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作者:秋月志緒,硝音あや
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-11-18(Enterbrain)
价格:¥1691 原版
文库:Bs-Log文库
丛书:紺碧の騎士団(3.5)
代购:lumagic.taobao.com
【合本版】紺碧の騎士団 全3巻 【合本版】 紺碧の騎士団カヴアリエーレ 全3巻 秋月志緒 電子版 ビーズログ文庫 本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載したりすることを禁止します。また、 本作品の内容は、底本発行時の取材・執筆内容に基づきます。  目次 紺碧の騎士団 ─サラキアの書と海の宝石─ 紺碧の騎士団 ─二人の王子と海の翼─ 紺碧の騎士団 ─約束の剣と海の虹─ 紺碧の騎士団カヴアリエーレ ─サラキアの書と海の宝石─ 秋月志緒 電子版 ビーズログ文庫   目次 * * * 序 章 海の上を駆ける馬 第一章 家主さまは冷酷非情 第二章 王立騎士団、入団式 第三章 怯える聖獣 第四章 神官の予言 第五章 迫る陰謀 第六章 事の真相 第七章 その後のお話 終 章 さよならのその先は あとがき * * *  リリアは幼い頃から、屋敷近くの海岸で海を眺めるのが大好きだった。  その理由は、『海の上を走る馬』と『その背にまたがる人間』の姿を見ていたかったから。五歳の頃に、『彼等が所属する隊』に命を救われたリリアは、彼等に対して強い憧れを抱いていたのだ。  その馬は毎日決まった時刻に、紺碧の海の上を横切っていった。  そのしなやかな体や額の中央に生える螺旋状の角は、さながら芸術作品のよう。またその馬を自在に操る人間の姿も、リリアの目には美しく映った。  そしてリリアが八歳になったばかりの、とある日のこと。 「わあ……! 来た!」  リリアはいつもと同じように、海の上を走る馬を眺めていた。  白波が立つ海面を、風のような速度で駆け抜けていく漆黒の体。時折騎手が「はっ!」と胴を蹴り、その度に水しぶきがきらきらと跳ねる。 「きれい……!」  リリアは小さな手で、パチパチと手拍きした。  その頃にはその馬が、『水棲馬スイレーナ』と呼ばれる聖獣であること。さらに水棲馬にまたがる人間が、『王立騎士団』に所属する『騎士』であることをリリアは知っていた。  そして、いつか自分も絶対に騎士になってやる!! そう決意していた。 「いいなぁ、いつかわたしも水棲馬に乗りたい! あの騎士みたいに剣を片手に国を守って……というか、大人になったら絶対に騎士団に入ってみせるわ!!」  興奮するあまりに海に向かってそう叫ぶのも、もはや毎日のこと。  けれどその日だけはいつもと違っていた。リリアの独り言に返ってくる声があったのだ。 「やかましいぞ! こっちは今、夫婦ゲンカの真っ最中なんだ。黙ってろ!」  それは若い女性の声だった。  いきなり怒鳴りつけられて、リリアは「ひっ」と震え上がった。  ──え? ていうか今どこから声がした? 海岸? そこの岩場? 上の家?  リリアはきょろきょろと辺りを見回した。  どこから飛んできたかはわからないけれど、とりあえず謝ったほうがいいだろうか? 「ご、ごめんなさ──い!」 「だからやかましいって言ってんだろうが、このアホが!」 「ぎゃっ!」  素直に謝ったのに、なぜか再び怒られた。しかも今度は物を投げつけられるというおまけつきだ。後頭部にゴンッと直撃した何かが、リリアの足下にころりと転がる。 「それでもくれてやるからさっさと失せろ!」 「えっ、知らない人に物なんかいただけません!」 「クソ旦那にもらったクソみたいなものだ。今すぐ捨てたい気分だからもらっとけ!」  拾い上げると、それは手の平ほどの大きさの石だった。海草がびっしりこびりついた黒い石で、正直すごく汚い。よくよく見れば、何やら文字が彫ってある。 「……レジーナ・アズーリ? って……誰のこと?」  口に出した瞬間、その石が手の平の上でどろっと溶け出したように思えた。 「きゃ──汚い! ナメクジ!? ナマコ!?」 「だからやかましいって言ってんだろうが!」 「ご、ごめんなさ──い!」  これ以上物を投げつけられるのはかんべんだ。 「ではこの気持ち悪いもの、ありがたくいただいておきます!」  礼を言って、リリアはそそくさと逃げ出した。  ──残念。今日はあと二回も水棲馬を見るチャンスがあったのに!  そう考えながら、屋敷に向かって海岸をひた走る。 「あっ……」  そういえば、あのおかしな石はどうなっただろうか?  足を止めて、おそるおそる右手を開いてみた。しかしそこに汚い石は見当たらなかった。  代わりに手の平に、『レジーナ・アズーリ』との文字が彫られている。不思議な模様と共に、まるで入れ墨のように。 「え────っ!? うそ、おかしなことになってる!」  反射的に叫ぶと、三度あの怒声に追いかけられた。 「だからやかましいと何度言えば──!!」 「きゃ──ごめんなさい! ここにはもう二度と来ませ──ん!!」  それ以降リリアは、その海岸に足を踏み入れることはしなかった。  そしてその日から、欠かさず手袋をはめる生活を強いられるようになったのである。  ──右の手の平に居座る、『青の女王レジーナ・アズーリ』という文字のせいで。  石畳の路面を走り続けていた馬車が、ふいに停止した。  どうやらあらかじめ指定しておいた場所に到着したらしい。 「じゃあわたし、ここで降りるわね」  リリアが馬車の扉を開けると、乾いた風がさあっと車内に入り込んできた。潮の香りを乗せた海風は肌にちょうどいい温度で、春の訪れを感じさせる。 「ずいぶんと重そうな荷物だけれど、まさかそれを一人で持つつもり?」  物憂げな顔をする母親の前で、リリアは「大丈夫!」と大きな旅行鞄を持ち上げてみせた。  なにせ連日、剣を片手に稽古している身だ。腕力にはちょっと自信がある──が、母親が心配しているのは、全く逆の問題だった。 「年頃のレディが、そんな大きなものを軽々と持ち上げてはダメよ」 「わかってるわ。人目があるところではちゃんと重そうに持つから心配しないで」 「いい? どんな状況でも常に淑女らしい行動を取ること。それを忘れないでね」 「それもわかってる」  リリアがこくりと頷くと、母親は安堵したように口元をほころばせる。 「リリア……ほんっとうに一人で残るのかい? なんなら今からでもパパと一緒に……!」 「ダメよあなた。それは言わない約束でしょう?」  妻にたしなめられ、バツが悪くなったのだろう。奥に座っていた父親が「でも……」と半泣きになった。 「姉さま、もうお別れなのですか?」  リリアの隣に座っている七つ年下の弟も、しゅんと項垂れている。 「やだ、二人とも元気出して。しばらく会えないんだから普通に笑って?」  ね? と同意を求めると、父親と弟は渋々といった態で顔を上げた。けれどもまだ気分は浮上しないのだろう。顔には不満の色が残っている。 「それにほら、長期休みには必ず会いに行くし、手紙だって書くから。ね?」  するとそこで、父親がカッと目を見開いた。 「手紙は三日に一度!」 「えっ、それは無理!」  ほとんど条件反射の返事だった。  だいたい三日に一度なんて、筆無精なリリアにとっては厳罰レベルだ。 「み、三日に一度はちょっと……半月に一度くらいなら書けると思うけど」 「三日に一度!」  今度は父親の声に、幼い弟の声も上乗せされていた。 「うう……か、かなり頑張って十日に一度なら」 「三日に一度!」 「一週間に一──ああもうわかった! 三日に一度ね。書きます、書きますとも。書いたらすぐに送らせていただきます、すっごく面倒だけど!」  半ば投げやりに宣言すると、父親と弟は「やったー!!」と手をとってはしゃぎ始めた。  彼等がこれほど嬉しそうな顔を見せるのは、実に三カ月ぶりくらいかもしれない。 「リリア、約束を破ったら即『退団』だぞ!」 「姉さま、紙とナイフがあるので今すぐ血判を! 口約束では心許ないので!」 「そ、そんなことしなくてもちゃんと書くから! ね!?」  ──まずい。これはかなり面倒なことになった。  早速新生活に影が差したような気がして、リリアはがくりと肩を落とす。 「じゃあわたし、本当に行くから」  馬車を降りると、眼下にはレンガ造りの町並みが広がっていた。さらにその向こうには、青と緑を溶かし込んだような色合いの海が続いている。  ここはバルトランツ王国の王都、フェネツァ。その町並みを見下ろす高台の広場だ。  リリアは今からここで、家族とひとときの別れをする。  その理由は、家庭の事情半分、リリアの事情半分といったところだった。 「リリア、お世話になる方への挨拶は念入りにするのよ」  馬車の窓が開き、家族三人が我先にと顔を出した。 「ママ、わたしもう十六よ。ちゃんとできる。心配しないで」  薄茶色の長い髪を手ぐしで整え、革のブーツを履いた足を揃える。紺色の外出用ドレスのスカート部分をつまみ、「ではごきげんよう」と淑女風の挨拶をしてみせた。  紫色の大きな瞳はリリアを少し幼く見せるけれど、小さな唇に大人ぶった笑みを浮かべれば、リリアだってそこそこ見られる容姿をしている。 「……そうね。ちょっと元気すぎるけれど、あなたももう大人ですものね」  母親は紅をさした頰に手をあてて、ほうっと息を吐いた。 「困ったことがあったらすぐに連絡をよこすのよ」 「ええ、手紙を書くわ」 「それから騎士団に入ることを、やたらと人に明かしてはダメよ。剣術が得意なことも黙っておきなさい。あなたは女の子なんだから、将来に差し障りのないように──」 「ちゃんとわかってるわ。それよりママたちも気をつけてね」  こちらの様子を窺っていた御者に向けて、目で合図をする。その途端に質素な箱形馬車は、北の方角に向けて走り出した。  王都と反対方向のそちらには、切り立った山々が霞んで見える。家族三人がこれから暮らす田舎町は、その麓にあるはずだ。 「姉さま、お体に気をつけて……!」 「リリア、パパはいつだっておまえの幸せを祈っているからな!」  手を振る父と弟の顔が、次第に遠ざかっていく。  泣かない。さみしくなんてない。自分はもう夢への一歩を踏み出したのだ。どんなに辛くたって、絶対に騎士団を退団なんてしないのだから──。  馬車が見えなくなるまで手を振ってから、背後の景色を振り返った。眼下に広がる町並みの中に、飛び抜けて大きな白亜の建物──この国の王宮を見つける。  さらにその隣には、半球状の特徴的な屋根が並んでいた。バルトランツの民が信仰する海神『ネプトゥス』の神殿である。 「リリア・コルテーゼ、明日からバルトランツ王国、王立騎士団に所属いたします!」  リリアは白い手袋を着けた右手で、ぴしっと敬礼した。  胸の中に漂っていたさみしさや不安は、そうしている間にすっかり消えていた。  ここバルトランツ王国は、国土の前半分を海、後ろ半分を険しい山々で囲まれた国だ。  漁業の他には宝石の採掘やガラス細工などが盛んで、それを他国に輸出することで生業を得ている。  貿易や交通が全て海から行われているのは、北側の山脈が険しすぎて山越えが不可能なためだ。それによりバルトランツの主要都市は、たいてい海沿いに置かれていた。  ちなみに周辺諸国とは良好な関係を築いているバルトランツだが、唯一、隣国のノワール王国とだけは緊張関係にある。その理由は、バルトランツの宝とも言うべき『水棲馬スイレーナ』をノワール王国が欲しがっているから。そのためバルトランツには、大規模な『王立騎士団』が存在している。  リリアはそれに入団することを、幼い頃から夢見てきた。そして願いが叶ったのが今から三カ月前のこと。初めて受けた入団試験で、見事合格を手にしたのだ。  しかしリリアの両親は、リリアの入団を真っ向から反対した。『団員のほとんどが男性である騎士団に、なぜ宮廷貴族コルテーゼ家の一人娘が入団する必要があるのだ』と。  それでもリリアは入団をあきらめなかった。そして面倒なことに、両親も反対することをあきらめなかった。  かくして親子間の舌戦は、しばらくの間続いたのである。 「確か……この辺りだったはず」  家族と別れてから一時間後。リリアは王宮の西側の路地を歩いていた。  目指しているのは、本日からリリアがお世話になる家。リリアの剣術の師が、伝手を頼りに探してくれた下宿先だ。 「よいしょっ……と」  右手に持っていた旅行鞄を左手に持ち替え、空いた手に地図を握る。大きすぎるほどの鞄を軽々持つリリアに、道行く人々が目を丸くした。  いけない。先ほど母親に注意されたばかりなのに、すっかり忘れていた。 『年頃のレディが、そんな大きなものを軽々と持ち上げてはダメよ』  リリアは鞄の取っ手を両手で握り、せいぜい非力なふりをする。  だが本当はこの程度の荷物を持つことなど、リリアにとっては朝飯前だ。  幼い頃から厳しい師のもとで稽古に励んできたリリアは、華奢な体つきからは想像もつかないほどの腕力と身体能力、そして戦闘能力を持っている。  だからこそ女性ながらに騎士団への入団を許されたのだろう。その事実が今のリリアの一番の誇りだった。──とはいえ、家族にも理解してもらえなかった誇りだけれど。 「ええと……アンフォッシ、さん」  リリアはとある二階建ての家の前で足を止めた。  路地の左右にはレンガ造りの建物がずらりと並んでいたが、その中の一軒に『アンフォッシ』との表札がかかっている。  ──クラウディオ・アンフォッシ。  それが、リリアがこれから世話になる家主の名前だった。  はやる気持ちを抑え、玄関扉までゆっくり歩み寄った。コンコン。少し控えめにノックをして、髪やスカートの裾を整えながら待ちかまえる。  リリアの師曰く、この家には家主であるクラウディオと、使用人の女性が住んでいるだけだという。いくつか部屋が余っているので、リリアを受け入れる余裕もあるのだとか。  しかも王宮周辺では有り得ないほどの格安家賃で住まわせてくれるのだから、親からの仕送りなどあてにできない身としては、この上なくありがたい。 「アンフォッシさん、いらっしゃいますか?」  リリアは再びコンコン、と扉をノックした。今度は先ほどよりも強めに。  するとそのうちに、ガチャリと扉が開いて一人の男が現れた。  黒髪に青い瞳の、背の高い青年だった。  歳は二十歳を少し超えたあたりだろうか。思わず息をのんでしまうほどに整っている顔立ちだが、リリアが抱いた第一印象は『なんだかちょっと冷たそうな人』だ。  どうしてかしら。そう考えながら、リリアはその青年をひとしきり見つめ続けた。そしてなぜ冷たそうだと感じたのか、すぐに思い当たる。  まずは彼の目つきが鋭いのだ。──鋭いと言ったほうがいいのか、悪いと言ったほうがいいのか、選択に迷うくらいに。そして完全なる無表情。これも無表情と言ったほうがいいのか仏頂面と言ったほうがいいのか、微妙なところである。  彼は白いシャツに黒のズボン、足下は革のブーツといったラフな格好をしていた。 「君は誰だ?」  黙りこくっているリリアを不審に思ったのか、冷ややかな視線をこちらに向けてくる。 「あの、こんにちは。どうもはじめまして」  とりあえず体裁を取り繕うべく、慌ててドレスのスカートの中で膝を曲げた。 「わたし、今日からこちらでお世話になるコルテーゼ家の者です」 「ああ、そういうことか」  リリアの正体を知ってホッとしたのか、彼の表情が少しだけ柔らかなものになる。 「クラウディオ・アンフォッシだ。よろしく。──で? 当の本人は?」  だが今度は、リリアが「は?」と表情を強張らせる番だった。 「当の本人、ですか……?」 「家で預かる男の子のことだ。君の弟君なんだろう?」  ええ!? リリアは声に出さずに驚いた。ちょっと待って、いったいどうしてそうなった。  男の子って、そんなことあるわけないじゃない! 「いえ、この家に住まわせていただくのはわたしなんですけど……!」  するとクラウディオも、「はあ!?」と声を上げ、青い目を丸くした。 「君は何の冗談を……」 「冗談なんかじゃありません。本当にわたしなんです!」 「だがあいつは、自分の弟子を預かってほしいと言っていたぞ」  クラウディオが言う『あいつ』とは、リリアの剣術の師のことだろう。そして師の発言は間違ってなどいない。事実リリアは、彼の弟子だったのだから。 「ですからその弟子とはわたしのことなんです」 「女が剣術を? 噓だろう?」  その言葉を聞いて、リリアは内心でイラッとした。  確かに古来より、剣術とは男性が学び、つきつめるものとされてきた。けれども時代は変わった。今や王立騎士団にだって女性が入団できる時代なのだ。──が。 「ええと、剣術はちょっと嗜む程度で……」  苛つく気持ちをぐっとのみ込み、代わりに噓を口にした。  剣術が得意なことを、やたらと他人に明かさない。そんな約束を母親としていたからだ。 「ああ、護身術とかその程度か」 「ええ、まあ、そのような感じで……」  その場にしばしの沈黙が訪れる。  これはいったいどうするべきか。リリアは頭の中でぐるぐると考えた。  家主であるクラウディオは、下宿人が男だと思っていた。ということは、相手が女であると明らかになった今、この話自体が立ち消えになる可能性もある。  それはまずい。いや、まずいなんてものじゃない。激しく困る。  困った時はどうする? そう、困った時は──。 『困った時は先手必勝で突っ込めこのやろう! 相手は泡を食っているうちにザ・死亡だ』  頭の中に剣術の師の助言が響き渡った。  そう、敵と出会って睨み合いになったらまずは先手をとる! リリアはそう教えられた。 「あの、まずはわたしの話を聞いていただきたいのですが……!」  手にしていた旅行鞄を放り投げ、両方の拳をぐっと握る。その途端。 「悪い。この話はなかったことにしてくれ」  頭の上から恐れていた一撃が降ってきて、リリアはいきなり大ダメージを受けた。 「ちょ、ちょっと待ってください、今なんて──」 「だからここで預かるという話はなかったことにしてくれと言ってるんだ」 「どうしてですか!?」  リリアは目の前に立つクラウディオにすがりついた。 「お願いですからそんなことおっしゃらないでください! だってわたし、明日から仕事が始まるのに……!」 「だがここで女を預かるわけにはいかない。男の家だぞ? 君も少し考え直せ」 「でもお手伝いさんが住み込んでるって……」 「なんだその適当な情報は。確かに雇ってはいるが、住み込みではない!」 「あのバカ師匠──っ!!」  リリアは今ここにいない師に対して怒り狂った。前々から適当な人だとは思っていたが、今回の件は今までで最高レベルの適当さだ。  ──後で絶対に仕返ししてやる! しかも師匠が泣いて謝るほどの陰険な方法で!  リリアは心の中で、師への恨みをふつふつと煮えたぎらせる。  と、一方のクラウディオは、いきなり玄関扉を閉めようとした。 「ということで、申し訳ないが他をあたってくれ」 「ちょっと待った──!!」  閉められてなるものかと、わずかな隙間から旅行鞄を投げ入れる。続いて自らの体も強引にねじ込むが、淑女にあるまじき行儀の悪い行為だった。 「お願いですからちょっと待ってください……! というかそもそもわたしは悪くないのに、どうしてわたしが追い返されなければいけないんですか!」  そう。よく考えてみれば、下宿人を男だと勘違いしたのはクラウディオのほうだ。 「だからちゃんと謝っただろうが」 「謝ったから追い返すって、そんなのおかしい! 冷酷非情の人でなしよ。そちらに非があるんですから、ちゃんと責任をとっていただかないと困ります!」  するとその直後、目の前に立つクラウディオのこめかみに青筋が走った。 「……おまえそれ、本気で言ってるのか?」 「も、もちろん本気です……!」  今さら退くものかと、リリアは両足にぐっと力をこめる。 「そうか、この俺が珍しく謝罪してやったというのに、本気でそんな暴言を……」  その時、クラウディオが手にしていたドアノブが、バキボキッとおかしな音を立てた。 「え……?」 「このクソバカ女が……! ふざけるのもいいかげんにしろよ?」  いつしかクラウディオを取り巻く空気が、邪悪な色に変化している。 「ク、クラウディオさ……?」 「だいたい初対面でその口のきき方はなんだてめぇ。あぁ?」  彼がいきなりぶちぎれたので、リリアは「ひぃっ」と息をのんだ。  クラウディオの口元にはうっすらとした笑みが浮かんでいたが、目元は完全に笑っていない。眉や頰はぴくぴくと痙攣していて、まるで悪魔のような形相だ。  まずい。これは完全にこちらの失態だ──というか、この人いきなり恐いんですけど! 「ご、ごめんなさい……!」  リリアは深々と頭を下げた。 「これからはちゃんと気をつけます。ですから予定どおりに下宿させてください!」 「二度と顔を見せるな!」  リリアの足下に、壊れたドアノブが投げつけられる。 「ひぃっ……しょ、食事も作りますし、掃除もします。間違ってもクラウディオさんのこと襲ったりなんてしませんから!!」 「あったりまえだろうがこのアホが!! そもそもおまえみたいなガキは願い下げだ!」  大きな雷を落とされ、リリアはとうとう外へと追い出された。再び中に進入しようと試みるが、クラウディオにあっさり阻止されてしまう。 「おい、確かおまえの家は宮廷貴族だったな?」 「──それは!」  リリアは思わず言葉を詰まらせた。  つまりクラウディオはこう言いたいのだ。  宮廷貴族ならば、受け入れてくれる家などいくらでもあるだろう、と。そしていざとなったら、ホテル住まいをしたところで金銭的にも痛くないだろう、と。  ──それは確かに、宮廷貴族ならそうだろうけれど。 「……クラウディオさんがどのような方かは存じませんが、世間の──特に宮廷内の情勢には、あまり興味がない方だということはわかりました」  挑むような調子で言うと、クラウディオは、「あぁ?」と、むっとしたようだった。 「自分に必要な情報だけを入れるようにしている。それが俺のやり方だ」 「でしたら今、ぜひこの話を聞いてください。わたしの父は──コルテーゼ家は上流といわれる宮廷貴族でしたけど、官位を失えばさすがに没落するんです!」 「────っ!」  その瞬間、クラウディオはひっぱたかれたような顔をした。 「だからわたしは、クラウディオさんを頼ることしかできないんです……!」  気丈に言ったつもりだったけれど、リリアの顔は自然とうつむいていた。口に出した事実が自分の胸に刺さって、ちくりと痛む。 『──おまえの騎士団への入団を認める。自分が目指すところまで頑張ってみなさい』  父親からそんな許可をもらったのは、今から半月前、父が失職した直後のこと。  財を奪われ、田舎に引っ越すしかなくなった両親は、もう『なぜ宮廷貴族コルテーゼ家の一人娘が入団する必要があるのだ』との文句を言えなくなってしまった。そのためリリアは一人、王都に残ることを許されたのだ。  それはリリアにとって喜ばしいことだったけれど、コルテーゼ家が没落したことは、その何十倍も何百倍も悲しいことだった。  幼い頃からあたりまえにあったものが、全て消えていく。リリアの目の前で、ものすごい速度で。その悲しみはまだ、癒えはしない。 「とにかくそういう状況なので、なんとかここにおいていただければと……」  平静を装った声は、少し震えていたかもしれない。それ