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作者:氷川一歩,沖麻実也
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-10-04(讲谈社)
价格:¥594 原版
文库:讲谈社X文库White Heart

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幻獣王の心臓 ご利用になるブラウザまたはビューワにより、表示が異なることがあります。 幻獣王の心臓 氷川一歩 目 次 序 第一話 琥珀の心臓 第二話 離隔の毒 第三話 怪鳥の槍 終 あとがき 電子書籍特典スペシャルショートストーリー  夢魔の網 イラストレーション/沖 麻実也 幻獣王の心臓 序  そこは、まるで夢のような世界だった。  西風が頰を撫で、色とりどりの花びらが舞う幻想のような世界。  そんな世界で少年は、四つ年下の妹の手をギュッと握ったまま茫洋とした意識に身を委ね、目の前に居る黒と白の斑模様の獣へと目を向けていた。 「今こそ決断の時である」  西風に乗って届くのは、斑の獣が口にした断定の言葉。けれどそれは、少年に向けられたものではなかった。  間に割って入った少年の母へ向けられたものだった。 「儂は猶予を与えてやった。それをよしとしたのは貴様であろう」 「……人は欲深きものですよ」  ぐるると喉を鳴らして迫る斑の獣を前に、母は怯みもしなければ臆することもない。平淡な声で応じる。 「ましてや、どちらも愛おしき我が子たち。そのいずれとも別れを告げよとは、あまりにも酷なことではございませんか」 「それが世の理なれば、何人たりとも逆らうことは叶わぬ。それに──」  斑の獣がゆるりと少年へ視線を移す。  少年を見る。見られた。  目が合った。 「──しるしは其処な童に刻まれておるな。なるほど、なるほど。すでに決めていたのか。決めていたのだろう?」  何のことだろう。何を言ってるのだろう。  その場の幻想的な風景に心を微睡ませている少年には、考えることすら叶わない。 「──ッ!」  しかし母は、斑の獣の視線を断ち切るように少年の前に立って視界を覆う。線の細い、いつも飛びついていた母の背中が、そのときは──何故だろう。「邪魔だな」と思った。 「これは……違う」  絞り出すような、母の声。 「違うものです。これは、貴方のものではありません!」 「なぁに、喰うてみればわかることよ!」  風が鳴る。風が啼く。たちまち天地が逆転した。胸を押し潰されるような衝撃に、少年は妹の手を離して抗うこともなく倒れた。  ふわり、ふわりと、空を見上げる少年の顔へ何かが降ってくる。  綿毛のような、淡雪のような、純白の光が止め処もなく空から降ってきた。 「……颯介」  純白の光を茫洋と眺める少年の耳に、母の声が届く。 「駄目よ、颯介。貴方は視ては駄目」  何のことだろう。何を言ってるのだろう。  聞きたいことは山のようにあるけれど、言葉が出てこない。  声が出なかった。 「さあ……これをお食べ」  少年の疑問を知ってか知らずか、母はあやすように少年の胸に手を添えて、口の中に赤い果実のような食べ物をするりと流し込んできた。  途端に脳が痺れ、口から鼻へ豊潤な香りが突き抜ける。  甘苦い刺激に目が回る。倒れているのに、それでも世界がぐるぐる回る。 「貴方は何も知らなくていい。何も視なくていい。これは夢、すべてが幻。あってはならない、出会ってはならない狭間の邂逅よ。顔を逸らし、目を背けることこそ、人の道というものなのだから。でも──」  母の手が、少年の顔を覆う。目を覆う。  その手はまるで、死人のように冷たかった。 「──もし、それでも行き遭うことがあるのなら──」  妙な果実で痺れた脳内に、母の声が木霊する。乾いた砂に染み入るように、母の言葉が少年の中に這入ってくる。 「──目を閉じて、逃げなさい」 *   *   *  それは夢。無意味な記憶。肝心なところは曖昧模糊としており、場面ごとの繫がりも支離滅裂で、現実との辻褄がまるで合わない、ただの夢。  それでもワンシーンの印象だけが鮮烈に残っているらしく、しつこい油汚れのように意識の狭間にこびりつき、何度も夢で見てしまう。  だから──だろうか。  西園寺颯介は、いつの頃からか目を閉じて過ごすことが多くなった。  夢の中で言いつける母の言葉に従って、グッと目を閉じ、何も見ないようにしている。 第一話 琥珀の心臓 1 「てか、寝てるだけだろ」 「うぉっ!?」  ガンッ! と机を蹴り上げられる衝撃と突き刺すような鋭い声に驚いて、目を閉じていた颯介は慌てて飛び起きた。もとい、目を開いた。  今年で十七歳となる颯介は、私立大和川第一高等学校の二年生だ。今どき珍しい詰め襟の制服姿からではわかりにくいが、細く見える身体は意外にも筋肉質で瞬発力には自信がある。逆に持久力はイマイチで、それは身体を動かさない頭脳労働でも同様だった。 「あのな、介清……俺は別に、寝てねぇからな?」  癖毛で赤みの強い髪を気にしている颯介が前髪をイジリながら、目の前に座っている同級生へ言い放った。 「少しドライアイでね、眼球の保湿のために目を瞑っていただけだよ」 「寝てたっつーの。言い訳すんな」 「いやいや、寝てない。断固として寝てないと主張するね、俺は!」  実際は、ちょっと寝ていたかもしれない。脳裏にこびりつく滲みのような記憶がチラチラと残っている。  だが、ここはあえて噓を貫き通すときだ。 「おまえからノートを借りてる状況で、寝ちまうだなんて厚かましい真似をするわけないじゃないか。俺がそんな礼儀知らずに見えるか? 今のはただ、瞼を閉じて眼球の保湿に勤しんでいただけだよ。いわゆる……ほら、いつもの癖ってヤツ?」 「なんで疑問形なんだよ。保湿だろうが癖だろうが、今は目を見開いて手を動かせ」  辛辣な言葉を吐く友人──北上介清にじろりと睨まれて、颯介は「わかってるよ」と頷き、手を動かし始めた。  北上介清は颯介のクラスメイトだ。髪は短く刈り揃え、ガシッとした体つきを見れば柔道や空手でもやっている武闘派に見えるが、これで何の部活にも所属していない帰宅部員だというのだから恵まれた体格を無駄遣いしている。  颯介とは小学校からの腐れ縁で、友だち以上親友未満の幼馴染みという関係だった。常日頃から連むことが多く、口さがない連中からは颯介と介清の両方に入っている〝介〟の字を取って、〝スケスケ〟などと一緒くたに呼ばれることもある。 「介清さん、マジこえぇっすわ。ちぇーっ!」 「なんでいちばん厳しい先生の宿題を忘れるかなぁ、おまえは」  愚痴と呆れを半々に、介清がこれ見よがしなため息を吐いた。  そうなのだ。  放課後に男子が二人っきりで教室に残っているのは、颯介が数学の宿題を忘れて居残りをしていたからだった。しかも、学年主任で生活指導も兼任しているような、お堅くて厳しい担当教師からの宿題だ。  放課後までに提出しろ、さもなければ今後の成績に拘わらず休みに補習だ──と言われてしまえば、今日中に終わらせるしかない。そして今日中にパパッと片付けるのなら〝奥の手〟を使うしかなく、そんなときに頼れるのは介清のノートだけだった。 「俺ってさ、おまえはやればできる子だとずっと思っているんだよ」 「なんだよ急に」 「ふと思い出したんだ。やればできる子っていうのは、裏を返せば『何もしなけりゃロクデナシ』って意味ってことをさ。覚えとけ」 「やかましいわ!」  言うことがいちいち容赦がない。 「俺だって早く帰りてぇんだよ。妹の見舞いに行かなきゃならないし……」 「……妹さん、また入院したのか?」  颯介のぼやきに、介清は少し声のトーンを落とした。 「おまえの家、母親もいないしな……」 「まぁ……な」  よくも悪くも小学生からの付き合いがあるので、介清は颯介の家庭事情を大雑把ながらも把握している。当然、颯介の妹のことも。 「親父さんは、今もそうそう帰ってこないのか」 「仕方ねぇよ」  介清の言葉だけでは、颯介の父親は家庭を顧みない駄目親父に聞こえるかもしれない。だが、実際には颯介の妹、西園寺奏の入院費を稼ぐため、寝る間も惜しんで働いている立派な父親なのだ。  そんな父親を少しでも助けようと、颯介は家のことならすべて自分でこなし、病気がちな妹の面倒も率先して見ている。  その分、学業が疎かになってしまっているのだが、そこはそれ。 「よくなるといいな」 「……だな」  友人の気遣いに頷いて、颯介は数字や記号ばかりが羅列しているノートの複写作業を再開した。  そしてすぐに、目が痛くなってきた。  あまり数学が得意じゃない颯介は、数字や記号ばかりが並んでいるのを見続けていると、すぐにゲシュタルト崩壊が始まってしまうのだ。 「だから寝るな」  少し長く瞼を閉じているだけで介清が机を蹴ってくる。勘違いも甚だしい。 「おまえがそうやって目を閉じるのってさ、もしかして、左右で色が違うことをいまだに気にしてるからなのか?」 「え?」  介清が言ってるのは、左右で色が違う颯介の目──いわゆるオッドアイのことだ。父親や妹は普通の黒目なのだが、何故か颯介だけは右が青、左が緑の目をしている。 「その目と付き合って、もう十七年だろ? いい加減、気にするこたぁねぇよ」 「気にしてねぇよ。いや、ホントに」  おまえのおかげでな──と、颯介は続く言葉を飲み込んだ。  今でこそ颯介は左右で色の違う目を気にしていないが、小さい頃となれば話は違う。  子供というのは残酷だ。そして、最も人間らしく動物らしい時期とも言える。集団生活をする人間にとって、自分と差異がある存在は嫌悪の、あるいは嘲笑の的になるものだ。  颯介も例外ではない。よく、からかわれていた。  ──おまえの目って、なんで黒くないの?  ──ツクリモノみた~い!  ──うぇっ、気持ちわり~っ!  無邪気な言葉は、鋭利な刃物となって幼かった颯介の心を傷付けた。折しも、その頃は愛しい母と死に別れ、妹は体調を崩して入退院を繰り返し始めていた時期だ。残酷な言葉は、より鋭さを増していた。  悔しさと悲しさと怒りが心の中で渦を巻き、破裂寸前の風船のように負の感情が膨らんでいったことを覚えている。  そんな颯介少年の弾けそうな心から、ガスを抜いてくれたのが小学校に入学してすぐに出会った介清だった。 「そういうのを〝コセー〟って言うんだろ? おまえだけが持ってる〝トクベツ〟ってことじゃん!」  蔑みも憐れみもなく、純真無垢な眼差しを向けられて言われた介清の言葉に、颯介の心が揺さぶられた。曇っていた眼を開かせてくれる一言だった。  自分の目の色は、他人から蔑まれたりバカにされたりするものではないのだと、そのときに気付かされたのだ。  それからというもの、颯介は目のことを気にしなくなった。誰に何を言われても、笑って言い返せるだけの強さと自信を持つようになった。  すべて、介清の言葉があったからこそだ。 (──ってことを、当人に言えるわけがねぇ)  もう十年も前の話で、あまりにも恥ずかしい思い出だ。今さら「あのときはありがとう!」なんて、親しい友人だからこそ言うに言えない。 「……あれ?」  そこまで思い出して、ふと気になった。  今は言えなくても、十年前の小学生だった頃なら素直に感謝の言葉を口にできたはず。