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作者:菅沼理恵
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-12-28(角川书店)
价格:¥494 原版
文库:角川Beans文库
丛书:星宿姫伝(2)
代购:lumagic.taobao.com
星宿姫伝 しろがねの永遠 星宿姫伝 しろがねの永遠 菅沼理恵 角川ビーンズ文庫 本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載したりすることを禁止します。また、 本作品の内容は、底本発行時の取材・執筆内容に基づきます。  わたしにもあなたの罪を背負わせて。  憎しみや恨みは、わたしが忘れさせるわ。  わたしがあなたを幸せにするから、きっと忘れられるわ。  ……だから、あなたの傍に、いさせて  斎宮殿の一室、斎宮の起居する寝室はとても静かで、その静寂を乱したくない朱月は、息をひそめて寝台の上を眺めた。  小さな寝台の中には、生まれたばかりの赤ん坊が心地よさそうに眠っている。  頭を覆う薄い髪は、窓から射し込む陽光できらきらとした銀色に輝き、自ら光を発しているように見えた。  さきほど、赤ん坊の母親であるこの斎宮殿の主が祈禱のためこの部屋を出て行ったが、赤ん坊はその気配に気づきもしなかったようだ。  しばらく見ていてね、と彼女は朱月に言ったが、朱月が赤ん坊を害する可能性など露ほども考えていないらしい。甘く見られたものだ、と朱月は苦笑した。  朱月はこれまでに数多くの命を手にかけてきた。しかし、赤ん坊の母親、白鷺が見抜いたとおり、乳幼児を殺すことはできなかった。  自分でも甘いとは思う。だが、どうしてもできないのだ。──たとえ、自分の血族を鏖殺した敵の血を引いていても。  この赤ん坊は、その血を引く直系の者だった。  これまでにも朱月は、幾度となくこの国、神杖そのものを滅ぼそうと試みた。しかしその都度、国を守護する代々の巫覡、斎宮に阻まれた。途中からはこの国は結界で覆われ、朱月を受け容れなくなった。  それが、この赤ん坊の母親が斎宮になってから事情が変わった。  白鷺は、これまで斎宮の位に上がった者の中でももっとも強く、そしてもっとも利己的な女だった。彼女は自分の義務を知っていたが、その義務を果たしつつ望みもかなえようとしていた。  彼女の望みは愛する者を傍に置き守りつづけることだった。  そんな彼女を、ときどき朱月はうらやましく思う……  ちいさな複数の足音と気配に、朱月は物思いからさめた。振り返ると、戸口に子どもが立っている。 「朱月さま」  驚いたように名を呼んだのは、この国の第一親王、蘇芳だった。側室、薔薇の御方から生まれた彼は、母に似て髪も目もくすんだ赤い色をしている。年が明けたのでそろそろ八つになるこの少年は、利発で面倒見がいい。それも、すぐ下の弟がひどく内気で手がかかるためだろうか。そうでなくとも彼には母親の違う弟が三人もいる。 「白鷺に用か」 「はい。赤さまに会わせていただこうかと思って。……白鷺さまは、いらっしゃらないのですか」  蘇芳の後ろに隠れるようにして、第二親王の青磁が立っている。母親である夜露の御方にうりふたつなやさしい面差しの彼は、着衣によっては少女のように見えることもあった。淡い青みがかった銀髪と、澄んだ湖水のような瞳の色がはかなさを引き立てているが、外見の繊細さの通り、彼は腺病質で床に就くことが多い。  驚いたのは、そのすぐ隣に金髪の子どもが立っていたことだ。 「琥珀」  朱月がその名を呼ぶと、琥珀はぎこちなく微笑んだ。 「きょうから、おそとにでてもいいと、いわれたんです」  第三親王の琥珀は、つたない口調で説明した。  生まれたとき、これまでにないほどの強大な竜珠を持っていると見極められた彼は、親王でありながらその身柄を星曜館に拘束されることとなった。母親である萌黄の御方の身分がさして高くなかったためもあるだろう。国の興亡に荷担する可能性があると予見されもした琥珀は、母の萌黄が白鷺の乳姉妹でなければ極秘裏に処分されていたかもしれない。幽閉に止められていたのは、親王という身分のおかげに他ならなかった。 「だから、琥珀を赤さまに会わせたくて、参ったんです」  蘇芳が説明した。 「こちらにおいで」  朱月が手招くと、蘇芳がおずおずと部屋に入ってくる。青磁が慌ててその後ろにつく。まだ歩き慣れていないのか、よろよろと歩を進める琥珀に、支えるように黒曜が寄り添った。  母と同じ、黒髪と黒い瞳の第四親王は、まだ五つなのに蘇芳とさほど体格が変わらず、口を開くことが極端に少ない。これは母親の数多の御方が息子に発言を禁じているためだ。息子が特異な竜珠を持って生まれたことを知った彼女は、言葉を憶えても、必要以上にしゃべってはならないと言い聞かせていた。 「赤さまは、眠っていらっしゃるのですね」  寝台を覗き込んだ青磁が、囁くように言った。その顔にはうっとりとした表情が浮かんでいる。 「かわいいなあ……」  ね、と同意を求めるように、青磁は弟を見上げた。黒曜は無言で微笑み、うなずきを返す。その傍らで、琥珀が目を丸くして赤ん坊を見つめている。 「ほんとうに、あかさまって、ちいさいんですね」  心底驚いたように彼は言った。星曜館から出たことのなかった彼にとっては、何もかもが新鮮に見えることだろう。  四人の子どもたちは、憧れるようなまなざしを赤ん坊に向けている。そのさまに、朱月は思わず、一歩下がった。 「だから、僕たちが、赤さまをお守りするんだよ」  蘇芳が誇らしげに言った。 「守る?」  朱月が問うと、蘇芳が見上げてきた。 「赤さまは、白鷺さまのように、斎宮におなりになるのでしょう。だから、僕たちは騎士になって、お守りするんです」  子どもの純粋な決意に、朱月は薄く微笑んだ。  ではいつか、この子どもたちは朱月にとって敵になるのだろう。 「そうか……では、お守りできるように、強くならなくてはな」 「そうです、だから青磁に言ってるんです。泣いてばかりいたら立派な騎士になれないって」 「だって、にいさま……」  青磁がとたんにしゅんとした顔をする。「みんなが、かあさまのことを、ひどくいうから」 「みんなでいれば、へいき」  黒曜が、そう言いながら、自分より低い青磁の頭に手をやって、そっと撫でた。まだ結われていないまっすぐな髪が、黒曜の手の下できらきら光る。  みんなで、いれば。  ……この場ですべての命を奪い、かれらの思い描く明るい未来を打ち砕くことも、容易にできただろうに、朱月はそうしなかった。  いや、できなかった。 「あっ」  熱心に寝台を覗き込んでいた琥珀が声を上げる。見ると、寝ていた赤ん坊が目をさましていた。  自分を見ている者たちに、赤ん坊は不安そうな顔を向ける。 「あかさま、おきちゃった……」  自分を見る者の中に母親がいないことに気づいたのだろう。赤ん坊はふにゃふにゃとした声を上げ始めた。泣き出す寸前の、弱々しい声だった。  彼女は、すう、と一度大きく息を吸うと、その喉から盛大な泣き声を発し始めた。  琥珀は仰天したように目をさらに丸くし、青磁はまっさおになる。蘇芳はおろおろし、黒曜だけがあやすように、赤ん坊の振り回す手に指先で触れていた。  やがて、泣きやまない赤ん坊に困り果てた四人の視線が、この場で唯一の大人に向けられる。  この泣き声に誰も気づかないのか、どうして白鷺づきの側仕えが来ないのかと、朱月はうんざりしながら寝台に手を伸ばした。  おそるおそる抱き上げると、ちいさな体は羽のように軽かった。  少し前、白鷺に教えられたとおりに首を腕で支え、胸に抱いて軽く揺すると、赤ん坊は声をひそめたが、まだ不服そうに朱月を見ている。  言葉にもならないうにゃうにゃとした声は何かを訴えかけていたが、母親ではない朱月にわかるはずもなかった。 「困ったな……泣きやんでくれないか」  願っても、生まれてひと月と経たない赤ん坊に通じるはずもなかった。  朱月の困惑に呼応したかのように、赤ん坊は再び、盛大に泣き出した。 「ふん……」  庭から夜闇を透かし見ていた明星は、鼻を鳴らした。  星ひとつ見えない夜空。今の時季ならば春の星座に彩られているはずなのに。 「春雪、子どもたちが」  建物から出てきた凜子が、闇の中を手探りで近づいてくる。 「どうした、リーン」  振り向いた明星の呼びかけはあくまでもやさしい。 「おかしいんです」と、凜子はいつもと違い、焦ったように言った。「さっきの騒ぎで起きてしまった子がいないかと思って、ようすを見に行ったら、……ひとりを除いてみんな、息をしていないんです……!」  明星の瞳が、夜闇にも明らかにわかるほどに光を帯びた。  蘇芳は、ゆらり、と動いた。 「白雪、刃を当てるだけでいい」と、千白が後ろから告げる。「そうすれば、あの体から術が断ち切れる」  白雪は五星剣の柄を両手で握り直してうなずいた。  正面には蘇芳。  うつろなまなざしを向けられるが、恐怖はわかない。  蘇芳の中に満ちる悲しみや憤りが、痛いほど感じられた。道を見失った幼子が、泣くこともできず立ちすくんでいる。そんな印象に、白雪はただ、蘇芳を憐れに思った。  兄弟の年長者として、弟たちを守ろうと努め、力を尽くしていた蘇芳が、心の奥底にどうしようもないひずみを抱えていたことに、今まで誰も気づかなかった。それほどに、蘇芳の取り繕いは完璧だったのだ。  誰も、彼の苦しみに気づくことなく……  そのひずみが隙となり、今このように操られるまで露見しなかった。 「ゆきねえちゃん!」  葉子に抱きしめられている茉莉の叫びが聞こえる。「すう兄ちゃんを、助けて!」  切羽詰まったその声に、白雪は無言でうなずいた。  助けたい。  持てる限りの力を尽くそう。  白雪は五星剣を握り直した。柄から波長ヒビキが伝わってくる。この剣が九連環杖そのものなのは、それだけでわかった。ただ姿が違うだけだ。であれば、自らが斎宮と認めた白雪の意に添ってくれるはずだ。 「蘇芳……」  呼びかけると、白雪に歩み寄りかけていた蘇芳が、いぶかしげな表情を浮かべて動きを止める。 「……だれ、だ……」  地を這うような低い声で問われる。白雪は息をのんだ。蘇芳が操られているのは見ればわかることだが、それでも、そのように見も知らぬ相手に向ける視線を受け止めるのはつらかった。 「しらゆき、よ」  震える声で告げると、蘇芳は苦しげな表情を浮かべた。 「しら、ゆき……?」 「ごめんね、……」  白雪は思わず詫び言を口走った。  蘇芳を助けたいと思うし、今の自分ならば、彼を縛めるものから解き放って自由にしてもやれるだろう。  だが、蘇芳が望むようには助けられない。  手をさしのべることは、できない。  ……今の白雪が手を差し出す相手は、たったひとりだけ。  白雪の口にした詫びの意味がわかったのだろうか。蘇芳は剣をかまえ直した。夜闇に刃がきらめき、振り下ろされる。  白雪は、五星剣に操られるようにして動いた。五星剣は白雪めがけて振り下ろされた刃を受け止め、さらに斬り上げようとする。  蘇芳が剣を引いた。忌々しげに剣を持ち直すのを、五星剣が動いて蘇芳の胴を払うかたちになる。  鈍い音がして、蘇芳は五星剣の刃をもろに脇腹に受け、そのまま吹き飛ばされるようにして草地に転がった。 「兄貴!」 「白雪!」  青磁と琥珀の声が重なった。白雪は茫然として、倒れる蘇芳を見つめる。 「こ、こんな……」 「だいじょうぶだ、死んではいない」  白雪の怖れを察した千白が、後ろから両肩に手を置く。  駆け寄った黒曜が、ゆっくりと蘇芳を抱き起こした。その腕の中でだらりと半身がのけぞるのが見える。 「……すう兄ちゃん……」  茉莉の声がした。振り向くと、葉子が茉莉を抱きかかえて立っている。 「白雪、……」  葉子が何か言いたげに口をひらくが、茉莉に腕を引かれた。 「おろして」  茉莉の言葉に従って、葉子は少女を地面におろした。茉莉は軽やかに、騎士たちに近づいていく。 「わたし……」  握りしめた柄を見つめると、五星剣はやがて姿を変え、九連環杖に戻る。  術を解くためとはいえ、人を斬ってしまった。  しかも、自分を守ってくれていた騎士の蘇芳を。 「だがあいつは、おまえを忘れて刃を向けてきたんだ」  白雪の考えを察したのか、千白が静かに告げる。「それに、殺したわけじゃないだろう」 「でも」  白雪は振り返った。  まっすぐな千白の目に、言葉を失う。 「自分を責めるなら、あとだ。どんな具合か、みてやれ」  励まされるように言われ、白雪は再び蘇芳を見た。 「蘇芳……」  近づいていくと、草地に横たえられた蘇芳の周りで、騎士たちが顔を上げた。 「白雪」  名を呼んだのは、青磁だ。その声に込められた強い響きに、白雪は息をのむ。 「すまなかった。おまえに、つらい思いをさせた」  白雪は、首を振った。 「だいじょうぶだよ、白雪」  琥珀が、蘇芳の額に触れながら言った。「術は解けてる。あの剣は、人にかけられたあらゆる術を無効化するんだって、前に白鷺さまがおっしゃってた」 「あの剣の刃は、人を斬らないから、傷もない」  黒曜が蘇芳の体を検めながら言った。「打撲程度で済むだろう」 「すう兄ちゃんは、目をさまさないの」  茉莉が、蘇芳の顔を覗き込んで、訊いた。 「おい茉莉、おまえどうして兄貴を知ってるんだ。会わせたことはないだろう」 「おなまえを教えてもらったのよ」と、茉莉は青磁を見上げた。「すう兄ちゃんは、せーじのあにきなの?」 「……そうだ」  青磁は力強くうなずいた。「俺の、兄さんだよ。こいつらと同じ、兄弟だ」  ──たとえ血はつながっていなくとも、と青磁が心の中でつけくわえたのを白雪は悟る。 「すう兄ちゃんは、王さまになるの?」  茉莉は不安げに尋ねた。「さっき、言われたの。すう兄ちゃんが王さまで、わたしが、……」  子どもだが、畏れ多いことだけは理解したのだろう。茉莉はその先をためらった。 「斎宮だって、言われたのか」  青磁が促すと、茉莉は黙ってうなずく。 「……手を」  そう言って黒曜が布に包まれた茉莉の左手を取った。眉を寄せ、両手でその手を包み込む。 「これはどうしたのか、憶えている?」  問われて茉莉は首を振る。 「気がついたら、こうなってたの」 「……まさか」  琥珀が息をのむ。 「烙印だ」  黒曜はうなずいた。  白雪が近づくと、茉莉は不思議そうに見上げてくる。 「ゆきねえちゃん、きらきらしてる……」  どう言葉をかけていいかわからず、白雪は口をつぐんだ。 「おい、あれを見ろ」  葉子がふいに声を上げた。その傍らに大きな動物の影が寄り添っているのがわかるが、それよりも白雪は、葉子が指し示した方角を見て愕然とした。 「あれは……」  深夜だというのにさきほどからみんなの顔がちゃんと見えていたのは、このせいだったのだ。  夜空を貫く光の柱。 「彩湖のほうだぞ」と、葉子が言葉を重ねる。 「さっきね、」と、茉莉が口をひらいた。「まっくろなおじさんに会ったの。そのおじさんが、あそこにいるわ」 「まっくろな……?」 「うん」  茉莉がしがみついてくる。「あのね、あんなにまっくろになったら、いけないわ。重くて、冷たいくらいだったの。……かなしい気持ち、いっぱい」  そこまで言うと、茉莉は首を振った。 「茉莉、そのおじさんって、どんな人だった」  青磁が訊く。だが、茉莉は困ったように眉を寄せるばかりだ。 「まっくろ、だったの……」 「朱月ですよ」  ふいに、予期せぬ場所から声がした。  白雪は、その声を追って視線をめぐらせる。薄明るい奇妙な光が射して、木々のあいだに黒い影を浮かび上がらせた。 「夜鳩さま!」  琥珀が立ち上がる。その顔には焦燥の色が濃い。 「ああ、琥珀、ひさしぶりだね」  木々のあいだから草地に出てきた夜鳩は、穏やかに微笑んだ。世間話をしているかのような穏やかさは、しかしどこか暗いものを秘めている。 「街での暮らしは、楽しかったかい。君には何もかも初めてのことばかりだったろう」  白雪は、熱くなる左手で九連環杖を握りしめた。 「……夜鳩さん、……あなたが蘇芳に術をかけたのでしょう」 「そうです、白雪さま」  白雪の問いに、夜鳩は動揺もせず答える。 「涼州の雪嵐を起こしたのも、あなたですか」 「──そうです」 「どうして!」 「たいせつなものを守るためです」  夜鳩はよどみなく返す。「守るためには、あれしか方法はありませんでした」 「あなたの私情が、多くの人を傷つけ苦しめ、死に追いやりさえした。それでも、たいせつなものを守るためだったと、言えるのですか」 「言えます」  簡潔な答えに、白雪は心を決めた。騎士たちを押しのけるようにして前へ出る。  夜鳩に近づくと、彼は微笑むのをやめた。 「どうしますか、白雪さま。私を涼州送りにして、佳春に首を刎ねさせますか? 私はそれでもちっともかまいません。──でも、それより、」  呪詞もなく、彼は片手を上げるとその中に風を発生させた。「どうせ死ぬなら、あなたの力を試したい」  そのとたん、風が光を纏って巨大化し、白雪に向かってきた。白雪はかまわず、九連環杖を斜めにして前にかざし、身を庇う。渦巻く風と光は九連環杖に触れると同時に、白雪の両脇に分かれて消滅した。 「試す、ですって」  白雪は、夜鳩を睨みつけた。「これだけのことで、わたしがどうにかなるとでも?」 「白雪!」 「みんなは、下がっていて。葉子さんと、茉莉ちゃんの傍にいて」 「挑発に乗るな!」と、青磁の叱責が飛ぶ。 「青磁」  白雪は、ゆっくりと青磁を振り返った。「お願い、後ろを守っていて」  その命に、青磁は黙した。騎士は斎宮の命をもっとも重んずる立場なのだ。命じられれば背けない。 「俺はいてもいいだろう」  千白の声が後ろでする。 「だめよ」  白雪はきっぱりと言った。「この人はわたしを、──わたしだけを試したいのよ。……試させてあげるわ!」  白雪はこれまでにない憤りを覚えていた。  たいせつなものを守るために、他者を傷つけ死に至らしめさえしたことを、後悔しないとあの男は言うのだ。  そんなふうにしてまで守られた『たいせつなもの』は、それを是とするのか。  何かを守るために何かを傷つけるなんて、あってはならない。 「……どうしようもなく危なくなったら、呼ばれなくても助けるからな」  千白は、白雪の強い意思を察したのか、すぐに背後からも気配を消した。  騎士たちは、意識のない蘇芳の体と、茉莉や葉子を守るようにしている。斎宮を守るのが騎士の役目ではあるが、斎宮に命じられたからにはそれを遵守せねばならない。 「それでは、遠慮なく」  夜鳩はそう言うと、すっ、と身を沈めた。  次の瞬間、地を蹴った夜鳩の体はまっすぐに白雪に向かった。白雪は、握りしめた九連環杖を夜鳩に叩きつける。夜鳩の繰り出した手刀が九連環杖の上で光った。力は拮抗している。 「わたしを試して、何を確かめたいの!」  お互いの力で弾き合い、後ろに下がる。白雪は肩で息をしていたが、草地に膝をついた夜鳩も息を荒げていた。 「私は、我が姫と一度、手合わせたことがあります。もうずいぶんと昔です」