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作者:秋杜フユ,サカノ景子
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-10-10(集英社)
价格:¥594 原版
文库:Cobalt文库

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ひきこもり魔術師と社交界の薔薇 それで口説いてないなんて! ひきこもりシリーズ 集英社eコバルト文庫 ひきこもり魔術師と社交界の薔薇 それで口説いてないなんて!【ミニ小説つき】 秋杜フユ この本は縦書きでレイアウトされています。 ひきこもり魔術師と社交界の薔薇 それで口説いてないなんて! Contents 目次 第一章 お嬢様はツンツンで、魔術師はひきこもりです。 第二章 無自覚な魔術師が、初心なお嬢様を振り回しています。 第三章 ツンデレになったお嬢様は、魔術師のデロ甘を前に撃沈しました。 おまけ ルビーニ家の日常 あとがき 【電子版限定】 おまけ 八つ子の魂百まで。(WebマガジンCobalt掲載作) イラスト/サカノ景子 第一章 お嬢様はツンツンで、魔術師はひきこもりです。  ファウベル侯爵家の長女、ベアトリス・ファウベルは世にも美しい娘でした。異国の姫君である祖母から受け継いだ、星をたたえる夜空のような漆黒の瞳と艶やかな黒髪を持ち、薄い唇が弧を描く瞬間を見た者はすべからく心を奪われるとささやかれるほど、彼女は美しかったのです。 「あぁ、美しきベアトリス。あなたはまさに、咲き誇る薔薇だ。その華やかな美貌は赤薔薇を思わせ、年若い娘らしい可憐な仕草はまさに黄色い薔薇! それでいて、白薔薇のような神々しさまで持ち合わせている」  アレサンドリ神国の貴族たちは彼女を「社交界の薔薇」と呼び、未婚の男たちは彼女を手に入れるべく春を告げる鳥のように愛を謡いました。 「愛しいベアトリス。あなたを目にした後では、他の花など目に映らない。私の心はあなたに支配されている。もし、あなたが私を選んでくれなければ、きっと私は一生独り身を貫くことになるだろう。どうか、どうか、私の手を取ってくれまいか」  兄であるセシリオ・ファウベルとともに夜会に参加した彼女のもとへ、独身貴族が結婚を申し込むのはいつものことです。夜会に参加する貴族たちが、彼女の答えを聞き逃すまいと耳を澄ませて注目するなか、彼女はにっこりと、朝露を纏って輝く赤薔薇のごとき笑顔を浮かべて言いました。 「まぁ、ご安心ください。あなた様がたとえ独り身を貫いたとしても、三月ほど前にあなた様が侍女に産ませた子供が家督を継いでくださいますわ。よかったですわね、男の子で」  静まり返った大広間に、彼女の笛の音のような滑らかな声が響き渡りました。結婚を申し込んだ男性は顔色をなくし、彼女の隣に控えるセシリオは口元を手で覆い隠して肩を震わせています。  そして少しの間の後、大広間は驚きの声で震えたのでした。 「ベアトリ―――――――ス!」  ベアトリスがセシリオの手を借りて馬車から降りると、父――グスターボ・ファウベルが声を張り上げながら駆け寄ってきた。白髪が混じって灰色がかった黒髪を揺らし、四十路を越えているとは思えない引き締まった体軀で、屋敷の玄関から正門へと伸びる石畳の道を力強く駆けるグスターボを目にするなり、『来たよ、来た来た』『グスターボ、すっごい怒ってる~』という声がベアトリスの耳に響いた。  ベアトリスはどこからともなく響いてくる声に反応せず、目の前で立ち止まったグスターボへ、「なんですか、父様」と顎をつんとそらしながら答えた。 「カシーリャス家の秘密を暴露したそうだな。お前という娘は……どうして毎度毎度結婚を申し込んできた相手の秘密を暴いてしまうんだ!」 「別に好きで暴露しているわけではありません。ただ、あの男がくだらない噓をつくから」 『そうだよ、そうだよ、あいつ噓つき!』 「ベアトリスしか見えない、とか言っておいて、ちゃっかり近くの女に手を出していたんだものね」  響く声に交じり、セシリオもベアトリスを擁護した。セシリオはベアトリスと同じ漆黒の髪と瞳を持っている。常につんと澄ましているベアトリスと違い、物腰が柔らかく表情も豊かな彼は、貴族令嬢のあこがれの的だった。 『侍女だけじゃないんだよ。他にもいっぱい、両手の指じゃ足りないの~』 「しかも、子供をはらませておいてきちんと責任も取らないなどと、最低です」  ベアトリスとセシリオは「ねぇ」と視線を合わせて首を傾げた。 「だからといって、あんな人の目がある場所で暴露する必要はないだろう。いま頃、カシーリャス家は大騒ぎになっているぞ……」  相変わらず仲がいい兄妹を見てグスターボが頭を抱えていると、ふたりが乗っていたファウベル家の馬車を警護、先導していた騎士が馬を降り、グスターボの斜め前でひざを折った。 「恐れながらアドルフォ・シントラが申し上げます。私があの後調べましたところ、カシーリャス家は妊娠が発覚するなり、その侍女を屋敷から追い出したとのことです」  膝をつく騎士――アドルフォは、王城を警護する近衛騎士団に所属する騎士だ。もともとは王都警備兵であったため、王都での情報収集能力に長けている。彼の実力を正しく理解しているグスターボは、「なんということだ……」と眉をひそめて口元のひげを撫でた。 「隠し子がいるというだけでも問題なのに、子供の存在そのものを認めていなかったとは……嘆かわしい」 『アドルフォの言葉はあっさり信じるんだね』 『相変わらずグスターボは私たちの言葉を信じてくれない。ひどい!』  グスターボとアドルフォの会話に交じって、どこかで誰かが会話する声がベアトリスの耳に届く。まさにその声の通りなグスターボの態度に、ベアトリスが「アドルフォの言葉は信用するのだな」と口を尖らせると、その隣でセシリオは「まぁ、まぁ、とりあえず父様の怒りがおさまったのならいいじゃないか」と苦笑していた。 「ベアトリス様に愛をささやいておきながら他の女性に手を出す……誠実な男の行いではありません。そのような卑しき男が、私の女神と婚姻を結ぼうなどと、許されるはずがない」  アドルフォの気迫に押され、グスターボが「そ、そうだな……」と答える端から、セシリオが「女神だって、うっわ」と両腕をさすり、ベアトリスは「もう慣れた」とため息をこぼした。  アドルフォは言葉の通り、ベアトリスを女神のように崇め奉っている。近衛騎士として忙しい日々を送っているはずなのに、職務の合間を縫ってベアトリスに侍り、今夜も勝手に馬車の警護をしてくれている。仕事はいいのか、とベアトリスは常々思っていた。 「……ふむ、アドルフォよ。忙しい身でありながらふたりが乗る馬車の警護をしてくれたこと、感謝する」  放っておくとベアトリスへの賛辞をひたすら述べ続けるアドルフォに、グスターボはさっさと礼を述べた。 「もったいなきお言葉です。ベアトリス様のためならば、私は火のなかだろうと水のなかだろうと喜んで向かいましょう。それに最近、貴族令嬢を狙った誘拐事件が起こりました。ベアトリス様はこの世で最も美しきお方。誘拐犯にいつ狙われてもおかしくないでしょう。くれぐれも、ご用心ください」 「なんと、誘拐とな。ベアトリスならばある程度の危機は回避できるだろうが……わかった。こちらも用心しておこう」  グスターボの返事を聞いたアドルフォは安堵の表情を浮かべ、グスターボに対して礼をしてからベアトリスへと振り向いた。 「それでは、ベアトリス様。私はこれにて失礼いたします」 「あぁ、今日は全く頼んでもいないのに馬車の警護をしてくれて、ありがとう」 『ベアトリス、素直すぎ! もっと包んで!』 『ツンツン! とげみたい! でもそこがいい!』  どこからともなく聞こえてくる声が非難なのか称賛なのかわからない感想を述べているが、ベアトリスはまったく気にしない。なぜなら、聞くものすべてがどうかと思うベアトリスの礼を受けたアドルフォ本人は、腹を立てるどころか、目を輝かせて頰を染めているからだ。 「私の女神のお役に立てたのならば、これ以上うれしいことはございません」 「うれしいんだ」 「なんとも珍妙な男だな」  セシリオとグスターボが素直すぎる感想を述べても、アドルフォは気にしていないのか聞こえていないのか、ベアトリスに別れを告げて颯爽と馬に乗り、去っていった。  遠ざかっていく蹄の音を聞きながら、グスターボは言う。 「ところでベアトリス。アドルフォから結婚を申しこまれてはいないのか?」 「やめてください。アドルフォと夫婦になるなど、考えただけで甘ったるさで胸やけがする」 「それを聞いて安心した。アドルフォには申し訳ないが、四六時中あれでは私も胃もたれを起こしそうだ」 「アドルフォは貴族じゃないから、身分的に釣り合わないとか勝手に考えてあきらめていそうだよね」  セシリオの言う通り、アドルフォは貴族の生まれではない。貴族と接点の全くなかったアドルフォだが、その実力と実直な人柄を見込まれ、王都警備兵から近衛騎士団に引き抜かれた。王族を警護するため、出自が出世に大きく響く近衛騎士団の中で、一兵士から騎士にまで上り詰めたのだから、彼がいかに優秀なのかが知れる。 「騎士の称号に見合う実力と周りから信頼を得るアドルフォならば、ベアトリスと結婚しても何の遜色もないと思うんだけどねぇ」 「やめてくれ。日がな一日あんな気障ったらしい賛辞を聞かされるなんて、あまりの痒さに三日と一緒にいられない自信がある」  想像しただけでもむずむずするのか、ベアトリスは首元をかきはじめた。 「悪いやつではないんだがな……」とグスターボが残念そうに漏らすと、ベアトリスとセシリオは「だから余計に面倒くさいんですよ」と首を左右に振ったのだった。 「それはそうと、お前たち、まだ話は終わっておらんぞ。ふたりとも、私の部屋へ来なさい」  話は終わったとばかりに屋敷へ戻ろうとしていたベアトリスとセシリオは、それはそれはいやそうな表情を浮かべてグスターボを見る。 「ベアトリスはともかく、どうして僕まで?」 「ベアトリスの傍にいながら暴走を止められなかったからに決まっているだろう」 「連帯責任というやつだな、兄様」 『セシリオ、ドンマイ』 「えぇ~」と非難の声をあげるセシリオの腕をグスターボとベアトリスがつかみ、引きずるようにして屋敷へと入っていったのだった。  ベアトリスの生家であるファウベル侯爵家は、代々アレサンドリ神国の外交を担っている。四十五年前には、海を隔てた遠い異国ラハナと国交を結び、その功績と二つの国の友好の証として、当時のファウベル侯爵――ベアトリスの祖父はラハナの王女と結婚した。  王族との婚姻が認められるほどの権力と歴史を持つファウベル家の屋敷は、貴族が暮らすには少々質素な屋敷だった。王都の教会のように壁や天井に金箔を施すこともなく、要所要所に美術品を飾ってはいても、どこかの豪商のように贅をつくしたりはしていない。ただ、屋敷から美術品、調度品に至るまで、すべてが古かった。  古いということは、それだけ歴史があるということ。素材や作り手である職人が正真正銘の一流でなければ、たいていのものは歴史を刻むことなく朽ちていくだけだ。つまり、ファウベル侯爵家の屋敷は、その身に刻んだ歴史こそが最大の装飾なのである。  そんな由緒正しいファウベル家の当主の部屋は、歴史を重んじるファウベル家にふさわしい、威厳に満ちた調度品で固められていた。グスターボが腰を下ろした執務机の椅子は深く落ち着いた色合いと艶を保ち、グスターボと対峙するように立たされているベアトリスたちの足元の絨毯には、大輪の花が鮮やかさを失わずに咲き誇っている。  グスターボは机に両肘を置き、組んだ両手に額をのせて低く息を吐きだす。数瞬の間に様々な考えを巡らせ、ゆっくりと顔をあげてベアトリスを見た。 「カシーリャス家からいただいている縁談は断ることにする。ところでベアトリス、お前はあまり人の秘密を軽々しく暴露するんじゃない。無駄な敵意を向けられるぞ」 『暴露だって。これでもいろいろ気を利かせて情報公開してるのにね』 『ホントにね』 「心得ております。今回は特別です」 『そうだよ、トクベツだよ! ちゃんと誠意をもって向き合ってくれる相手なら、私たちも文句は言わないのに』 「特別って……これで何人目だと思っているんだ」  ベアトリスが白々しく肩をすくませる横で、セシリオが「七人目ですね」と答える。余計なことを言うな、とばかりにベアトリスがにらみつけると、セシリオは舌を見せておどけた。 「ベアトリス」  グスターボに非難するように名前を呼ばれ、ベアトリスは前へ向き直る。 「……仕方がないでしょう、父様。彼らが私に愛をささやく傍から、彼らの噓を暴く『声』が聞こえてくるのだから」 「今回の隠し子騒動も、『声』が教えてくれたと言うのか?」 『私たちが教えた!』 「当たり前です。私はカシーリャス家のことなど調べまわったりしておりません」  ベアトリスがつんと顎を持ち上げて答えると、グスターボは頭痛がしてきたのかこめかみを押さえて呻いた。 「また『声』か……。いつもいつも、まるでベアトリスの結婚を阻止するみたいに……いったい誰がお前に語り掛けているんだ」 「私に聞かれても……どこからともなく聞こえてくるので」  先ほどから姦しいほどに聞こえてくる『声』は、信じがたいことにベアトリスにしか聞こえていない。ベアトリスからすれば、物心つくころから常に傍にあった『声』だというのに、両親も兄も使用人たちも、誰ひとりとして同じ『声』を聞くものがいなかった。  最初は子供の戯言と聞き流していた両親だったが、晴れた日に傘を持って行けと彼女が言えば本当に雨が降ったり、出かける両親に道が混むからといつもと違う道を勧めてきたかと思えば、馬車の事故に鉢合わせしたり、台所に近づいてすらいないのにその日のおやつを言い当ててしまうなど、ことごとくベアトリスの言葉が的中したため、信じざるを得ない状態になった。  信じると決めたとたん、両親は『声』の正体が気になるようになった。しかし、ベアトリスが聞く『声』は未来予知と言っていい代物だ。下手に情報収集してベアトリスの力を不特定多数に知られてしまえば、その力を悪用しようと思う輩が現れるかもしれない。己の好奇心よりも娘の安全を第一に考えたグスターボは、『声』の正体を探ることを禁止したのだった。  ベアトリスとしては、この『声』は何なのか、なぜ自分にだけ聞こえるのか、知りたいという気持ちは強かった。けれど幼いベアトリスには自力で調べることができなかったし、ある程度自由が利くようになったいまも、自分の身を案ずる両親の気持ちが理解できる分、余計に動けなくなった。  聞こえてくる『声』はとても気まぐれで、いまのように騒がしい時もあれば、滅多に聞こえない時もある。どうやら、『声』の持ち主がなにかベアトリスに伝えたいことがあるときにだけ話しかけてくるらしい。 「どういうわけか、最近はひっきりなしに『声』が聞こえます。誰かが結婚を申し込んできた時なんて、とくに騒がしいのです」  それこそ、プロポーズの言葉が聞き取りづらく感じるほど、たくさんの『声』が響いてきた。どうやら『声』の主は複数いるらしく、プロポーズしてきた男がベアトリスにふさわしいかどうか議論しているようだった。その議論の過程で、今回の隠し子といった秘密が暴かれるのだ。 「というか、最近は誰しも口を開けば結婚、結婚。うっとうしいです」 「当たり前だろうが! お前はもう十八歳なんだぞ。いい加減、いい相手を見つけてきてくれんか」  顔を真っ赤にしたグスターボの怒声と、『グスターボ、あんまり怒ると身体に毒だよ。もう年なんだから』という声を軽く聞き流しながら、ベアトリスは隣に控える兄、セシリオを指さす。 「それは私よりも兄様に言った方がよいのでは?」 「えぇっ、ここで僕に振る?」  セシリオが大げさに驚いて見せると、ベアトリスは彼へと向き直り、両腕を組んで斜に構え、兄を見下ろした。 「兄様は嫡男なのだから、いい相手を見つけて早く落ち着くべきだろう」 「そう言うベアトリスだって、声がかかるうちに相手を決めておくべきだと思うよ」 「誠実な方がいれば、すぐに決める。いつまでも覚悟も決めずにふらふらとする兄様とは違う」 「うぅわ、言ったね。僕だってこの人だっていう人が現れれば、すぐに決めるよ。結婚っていうのは縁なんだ。無理に決めようとして決まるものじゃない」 「ええい、やめんか! まったく、お前たち兄妹はそろいもそろって……いったい、誰に似たんだ」  グスターボが疲れ果てた様子でつぶやくと、すぐさまベアトリスとセシリオは「おばあ様でしょう」「おばあ様だろうね」と口をそろえる。ついでにベアトリスの耳には『ルティファにそっくり』という声が聞こえていた。  相変わらず仲が良い兄妹に、とうとうグスターボは両手で顔を覆って長い長いため息をこぼしたのだった。  結局、子供たちの自主性を重んじるグスターボは、「お前たちがお前たちなりに考えて行動しているのであれば、私はもうなにも言うまい」と言ってベアトリスとセシリオを解放した。 『グスターボも、なんだかんだ言っても最後は子供を信じて待つあたり、ルティファにそっくりだよね』  自室へと戻るベアトリスの耳に、いつもの声が響く。『声』の言う通り、グスターボは結婚、結婚とうるさいわりに、勝手に相手を決めてしまおうとはしない。ファウベル家のような、それなりに権力を握る家柄の令嬢は、たいてい十五、六歳くらいに両親が結婚相手を見繕うものだ。いま現在十九歳である嫡男セシリオに関しても、グスターボは婚約者をそうそうに決めてしまうことなく、本人がふさわしい相手を見つけてくるだろうと静観している。  グスターボが子供に対して寛容な親となったのは、やはりグスターボの母であり、ベアトリスの祖母であるルティファの存在が大きい。  ルティファは海の向こうの遠い遠い異国ラハナの王女で、国交を結んだばかりだった両国の友好の証としてファウベル家へ嫁いできた。  ラハナは海に囲まれた島国だったため、アレサンドリと国交を結ぶまで、他国とのつながりが全くなかった。そんな閉鎖的な国で育ってきたルティファだが、彼女自身はとても自由な考えを持っていた。 『様々な経験を積みなさい。いろんなものを見て、感じ、そして自分で考えて判断できる人間になるのだ』  口癖のようにそう語るルティファが、ベアトリスにはとても凜々しく見えた。いまは王都ではなくファウベル家の領地で静かに暮らしているため、なかなか会うことは出来ないが、ベアトリスにとってルティファは憧れであり目標だった。  ルティファは国を守るためにファウベル家へ嫁ぎ、不平等な条約を結ばないための人身御供になった。嫁いでからも、祖父の人脈を最大限に利用してラハナの特産品がいかに上質かを広く周知させた。その甲斐あって、特産品はアレサンドリにとどまらず、諸外国にまでとどろいている。  対して、侯爵家の令嬢であるベアトリスにできることと言えば、家同士の繫がりを強める結婚をするくらい。結婚後は子を作り家を守ることに重きを置き、夫を立てるために社交に出席しても、自ら働きかけるようなことはしない。あくまでも、動くのは夫なのである。  内助の功を馬鹿にするつもりはない。妻の支えがなければ夫は社交の場でうまく立ち回れないことをベアトリスは理解している。それでも、違う気がするのだ。 「おばあ様のように、私もなにかの、誰かのために動ける人間になれるだろうか」  夫に任せきりにするんじゃない。許されるなら、ベアトリスは自分自身が動きたい。  誰に聞かせるでもなくつぶやいた独り言に、「お嬢様なら大丈夫ですよ」という返事が背後から飛んできた。足を止めて振り向けば、ベアトリス専属の護衛、フェランが栗色の瞳を細めて微笑んでいた。 「少なくとも、今日の騒動でひとりの子供が助かったではありませんか」 「あれは……最低な噓をつくあの男が許せなかっただけで……」 「だとしても、今回、その存在が公になったことで、カシーリャス家は生まれた子供に対してそれ相応の対応をとらざるを得なくなりました」 「カシーリャス家が子供を引き取るとは限らないぞ?」 「確かにその通りですが、資金援助、または生活支援は行うはずです。だって、母親から職を奪って追い出したのですから。そんな非道がまかり通る家と、誰も関わりたがらないですよ」 「汚名を返上するためにも、カシーリャス家は母子を見離せない、ということか」 「そうです」とフェランは小ざっぱりと短い赤茶色の髪を揺らしてうなずいた。このフェランという男は、ファウベル家が王都に築いた孤児院出身で、剣の才能を生かしベアトリスの護衛としてファウベル家に仕えている。ロサという名の妹がおり、職員として孤児院に残っていた。 「……久しぶりロサに会いたいな。明日、孤児院へ行ってみるか」  ロサとベアトリスは同じ年ということもあり、とくに仲が良かった。フェランとロサはよく似た兄妹で、彼と一緒にいるとときおり無性にロサに会いたくなるのだ。  ベアトリスのいつものわがままを、フェランは常に笑顔で受け止めていたのに、今回は珍しく僅かながら表情をひきつらせた。 「どうした? なにか孤児院の方で用事があるのか?」 「……いえ、そういうわけではないんですけど。さっきアドルフォ殿がおっしゃっていたでしょう。貴族令嬢の誘拐事件が起こっていると。そんな状況で、迂闊に出歩くのはいかがなものかと」  フェランの懸念を、ベアトリスはふんと鼻で笑って「心配ない」と一蹴する。 「なにがあろうと、お前が守ってくれるだろう?」  フェランはベアトリスの専属護衛に収まっているものの、その腕は近衛騎士にも引けはとらない。実際、グスターボはフェランを近衛騎士団へ推薦しようとしていた。それはファウベル家に仕えたいというフェランの意思により見送られたが、今夜だって、フェランが傍にいたのだからアドルフォなど必要なかったのだ。  ベアトリスの全幅の信頼を真正面から受け止め、フェランは面食らった表情を浮かべた後、「仕方のない人ですね」と気恥ずかしそうに顔を緩めた。 「あなたのことは、私の命に代えてもお守りしますよ」 「頼むぞ。だが、命は捨てないでくれ。お前になにかあればロサが悲しむ」  フェランとロサは、本当に仲の良い兄妹だ。ベアトリスとセシリオも仲が良いと周りによく言われるが、フェランとロサには到底及ばない。幼くして両親を亡くし、兄妹で身を寄せ合って互いが互いを支えて生きてきたふたりの絆は、なにものにも断ち切れないほど強い。 「そうおっしゃるなら、少しは自重してくださいませんかね」  フェランは片方の口の端を持ち上げて皮肉気に笑う。ベアトリスは「考えておく」と言ってつんと顎をそらした。 *この続きは製品版でお楽しみください。 秋杜フユ(あきと ふゆ) 2月28日生まれ。魚座。O型。三重県出身、在住。『幻領主の鳥籠』で2013年度ノベル大賞受賞。趣味はドライブ。運転するのもしてもらうのも大好きで、どちらにせよ大声で歌いまくる迷惑な人。カラオケ行きたい。最近コンビニの挽きたてコーヒーにはまり、立ち寄るたびに飲んでいる。 『ひきこもり』シリーズもついに五作目! 今回は時間を巻き戻して、ビオレッタのご両親、ベアトリスとエイブラハムの馴れ初め話です。ツンデレお嬢様がおっとり天然にひたっすら振り回されます! ベアトリスと一緒にニヨニヨじれじれしていただけたなら幸いです!! イラスト サカノ景子(さかの けいこ) 今回のヒロインは大人びた顔つきで!とお話を頂いてカッコイイヒロインを描くことが出来て嬉しいです! そんなヒロインが振り回される素敵なお話どうぞお楽しみください! コミックス「カミおれシリーズ」 「封印しない演義②」発売中 (2016年9月現在) 集英社eコバルト文庫 ひきこもり魔術師と社交界の薔薇 それで口説いてないなんて!【ミニ小説つき】 立読み用 著者 秋杜フユ © FUYU