞いたのだけど」 「そうです。ティレーザ家というのは、当時、国王陛下の最愛の寵妃と言われていた愛妾リリアナ様のご実家でした。男達は本宮で行われていた修繕工事の職人として、女は侍女として入りこみ、女の手引きで男達はこちらの宮に侵入しました」 「それで私の乳母のマレーネ夫人は、当夜、こちらに宿泊するはずだった王妃殿下と間違われて殺された……と」 「はい。……当日、王妃殿下は夕食まではこちらにいらしたのですが、お風邪を召して、万が一にも妃殿下にうつしてはならないとおっしゃって本宮にお戻りになったのです」 「私と王妃殿下はそんなに仲が良かったの?」 「さあ……こちらには当時を知る人間がほとんどおりませんから……私がこちらに参りましたのも事件直後ですし」  そうだよね。うちの侍女達は皆若い。当時からいたとは思えない。 「私がお目にかかった時にはもう、妃殿下は周囲に関心を示しておりませんでした」  そう。その時には私は既に人形姫だったわけか……。今度、殿下に聞いてみよう。いつからお人形になってしまったのか。 「襲撃犯はどうなったの?」 「賊はすぐに取り押さえられて、裁判の後、死刑を宣告されました。……この事件の処分はかなり大きなものになりました」 「どうして?」 「妃殿下が巻き込まれたことで、国王陛下が激怒されたからです。結果、襲撃を命じたティレーザ家の当主一家は領地召し上げ。家名断絶。当主とその子息は死を賜りました。寵妃であったリリアナ様は修道院に送られ、そこから出ることを生涯禁じられ、ティレーザに連なる家は貴族院の名簿からすべて削除されました」  貴族院の名簿から削除されるということは、貴族でなくなるということだ。  張本人は自業自得だが、何処まで知っていたかわからない人々まで数多く巻き込まれたのだという。 (でも……)  私が、エルゼヴェルトのお城で私の侍女のエルルーシアを殺した犯人に対して望んでいるのも、そういうことなのだと思う。裁判によって犯人が確定したら、当人だけでは決して済まされない。それがこの国の刑罰だ。 「国王陛下は温厚でいらっしゃいますが、妃殿下に関する限りそれはあてはまりません。陛下の妃殿下に対するお心遣いは、並大抵のものではないのです」 「……ちょっと行き過ぎだよね」  私が言うのも何だけど、それだけ陛下は私の母の処遇に対する後悔の念が強いのだろう。 「そうですね。……これまでにも多々ありました妃殿下に関する事件の犯人は、捕まれば死刑で、首謀者は家名断絶の上、賜死というのがパターン化しています」  嫌なパターン化だ。 「事件後、陛下は妃殿下を後宮に戻すよう命じましたが、王太子殿下がそれを止めました。『アルティリエは、後宮の女ではなく我が妃である』とおっしゃいまして」 「王太子殿下は、後宮があまり環境がよろしくないからっておっしゃっていたわ。後宮で女達のくだらない争いに巻き込まれたり、余計なことを吹き込まれたりするのも厄介だからって」 「もうちょっと言い方というものがあると思うのですが……」  リリアがため息をつく。殿下は私と話す時、まったく言葉を飾らない。  いつも不機嫌そうに見えるし、そっけない口調に、時々怒られてるんじゃないかと錯覚することもある。  けれど、最初の時のあの空虚な作り笑いを私に向けることはもうない。  まるでお芝居をしているような甘い声音で話し掛けたりもしない。  代わりに、私を見る眼差しには小さな熱がある────柔らかで温かな、熱。  それが何なのか、まだ私は知らない。  でも、私はそれでいい────ううん、それがいい。 「それが王太子殿下だから……」 「随分と仲良くなられたようで、妃殿下の侍女としては嬉しい限りです」 「……リリア、からかわないで」 「からかってなんかいません。事実を述べたまでです」  噓ばっかり。絶対からかってる。  そんなこと言われると意識するでしょう。別にそういうのじゃないのに。 「………………殿下、これが今日のお夕食ですか?」 「ああ、そうだ」 (こう来るか!)  うん。本当にね。  王太子殿下って私の予想の遙か斜め上を四回転ジャンプしてるような人だと思う。 「君が来るから、将官用のものを用意させた」 「………………」  その気遣いの方向が何か違うと思うのは私だけでしょうか。  目の前のテーブルには、縦に少し長い金属の缶が積まれている。きっちりと油紙で包まれたブロック状のものも、たぶん中身は同じだ。  それ、見たことがあります……エルゼヴェルトのお城から帰ってくるときに。  確かにあの時、ちょっと欲しいなーって思いました……その缶でお湯も沸かせるって聞いて。 「将官用の携帯糧食は乾燥果物の種類も豊富だし、干し肉も三種類ついてくる」 「………………」  殿下の主食がこれだっていうのも知っていました。  でもね、でもね、ワクワクしてた私の気持ちを返せ。  殿下の為に用意される夕食ならおいしいに違いない! という私の期待は思いっきり裏切られた。 「アルティリエ、どうかしたか?」 「…………携帯糧食に将官用とそうじゃないものがあるのだと初めて知りました」  リリアに話したら絶対に笑われる。  一時間以上もアリス達につきあって選んだ新しいドレスに着替えてきた私のバカ。  気合をいれて何度も履き替えて靴を選んだ私のバカ。 「これでなかなか種類が豊富なのだ。軍ごとに納入業者も違うしな」 「なぜ違うんですか?」 「一業者に固定すると賄賂やら何やらがはびこるからだ。その点、競合業者があるとわかっていれば価格もやたらとあげることができないし、工夫もする。基本的に常備軍というのは金喰い虫だ。できるだけ経費は省きたい」  そうなんだ。……でも、軍隊にお金がかかるというのは本でも読んだことある。そういえば、あちらの世界でも新聞で読んだ自衛隊の巨額な年間予算に眩暈がしたことあったなぁ。どこの世界でも軍隊にお金がかかるのは同じなんだ。 「殿下、もしかして食べ比べたりなさるんですか?」 「まあ、飽きるからな」 「………………そうですよね」  毎日このシリアル入ったビスケットじゃ飽きますよね。  私は実家から戻る旅の間に何回か食べただけだけど。  ふっと殿下が目元だけをわずかに緩ませる。 (あれ? もしかして今日、機嫌が良い?)  何か良いことでもあったのかな? 殿下にとっての良いことが想像つかないけど。 (それなら、ちょっとおねだりしてみてもいいかな)  少し迷いながら提案してみる。 「……殿下、これ、外で食べませんか?」 「外?」 「せっかく携帯用で、持ち運びも楽なのですから、ピクニックをしませんか?」  せめて、夜のピクニックと洒落こみたい。 「外は寒いのではないか?」 「外套をとってきます」  外に出るチャンスは逃さない! テーブルの下でぐっと拳を握り締める。  私は、王太子妃宮の外は、中庭と殿下の宮の応接室くらいしかよく知らない。なので、殿下の宮の奥に見える塔とか、殿下の宮のお庭とかに行ってみたい。 「……外出するといろいろうるさいことになる」 「だめですか?」  外出って大げさな。奥庭にある塔の上とか、東屋とかに行ければ満足です。でも、いつも中庭に出るだけで護衛が二人もつくから……庭でも外出扱いになるのかもしれない。  王宮に帰ってきてから、私に剣を捧げてくれた専属の護衛隊に加え、更に警護に関わる人間が増えている。  リリア曰く、エルゼヴェルトのお城で事件があったことや、記憶を失くした私が以前と違うことで殿下が不安を覚えたのでしょう、ということだけど、ほとんど外に出ない人間に対して多すぎだと思う。  私をじろりと見て何か考えていた殿下は、無言で一旦席を外す。 (?????)  そして、すぐに外套を手にして戻って来た。グレーのツイードみたいな生地で、フードが付いたマントみたいな外套はなかなか可愛い。 (誰の外套なのかな?) 「私が幼児の頃に使っていたものだ。