后退 返回首页
作者:菅沼理恵
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-12-28(角川书店)
价格:¥494 原版
文库:角川Beans文库
丛书:星宿姫伝(3)
代购:lumagic.taobao.com
星宿姫伝 しろがねの幸福 星宿姫伝 しろがねの幸福 菅沼理恵 角川ビーンズ文庫 本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載したりすることを禁止します。また、 本作品の内容は、底本発行時の取材・執筆内容に基づきます。  Contents しろがねの幸福 しろがねの運命 しろがねの騎士 しろがねの伝言 しろがねの羽化 しろがねの羽化 ウラ話 しろがねの普遍 あとがき&おまけまんが  幸せなどとは縁のない生き方をしてきた。  ──自分ひとりだけが幸せになれるはずもなかった。  閏旬の祭りではしゃぎすぎたせいか、年があけると白雪は熱を出して寝込んだ。  冬のあいだ、朱月の術の才と引き替えに滞在を許されたのは、緑ウイル曜ヒレア地方東部辺境の領主の館だった。他にも寝起きしている旅人は多いが、子どもを連れているのは朱月だけで、そのため白雪は他の旅人たちに可愛がられた。  最初、館の主人は、白雪が自分の孫や使用人の子どもたちの遊び相手になればいいと考えていたようだが、それはうまくいかなかった。  白雪は、大人にはそうでもないのだが、同年代の子ども相手となると途端に情動がぎこちなくなる。もともと口べたなためもあって、自分の思い通りにいかずいらつくと手を挙げることも少なくなかった。  これは母親の血だろうかと諦めた朱月が、なるたけ他の子どもと遊ばせないようにしたため、その傾向はますます強まっていた。  それをまずいとも思わないのが朱月の浮世離れした短所だった。ふつうならば、つらい思いをしても他者とやっていけるようしつけたり叱ったりするのが親のつとめだ。だが、朱月と白雪の間柄はふつうの父娘とは違っている。それに、朱月は子どものめんどうを見たことはあっても、一から育てるのはこれが初めてで、何もかも不慣れだった。  子育てに失敗しつつあるのはうっすらと朱月自身も察していたが、それを特に不都合だとも感じないのは、自分の子ではないからかもしれない。  だからといって朱月は、白雪を害したり、虐めたり、わざと非常識なことを教えたりはしなかった。傍からは可愛がっているようにさえ見えただろう。もともと朱月は子どもにはとかく評価が甘くなるたちではあった。  それでも、自分の持てる知識はありったけ注ぎ込もうとし、教育には心血を注いだ。躾もそこそこ厳しくした。  その努力に比して成果がお粗末だったとしても自分のせいではないと言い聞かせてきたし、成果を期待してもいなかった。 「おひとりだと淋しゅうございますね」  声をかけてきたのは、同じように館に滞在している旅人で、確か楽師だったか。  食事を受け取る行列に並んでいた朱月は、真横の列からかけられた言葉が一瞬理解できず、相手に視線を向けるとぱちぱちと目を瞬かせた。 「娘さんが、熱を出したとうかがったんですけど」  彼女はそう言った。朱月はやっと相手の意図を理解してうなずく。 「そうですが、……」 「いつも娘さんはあなたの後ろに隠れてばかりでしたけど、わたし、たまたまひとりでいたときに話しかけたことがあるんです。だから、熱を出したと聞いて、心配になってしまって」  それを聞いて朱月はやや驚いた。白雪が他人と打ち解けるのはまれなのだ。人見知りをするというより、どうやら他人に対して興味が持てないらしい。泣き笑いはするので情緒に問題があるわけでもないだろう。ただ、朱月以外の人間の前ではほとんど表情を変えない傾向が見られる。これは朱月が、人前で泣くのは恥ずかしいと教え込んでしまったせいだろうか。 「これ、よろしかったら娘さんにさしあげてください」  朱月の戸惑いに気づかないのか、楽師はそう言うなり、網袋に入った蜜柑を差し出した。 「いいんですか」 「どうぞ」  彼女はにっこり笑った。 「ありがとう」  朱月も、彼女を真似るように笑い返した。  上辺だけの笑顔ならさすがにうまくなった。──三千年もつづけていれば、誰でも心とは裏腹に笑えるようになるだろう。  朱月と白雪が泊まっている部屋は、館の中央居間に近い。こういう古い造りの館には複数の居間があって、館の中心部にもっとも広い居間が設えられるものだ。円形の広間の北側には巨大な石造りの暖炉があって、滞在している旅人は、その前で暖を取ったり、天気がよくないときには洗濯物を乾かしたりする。 「頓服でも煎じておるのか」  片手に持った柄つきの鍋を暖炉の火にかざしながらぼんやりしていた朱月は、聞き慣れた声にはっとする。 「ご隠居」  顔を上げると、老人はにこにこしながら朱月に近づいてきた。ことり、ことりと音を立てる特徴のある歩き方は、片脚が不自由でつねに杖を手放さないためだった。 「どうじゃ、娘御の具合は。少しはよくなられたかの」 「今は少し、熱が高いです。昼は微熱ですが、夜半になると熱が上がってしまって」 「だいじょうぶかの」と、老人はやや心配げな顔つきをした。 「夜、熱が出て不安になるのに、昼は調子がよくなるので、いつもと同じように過ごしたがるんです。そのせいで治りが遅くなっているようで……」  朱月が冷静に分析して答えると、ああ、と老人はうなずいた。 「子どもとは、得てしてそういうものじゃろう」 「……そうですね」  朱月は、古い記憶をたどってうなずいた。  子どもを身近に置くのは本当にひさしい。縁がなかったためもあるが、できるだけ意識して遠ざけてきた。子どもの好奇心や明るい笑顔は、わずかなあたたかみと同時に痛みや苦しみを朱月にもたらす。  ……まだ幸せだったころ、朱月には弟や妹が複数いて、長子としてよくめんどうを見たものだ。双子の妹も一緒になって子どもたちの世話をした。  子ども。  今、娘と呼んでいる少女より以前に身を寄せるほど傍に置いた子どもがあの甥だったことを、朱月はふいに思い出した。  あの、妹の息子…… 「おや、それは」  老人が声を上げた。はっと朱月は我に返る。 「蜜柑じゃな」  老人が見つけたのは、朱月が傍らに置いた、網袋に入った蜜柑だった。 「蜜柑です。……いただいたんです」  くれたのが楽師なのはわかっているが、名前も知らないから、誰に、とは言えなかった。 「果物はいい。早く食べさせてやりなさい」  老人の言葉に、朱月は思わず顔をほころばせる。 「そこまでお気にかけていただいて、ありがとうございます」 「あの子が伏せっていると、そなたは死人のような顔をしているのじゃ」  老人は肩をすくめた。  朱月は、わずかに目を瞠って老人を見上げた。 「よほど娘御が気になるのだろう。看病疲れもあるのだろうが、いつもより上の空で、顔色もよろしくない。娘御が快復したら次はそなたということがないように心がけよ」 「……お気遣い、ありがとうございます」  朱月は、戸惑いを隠しながらそう返す。  手にした鍋の中で、頓服薬が煮え立っていた。  眠りからさめた白雪は、夢を見たの、と朱月に言った。 「女の子があそんでくれたよ。お花をつんで、かんむりをつくったりしたの」  それを聞いて、よほど外へ出たいのだな、と朱月は思った。 「じゃあ、早く治るように、これをのみなさい」  煮た頓服薬が入った湯飲みを、朱月は渡した。 「くすり?」 「熱が下がるよ」  白雪は顔をしかめながら受け取った湯飲みをしばらく眺めていたが、やがて覚悟したように目をぎゅっとつむって口をつけ、中の液体を飲み干した。 「……まずい」 「薬はまずいものだよ」  そう朱月が言うと、白雪は釈然としない表情をその幼い顔に浮かべる。 「お口の中、にがいの」 「これ、いただいたから、口直しに食べなさい」  朱月は寝台に腰かけると、網袋の中から蜜柑を取り出して白雪の手に渡す。 「みかん?」  その明るい色の果物に、白雪はぱあっと顔を輝かせた。  白雪の顔つきは母親に似ているが、線がやわらかくて、笑うとひどく可愛らしい。もっとも、あの母親の性質を考えれば、どんな女性でも可愛らしく思えるものだ。 「楽師さんにもらったよ」 「楽師さん? あのおばさんかな」  白雪には憶えがあるようだ。そう言うと蜜柑の皮をむき始めた。 「知っているのか」 「三弦琴を弾いてくれたの。二弦までは弓で弾くけど、三弦だけ撥を使うって教えてくれたわ」  白雪は、皮の中から現れた、薄皮に包まれたやわらかな実をひとふさ摘むと、はい、と朱月に差し出した。朱月が戸惑うと、 「あーんして、おとうさん」  にっこりと白雪は促す。  朱月が口をあけると、白雪のちいさな指が、果実をその中へ押し込んだ。  舌先に広がる甘酸っぱさに、朱月は思わず苦笑する。 「おいしい?」 「ああ」 「よかった!」  はじけるような笑顔。  白雪は満足したようで、蜜柑のふさを自分の口に運び始める。  朱月は黙って、それを眺めた。  娘、と偽っているが、白雪は朱月の子ではない。同じ血が流れていないとは言えないが、それも微々たるものだ。赤の他人と言っても差し支えないだろう。  この子が生まれると聞いた日を、今でも朱月は憶えている。  ……長いあいだ、朱月は神杖の地に踏み入ることができなかった。初代斎宮によって国に害をなすものをはじき出す結界が張られたためだ。  今では当然のように神杖を守る結界が張られたのは、建国から八百年後である。それまでは斎宮という職もなく、神杖で神事にたずさわっていたのは巫覡と呼ばれる者たちだった。  建国後、神杖では特に大きな諍いも災いもなく、穏やかな日々が流れていた。しかしやがて、国の中心部に向かってあしきものが引き寄せられがちな土地だと判明した。  そのために、性別を問わず竜珠の重い者が巫覡として各州に配備された。しばらくはそれで対応できていたのだが、数百年も経つと状況が変わり、引き寄せられるあしきものたちがより強大になってしまった。  当時、親王でありながら巫覡となっていた者がそれを憂い、策を講じて守護神を呼び出し、国土に結界を張らせて初代斎宮を名乗ったと言い伝えられている。 (あなたの望み通りになったでしょう)  白鷺は勝ち誇った笑みを浮かべ、朱月を見た。 (俺の、望みだと)  朱月はただ繰り返した。白鷺が自分をここに呼びつけた理由がわからなかったからだ。 (この国を滅ぼしたいと望んでいたのではなくて)  言葉を失った朱月を無視して、白鷺はいとおしげに自分の腹部を撫でた。まだ平らで、その中に命が息づいているようには見えない。 (それに、あなたが教えてくれたのよ、あの方を救うにはわたしの力が必要だと)  白鷺は、王家の長老である冬宮が隠蔽する隙も与えず、自らが身ごもったことを明らかにした。まず最初に星曜館に知らせ、次に結界を張る杖を通じて国内の全州に知らせたのである。  神の花嫁とされる斎宮は、位にある限り純潔を守らねばならない。掟を破った彼女の処分は保留とされ斎宮殿に謹慎となっていた。正式に沙汰がくだれば、先代聖王の娘である彼女でもそれに従うしかなかった。最悪の場合、斎宮位を剝奪され、子は生まれる前に奪われるかもしれない。もしくは、身重のまま北の果てに流され、子が生まれる前に母子ともに処断されるかもしれない。  それでも、白鷺は笑っていた。 (誰も、わたしとこの子を殺したりできないわよ。今ではもっとも血の濃い王家の直系ですもの。それに、星の託宣に頼るから、次代の斎宮はまだ現れていない。少なくとも、もうしばらくはわたしの力が必要なはずよ) (だからって、何故俺がその子の父親にされなくちゃならないんだ)  朱月はやっと我を取り戻して問う。 (言ったでしょ。あの方をお守りする唯一の方法を教えてくれたのはあなたなのよ、朱月。それで生じた結果に責任を取ってもいいんじゃない)  朱月は身震いした。  今までに数え切れないほどの危機をくぐり抜けてきたはずの朱月が、久しぶりに窮地に立った気がしたものだ。  神杖の結界が緩んだのは、朱月の記憶が正しければ、白鷺が斎宮となってからだった。だが、それは白鷺が斎宮として脆弱だというわけではない。  白鷺は竜珠の全能力を傾けて、兄とされ聖王となった祥琳を、降りかかる呪いから守ろうとしていたのである。  聖王位に就く者は、国祖の直系に限られる。そうでなければ聖王位に降りかかる呪いに耐えきれないからだ。しかし祥琳は、聖王の実子とされながら、国祖の血を一滴も引いていなかった。──不義によって生を授かっていたためだ。  その血筋を疑い騒がれたこともあったが、白鷺が斎宮として偽りの証立てをしたため、祥琳は聖王位に就いてしまった。春宮だった彼を白鷺は守り、そして聖王位に就いたのちも守りつづけた。  それでも祥琳は、王位に就くと強い呪いを受けて、しばらくすると病み衰え始めた。白鷺は必死になって彼を守るすべを探した。  朱月は、もっとも確実な方法を知っていて、白鷺に告げた。守りたい相手と契りを交わし、自らの庇護下に置くことで守護を確固たるものにできると。  これは古くから伝わる手法だ。身を重ねて相手を自分の支配下に置く。しかし、朱月は、まさか白鷺がその方法を実践するとは思っていなかった。  さらに、子をなすまでに至るなど。 (この子はあなたに育ててもらうわ) (……ばかなことを) (あなたが拒んでも無駄よ。だって、そうなるんですからね)  確かに、白鷺が言ったとおりになった。  朱月は生まれてくる子の父親とされることは受け容れたが、子どもを育てる気などさらさらなかった。  しかし、子が生まれてからのち三か月ほど、朱月は神杖から出られなかった。ありとあらゆる偶然と必然が彼の旅立ちを邪魔した。怪我をしたり人に引き留められたり、風邪をこじらせたり厄介ごとに関わってしまったり、理由はさまざまだった。  見えない何かに引き留められつづけ、気がついたら首の据わり始めた乳児を抱え込んでいた。 (わたしの手もとで育てたら、きっとこの子も呪いの影響を受けてしまうだろうから……)  だから、と白鷺は願ったのだ。  この子を遠くへ連れて行って、と。  朱月は目をさました。  滞在をゆるされた寝室には寝台がふたつある。どちらも壁に沿って置かれていた。入って左が朱月、右が白雪の寝床だ。  白雪の寝床からは苦しげな息づかいが聞こえる。それに気づいた朱月は躊躇せず寝台を出た。室内は暗いが、二、三度まばたくと幻視の光が見えた。ぼうっとした淡い光を頼りに、白雪の寝台に近づく。  寝台の中を覗き込むと、白雪の意識はなかったが、呼吸は荒かった。吸う息、吐く息がかすれている。寝台に腰を落とし、白雪の額に手を当てると熱が高かった。のませた頓服の効力はもう切れてしまったらしい。それとも、薬に耐性がついてきたのか。どちらにしろ、よい徴候ではなかった。  この館にいられるのもせいぜいあとひと月だ。春の嵐が通り過ぎれば発たねばならない。館の主人はこの地の領主でいわゆる代々の貴族だが、それにしては軽薄なほどに鷹揚で、旅の者の滞在をよろこんでくれ、いっそいつまでもいればいいと朱月にも言ってくれる。  かといってその言葉に甘えるほど、朱月は空気が読めないわけではない。どこでも貴族の館にはお抱えの術師がいる。この館にももちろんいた。その者にしてみれば、旅の術師がいつまでも滞在すれば気に障るだろう。  しかし白雪がこのまま床に就いてしまったら滞在が長引く。それは避けたかった。少しでも早く起きられるようになって、体力を取り戻してもらわなければ。この先の旅程は体力の要る山野部を廻る予定なのだ。  白雪の額に手をのせたまま、朱月は目を閉じた。  奇妙に体調がよくない場合、何かが憑いているときがある。白雪は祖母に祝福を与えられているからあしきものを引き寄せないと言われたが、あしきものが憑かないとは限らない。夢で女の子と遊んだ、と聞いたときその可能性に思い当たって、朱月は白雪に憑いているものがいないかを探った。  じっと気配をひそめて意識を集中すると、ふわふわとした感触が指の先にふれた気がした。ちょい、とつつくようにすると、その感触がまとわりついてきて引き上げられる。  目をあけながら白雪から手を離すと、手の先に白いぼんやりとした光がくっついていた。どうやら白雪の熱を上げていたのはこれらしい。見ると、白雪の呼吸はさきほどより穏やかになっていた。  両手で包み込んでやると、光がゆっくりと小さな人の形を取る。手の中に収まるほどの人形は、白雪と同じ年ごろらしい少女の姿になった。力の弱い死霊だ。 (どうしてそこにいる)  静かに問うと、怯えたように震えて朱月を見上げる。この子が白雪の夢に現れたのだろう。  少女の霊は、白雪の心のどこかと同調したのだろう。それで依りついている。白雪にその自覚はないようだ。祓うことも可能だが、その頼りなげな姿が憐れを誘った。 (何を望む?)  問うと、少女の顔に驚きの表情が浮かぶ。ゆっくりと口が動いた。  おかあさん、と読めた。  朱月は、少女の霊を白雪から引きはがし、自分で連れて歩くことにした。  白雪はもう熱も下がり、外へ出たがったが、体力を回復させるためまだ寝ているよう言い聞かせた。白雪は退屈そうにしていたが、館の書籍室から借りてきた本を何冊か与えると静かになった。  読書の好きな子に育ってくれたのだけはよかったと思いながら、朱月はひとりで館じゅうをめぐった。本さえ与えておけばいくらでもひとりで過ごせる子どもは、大人にとっては本当にありがたい。  白雪が不調になったのはここ数日だ。館に来てからいろいろあったが、比較的穏やかに過ごしていたはずだった。