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作者:喜多みどり
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-12-02(角川书店)
价格:¥494 原版
文库:角川Beans文库
丛书:光炎のウィザード(10)
代购:lumagic.taobao.com
光炎のウィザード 愛は完全無欠 光炎のウィザード 愛は完全無欠 喜多みどり 角川ビーンズ文庫 本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載したりすることを禁止します。また、 本作品の内容は、底本発行時の取材・執筆内容に基づきます。  村の収穫祭で踊ったことがある。  姉はえらく美人だったので引く手数多だったが、妹のリティーヤはまだほんの五つで、ダンスの相手は飼っていたイヌだった。今はもう仕事もできなくなって子どものお守りがせいぜいの元・牧羊犬は、リティーヤによって強引に踊りの輪に引きずり込まれ、ひどくむくれていた。都で心得のあったらしい父は村人による素人楽団に加わり、母と兄はイヌの前足を摑んで踊る娘を見て笑い転げ、姉まで真似して最後は二人と一匹で踊った。  幸せだったかと訊かれたらもちろんと即答できる。裕福ではなかったが、大病を患う者もなく、小さな開拓村とその周辺の野山はリティーヤにとって恰好の遊び場所だった。  やがて、出来の良かった兄が伯父の援助を得て進学してからは、人手不足でリティーヤにも家の仕事が回ってきた。それは農家の子どもには当たり前のことで、仕事を放り出して遊びに飛んでいっては怒られるのも当たり前のことだった。  唯一残念だったのは、その五つの時を最後に、兄と一緒に祭りを楽しむことができなくなったことだ。学校の休みと合わなくて、兄は祭りの日に村に帰ることができなくなった。その代わりというわけではないだろうが、彼は町の建国祭のことを教えてくれた。美しく着飾った人人のパレード、アパートメントの上階からばらまかれる大量の花びら、数々の屋台。リティーヤは、自分も行きたい、と兄に訴えた。兄は喜んで約束してくれた。  ──約束が果たされる前に戦争が始まって、兄も軍に取られたが。 1 「その日はサーカスも来て、すっごく賑やかなんだって言ってました」  リティーヤの頰にはピンクのペンキがついて、作業服もあちこち色鮮やかに染まっていた。その背後、研究棟の壁には作りかけの看板が立てかけられ、まだ乾かないペンキが雪の除かれた石畳に垂れている。  そこは研究棟の中庭だった。アーチ形の入り口が西と東についている他は壁に囲まれ、積雪も少なく、風も多少防げたため、準備期間中の学生には貴重な作業空間となっている場所だ。今は他に人影はないが、もう二、三十分も経てば、昼食を終えて僅かな昼休みに作業を進めようとする学生で一杯になるだろう。 「売り出されるお菓子の話もたくさんしてくれました。いろんな揚げ菓子とか、茹で団子とか……あと、甘い詰め物をしたパイとか、いろんなのの話を。おいしそうだったなあ……」 「ほう」  目の前に立つヤムセの相槌は冷たかった。体感温度で言うとこの外気温よりよほど低い。  リティーヤはかじかんだ指を手袋越しに擦り合わせ、はにかんだような目で師を見上げた。 「先生だって、そういうのあるでしょ? 憧れ、とか。ほら、甘いもの好きだし」 「つまりおまえは祭りへの憧れがあったと」 「うん、そうそう」 「そのため今回の《六花祭》の準備でもついつい集中してしまって、時間が経つのを忘れたと」 「うん……その」 「さらには呼びに来た指導教官に驚き、咄嗟にペンキをかけてしまったと」 「いや……だっていきなり肩叩かれて、その、つい、手にペンキの缶持ってるの、忘れ、て」  ヤムセはいつもの支給品のロングコートに身を包んでいたが、その肩から胸にかけてが、真っ白に染まっていた。ついさっき、リティーヤが振り向いた拍子にペンキをかけてしまったのだ。今もその裾からはぽたぽたとペンキが滴っている。 「…………て、てへ」 「…………」  ヤムセの表情は相変わらず、静かだった。  だが、その手が突然伸びてきて、リティーヤの頰を包み込んだ。  突然のことに驚き、師の顔を真っ正面から見て、リティーヤは反射的に唾を飲み込む。《学アカ園デミー》の渉外担当官として修羅場をくぐり抜けてきた経験のせいか、それとも単に人相が悪いせいかはわからないが、彼の表情には人を黙らせ、従わせる妙な迫力があった。 「目を」  低い、耳触りの良い声。 「閉じろ」 「は、お」  逆らえる人間など、いるのだろうか。  思わずぎゅ、とリティーヤが目を閉じた瞬間、ヤムセはリティーヤの顔を自分の胸に──つまり、白く染まって乾いてもいないコートにこすりつけた。 「ひっ、ちょっ、ぶ、先生ーっ!?」  しばらくずりずりこすりつけてから、ヤムセはリティーヤを解放した。  そしてその顔をまじまじと眺め、やっと満足した様子で微笑んだ。 「ほう。前衛芸術のようだぞ、リティーヤ」 「謝ったんだから許してくださいよーっ!」  リティーヤの顔は、白いペンキでぺかぺかにされていた。 「うう、落ちないかも……」 「それで、いったい何をしていた」  ヤムセは、顔についたペンキを落とそうというリティーヤの苦闘を無視して、立てかけられた看板を指して訊いた。 「何って、看板ですよ、看板っ」 「それはわかる。そうではなくて……」 「《六花祭》で喫茶店をやるんです。看板は集客用のやつで」 「…………先にロードマスターに相談しろ」 「ええ? なんで!」  室長の名前を聞いて、リティーヤはあからさまに不服そうな顔をした。所属研究室の室長だろうがなんだろうが、リティーヤはロードマスターが嫌いだった。そもそも、祭りに出店をするくらいでお伺いを立てねばならない理由がわからない。 「警備の問題がある。──いいから片づけろ。訓練前に飯だ」 「あ、はあい」  飯、と言われて、空腹だったリティーヤは首を捻りながらも師の言葉に従うことにした。とりあえずは言われた通りに看板とペンキを屋内に運ぼうとして──乾ききらない看板に触れてしまい、うええ、とうめき声を漏らした。  大陸最大の魔術師組織、《学園》。  大陸東部に位置するその本部も、今は雪に埋もれて静かに時を刻んでいる。  一年の半分を占める長い冬は、人々の心と生活にも影響を及ぼす。農家ならこの時期は出稼ぎに行くか内職をするかせねばならない。汽車はしょっちゅう止まるようになる。船は身動きが取れなくなり、代わりに凍った川をソリが走る。交通機関が不確かだから、移動も減少して、自然と人々は家や町に籠もりがちになる。当然のことながら雪かきは重労働だ。  だが勿論、冬には冬の楽しみがある。 《学園》とその近辺で暮らす人々にとって、長い冬の序盤にある最大の娯楽は、《学園》創設を祝う《六花祭》だった。  四日間に亘る祭りの期間中は、《学園》の門も終日開かれ、学内は学生有志、あるいは近隣の商店街や行商人による出店、出し物で賑わう。元来《六花祭》はラガロの偉業を称え、共同体としての《学園》の絆を再確認するための行事だったのだが、ここ五十年ばかりはその意義も薄れ、学生たちが余りあるエネルギーを発散させ、近隣住民との交流を深める場となっている。  今、《六花祭》を二週間後に控えて、学内はどこか心浮き立つような、独特の雰囲気に包まれていた。 2 「《風と八月党》が動いてるんですか!?」  リティーヤは口の横にイモの欠片をくっつけて叫んだ。ついでに言うと額と頰と鼻の頭には白いペンキがついたままだ。 「声がでかい」  ヤムセが眉間の皺を深くしてリティーヤを睨みつけた。こちらはちゃっかりコートを予備のものに替えている。どうも私用のもののようだが、形も色も似ているので印象はほとんどいつもと変わらない。 「まだ確かなことはわからん。ロードマスターからそういう警告があっただけだ」 「動くってどういうふうに? あたしのこと狙ってる、ってことですか!」 「わからんと言っただろう。ただ、少し前に逃がし屋の……トラリズ親子に接触したという話がある。それに、《風と八月党》の一部が東部に入ったという情報もある」  食堂はそれなりに賑わっていたが、他人と相席にならねばならないほどではなかった。リティーヤはそれでも一応ヤムセの方へ乗り出し、小声で尋ねた。 「でも、学内に忍び込む気なんですか? 《学園》の警備体制、そんなに甘くないでしょう? あたしだって、しばらくは学内にいるし……」 「あるだろう、都合の良い行事が」 「……あ」 《六花祭》だ。  たとえ侵入者の情報が前もってあったとしても、門を閉ざすことはできない。《学園》の意地に賭けて、大勢の来賓もある大事な行事を潰すわけにはいかないのだ。 「じゃあ──」  それに乗じて乗り込んでくるんですか、とリティーヤが言いかけたその時、唐突に彼女の右隣の椅子が引かれた。 「ここ、いい?」  椅子を引いた人物は、そう問いかけると同時に、セルフサービスの──何しろ人数が多いため、昼食時の食堂は大抵この方式だ──ランチプレート片手に椅子に座った。それが見知った顔であるとわかった途端、リティーヤのまなじりはきりきりとつり上がった。 「やです」  相手は眉一つ動かさず、にっこりと笑って言った。 「そう邪険にしないでよ」  柔らかそうな白い髪と、なめらかな肌、端整な顔立ちの男は、ロードマスターと呼ばれる魔術師だ。リティーヤとヤムセの所属する魔力環境研究室の室長であり、《学園》の所属魔術師に与えられる最高位《Aエース》の位階を持つ人物である。若い見た目と柔らかな物腰に騙されると、痛い目に遭う。  その《学園》最高位の魔術師の申し出を、リティーヤはきっぱりと拒絶した。 「無理です」 「でも、親交を深めようと思って、こうして一緒にご飯を──」 「自分が何をやったか忘れたって言うんですか?」 「忘れてないよ。ボクはキミを魔術封じから解放してあげたんだ」 「!」  リティーヤは思わず椅子から立ち上がってロードマスターを睨みつけた。親の敵でも見るような目で睨まれても、ロードマスターは意に介さずパンをちぎって口に放り込む。 「封じでキミの魔力暴走を抑えられなくなったのは、むしろ良い結果につながると思うけどね。魔力制御の方法も覚えられるし──」 「ゼストガさんとあたしが死にかけたことは忘れたんですか!」 「ロードマスター」  激烈なものになりつつあった会話に、ヤムセが淡々と口を挟んだ。 「リティーヤは《六花祭》で喫茶店をやりたがってます」 「ええ? そんな無茶な」  その言葉にまたムッと来たが、リティーヤはヤムセに促されて渋々椅子に座った。 「でもさ、警告はしたよね? 《風と八月党》に動きがあるって」 「今話していました」  ロードマスターは端整な顎に手をあてがい、リティーヤを眺めた。 「キミ、危機感というか、悲壮感というか、そういったものが欠けてる?」 「はあっ?」 「だからね、現状を認識してるのかな、って。この間は《風と八月党》の人間にキミが〈昼〉魔術を使うところを見られてるだろう? あの人たちはちょっと特殊だから、よそとの交流もないし、すぐに他の魔術師組織に知られるなんてことはないだろうけど……それでも少なくとも、彼らはキミが〈昼〉魔術を使えることを知ってしまったんだよ?」 「それくらいわかってます!」 「……そんなにボクのこと嫌わなくたって良いじゃないかー」  リティーヤのきつい声の調子に、ロードマスターは幾らか傷ついたような顔で言った。 「キミはボクの運命なのに」  運命。  簡単に、たやすく、彼はそう口にする。 「は? はあああああ? そういうのが嫌われるってわからないんですか! だいたい《キツネ》の振りなんかして──」 「あれはキミが先に間違えたんだよ」 「うっ、そ、それはそうですけど!」 「ところで、出店も良いけど、訓練はちゃんとしてるの?」 「話を変えないでくださいっ」 「これもボクの仕事なの。キミはボクの管理下にあるわけだしね~。さ、報告報告」 「……っ!」  リティーヤはフォークを付け合わせのイモに突き刺し、怒りに震える声で怒鳴った。 「大声・目つぶし・急所!」 「……何?」  ロードマスターはスープにスプーンを浸そうとしたところで手を止め、答えを求めるようにヤムセを見た。ヤムセはコーヒーの面から顔を上げて答えた。 「大声を上げて助けを求めたり、威嚇したりすることと……」 「それじゃ、目つぶし急所って目つぶしと急所狙いのこと!?」 「そうですが」  ロードマスターはスプーンを握りしめ、憤慨した様子で言った。 「十六歳の女の子が大声で襲撃者を威嚇しつつ目を突いたりするのはなんだか美しくないよ!」  何を言っているんだこの人は、という胸の内をあからさまに顔に表し、ヤムセが答えた。 「拳を痛めないよう打撃は掌底を使うとか、手近なものを武器にするとか、そもそも危険なところに近寄らないとかも教えました。本格的な訓練には体力が足りませんから、そこから少しずつ鍛えていきますが、当面の対策としては……」 「もっとこう、ソフトで可愛いのないの? 必殺技的な」 「絞め技でも教えますか」 「そうじゃなくってさあ。たとえば──…………」  ロードマスターは何か言いかけたが、口を開いたまま不自然な時間沈黙して、首を振った。どうも例が思いつかなかったらしい。 「まあ、いいや。それより出店だ。さすがにそれは警備が面倒になるから避けたいんだけど」  リティーヤはハッとしてロードマスターを見た。 「でも、《風と八月党》があたしを狙ってるかどうかはまだわからないんでしょう?」 「いや、狙ってると思うよ。《風と八月党》は《始原のキツネ》の信奉者だからね。元々は芸術家の集まりから始まったらしいけど、最近の動向からすると北部の富裕層の支持もとりつけているみたいだし──」 「芸術家?」 「うん。だよね、ヤムセ?」  ヤムセが控えめに補足した。 「……確かに、過去に同名の芸術家集団はいましたが、今の組織とどれほどの関連があるのかはわかっていません」 「……じゃ、魔術師の組織ってわけじゃないんですか?」 「魔術師だけの組織ではない、ってことだよ。中枢に魔術師がいるのは確かだけど。……とにかく、彼らは《キツネ》の言葉に忠実ということだから、他の魔術師組織同様〈昼〉の石板を集めて台座に戻そうとしている、と考えられるんだ。ところが、現状所在のわかっている石板は、《キツネ》がラガロに渡したやつ、《蛇のスネーク目連隊・アイズ》が発掘したやつ、それにこの前の春に市場に出たやつ──と、ここまでは《学園》か《蛇の目連隊》の所有になってる。前の武闘会のやつは、複製作って《蛇の目連隊》に返却したから。で、さすがにこの三つは奪えない。少なくとも、尋常の手段では。残された手がかりは、残りの石板か、台座か、キミ、だよ」 「──え、でも」  リティーヤは指折り数え、四本目の指を折りかけたところでロードマスターの顔を見た。 「所在のわかっている石板の欠片は、四つですよね。ほら、この間のフレアバタンで」 「それならユローナごと行方不明じゃないの。台座が消えた時の衝撃で、地下の遺跡に落ちたって聞いたよ。古王国が必死で掘り返してるみたいだけど、あれはしばらくは無理だろうねー。ユローナの死体だって見つかってないみたいだし」 「……んん?」  リティーヤは首を捻る。何かおかしい。フレアバタンで、ユローナがヤムセに欠片を託したのを、確かに見たのだ。間違えるはずがない。あれは──。  だが、ロードマスターはリティーヤの疑念を無視して先を続けた。 「残るはキミのお友達だろ? ミカって子。あの子も目下行方不明。そういうわけで、石板は当分お預け、台座もどこに現れるかわからない。それなら、彼らの選択肢として一番まっとうなのはキミの誘拐さ。魚みたいに手術台に載っけられてあちこち調べられたい?」 「え? い、いやそういうわけじゃ──」 「それに、もしも襲撃があった場合、キミは一緒に店を開く友達まで巻き込む恐れがある」 「う……っ」 「というわけで、出店は不許可」  リティーヤ自身も疑念を放り出して、食い下がろうとした。 「でも!」 「リティーヤ」  ため息混じりに、ヤムセが言った。 「行け」 「え?」 「旧運動場だ。先に行って顔でも洗ってろ」 「先生! あたしは──」  ヤムセは面倒くさそうにリティーヤを一瞥する。 「行ってろ。これ以上言わせるな」  リティーヤは威圧的なその態度に鼻白んだが、結局、ひどい音を立てて椅子を引いた。  席を離れる前に、ロードマスターをちらりと睨みつけるのは、忘れずに。 「何?」  リティーヤが食堂を出て行くのを見送ってから、ロードマスターが呆れ顔で言った。 「もしかしてボクを説得する気? 甘いねえ。砂糖でやられちゃったかな?」 「リティーヤについては私が護衛をすれば良いだけの話です」 「あの子だけじゃない、お客さんとあの子の友達も、だよ?」 「守ります。事前に結界も描けるわけですし──それより、私にお話があったのはそちらでは?」  ロードマスターはいつの間にか平らげていたスープ皿を押しのけ、日替わりのはずなのに何故か常にほぼ同じ味がするメインの煮込み料理に取りかかる。 「ああ、まあ、ね。ただ、ちょっとした情報だよ。あの子のお兄さんが使者で来る」  デザートのパイをつついていたヤムセの手が、止まった。 「…………ファルクロウが?」 「あれ、知り合い?」 「以前フレアバタンで」 「ああ、そう。これリティーヤには言わないでね」 「……別に、教えたからと言って妙な行動に出たりはしないと思いますが」 「そうかな? 割と信用あるんだね」 「いえ。実際にもう行動に出て私に捕まりましたから」  ロードマスターが、さすがに驚いた顔をした。 「……いつ!?」 「ゼストガからファルクロウのことを報された直後です。寮から飛び出したのを捕まえました」 「……待ちかまえてたの?」 「はい。まず確実に抜けだすだろうと思いましたので」 「…………で、まあ、リティーヤはその時反省したわけかい?」 「そのように見えました。たぶん、もうしないでしょう」  ロードマスターはそれを聞いて、頭を抱えた。 「……あの子、なんだっけ、あの……ナンダカって子も、面倒なことしてくれたね……」 「ゼストガです。リティーヤの担当を外されたという話ですから、自棄になったのかもしれません。あるいは、そもそもリティーヤを精神的に不安定にさせ問題を起こさせるのが魔導書調査委員会の狙いなのかもしれませんが」 「そうすれば、自分たちが再びリティーヤを手に入れられる、ってことかい? それはちょっと虫がいいな──魔導書調査委員会は、もっと自分たちの心配をするべきだね」  ヤムセが気付いた時には、ロードマスターの前の皿は九割方綺麗になっていた。  ロードマスターは残った肉のひと欠けを口に運び、飲み込んでから続けた。 「リティーヤに報せるかどうかはキミに任せるよ。ボクは嫌われてるみたいだしね。まあ、キミだって不確かな情報を与えて惑わすようなことはしたくないだろうけど」  嫌われてる、と言いながら、何故かロードマスターは楽しそうに笑っていた。 「……何故そうリティーヤに絡むんですか。嫌われたがっているように見えます」 「誤解しないで欲しいな。これは別にボクの趣味とかじゃないんだ。ボクが子どもをいじめて喜ぶ人間に見える?」 「…………」 「何その疑わしそうな目。キミもバドもほんとボクには厳しいんだから。またテヨルに慰めてもらわないとなあ」  ロードマスターは心外だと言わんばかりの顔をして、口元をナプキンで拭った。  ヤムセは皮肉代わりに、ロードマスターの最大の理解者の動向について話した。 「テヨルは《六花祭》の警備計画を見直すとかで治安維持局に行ってます。当分忙しいと思いますよ」 「おっと。あの子も復職早々大変だねー」 「爆破予告があったそうですから」 「ふーん。バドも出張だよね。みんなせっかくボクが研究室にいるってのに冷たいなあ」  ううん、とにかくね、とロードマスターは話を戻した。 「ボクはリティーヤを試し続けなくちゃいけないんだ。あの子が無理をして、気丈に振る舞ってるんだろーなーってのはわかるよ。でも、それってひょっとしたら単に現実から目を背けてるだけかもしれないじゃないか。そこをきちんと確認しないといけない。どのみち、あの子は直面させられるんだ──あ、ヤムセ、そのコーヒーちょうだい」 「ご自分で取ってきてください」 「もしかして砂糖たくさん入れたから気遣ってくれてる? 大丈夫、ボク甘いの平気だし」 「──誰にです?」 「ん?」 「直面させられる、というのは、何によって、ですか。今のままなら、リティーヤは目を背け続けることも可能です。そうさせない何かがいるというのですか?」 「……ああ」  ロードマスターは驚いたように目を丸くした。 「うん。いるんだ。一匹──」  頰杖をつき、生徒が正しい指摘をした時の教師のごとく満足げにため息をつく。 「だから、ボクはあの子を試し続ける。これからも……その時が来るまではね」  穏やかな、幾らかの諦観すら見える表情だった。 3  それを知ったのはひと月前のことだった。  気がつくと、狭い寮の自室で、一枚の、薄っぺらい紙切れを握りしめ、ベッドの上に座り込んでいた。読み始めた時には明るい日差しの入っていた室内は、すでに暗い。  その宵の薄闇の中で、リティーヤはハッとして顔を上げた。