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作者:本宮ことは
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-11-19(一迅社)
价格:¥540 原版
文库:一迅社文库Iris

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妖珠王の騎士 金剛石の都で英雄さまの相棒になりました!? 目次 序章 第一章 私、入団試験って、いつ受けた? 第二章 世の中そんなに甘くない 第三章 伝説の英雄は……あれぇ? 第四章 初陣 第五章 精鋭騎士団ののんきな日常 第六章 人影が消えた村 第七章 おとなしく守られてるのは性に合わない あとがき イラストレーション ◆ 明咲トウル 妖珠王の騎士 金剛石の都で英雄さまの相棒になりました!? 序章  まだ夜が明けたばかりだというのに、金剛石ディーアマンティスの都の朝市は活気に満ちていた。  取れたての野菜、焼きたてのパン、搾りたてのミルク、摘みたての果実がところ狭しと並べられている。あちこちで客引きの呼び込みの声が威勢よく響き、店先に並べられた鮮やかな品物に行き交う人々が楽しげな一瞥を投げる。通り全体がいつもいつも祭りのようだ。  そんな中を、ディディスは鼻歌交じりに楽しげに歩いていた。  さっきまで肩にずしりと重かった鹿肉が、思った以上に高く売れたからだ。  さすがに力と体力には自信があるという山の娘とはいえ、二歳仔の牡鹿一頭まるまる担いできたのはしんどかった。その荷が消えて身体が軽くなっただけでも気分爽快だというのに、予想していたより銀貨二枚も多くもらえたなんて!  しかも、お遣いの駄賃として、売り上げの中から銅貨一枚好きに使っていいと母から言われている。ということは、都でただいま大絶賛発売中の、『マーサおばさんのフワフワパン』が二個も買えるのだ!  パンを求める長い行列を横目で眺めては、どんな味なんだろう、と想像しつつため息をこぼしていた日々にもついにさよならだ。今日から私もあの行列の立派な一員。万歳行列! 万歳フワフワパン!  そんな浮かれた気持ちが、足取りにも表情にも出ていたのだろうか。朝市で顔なじみの人々が次々と声をかけてくれる。 「よう、ディディス。その様子だと、さぞやたんまり儲けたんだろうな?」 「当然でしょ、ウダムのおじさん。今の私は、この市場全部を買い占められるくらいの大金持ちよ」 「景気いいなあ。なら、うちの鍋一つ買ってかないか?」 「サルマのおじいちゃん、ごめんね。残念だけど、うちのお城で使う鍋はすべて黃金製だと決められておりますのよ、おほほほほ」 「ディディス、ディディス、この菜っ葉、傷物でもう売り物にはならないけど、よければちょっと持っておいき」 「わあ、いつもありがとう、ミーラおばさん。これで晩ご飯のおかずが一品増えるわ!」 「ディランは元気かね? 最近見かけんが、たまには出てきて一杯つきあえ、と伝えてくれ」 「それがねー、うちのおじいちゃん、腰の具合があんまりよくなくって。狩りだけで精一杯なの。もう少し暖かくなったら、都へ出てくることも出来ると思うんだけど――」  果物屋の主人に返事していたディディスの声が途切れる。ほとんど同時に、道の向こうで誰かが転んだ。そして悲鳴。 「泥棒! 誰かそいつを捕まえて!」  驚く通行人に体当たりしながら逃げていく男の後ろ姿が見える。その手には、悲鳴を上げて倒れたご婦人から奪ったとおぼしき鞄が。  ディディスは咄嗟に、果物屋の屋台の軒先に積んである籠の中から、丸くて硬いポームの実を素早く取り上げた。 「おじさん、これ一個もらうね!」 「お、おう」 「天下の金剛石ディーアマンティスの都の往来で、人様の大切な荷物をかっぱらおうなんて不届きな所行……」  呟きながら、手にしたポームの実を振り上げる。  腰をひねりながら、息を整えて。視線は、逃げ去る男の背中だ。  獲物の速さ、距離、逃げていく方向、ポームの実の形状、重さ――よし、いける。 「このディディスの目の前では、絶対に許しません!」  渾身の力で、男に向かってポームの実を投げた。  空を切り裂いて、赤い実が弓なりに美しい弧を描く。みるみるうちに男に迫り、計ったようにその脳天に。  直・撃。  予想もしないところからの衝撃だったからか、男の身体が崩れた。思わずがくり、と膝をついたその隙に、周囲の男たちがわあっとばかりに飛びかかる。たちまち、男は人垣に埋もれて見えなくなった。 「ふん、だ。私の前でかっぱらいを働こうなんて、百万年早いっての」  腰に手を当てて、ディディスは鼻息荒く言い放つ。 「おかげで美味しいポームの実、一個損しちゃったじゃないの」 「やったな、嬢ちゃん!」 「さすがディディス!」  辺りからやんややんやの喝采が起きる。その賛辞に、ようやくディディスははっと我に返った。 「い、いやあ、それほどでも……。あ、おじさん、ポームの実、あんなことに使っちゃってごめんね。今お代払うから」 「なに言ってるんだよ。お代なんてもらえるわけないだろうが。逆に、こっちからお礼をしなきゃならんくらいだ」 「そうだよ。ディディスには、いつもお世話になっちゃってねえ」  果物屋の横の八百屋のミーラも口を挟む。 「このまえ、『踊る子豚』亭で酔っ払いたちを叩き出したのも、鍛冶屋のミンスんとこの夫婦喧嘩の仲裁に入ったのもあんたなんだろう? いくら山の娘で、腕っ節が強いからってさあ、仮にも女の子だっていうのに。こんな揉め事にばっかり首を突っ込ませて、ほんと、すまないねえ」 「本当に面目ない。儂ら自警団も努力はしてるんだが、なにぶん、親爺ばかりでとろいもんでなあ。いざというとき、なかなか動けなくてよ」 「まったくだよ。ディディスのほうが自警団なんかより、よほど頼りになるったら」 「いえ、あの、私はおじいちゃんの狩りを手伝ってるから、街の人よりは荒事に慣れてるだけで――」 「けど、その頼りない自警団ですら、騎士団よりましだっていうんだから、まったく。騎士団のくせに、都の治安なんて二の次なんだから」  ミーラが憤慨したように頭を振ると、それをなだめるように、果物屋の主人がぽん、と肩を叩いた。 「仕方ねえって。近頃じゃ、妖魔の力が増してるっていうからな。聖騎士団も、妖魔討伐だけで精一杯なんだろ」 「だったら、とっとと騎士団の人数増やして、妖魔をやっつけちまえばいいだけの話じゃないの。まったくお上はなにをやってるんだか」 「だから、聖騎士団への入団人数をずいぶんと増やしたらしいじゃないか。入団年齢も二歳引き下げたっていうし」 「二歳引き下げ? 初耳なんだけど、それ。本当なのかい?」  あからさまに疑わしげなミーラに、ディディスは頷いてみせた。 「本当ですよ。先月から、入団資格は、十七歳の誕生日を迎えた男女、になったって」 「おやま」 「ずいぶんと詳しいな、ディディス」  そこで果物屋の主人は、はっとした顔になる。 「ひょっとして、おまえさん――」  えへへ、とディディスは頭を掻いた。 「はい、まあ、あの……そうです。来週、入団試験、受けます」 第一章 私、入団試験って、いつ受けた? 「入団試験を受けに来た者は、この列に並ぶように!」  似たような年頃の若者が多数たむろしている王宮の中庭。ディディスはほええ、と口を開けて辺りを眺めていた。  右を見ても若者。左を向いても若者。こんなに大勢、同世代の少年少女を見るのは生まれて初めてだ。さすが都。いるとこにはいるもんだ。  完全に田舎者丸出しである。いや、ほんとに田舎者だから、そう思われても別にいいけど。  思った途端、案の定、前に並んでいた青年にくすりと笑われた。  嫌な感じの笑みではない。何気なく顔を向けると視線が合う。笑った青年は、表情をさらに和らげて、微かに会釈してみせた。 「笑ってごめん。なんだか、入団試験を受けに来たというのに、すごく無邪気な様子だったから」  手入れの行き届いた淡い銀の髪、背が高く、物腰も身なりも洗練されている。これがいわゆる、良家のご子息、というやつかー、と感心したディディスはますます目を丸くした。これまた生まれて初めて出会う人種だ。 「どこの山出し娘だって? いいの。本当にそうだから」 「どこから来たの?」 「天狼山タ・デ・ルーシェル」 「天狼山!?」  青年は一瞬大声を上げかけ、すぐに周囲を憚ってか、小声に戻った。 「ほんとに? あんな険しい山に住んでるのかい?」 「狩人なの。うちの家族」 「君も?」 「私はほんの手伝い程度。もっぱらおじいちゃんが、ね」  ディディスは慌てて手を振った。  もしもディディスが狩人なんて名乗ったりしたら、間違いなく祖父に狩られる。それはもうウサギを仕留めるがごとく、鮮やかにさっくりと。 「ふうん。でもそれで納得したよ。街の女の子なんかに比べると武器や戦いに慣れてるかもしれないんだね。道理であの辺とは雰囲気がちょっと違うわけだ」  青年の視線をたどると、きゃらきゃらとかまびすしい一団の姿がある。アクセサリーとフリルとリボンでこれでもかと言わんばかりに身を飾った華やかな少女たちだ。色とりどりで華やかすぎて、普段山の緑しか見ていないディディスなどは目がちかちかするほどである。 「ふわー、綺麗な人たちー」 「そうだね。まるで舞踏会か社交界のパーティに来ているみたいだね」  その言葉で気づく。 「ひ、ひょっとして、入団試験って、服装規定があったりするの!?」  ここは聖騎士団の入団試験会場。なのに、自分以外の少女たちが皆着飾っている、ということは。 「えーあーどうしよう、私、正装なんて持ってきてないよ!? というか、うちに置いてきた一張羅だって、セリースおばさんに作ってもらった二回しか着てないやつだけど、あんなに綺麗な服じゃないし!」  贅沢は敵です。綺麗な服ではお仕事はできません。というのがディディス家の標語である。  入団試験なのだから模擬戦闘くらいはあるだろうと、動きやすさ第一、で来たのが仇となったか。狩人服の自分の姿を見下ろしながら思わず悲鳴を漏らすと、まあまあ、と青年がなだめるようにディディスの肩を叩いた。 「大丈夫大丈夫。ごめん。逆だよ。僕が言葉足らずだった」 「逆?」 「君みたいな格好のほうがここには相応しい、ってこと」 「???」 「あの子たちは自分が騎士になりたいわけじゃないんだよ。騎士に憧れて、お近づきになるために、あわよくば騎士団に潜りこもうって子たちだから」  いくら勇猛な騎士が多数そろっても、それだけでは騎士団は運営できない。食事の用意をしたり、武器や防具を整えたり、騎馬の世話をする者たちが必要なのだ。  騎士たちのもっとも傍にいる雑務係。その座を射止め、間近から気に入った騎士を品定めして捕獲、婿取り嫁入り、というのが彼女たちの野望なのだそうだ。  たとえ入団できずとも、試験の間に一人や二人、騎士を引っかけられればよし。とりあえず間近で騎士を眺められるだけでも、試験を受ける価値はあるらしく、耳を澄ますと『制服は正義!』『騎士団服は二割増し!』などという言葉が途切れ途切れに聞こえてくる。 「すごい……」 「ああ、恐ろしいよね」  ある意味彼女たちも立派な狩人だ。都は怖いところだ、とディディスががくぶるしていると。 「まあ、気持ちはわからないでもないけど。なんたって、今の聖騎士団には、『三英雄トワイエルフォ』の一人、『勇のカルディアス』が在籍してるからなあ」  青年が嘆息交じりに呟いた。 「『隻腕の英雄ワナーメドエルフォ』!? 伝説の!?」  ディディスの声が裏返る。  さすがに田舎者の彼女でも知っている。おとぎ話級の超有名人だ。 「『青珠の左目サフィールアグーシュ』の使い手!? 妖魔三百匹をたった一人で殲滅したっていう、『虚ろの食人鬼』を倒したっていう、あの!?」 「そうだよ。知らなかった?」 「まだ生きてたの!?」  目を剥いてディディスが叫ぶと、青年はあっけに取られた顔になり、ついで笑い出した。 「生きてるどころか、まだお若いよ。確かに『三英雄トワイエルフォ』の他のお二人は、ずいぶん昔に亡くなったり行方知れずになったりだけど」  ちなみに『勇のカルディアス』はまだ独り身で、それがあそこの娘さんたちに気合いを入れさせている原因の一つなのだそうだ。  なるほど。彼に会えるかもというのなら、少女たちの飾り立てようも納得出来るというものだ。ディディスでさえ心が沸き立つ。  子どもの頃から慣れ親しんだおとぎ話。妖魔が幼い兄弟に今にも襲いかからんとするまさにそのとき、一陣の風のように妖魔の前に立ちはだかり、妖刀『青珠の左目』を振るって一刀のもとに斬り伏せた彼の名こそ、嗚呼、カルディアスその人である。  一言一句諳んじて言えるほど何度も聞いた伝説だとはいえ、今でも聞くたびに血湧き肉躍る。その伝説の彼が、まだ聖騎士団にいたなんて! 「そりゃ逢いたいわ。うわー、俄然燃えてきたー」 「ふん、『勇のカルディアス』が聖騎士団にいることすら知らないド田舎者がなにを」  ディディスと青年の脇から、それまで話を聞いていたらしい別の若者が、せせら笑うような声を上げた。 「女のくせになんだ、その格好。まさか実技でも披露するつもりか? さすが田舎者だな。着飾ること一つも知らないと見える」 「その山猿なら、着飾ったって無駄だって。猿の頭にリボン結んだ風にしか見えないぜ」  同じ集団の別の若者が鼻で嗤う。さすがに見かねたか、当初からディディスと話していた青年がなにか反論しようと口を開きかける。それを、まあまあ、とディディスはなだめた。 「ありがとう。でも、放っておけばいいから。入団試験前に、つまんない諍いを起こしても仕方ないって」 「君は腹が立たないのか?」 「うーん、腹が立つというか、当たってるところもあるし」 「君はよくても、僕は許せないな」  青年は悪口を吐く一団を憤然と睨んだ。 「仮にも同席するご婦人を侮辱されているのに、黙って見ているような男だと思われるのは、僕の矜持が許さない。……まあ、今は君の顔を立てて、騒ぎは起こさないけど」  うあお、見事な騎士道精神。ディディスは心の中で拍手した。  でも、ちゃんとディディスの意見を聞くだけの寛容さと融通があるだけよかった。騎士道という響きに酔って、周りが見えていない傍迷惑なヤツもいるからなあ、とディディスはため息をつく。  たまたま列の前後に並んだだけの薄い関係の青年ではあるが、この御仁、なかなか出来る。もしも自分が騎士団の採用係だったら、絶対彼を取るのに。って、何様だ自分。 「田舎者とつるむだけあって、男の方も腰抜けだな」  それまでとは違い、ディディスだけではなく青年のことまで嘲り出した若者に、ディディスは呆れた視線を向ける。そして、ことさらのんびりと言葉を紡いだ。 「だって猿は群れるもんだし。人の言葉をしゃべる猿がつるんでなんかキーキー言ってると思えば、腹も立たないわよ。だって猿だもの。猿だからすぐに他にちょっかい出したがるのよ」  一瞬、ディディスの言葉にあっけにとられた青年の表情が、すぐに満面の笑みに変わる。 「……なるほど。金言、覚えておくよ」  対して、一団の若者たちの顔には血が昇った。 「お、おまえ、愚弄するのか!?」 「わあ、猿らしく更に真っ赤になっちゃって」 「貴様……ぬかせっ!」  最初にディディスをこき下ろした若者が一群から抜け出て、こちらに詰め寄ろうとする。と、群れの奥から声がかかった。 「止めろ」 「え? だが、ブレイ――」 「止めろと言っている」  人の姿を透かしてみると、若者たちの奥に、ひときわ背の高い、威圧感のある青年が立っていた。  古い樫の幹のような暗い色の髪。瞳は鋭く、服の上からでも腹筋が六つに割れているとわかる立派な体躯。  あれが猿山のボスか、とディディスは当たりをつけた。赤い顔でキーキー言ってる猿たちとはさすがにひと味違う。彼が敵に回ったら面倒だろうな。  しかし、ブレイと呼ばれた青年はここで揉め事を起こす気も、取り巻きたちに起こさせる気もないようだった。さすがにボスだけあって、少しは頭の出来が違うらしい。  ブレイに制止された若者が不満顔で黙り込む。すると、まるでそれを見計らっていたかのように、その場を取り仕切る騎士の一人が、羊皮紙の束を片手に、声を張り上げた。 「三十六番から七十番までの諸君、前へ。先導の騎士について、城の中へと進んでもらう」 「いよいよだ」  猿ではなく育ちのいいほうの青年が、ディディスに話しかけた。 「そういえば、まだ名乗ってなかったね。僕はイーニス・ランス・ピッツブルーム」  ランス貴人ですか。銀の髪といい、育ちがいいとは思ってたけどやはり。  しかし、本当に育ちがいいと、見かけや出自だけで差別しない心の広い人間が出来上がるんだなあ、と感心する。 「私はディディス。ディディシアン・ロウ風人・ホリードゥラス。いまさらだけど、よろしく」 「ああ。次に挨拶するときは、同輩になっているといいね」 *  ディディスたち三十五人が通されたのは、城内の石造りの小さな部屋だった。  外に面した小さな窓が一つあるきりで、じめじめして何となく薄暗い。その雰囲気を和らげようとしたのか、窓の下に大きな植木鉢が置かれていて、色とりどりの花が健気に咲いている。たいして射し込まない陽光を求めて必死に伸びようとしているようで、思わずディディスはほろり、とした。  しかし、誰かの心遣いの結果に違いないその花に目を留めていたのはディディスだけのようだった。他の青年たちはギラギラした目で油断なく辺りを見回していたし、少女たちは、扉の傍に控えている監督官らしい騎士二人に、熱い視線を送っている。  さあ、これからなにが出てくるのか。なにをやらされるのか。そんな緊張が、辺りの空気に溶けてピリピリする。いけないいけない、とディディスは首を振った。  狩りで獲物を待ち受けているとき、緊張しすぎると、いざ獲物が飛び出してきた際に身体がついていかなかったりする。反応が遅れるのだ。何よりも大事なのは平常心。そして、ゆったりと構えること。  たとえば誰かと小声で軽口を叩くとか。綺麗な花を眺めるとか。花……花……? 「ん?」  あー、あれ。  ひょっとして、いけないやつが交ざってるんではないでしょうか。  黄色や青に咲き乱れる可憐な花の中、ひときわ繊細で美しい薄紫の花がある。  透き通るほど薄い花弁、朝焼けの空を思わせる鮮やかな色合い。華奢なお嬢さんが胸に抱いたらいかにも絵になりそうな、結婚の申し込みにでも使いたくなるような見事な花。  しかし、あの花は、ディディスの家では『引っこ抜くやつ』と呼ばれ、見つけ次第むしり取れ踏みにじれ刈り尽くせと厳命されている、『悪魔の息アレーヌディアブラ』という名の毒草なのだ。  というのも――。  花を眺めていたディディスの背後で、不意に、どた、という鈍い音が響く。  誰かが石の床に倒れた音だ。 「なっ!?」 「どうした!?」  驚愕した声が響いたのもつかの間、すぐにあちこちでバタバタと昏倒していく音が重なる。振り返ると、予想通り、受験者の若者たちがそこここに転がっていた。市場にずらりと横たわる魚のように壮観な眺めである。 「ミハ!? イドゥ!? おまえたち、なんなんだよおい!?」  倒れた仲間の横で騒いでいるのは、ディディスにいちばん最初に絡んできたあの猿だ。どうやら彼は耐性があるらしい。ブレイとか呼ばれていたボス猿も、難しい顔をして辺りを見回している。さすがボス。一目置かれるだけはある。  他に意識があるらしい者といえば、『制服は正義!』と騒いでいた狩人系女子一名と、それから少し離れておっとりとおとなしやかなお嬢様一名。狩人系女子は、これすわ好機! とばかりに、監督官の騎士に「怖ぁい」としなだれかかっている。やるな。  そして、なにやら顎に手を当てて考え込んでいるのはイーニス。彼も無事だ。  現在、三十五名の受験者中、意識があるのはディディス自身を含めて六名だけだった。  これだけのことを見て取ると、ディディスはまっすぐに花の鉢へと向かった。  惨事を招いたのも当然だ。とにかく家訓に従って、あの花を引っこ抜かねば。  きっと都育ちの誰かが、単に綺麗だから、という理由で、よく知らないで植えてしまったのだろう。たまたまその人に耐性があったのが不幸だったのね。  迷うことなく植木鉢に手を伸ばし、『引っこ抜くやつ』の花と葉をまとめて根元からむんず、と掴む。そして、すぽん、と引き抜いた。  引き抜くとき、この草は、根が土にこすれて立てるのか、きー、と小さな悲鳴のような音を出す。これが実に嫌だ。自分が弱い者虐めをしているかのような、極悪人になったかのような気にさせられる。  しかし今日は、入団試験を邪魔するにっくき敵、そう思えば、引っこ抜く手にも力が入ろうというものである。  そしてこの花は単に引っこ抜くだけではいけない。根がまた土に触れると、そこからしぶとく再度根を伸ばして、また青々と茂るのだ。非常にやっかいな草なのである。  それを防ぐためには。 「ぷち、っと」  花の部分をぶちり、とむしり取る。  途端に、それまで瑞々しかった葉や茎までもが、急にしおしおと萎びた。これでよし、と。  なぜかこの花、一株一度につき一つしか咲かない。その花の部分をちぎることが完全に枯らす秘訣だと祖父に教わっている。何事も詰めが肝心。  ところが。  ディディスが花をむしったとたん、あ――――っ!? と、背後で悲鳴のような叫び声が上がった。 「え? なに? なに?」  ディディスがびくっと飛び上がって振り向くと、 「大丈夫かおまえっ!?」 「うわー信じらんねえ信じらんねえ信じらんねえ」  口々に叫びながら、監督官の二人が猛烈な勢いでディディスに向かって駆け寄ってきた。思わず腰が引けるほどの凄まじい勢いである。 「え、えと、あの……?」 「素手で『悪魔の息アレーヌディアブラ』をむしるなんて!」 「無事か!? どこか苦しいところは!?」  両側から浴びせかけられる言葉の意味がよくわからない。ディディスはあやふやに笑ってみせると、とりあえず自分は大丈夫だと伝えようと、草を持ったままの手を振った。その瞬間、二人がびくっと後ろへ飛び退く。 「馬鹿、いつまでそんなもの持ってるんだ」 「早く離せ! 危ないだろうが!」 「あー、すみません」  どうやら彼らは『引っこ抜くやつ』のことを知っているらしい。確かにやっかいな草だから、嫌うのも当然か。でも、この状態ならもう全然怖くないのになー、などと思いながら、ディディスは言われた通り、萎びた草を部屋の隅へと投げた。 「はい、これでいいでしょうか?」 「手は平気か? 爛れたりしてないだろうな?」 「大丈夫。ぴんぴんしてますよ」 「念のため、医療院へ行ったほうが――」 「えー、大袈裟ですって。こんなの、日常茶飯事ですし」 「日常茶飯事!?」  騎士が目を剥く。もう一人の監督官は、腰から抜いた長剣で、ディディスが投げ捨てた草の残骸をつんつん、とつついていた。 「うわ、完全に滅してるわ、これ。こんなん初めて見たよ」 「まったく、前代未聞の珍事だな。まさか、『悪魔の息アレーヌディアブラ』を素手でむしり取る入団志願者がいるだなんて」 「え、だって、うちの周りにけっこう生えてますからこの草。見かけたら即刈らないと、後が大変なんで」 「即刈る!?」 「おまえいったい何処に住んでんだ!?」  監督官二人が上擦った呆れ声を上げる。 「天狼山タ・デ・ルーシェルですが」 「天狼山!? 妖魔がはびこる境界ぎりぎりじゃねえか!」 「あんなとこに人が住んでたんだ!?」 「あー、まあ、一レウガ四方に住んでいるのはうちの家族だけですけど」  一レウガというのは、一小時の間、大人が徒歩で歩く距離のことを指す。ちなみに十レウガ四方でも、ご近所さんと呼べるのは一軒しかない。