后退 返回首页
作者:我鳥彩子
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-10-10(集英社)
价格:¥616 原版
文库:Cobalt文库

代购:lumagic.taobao.com
チョコレート·ダンディ ~天使の誘惑は君の罪~ 集英社eコバルト文庫 チョコレート・ダンディ ~天使の誘惑は君の罪~【電子特別版】 我鳥彩子 この本は縦書きでレイアウトされています。 チョコレート・ダンディ ~天使の誘惑は君の罪~【電子特別版】 Contents 第一話 誘惑は秘密クラブで 第二話 誘惑は再会の後で 第三話 誘惑は朝食の前に おまけ その後のチョコレート・ダンディ あとがき 【電子版限定 追加収録】 ふたりの前夜にご用心?(「チョコレート・ダンディ~可愛い恋人にはご用心~」発売時販促用ショート・ストーリー) 友人愛にはご用心!(「チョコレート・ダンディ~可愛い恋人にはご用心~」発売時Web公開ショート・ストーリー) 誘惑の罠にご用心(「チョコレート・ダンディ~天使の誘惑は君の罪~」発売時販促用ショート・ストーリー) 令嬢探偵ミリアムの事件簿~美少年と消えたドレスの謎~(「チョコレート・ダンディ~天使の誘惑は君の罪~【電子特別版】」用書き下ろしショート・ストーリー) イラスト/カスカベアキラ 完璧すぎる序章  ここは、王都ネルガリアの某所。大通りから外れ、ひっそりと静まり返った建物の一室。関係者以外は決して立ち入りを許されない、秘密の会合場所である。  周囲をきょろきょろ窺いながらやって来て、慎重に扉を叩いたのは、赤い髪をおさげに結った少女。薄く開いた扉の向こうには、白い顎髭を蓄えた口元が覗く。 「――坊ちゃまは?」  問われた少女は小声で答える。 「――可愛い」  言いながら両手でハートの形を作ってみせると、扉の隙間からも同じ仕種が返ってくる。  合言葉の確認が済み、少女は室内へ招き入れられる。部屋の奥にはすでに、ロマンスグレーのダンディと金髪の貴婦人がいた。少女は慌てて頭を下げる。 「すみません。寄宿舎を出てくる時にちょっといろいろあって、遅くなりました!」 「いいえ、坊ちゃまの素敵話は逃げませんから」  白髭の執事が答えれば、金髪の奥方様も微笑みを浮かべる。 「あらアデル。いいのよ、女学生はいろいろ忙しいのよね。それより、美味しいクッキーがあるのよ、早くこちらへいらっしゃい」  そう、ここは、エルデヴァド公爵家の御曹司オスカーを愛でる者たちが集う場所――今日は《坊ちゃまラブラブ友の会》の会合日なのである。  公爵夫妻の向かいに腰を下ろしたアデルは、お茶とお菓子をいただいてほっと一息ついた。そうしてから、おもむろに手提げ鞄の中身を取り出す。  この会合では、出席者がオスカーの素敵話をひとつ以上披露するのが決まりとなっている。アデルの持ちネタはほとんどが他愛ない惚気話だが、今日はオスカーがレース編みで作ってくれた付け襟を自慢しに来たのだ。 「見てください、これ! ワンピースに付ける襟なんですが、いろんな形があるんです。模様も凝ってて、これとか、リボンみたいに結べるようになってるんですよ」  アデルがテーブルの上に並べた付け襟を、エルデヴァド公爵ギゼールはまじまじと見つめる。 「……うちの息子は、何を目指しているのかな」  公爵夫人シェーラは小さく肩を竦める。 「可愛い恋人を、より可愛く飾ることしか考えていないのよ」  傍らでは老執事ジョセフが手帳に鉛筆を走らせている。付け襟の形を描き写しているのだ。 「さすが坊ちゃま、卓越したセンスが光るデザインの数々――。今年はきっと、これらの形の襟が流行ることでございましょう」 「ああ、そういえば――昔オスカーが、これと似たような形の襟が付いたドレスを着たことがなかったかしら? ほら、初等部の学芸会の時だったか――」  襟のひとつを手に取り、記憶を掘り起こすような表情になる公爵夫人に、アデルは「オスカーさんがドレス!?」と瞳を丸くし、ジョセフがさらりと答える。 「二年生の春に行われた学芸会でございますね。坊ちゃまは白い襟の付いた菫色のドレスを実に可愛らしく着こなされ、見事お姫様役を演じ切られました。あまりの可憐さに、このジョセフ、お姿を写し取る手が震えるほどでございました」 「ちょ、ちょっと待ってください、オスカーさんがお姫様役って……!? 王子様役の間違いじゃ?」  アデルが目を白黒させながら訊ねると、シェーラは隣の夫を見遣りながらおっとりと言う。 「あの子の王子様役は、ついぞ見ないで終わってしまったわねえ」 「うむ……。息子を持ったのか娘を持ったのかわからなかったな、あの頃は」 「それってどういう――……?」  当惑するばかりのアデルに対し、ジョセフがうっとりと答える。 「ご幼少の頃の坊ちゃまは、それはそれはそれは可憐な美少年であられ、学芸会でお芝居をすることになる度、お姫様役に抜擢されていらっしゃいました」  そこまで言って追憶の世界へ旅立ってしまったジョセフに替わり、シェーラが続ける。 「今でこそあんな偉そうな体格になってしまったけれど、子供の頃のオスカーはクラスで一番小さくて、顔立ちも女の子みたいだったのよ。それで、クラスメイトがみんな、オスカーにお姫様役をやらせたがったのね。他のクラスはそうでもないのに、オスカーのクラスはいつもお姫様が出てくる演目なのよ。もちろんオスカーは厭がるのだけど、お姫様役の票決を取ってもオスカーにしか票が入らないものだから、仕方なく毎回ドレスを着る羽目になって」 「オスカーさんがドレス……」  想像がつかない――とアデルは苦笑する。アデルにとってオスカーは、出逢った時から現在に到るまで、押し出しの良いダンディでしかないのである。 「じゃあ、一体いつからオスカーさんはあんな立派な長身になったんですか?」 「背が伸び始めたのは、中等部の終わり頃かしら……? とにかくお姫様役が回ってくるのが厭で厭で仕方なかったのね、ドレスが似合わない体格になってやるとばかりにいろいろなスポーツに励み始めて、高等部ではもうドレスは無理になっていたわね」 「オスカーさん、そんな理由でスポーツに打ち込んで、メダルを獲りまくったんですか……」  呆れるアデルに頷いてから、シェーラはため息をつく。 「おかげで高等部に上がってからの学芸会はつまらなかったわ。お姫様も王子様も出てこない、よくわからない前衛演劇みたいなものになってしまって」 「お姫様が駄目なら王子様役を、って方向にはならなかったんですか」 「そこが男子校の複雑な心理ねえ。――他にも、学校行事で目立つ役を押し付けられそうになる度、厭がるオスカーに先輩やクラスメイトが賭けを持ち掛けて、『これが出来たら勘弁してやる』の売り言葉に買い言葉、無茶苦茶な条件をクリアしようと真面目に努力した結果、無駄に特技を増やしてしまったのよね、あの子」 「ということは、オスカーさんが変に手先が器用なのも、楽器が弾けたりするのも……?」 「ピアノはね、中等部の時に学校の音楽祭で目立つ独唱に選ばれたのを拒否して、ピアノ伴奏をやりたいと主張したのよ。そうしたらクラスメイトに『もうすぐ開かれる王室主催のピアノコンクールで優勝したらピアノを任せてやる』と条件を出されて」 「……それで、飛び入り参加で優勝しちゃったんですか」  シェーラはこっくりと頷く。 「結局はコンクールの優勝記念にピアノのソロ演奏も音楽祭で披露する羽目になって、目立つ役回りからは逃げられなかったのだけれどね」 「嫌味なんだか切ない星回りなんだかわからない人ですね、オスカーさんって……」 「嫌味でも切なくもございません。坊ちゃまは完璧の星の下にお生まれなのでございます」  いつの間にやら追憶の世界から戻ってきていたジョセフが重々しく言った。手元の手帳には、オスカー作のレース編みが完璧に模写されている。 「すごいですね!」と言ってアデルが手帳を覗き込もうとすると、ジョセフは素早く手帳を上着の内ポケットに納めてしまった。  ジョセフ愛用の黒い革張りの手帳。知る人ぞ知る、坊ちゃま情報満載の貴重アイテムである。表紙をめくった一ページ目には、美しい筆記体でタイトルが記されている。 『当家の坊ちゃまが完璧で素敵すぎる件』  手帳の設えは重厚だが、タイトルは微妙にライトである。オスカーファン垂涎のこの手帳を、いつか隅から隅まで読んでみたいと願っているアデルだが、簡単には叶わない夢のようだった。 1  アデルが《坊ちゃまラブラブ友の会》の会合を終え、寄宿舎へ帰ると、玄関ホールの窓近くにこれまではなかった小テーブルが置かれ、薔薇を生けた花瓶が飾られていた。テーブルの下の床は、よく見ると色の違う板が打ち付けられている。  ――なるほど、応急処置ね。  朝、掃除婦のおばさんが脚立に乗って窓拭きをしていたのだが、うっかりバランスを崩して脚立から転げ落ちてしまった。幸い、おばさんに怪我はなかったものの、おばさんの立派な尻餅を受けた床が抜けてしまったのである。出かけようとしていたアデルはちょうどその場に居合わせ、床の穴に嵌まったおばさんを事務員たちと一緒に引っ張り上げるのを手伝ったために、会合に遅刻してしまったというわけだった。  花瓶を横目に見ながら階段を上って自室へ戻ろうとすると、事務員からオスカーが来ていると教えられた。急いで面会室へ行ってオスカーの姿を見たアデルは、先刻聞いたお姫様役の話を思い出してしまい、なんとも奇妙な気分に陥った。  ――やっぱりどう見ても、今のオスカーさんからはお姫様役なんて想像出来ない……。  戸口で立ち尽くしたまま動かないアデルに、オスカーが怪訝顔をする。 「なに? どうかした?」 「あ、いえ、時間を遡ることが出来たらいいなあ……なんてちょっと思っただけで」 「え?」 「子供の頃のオスカーさんと会って、可愛いお姫様役を見てみたかったなあって」  アデルがそう答えた瞬間、オスカーのこめかみに青筋が浮かんだ。 「また、ジョセフからおかしな話を聞いてきたんだね」 「おかしな話じゃありません。オスカーさんの貴重な子供時代のエピソードです。聞かせてもらえて嬉しかったです」  向かいのソファに座りながら言うと、オスカーは頭を振る。 「私にとっては闇に葬りたい過去だよ。君も、今日聞いた話は忘れてくれ」 「忘れられませんよ。オスカーさんにまつわる話って、いちいちインパクトあるんですから」 「それは、ジョセフが大げさに言っているだけだよ」 「シェーラ様からもいろいろ聞かせていただきました」 「今日は母も一緒だったのかい」 「ギゼール様もです」  オスカーは肩を大きく上下させてため息をついた。 「まったくあの三人は、君に何を吹き込んでくれるかわかったものじゃない……。そもそも、ジョセフがわざわざドレスだの鬘だのを用意してくるから、クラスメイトも悪乗りし始めたんだ……。挙句、両親は画家まで呼んでドレス姿の俺を……! 誰かひとりくらい、俺のお姫様役に反対してくれる人間がいてもよかったんじゃないのか、みんな俺をなんだと思っているんだ……息子を娘にして何が楽しいんだ……」  横を向いてぶつぶつこぼし始めたオスカーを、アデルはにこにこしながら見つめる。そんなアデルの表情に気づき、オスカーがまた怪訝顔になる。 「どうしてそんな嬉しそうな顔をしているんだい?」  アデルは笑顔のまま答える。 「愚痴を言いたくなる家族とか身内とか、そういうのがいるっていいですよね。私には、そういう存在はいませんでしたから――」  今は兄が出来たが、マースは優しくて親切で、特に文句を言うところはない。 「だったら、恋人の愚痴を言えばいいよ」 「そんなの――あなたは完璧じゃないですか。愚痴なんて言うことないです。大体、あなたについて下手なことを言うと、みんなに『惚気てるの?』ってからかわれちゃうし……」  アデルが語尾をむにゅむにゅ濁らせると、オスカーが明るい顔になる。 「みんなの前で、私のことを惚気てくれているの? どんな風に?」  手招きをされるままオスカーの横に移動して、アデルはやはりむにゅむにゅと答える。 「どんなって――別に、大したことは言ってないんですけど……」 「大したことじゃなくても聞きたい」 「聞かせて?」と耳元に甘い声でささやかれ、ドキン! と激しく心臓が跳ねた。  ――こんな声で女の子にささやく人、絶対にお姫様なんかじゃない!  甘いチョコレートのような声にどぎまぎしつつ、オスカーの腕に抱き寄せられると、不意に猛烈な眠気が襲ってきた。そういえば昨夜はろくに眠っていないのだ。  チョコレート・ヴォイスにとろけさせられているのか、眠気による脱力なのか、自分でもよくわからないまま、アデルはオスカーの胸に顔を埋めて目を閉じた。  そしてその夜――寄宿舎の一室では《ねんねのアデルを守る会》の緊急会合が開かれていた。 「アデルったら、面会室でオスカー様と会っている時に眠ってしまったんですって」 「事務員さんたちがオスカー様に救けを求められて、アデルを部屋まで運んだみたいよ」 「まあ寄宿舎の面会室でなら、滅多なことにはならないでしょうけど――これが外でだったら危ないところだったわね。アデルには厳重注意をしておかないと」 「叱るより、冷やかす方が効果的じゃない? アデルはねんねで恥ずかしがり屋だし」 「そうね、その方向で反省を促しましょう」 ◇―――*◆*―――◇  翌日の放課後――。面会室での失態をクラスメイトに散々からかわれたアデルは、深く反省しながら公園へ足を向けた。  最近、変な時間に眠くなってしまうのには理由があるのだ。 『令嬢探偵ミルティの事件簿』二巻は無事にプロットが固まり、張り切って原稿を書き始めたはいいものの、異様に筆がノリノリなのである。特に、夜になるとテンションが上がり、ペンを走らせる手が止まらない。おかげで毎晩消灯後もこっそりランプを点けて頑張って徹夜状態、反動で昼間に眠くなり、授業中も居眠りが多いと注意されるようになってしまった。  昨日の会合中は、オスカーの子供時代の話を聞けて興奮していたのでまだよかったのだ。けれど寄宿舎へ帰ってからオスカー本人の顔を見て、彼の腕の中に包まれたら、もう駄目だった。心地好い安心感に後押しされ、眠気の虜になってしまったのだった。  オスカーの腕でぐっすり寝たあと、昨夜も筆はノリノリで、そして今日の昼間の授業で居眠りをした結果、宿題が上乗せされた。部屋でやるとまた寝てしまうので、最近は公園で宿題を片づけてから帰るようになったアデルである。  人のいない四阿を見つけて教科書とノートを広げ、明日こそは居眠りしないように気をつけねばと反省しながら、真剣に宿題に取り組む。――が、そうこうするうちに小説の文章が浮かんできてしまい、取り組んでいるものがノートから原稿用紙に変わるのはいつものことだった。  今日も、いつの間にやら原稿執筆の方に夢中になっていると、テーブルの向かいにスケッチブックを持った女性が座った。  原稿やメモがテーブル中に散らばっているのに気づき、アデルは「散らかしちゃってごめんなさい!」と謝りながら慌ててそれらを自分の方へ搔き集めた。  街のみんなが利用する公園のテーブルを私物化しちゃいけないわよね――と縮こまるアデルだったが、向かいに座った女性はテーブルの上に身を乗り出し、アデルが搔き集めた原稿を覗き込んできた。そして興奮気味に訊ねてくる。 「これってもしかして――ミルティの原稿ですか? しかも続編!? あなた、アデル・バロット先生!?」 「えっ――」  アデルはびっくりして目の前の女性を見つめた。  赤っぽい金髪に緑色の瞳をした女性は、引っ詰め髪に化粧っ気もなければ洒落っ気もない服装で、齢の頃は二十代半ばほどに見える(顔立ちがとても綺麗なので、化粧をしたらものすごい美女になりそうだ!)。もう少女小説を読む年頃を過ぎているように思われるが――ミルティや自分の名前を知っていてくれるとは、もしかして出版業界の人だろうか? それとも書店の人? はたまた妹が愛読してくれているとか?  瞬時に様々な推理を働かせるアデルに、女性は至極シンプルな答えをくれた。 「私、バロット先生のファンなんです! ミルティの続編、楽しみにしてるんです!」 「えっ――」  再度絶句しながら、――この展開、何か既視感がある! と思うアデルだった。そう、立場は逆になったものの、自分がリュミエラ・ローズ先生(シヴィル)と出会った時にそっくりだ。あの出会いは仕組まれたものだったが、現実にこんなことがあるものなのか……!? 「私、ユリアといいます。いい齢をして少女小説を読んでるって、笑わないでくださいね。面白いものはいくつになって読んでも面白いんだもの。ミルティが次にどんな事件に巻き込まれるのか、もう楽しみで楽しみで! もちろんロイスとの関係がどうなるのかもドキドキ!」 「――……」  ユリアが小説の感想を語るのを、アデルは夢の中にいるような心地で聞いていた。  ファンレターをもらったことはあるが、面と向かって直接、知らない人からファンだと言われたのは初めてなのだ。  今まで、知り合いに作品を面白かったと言われても、話三分の一くらいに受け取ることにしていた。オスカーの「とても面白かったよ」は、十分の一くらいに受け取っていた(あの人は自分を甘やかすから!)。  だがユリアは、今日初めて会った人だ。自分に何の縁も義理もない人が、わざわざお金を出して本を買ってくれる――。その上、ちゃんと最後まで読んでくれて、面白いと思ってくれるなんて、奇跡のような、信じられないことだと思う。  呆然としているアデルの前で、ユリアは浮き浮きと喋り続ける。 「でも、バロット先生がこんなに若いお嬢さんだったなんて知らなかったわ――。その制服、ルベリア女学園ですよね。そっか、お嬢様学校の現役女学生だから、令嬢探偵のお話をリアルに書けるのね。きっとバロット先生も、いろいろ面白い事件や不思議な事件に遭遇してるんでしょうね。実際、ロイスみたいな人が傍にいたりして!? ううん、あんまり先生のプライベートを詮索しちゃいけないわね、作品の続きを黙って楽しみに待ってないと。――あっ、私、絵を描くのが趣味なんです。記念に先生を描かせてもらってもいいですか? スケッチだけ、簡単に!」  ユリアはアデルに有無を言わせず、持っていたスケッチブックに鉛筆を走らせ始め、アデルは面喰らったまま身動きも出来ず、スケッチが終わるのを待つ羽目になった。そうして、簡単にと言った割には念入りにアデルの姿を描き留めたユリアは、「原稿の邪魔をしてすみませんでした!」と頭を下げ、アデルに握手を求めてから去っていった。 「――……」  生の読者に会ったのも初めてなら、絵のモデルになったのも初めてである。すっかり宿題をやる気分ではなくなったアデルは、ふわふわした足取りで四阿を出た。  ――なんか……なんかびっくりしたけど、嬉しい……!  思いがけずお姉さん読者だったが、読者は読者だ。面白いと言ってもらえて嬉しかった。  にやにや緩んだ顔でスキップしながら帰ってきたアデルを、寄宿舎の玄関ですれ違った生徒たちは不思議そうに見たのだった。 ◇―――*◆*―――◇  それから数日後――。徹夜明けのアデルの眠気も覚める、大事件が起きた。  ゴシップ記事が専門の『大衆紙』と呼ばれる新聞に、スクープとして少女小説家アデル・バロットのプロフィールが載ったのである。  寄宿舎の談話室には日刊や週刊の新聞が置かれているのだが、それらは貴族御用達の『高級紙』ばかりで、アデルは今まで大衆紙というものを目にしたことがなかった(孤児院時代は、新聞自体を読む習慣がなかった)。しかしゴシップ好きのルームメイト、マリはこっそり大衆紙を愛読していたらしい。大変な記事が出ている、とアデルに教えてくれたのだ。  アデルは、年齢も経歴も非公開で作家デビューした。それは主に、オスカーとの関係を騒がれたくなかったためなのだが、今回、大衆紙《アローズ》に掲載されたのは、その配慮がぶち壊しになる記事だった。  アデルが孤児院育ちであること、オスカー・エルデヴァドの援助によってルベリア女学園に入学したこと、その後、リンドール貴族の娘だと判明したこと、オスカーと婚約したこと、経歴を伏せて作家デビューしたこと――端的に言えばそれだけのことを、大げさに膨らませ、あることないこと勝手な想像でメロドラマ風に書かれている。  本来、新人少女小説家のプロフィールが判明した程度の記事が新聞の一面を飾ることなどあり得ないが、それがオスカー・エルデヴァドの婚約者となれば、話は別だった。おさげに制服姿のイラスト付きで、アデルはでかでかと新聞のトップ記事にされていた。 「このイラスト、なかなか似てるわね。どこかでアデルを観察しながら描いたのかしら?」  ジェシーはそう言って呑気に笑い飛ばしたが、すべての人間が笑って済ませてくれるわけではなかった。社交界では、アデルが作家をしていることを知らなかったうるさ型たちが眉を顰め、街では、オスカー・エルデヴァドの婚約者が書いた小説とはどんなものかと、少女小説の対象読者層ではない人々までもが興味本位に『令嬢探偵ミルティの事件簿』を手に取った。結果、急な増刷が決まったとユーディから連絡が来たほどである。  アデルが外を歩けば、ファンだという女の子たちからサインをねだられ、知らない大人にも、じろじろ顔を見られたり話しかけられたりする。実に偽家族騒動以来の騒がしさだった。 「新聞に顔が載っちゃったのがまずかったわね~。ルベリアに通ってるというのもしっかり書かれちゃってるし、今やアデルも有名作家の仲間入りね」 「……こんな風に有名になんてなりたくない……」  作品が面白いといって評判になるなら嬉しいが、『オスカー・エルデヴァドの婚約者』であることが噂になって本が売れても、ちっとも嬉しくない。  アデルとしては、事実と異なる内容が大半を占める記事を載せた《アローズ》に抗議する気満々だった。しかしそれを止めたのは、外ならないオスカーだった。  記事の最後に付けられた可愛いクマのマークを指して、オスカーはため息をついた。 「このマークは署名代わりでね、これを書いたのはユリア・メイシー――厄介なことで有名な女性記者だよ。相手にすると、却ってしつこく付き纏われる。無視するのが一番だ」 「ユリア? ユリアって……あの、私、この間、公園で原稿を書いてる時、その名前の女性に声をかけられたんです。赤っぽい金髪を引っ詰めた人で、私のファンだって。本の感想を言ってくれて、会えた記念にって私の顔をスケッチブックに――」  アデルが蒼ざめながら説明すると、オスカーは「やられたね」と苦笑した。 「じゃあ、あれは――本当は私のファンなんかじゃなくて、取材!? 私を近くで見て、新聞に載せるイラストを起こすために……!?」  ――つまり、偶然ファンと同じテーブルに座るなんて奇跡は、やっぱり現実にはあり得ないってこと? 今回も、仕組まれた出会いだったということ――!?  あの日の浮かれたスキップを返して欲しい。新米作家をぬか喜びさせるなんてひどい――!  がっくりと項垂れるアデルの頭を、オスカーは慰めるように撫でた。 「ユーディのところにも君について問い合わせが来ているようだけど、ノーコメントを頼んである。しばらくすれば、また別の面白い事件が起きて世間の目はそちらへ向くだろうから、騒がしいのも少しの間の辛抱だよ。それに、君は何も悪いことをしたわけじゃない。堂々といつもの生活をしていればいいんだ」 「……オスカーさん、こういうことに慣れてる感じですね」  俯いたまま上目遣いに訊ねると、オスカーはまた苦笑した。 「ユリア・メイシーには、今まで私もいろいろ書かれているからね」 「オスカーさんも? どんなことを書かれたんですか?」 「まあ……いろい