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作者:喜多みどり
类型:乙女向 书籍样本 日文
出版:2016-12-02(角川书店)
价格:¥494 原版
文库:角川Beans文库
丛书:光炎のウィザード(1)
代购:lumagic.taobao.com
光炎のウィザード はじまりは威風堂々 光炎のウィザード はじまりは威風堂々 喜多みどり 角川ビーンズ文庫 本作品の全部または一部を無断で複製、転載、配信、送信したり、ホームページ上に転載したりすることを禁止します。また、 本作品の内容は、底本発行時の取材・執筆内容に基づきます。 「ここがおまえの死に場所か?」  少女は重い瞼をゆっくりと上げる。  目の前には、一人の男が立っている。  玄関灯は切れて、街灯は遠く、男の顔はよく見えない。 「だぁれ……」  少女の声は掠れて聞き取りづらかったはずだが、男は正確に聞き取って答えた。 「ここの借り主だ」  そこは通りに面したアパートの前で、少女は玄関に至る階段の一段目と二段目にもたれかかるようにして倒れていた。風が積もった雪を巻き上げていて、少女は吹き溜まりの中に埋もれそうになっていた。  どうして自分がそんなところにいるのか、どうして足からブーツが失われているのか、少女の朦朧とした頭では理解できない。自分が死にかけていることを理解できない。 「ここがおまえの死に場所か?」  男は最初の問いかけを、もう一度繰り返した。  少女はぼんやりと男を見上げる。  男は数秒少女を見下ろした後、急に彼女に背を向けた。  置いていかれる。それが、少女にはなんとなく寂しく、哀しく──小首を傾げる。その拍子に凍り付いた金の髪が頰をつつき、不意に彼女は自分の置かれた状況を理解する。  隠れ家に戻ろうとして、疲労と空腹から歩けなくなり、ここで行き倒れてしまったのだ。  ブーツがないのは、意識のない間に盗まれたせいだろう。靴下だけの足は凍傷になりかけて指がちぎれそうなほど痛い。真冬の冷気が、首筋から、濡れた服から、指先から、静かに体内に入り込んでくる。  寒い。  動けない。  このままでは、死ぬ。  ぞっとして、少女は閉じかけていた目を見開く。睫毛についた雪を落とす。  男はアパートから離れ、通りの方へ一歩踏み出している。  行ってしまう。  少女はそれが残された唯一の生への道だと直感し、咄嗟に手を伸ばした。  だが、その手は空を切り、男の足を摑むことはできない。  ──いや。前のめりに倒れ込みながらも、少女の手は男のコートをしっかりと摑んでいた。 「……けて」  凍り付いたマフラーを、湿った吐息がほんの一瞬溶かす。  最後の最後に残った力で、男のコートを握りしめ、少女は言った。 「たすけて」  その日は一日中、地吹雪の凱歌が聞こえていた。  その後のことを、少女はよく覚えていない。  どうも熱が出たらしく、意識が朦朧として、視界も潤んでいたり歪んでいたりした。  ただ、発熱中の途切れ途切れの記憶と、熱が下がって目覚めた後の状態から、あの時の男が、自分をアパートの中に運び、ベッドに寝かして看病してくれたらしい、ということはわかった。  熱のあった間に、色々うわごとを言ったような気がする──あるいは、看病してくれた男に、何か言ってもらった気がする。自分は泣いたような気がする。火照った額に当てられた手は冷たく、心地よかった気がする。  しかし、よく覚えていない。  目覚めると、濡れた服や靴下は乾いた古着に替わっていて、清潔なベッドに寝かされていた。  何かべちょべちょするなと思って掌を開いて見ると、ドロップを握りしめていた。  ドロップは朝の光の中で虹色に輝いていた。  その時ノックがあって、男に会えることを期待したが、入ってきたのは中年の女性だった。女性は、借り主の男は魔術師で、部屋代を払って出ていった後だと少女に教えてくれた。  名前もわからなかったので、少女はその男のことを「虹色ドロップさん」と呼ぶことにした。 1  リティーヤはいつも何か探している。  生き別れの家族を、命の恩人を捜している。  命の恩人の名前は「虹色ドロップさん」。  虹色のドロップをくれたから、虹色ドロップさん。  略して「虹ドロさん」。 「最初聞いた時はニジマス泥棒かと思ったわよ」  いつもの朝食の席で、友人のミカは容赦のない感想を口にした。  リティーヤは小難しい顔で首を捻る。  その拍子に、長くまっすぐな金の髪が、はらりと頰にかかる。 「……いや、我ながら素晴らしいネーミングセンスだと思うんだけど」  リティーヤがそう呟くと、ミカはスプーンを振り回しあらためて彼女の言葉を否定した。 「ヘ・ン・よ。だいたい、その男、一回あんたのこと無視しようとしたんでしょ?」 「まあね。でも、その後部屋に運んで看病してくれたから。一回見殺しにされかけたのなんか大したことじゃないよ」 「……そう?」 「そう」  女子寮の食堂は生徒たちで賑わっていたが、一番混雑する時間帯を過ぎ、人が減り始めたところだったため、席は幾らか空いていた。  リティーヤは友人と向かい合って椅子に座り、黒くもそもそとしたパンとチーズを山のように積んで朝食をとっていた。 「虹ドロさんはさあ、あんまりよく覚えてないけどなんとなく恰好良い人だったんだ」  リティーヤが行儀悪く口をもごもご動かしながらそう言えば、ミカはコーヒー片手に呆れたため息をつく。 「覚えてないくせになんでわかるのよ」 「だからなんとなく。あたしはさあ、虹ドロさんに憧れて魔術師に──」 「はいはい、なんでもいいからさっさとご飯食べちゃいなさいよ。あんたってほんとうちのじいちゃんみたいに同じこと何回もぐだぐだと繰り返すのね。いい加減飽きない?」 「まあまあ聞いてよ。実はここだけの話、略称は虹色ドロドロさんと迷ったんだけどー」 「……ここだけの話にする必然性が欠片も存在しない上に略称にもなってないわ」 「虹色ドロドロさん虹色ドロドロさん、って何度も繰り返し聞いてると結構良い感じに聞こえてくるよ?」 「あんたそれ耳か脳みそどっちかやられてんのよ。友人として真剣に精密検査を勧めるわ」 「そん時はあんたも一緒にその歪んだ性格の──あ!」  リティーヤは突然叫び、青い目に窓の外の光景を映して立ち上がった。  友人の行動に、ミカはぎょっとして椅子を引く。 「え? ど、どうしたの──」 「いたぁっ!」 「何がっ!? 何、まさか虹色ドロップさ──」  カッと目を見開き、リティーヤは叫んだ。 「キタマダラドクロキノボリウサギ!」 「──は?」  次の瞬間、リティーヤは一秒で黒パンの山を口の中に詰め込むと、スープで流し込んだ。  そして、椅子を蹴倒し、猛然と食堂の外に飛び出ていった。  ミカは椅子に座ったまま取り残された。 「み、見付け、た……」  リティーヤは白い式服が汚れるのも構わず、残雪の上にしゃがみ込んで頭上を見上げた。  その視線の先には、黒々とした枝を渡る、茶色い毛皮の生き物がいる。  小さな影が枝を渡るたび、枝は揺れ、春の訪れを告げる白い花びらが舞い落ちる。  キタマダラドクロキノボリウサギ──  普通のウサギより一回り小さく、尻尾が長い。  彼らはその尻尾を使って素早く樹上を移動する。  リティーヤが食堂で見付けたのは、このキノボリウサギの親子だった。  あの後、リティーヤは彼らを追って森の中を駆けずり回り、何度も見失いそうになりながら、やっとここにきて腰を据えて観察するチャンスを得たのだ。 「あれはメスだな」  背後から聞こえてきたのは、やや低い、淡々とした調子の男性の声だ。  聞き覚えのない声だったが、リティーヤはそんなことには頓着せず、きらきら輝く目でウサギを見上げ、声を弾ませて言った。 「メスの印は首のところの白い毛だよね?」 「ああ。奥に子どもがいるぞ。少し色の明るい……見えるか?」 「あっ、いたっ、ドクロ模様も可愛い~」 「む、まだずいぶん幼いようだが、もう模様も見えるか?」 「見える見える、あんなにちっさいのにちゃんとー……って、あれ?」  振り返る。  目の前に、若い男がしゃがんでいた。  勿論、全然知らない男だ。 「ぎゃっ!」  リティーヤは思わず大きな声を上げ、その場に尻餅をついた。シャーベット状の雪がべしゃっと撥ねて、スカートを濡らした。  男は元から眉間に刻まれていた皺を、さらに深くして舌打ちした。 「逃げた」 「に、逃げた? 何が──」 「ウサギ」  リティーヤも慌てて頭上を振り仰いだ。  枝が揺れるばかりで、もう小さなウサギ一家の姿はない。 「あ……ああああああっ! やっと見付けたのに……」  がっくりとうなだれ、地に手をつく。 「三年追い続けて初めて見付けたのに……十秒……たった十秒……うう……」  男はリティーヤの魂の叫びを気にもせず、先程までキノボリウサギが跳ね回っていた枝の真下で足を止め、地面をじっと見つめている。  リティーヤもそれに気付いて、後ろから覗き込んだ。  男の視線の先、木の根元では、小さなウサギがもがいている。 「? あれ? キノボリウサギ……」 「の、子どもだな」 「ケガしてる……?」  子ウサギは木の根の横でもがいている。どうも脚を折ったか何かしたらしく、立ち上がることすらできないでいる。 「ヘビに襲われた……とか?」 「木から落ちて、親が気付かず置いていってしまったのかもしれん」 「……そっか」  リティーヤはもがく子ウサギのそばに膝をついた。  手を差し伸べ、抱き上げる。  ウサギはリティーヤの手の中でなおも暴れたが、抵抗はあまりに小さかった。 「助けるつもりか?」 「……さあ。どうしよっかな」 「まだ幼すぎる。親から引き離せば死ぬぞ」 「でもこのままここに置いておいても死ぬよ?」  リティーヤは傍らに立つ男を振り仰いだ。  眉間に皺を作り、目を細め、男は難しそうな顔でリティーヤとその手の中のウサギを見下ろしている。着ているコートからして外部の人間ではなく《学アカ園デミー》の魔術師のようだが、基礎課程の教師ではない。勿論、年齢から考えて学生ではない。  彼は淡々と、やや低い声で言った。 「やはり助けるつもりなんだろうが」 「だったら──」  だったら何? 見殺しにしようとしたあんたに何の関係があるの?  脊髄反射の速さでリティーヤは言い返そうとした。  だが、ふと、言葉に詰まる。  この黒い目は見たことがある気がする。  どこでだったか── 「……あんた」  誰?  そう問う前に、深閑とした春の森に、女生徒の声が響き渡った。 「リティーヤァアア!」  びくっ、と震え、リティーヤは背後を振り返る。木々の間から、こちらへ向かって凄まじい形相の友人が駆けてくるところだった。 「ミ、ミカ」  ミカはリティーヤの肩をがしぃっと摑むと、キスしそうなほど顔を近づけて叫んだ。 「あんたどんだけほっつき歩いてんのよ!」 「どんだけって……」 「今何時だと思ってんの!?」 「え?」 「式!」  リティーヤはぱちくりと瞬きし──空を見上げた。  太陽が、梢の向こうで輝いている。  その位置は、思っていたよりもずっと高い。  どうやらウサギを追って森の中を駆け回っているうちに、ずいぶん時間が経ってしまったらしい。 「や──やばっ!」  リティーヤは駆け出そうとして、立ち止まった。手にはまだ先程の傷ついたウサギを抱えたままだ。一瞬迷ったが、彼女はそれを手近にいた人物に押しつけることにした。 「ごめん! 預かってて!」 「おい、待──」 「式の後で引き取りに行くからそれまでよろしく!」  男の反論を最後まで聞かず、リティーヤはミカに引きずられて駆け出した。  リティーヤとミカは式典会場である記念講堂へ向け、近道を選んで疾走していた。  季節は春。雪も北側の斜面や木陰を残してあらかた解け、地面も固まるこの季節に、《学園》の基礎課程修了式兼専門課程移行式が執り行われる。何しろ雪解け真っ最中だと、来客の移動が大変なのだ。  牧場の柵を跳び越えると、肩を並べて走るミカが怒鳴った。 「あんっ、たねえっ、バカじゃないの!」  リティーヤも息を切らしながら反論した。 「バカって、何よ!」 「バカはバカよ! 何もっ、式の日にっ、うろちょろするこたぁ、ない、でしょうっ!」 「ハッ、これだからっ、素人は困る、のよっ! キタマダラドクロキノボリウサ、ギのっ、希少性もわかんないなんてね!」 「き、きた、まだら、どく……えっ?」 「キタ、マダラ、ドクロ、キノボリウサギよ! いいっ、あんたにもわかるっ、ように教えてあげっから、よく聞きなさいっ! そもそもっ、キタマダラドクロキノボリウシャあああああ舌嚙んだぁあああっ!」  激痛にもだえながら足を緩めず走ろうとするリティーヤを横目で見て、ミカは気の毒そうに言った。 「あんた、ほんとっ、バカだったのね……っ」 「し、しみじみ、言うにゃあっ、あああああっ、いたひ……──あ!」  リティーヤは一声叫んで立ち止まった。  それを見てミカも立ち止まる。 「今度は何!」 「さっきのにいちゃん!」  リティーヤは荒い息をつき、ばたばたと足を踏みならした。 「ほらあ、さっきの、黒髪の、眉間縦皺のにいちゃん! この後どこ、行くんだろうっ? 子ウサギ預けてきちゃったけど、どこに取りに行ったら──」 「知るかそんなもんっ! いいから走れ!」 「ぎああああ!」  リティーヤはどつかれ、転がるようにまた駆け出した。  丘を下り、増水した川を越え、純白の式服を汗と泥で汚しながら駆ける。広大な《学園》の敷地を──  だが、たびたび行く手をツチヒツジの群れに遮られて、身動きが取れなくなる。まだ牧草の生えそろわないこの時期、牧場は彼らの天下になるのだ。彼らは体重が軽く新芽を踏まず歩き、長い口で枯れ草と土だけを器用に食べ、しかも排泄物で草を育ててくれる。 「ああああああっ、どけええええっ!」  その善良なるヒツジたちに対し、ミカは伝説上の悪鬼のごとき形相で叫んだ。  だが、そもそもそこは放牧場で、道ではない。場違いなのは式服姿で疾走するリティーヤたちの方だ。  そしてついに、鐘が鳴った。  式典の開始を告げる八時の鐘だ。  修了生代表で答辞を読み上げねばならないミカの顔が蒼白になった。  リティーヤは腹をくくり、意識を集中した。  体内の魔力を高め、腕を振り上げ── 「どけて!」  ヒツジの群れに向かって命じた。  魔力の込められたその命令に、ヒツジは敏感に反応した。  リティーヤとミカに背を向けて一斉に走りだし、 「やったあ!」  柵を壊して牧場の外に出た。 「「あ」」  リティーヤもミカも、声を揃えた。  ヒツジの大群はそのまま丘を下り、木々をなぎ倒し、道に飛び出て、式典会場の前の車止めに列をなす、来客の黒塗りの馬車を弾き飛ばした。  ぱかぁーん、と。  青い空の下、黒塗りの馬車が空を飛んだ。  中年の女教師は、穏やかな笑みを浮かべている。  目は、まったく笑っていない。  彼女の背後では、ヒツジが車止めに寝転がり、あるいは草を食み、攻め立てられた馬車が横転している。黒服の御者や紳士はヒステリックに文句を言い、ご婦人方は卒倒し、それらに《学園》の牧夫や教師が必死で対応している。  遅刻しそうになり焦ったリティーヤが、魔術を使ってヒツジを追い散らした結果だ。 「ミカさん。あなたは修了生代表で答辞を読むのでしたね」  教師はそう言って、ミカを見やった。 「もうお行きなさい」 「でも、これはリティーヤだけじゃなくて私の──」 「ミカ」 「リティーヤさんはお黙りなさい」  教師の小言を聞き流し、リティーヤはミカに、にっこりと笑いかけた。 「あたしは大丈夫だから、もう行って」 「リティーヤ……」 「その代わり今度パイ奢ってね」 「……今ちょっと頷きそうになったけど、よく考えたらそもそも悪いのはいきなり魔術使ったあんたよね? なのになんであんたはそこで平気そうな顔であたしにパイを要求できるの?」 「はっはっは、恩ってのは売れる時に売るもんだよ、ミカ」 「……なんでもいいからさっさとお行きなさいね、ミカさん」  教師は温厚そうな笑顔でミカを強制的に送り出すと、あらためてリティーヤに向き直った。 「ではリティーヤさん」 「ほい」  リティーヤは殊勝な顔を作って背筋を伸ばす。  説教など何度聞いても好きにはなれないが、聞いている振りだけはしておかないと、長くなるだけだ。 「《学園》の魔術師たる者、己のために魔術を使ってはなりません。わかっていますね?」 「勿論です」 「あなたも今日からは専門課程の研究生になるのです。今までのような態度では困りますよ」 「わかっておりますとも……あ、ダンダラクロオオジムシ──」 「はい黙って」  教師はよそに逸れたリティーヤの頭をむずと摑み、自分の方に引き戻した。 「専門課程に移れば、《学園》の外に出る機会も増えるのです。自覚と責任を持って行動なさい。《学園》の知識と魔術のわざはあなたのためにあるのではありません、人類の繁栄と安寧のためにこそあるのです。大寒波から人類を救うために私たちは……あら」  駆け寄ってきた若い別の教師に何事か耳打ちされ、女教師はため息をついた。 「もう時間がありません。私も行きます。とりあえずここを片づけて、後は罰当番でもしていなさい。式が終わったらお話がありますから、それまでしっかり反省しておくように」 「そりゃあもう──え? 罰当番……ってことは」 「勿論、あなたのような落ち着きのない生徒には式典への出席を許しません」 「え? えええええええ! ちょっと先生待ってください、いくらなんでもそれは──式って、だって基礎課程修了式と専門課程移行式ですよ!? 人生の大イベント──」 「だ・め・で・す」  女教師は晴れやかな笑顔でリティーヤに宣告した。 「あなたには、式典の間罰当番を科すことにします」  リティーヤはがっくりとうなだれた。 2  リティーヤの持っている教科書によれば、魔術というのは、特殊な力によって物理法則を無視し、あるいはねじ曲げ、意図した結果をもたらすわざを言う。そういった特殊な力──魔力という──がある人間はおよそ五百人に一人。実際に魔術師となり、自在にその力をコントロールできるようになるのは、一万人に一人程度と言われている。  その希少な魔術師としての才に恵まれ、本格的に魔術の道を究めたいと思うのであれば、師について学ばねばならない。  大陸には様々な魔術師組織があるから師事する先も色々なのだが、その中でも最大の規模と最古の歴史とを持つ組織が、大陸東部辺境に本部を持つ、《学アカ園デミー》である。  世界中に散る《学園》の魔術師たちにスカウトされるか、東部辺境の荒野の中に建つ《学園》本部の門を自ら叩き、才能が認められれば、その出身階級にかかわらず、誰でも《学園》の生徒になることができる。ただ、魔術の才能が最も伸びるのは十代なので、普通は十歳、遅くとも十二歳くらいまでの入学が一般的だ。 《学園》は名前の通り教育機関としての側面が強く、最初の基礎課程は六年にわたり、生徒たちはその中で一般教養、礼儀作法から魔術の基本までたたき込まれる。基礎課程を終えた生徒たちは専門課程に進み、研究室に配属され、先輩魔術師の指導の下、より専門的な研究に入る。  そして専門課程で実力を認められた者のみが、《学園》の正魔術師として第四位の位階《Jジヤツク》を授けられる。彼らはどこかの国の政府から引き抜かれたりしない限り、大抵《学園》に残り、研究員として研究に従事することになる。  その数、およそ五千。  大陸中の魔術師のおよそ半数が、《学園》に所属している。 《学園》の魔術師は生涯を研究に捧げ、《学園》に尽くす。《学園》とは、彼らの研究の場であり、生活の場であり、たとえ研究や任務で遠く離れていても、第二の故郷なのだ。  そしてリティーヤもまた、《学園》に所属する人間の一人として、今日で基礎課程を終え、専門課程に進むことになる。  式典には出席できなくなったが、たぶんそれは変わらない。  ……はずだ。  昼の十二時半。  もうすぐ式典が終わろうかというその時刻、リティーヤは油染みのついた作業服を着て、厩舎の裏手にある作業小屋に籠もっていた。  大きなテーブルには馬具が放り出されている。本当はその手入れをするよう言われていたのだが、リティーヤの興味はとっくの昔に脇に逸れていた。 「うわー。美人だなー君」  わざわざテーブルの上によじ上り、小屋の隅に巣を張ったクモをためつすがめつ眺め回す。  これだから教師から目をつけられているのだが、リティーヤにはちっともあらためるつもりはない。 「おー、君はアカネハイイログモ君だな。うーん、ナイスバディ。まったくこの魅力がわかんないんだからミカも大バカ者よねー。何しろ君が出てくると叫んで逃げ出すんだから」  リティーヤは友人が聞けば呆れ果てるような言葉をぶつぶつと呟く。  その時、扉が開く音が聞こえてきた。  あの女教師か、それとも監督を任された牧夫が見に来たのかと思い視線をやれば、扉の前に立っていたのはそのどちらでもなく、コートを着た若い男だった。 「あっ、あんた」  リティーヤは思わず相手を指さす。  それは、キノボリウサギの子どもを預けた、あの黒髪に黒い瞳の男だったのだ。 「もしかしてウサギ返しに来てくれたの? なーんだ見かけによらずいいとこある……」 「ウサギ……? ああ、おまえ今朝の生徒か。ウサギなら元の場所に返した」 「え?」